728.ゼフィロスの卒業式3
前話ではまりえちゃんにつめられたほのかさんですが。
おだやかになりますように!
「こわ……かった」
ひぃーと、ほのかがベンチにくたぁっとなってそんな声を上げていた。
今になって、先ほどの圧迫面接のダメージが表に出てきたそうだ。
「本人悪気はないからなぁ。ナイトスイッチ入っちゃっただけで」
まりえさん的には「トラブルがあったら、沙紀矢くんのお父上」同様に、辺境に飛ばされる的なことを思っているはずなので、そりゃ防衛的にもなろうものなのだろうけど。
そうはいっても、沙紀矢くんのお父さんのその後については、ルイとてよく知らない。
でも、ドラマとかだとそれこそ、財閥を追放された息子が、闇の勢力で力を付けて復讐を誓う! みたいなのはあるんだろうか。
いや、優秀な息子が追放されたことで本家の方が瓦解する、帰ってきてくれパターン……は、ないな。咲宮家の経営手腕は盤石だし、あのおじいさまもせいぜい七十前後のはず。男性の健康寿命が72歳とか73歳とか言われているし、さらには意識高い=お金稼げるってことを考えると、健康にも気を遣ってるような気もする。
いや、逆に働き過ぎで体ぼろぼろ路線もあるのか……
って考えると、後継者レースの決着がここら辺で出るっていうのも、あり得る話なのか。
ふむっ、とあごに手をあてて考えると、くいっとそでを引っ張られた。
「あの、お時間とらせてすみません。もう大丈夫です」
「お、少し元気になったかな? なら、部活の子達の姿を確認しにいくよ」
まだちょっと弱々しい感じのほのかさんなのだけど、私の屍を超えていけ! という感じでは無くて、一緒に回りたいという決意が感じ取れたので、一緒につれていくことにした。若干カメラ持ってうずうずしてるのを見破られていたのかもしれない! でも、のほほんとしていい立場でもないのである。
いちおう、ルイさんこれで写真部の顧問なので、生徒達の活躍をチェックしないといけない立場である。
問題行為があればいさめ、問題が無ければ活躍を見守る。
見守るというか、撮守る感じだろうか。とまもる?
そんな日本語はないね。
けれども実際こんな感じで撮ってたよっていうのはあとで反省会の場で出すつもりである。
そこで、みんながどういう反応をするのかは、ちょっと楽しみでもある。
まあ、一番の楽しみは、みんなが撮った今日の写真のほうなんだけどね!
「できれば、体育館の方の式典の方も撮りたかったけど、あいなさんがやってるからまぁ」
まずは、お外の撮影をみんなしてるかな、とほのかに言っておく。
ゼフィロスの卒業式は、卒業生が参加するのはもちろんのこと、あとは保護者がすごく多く来る傾向がある。
愛娘の晴れ姿に、駆けつけない者が居るだろうか! 否! いや、沙紀矢くんの親族は欠席でしたけどね。それは仕方がないね。
なので、2年生と1年生は、参加するかどうかは自由で、今年の写真部は全体的に参加はせずに、撮影スポットの下調べと自由行動である。
ああ、若葉ちゃんは、明日華ちゃんの卒業式に参加しなきゃなので、そっちにいっているんだけど。
お付き合いのある卒業生がある生徒さんは、式の方に参列しているという感じだろうか。
そこは先に出席の届け出が必要で、参加しているみなさまは、きっといい顔をしているのだろう。くぅ、あいなさんそれを撮りまくれるとか、羨ましいかぎりだ!
と、まあ私情はともかくとして。
『撮りたい』が、強くなってる今の写真部のみなさんは、特別親しくしているお姉さまがいる、とかではなければ卒業式に出るよりは、下調べの方優先になったのだそうだ。
おまえの影響だろって? 別に洗脳してるわけではなくて、「最高の環境で、最高のお姉さまを撮りませんか?」といっただけのことで。
だって、体育館にいてもカメラ使えるのあいなさんだけだもん! ほんと、うらやましい!!
