721.斉藤さんと志鶴先輩の場合1
このお話は「459.彼氏と彼女と撮影者」を復習してからの方がいいやもしれません。
……解決するまでに、リアル時間で六年以上経ってるって……(あばば)
さーせん。
小麦粉をはかるとボールにそれを移し替える。
ふぁさっと、勢いがついて粉が舞うのは、少し勢いがついたというか、力が入っているというか。
そんな光景を見ながら、ルイはお茶をいただいていた。
コーヒーと紅茶とどっちにする? といづもさんに言われて、紅茶をお願いしたのだけど。
相変わらずに、かぐわしい香りと温度がちょうど良い。今日は定休日だからただで良いわよ、といってくれたのは、本当に。
本当にありがたい限りだ。
自分で淹れなさいとは言われたけれどもね。
人件費分くらいは、自分でまかなってくださいということらしい。
まあ、お茶の淹れ方とかはちゃんと教わっているしどうすれば良いかもわかっている。
ねえ、ルイちゃん、うちでアルバイトしないかしら、と冗談で勧誘されるくらいにはちゃんとできてるつもりだ。
「今よりお客がふえて」「今よりトラブルもふえる」ので良いのなら、といったら、めちゃくちゃドン引きしながらごめんなさいと言われた。
はっきりと想像してしまったんだろうなぁ。
女性客が多めなシフォレではあるけど、ルイさん効果があると客層も若干変わってしまいそうな気がする。
じゃ、二号店はルイちゃん店長お願いね! でも、上納金よろ! とか言われたら、「お断りします」である。
さて、ご覧の通り本日お邪魔しているのは、シフォレなのだけど。
ここにいるのはルイと、いづもさん。そしてもう一人のみだ。
定休日ということもあって、店内はがらんとしている。
まあ、定休日でもいづもさん割とここでお菓子作ったりしてるから、寄れば入れる状態の日の方が多いのだけど。
今日はお願いをした上でここに来てもらっている。
どうして、この状況が生まれたのか、といわれたら、まぁ。その。
「いづも先生!」
かなり必死に、序盤の計量作業をしている斉藤さんの存在をみれば、ああ、お察しとなるのかもしれない。
そう。世の中バレンタインシーズンまっしぐらで、実を言えばシフォレでもチョコレート系のお菓子については展開予定だそうだ。
そっちの準備は大丈夫なの? と聞いたらしれっと、「迷