まあ、体育館での撮影を自由化してしまったのなら、「式」という体裁がとれなくないですか? というのは、ほのかさんの辛辣な意見なのだけど、まあ、確かに自分はともかくとして「写真部の子達を制御できる」かどうかは、謎としか言えない。
え? ルイさんちゃんと、自制できますよ? いままでも実績がちゃんとあります故!
「まずは校庭とか周囲のところだね」
「正直、ルイ先生になってから、卒業式の撮影の方針がガラッと変わった気がします」
さすがに式の方に参加する子の方が多かったんだけどなと、ほのかが苦笑を浮べている。
「そう言ってもらうと嬉しいけど、きっかけをあげたくらいでしかないよ」
生徒さん達の自主性の賜なのですというと、うわぁ、なんか先生っぽいとほのか言った。
「それにほのかもわかってるだろうけど、この学校ほんっとうに景色がいいんだよ。もう、お嬢様学校です! 資金ばんばんだします! 目を肥やしましょうってな具合でいっぱい良い物がそろってるからね」
絵画とかももちろん廊下に飾ってあったりするんだけど、それとは別で日本庭園みたいなのもあるじゃん、というと、それこそ水のある風景ですね、とほのかが同意してくれた。
そうなのです。公立の高校のあの実用性ばりばりの空間ではなく、ここは芸術家が作りあげましたというような、高級感のある施設が多くあるのである。
「ふふっ、撮っているね、よきよき」
さて写真部の生徒の後ろ姿が発見されたのでとりあえずカメラで写真を押さえておく。熱心に撮っている姿は可愛らしい。
「声はかけなくていいんです?」
「そこはほら、影からこっそりでね。自主性を重んじる必要があるし」
よし、じゃあ移動しようと少し手をうずうずさせながら無理矢理声を出す。
「ルイさん自分であの景色撮りたくてたまらないんでしょ?」
「そうなんだけど、今は我慢です」
お仕事の時はちゃんと自制ができる人です、というと、お、おう、と言われた。
いちおうコンビニで働いている間はカメラから離れた生活しているしね。そこまでカメラジャンキーというわけではない。
そんな話をしながら移動しては、撮影している子の撮影を続けていった。
みんな一生懸命にカメラを握っている姿は微笑ましいなと思うばかりだ。
「あらあら、これはルイ先生。ごきげんよう」
そんな風にしてどれだけ経ったのか。
また不意に声をかけられた。
「ごきげんよう、笹沢先生」
「ああ、ささセンセだ。ご無沙汰しています」
「まあまあ、佐月さん。一年ぶりね」
写真を撮っているとついつい時間を忘れてしまうもので、すでに卒業式が終わって、体育館からみなさんがぞろぞろと外にでてきているようだった。明るい声がいろいろなところから聞えてくる。
さて。目の前に居るのは、以前、奏としてこの学院に潜入していたときに、一週間担任をやってくれていた笹沢先生である。
当時は、思いっきり名前を覚えていなかったのだけど、これでもルイさん、いちおう写真部の顧問なので、それなりに交流をさせていただきまして、名前も覚えた次第でございます。
この学校のOGでもある彼女は、当時写真部の顧問も担当していた人なのだった。
あのほのか達を苦しめたクソ制度を作った人、というわけではなく、結局よくわからないし今まで通りに管理維持をしていこう、という感じで担当していただけのお方だ。たぶん、問題意識はあったけど、なにもできなかった、という部分があったのだろう。
でも、それを彼女のせいにするのは、もちろんよくなくて。
そもそも、フィルムカメラの時代からのやり方をずーっと続けてきた結果があれだったのだ。
今時、デジタルカメラならいくらでも何枚も撮れるのを指摘できる人がいなかったのである。
「ええと、佐月さんルイ先生と一緒なのって、写真部関係なのかしら?」
「そうなりますね。写真部のOGとして奏の分も合せて写真部を見守りにきました!」
「ああ、大空さんね。ええと、結局あーうーん、佐月さんはあのあと連絡は取ってるの?」
さすがに、おおっぴらには言えないけど、そのと、笹沢先生はちょっと興味津々だったようだ。
女装力最強のカメラっ子が学院にもたらしたものは、割と写真部と関わった人達に影響を与えているのである。
「卒業するまでは、交流は控えた方がいいだろうっていわれてて、その後はいちおう連絡は取り合っています」
「あれだけ可愛い子なんだから、絶対、別バージョンは超絶イケメンだと思うんだけど」
「……ささセンセ。ストップです。なかったことになってる話なので」
ルイ先生もいるので、だめっ、だめー! とほのかがストップをかける。うん、ナイスな判断です。
「ええと……一昨年の事件ですね。去年ほのかの卒業式の撮影のときにちらっと聞いた記憶はありますけど、内緒の話だったら私は聞かない方が良さそうですね」
ここに来る前の話ですし、としれっというと、あははっ、そうしてくれると助かりますと笹沢先生は手をぱたぱた振り回していた。一応奏さんと差別化ができているルイさんである。
「そういえば、ささセンセって、いま部活の顧問とかってどうなってるんですか?」
今はもう、写真部の顧問ってわけじゃないんですよね? とほのかが問いかける。
まあ、ルイさんが顧問やってますっていう考えだと、前任者はなにをやってるのかなって思うところなのだろう。
「あー、ええと、実をいいますと、写真部の副顧問をしております」
「はい、笹沢先生には大変お世話になっております」
「ま……じか」
ほのかは、は? という顔でルイを見ていた。
ルイ先生、雑用全部押しつけてるんですか? とでも言わんばかりである。
「いや、ほらあたしこれで大学生だし、教員免許持ってるわけでもないし、顧問っていってもコーチみたいなもんなのさ。だから部活としての予算だったりとかは、先生達に委ねるしかないっていうのがあってね」
実際やってるのは、写真の撮り方を教えることや、学外イベントの引率くらいで、学校関連の折衝とかは笹沢先生にお願いしてるのです、と弁解をしておく。
スポーツだとコーチが呼ばれることがあるけど、文化部であってもこの学校の場合は学外のその道の先輩を呼ぶということは、割とあることなのだ。
華道やら茶道などでは、二月に一回くらいプロの人がお稽古を見に来るという話だし、そういった場合は顧問は別にいて運営を取り仕切っているのである。
「そりゃまー、言われてみれば写真馬鹿のルイ先生が、予算がどうのとか処理できるわけもない、か」
なるほど、納得ですとほのかに頷かれてしまった。
いや、それはそれでちょっと傷つくルイさんです。
「佐月さん。そこは適材適所っていうことで。私は今の写真部、活発で好きですよ」
裏方の仕事はこっちにまるっと投げてもらって大丈夫です、と笹沢先生は力強く請け負ってくれた。
正直、月二回以上出勤という条件からもわかるように、写真部の顧問として専任できるルイさんでもないわけで。
その分のサポートもしっかりしてもらえるので、助かるばかりである。
「ふふっ。ほんと笹沢先生にはお世話になってるので、よかったらツーショットいかがですか?」
かつての教え子と先生ということで、とすっと身体を移動させるとほのかさんは我が意を得たりという感じで、ささセンセの腕をとって、いえーい、と誘導してくれた。
うむうむ。背景としてちょうど校舎が入るような感じで、ばっちりでございます。
「来年も、うちの子達、よろしくお願いしますね」
撮った写真はあとでデータをプレゼントします、というと、笹沢先生からそんなことを言われた。
あとで学院長室に来るように言われているけれど、もうちょっとコーチを続けたいものである。
久しぶりに登場の、ほのかさんの担任さんでした。
当時のルイさんは、奏さんしてたのでそのときは名前覚えてなかったのですが。
今では懇意にしておりましたということで。
顧問の話しは、まりえさんが前に言及してたのを修正しました。ささ先生推しで行きます。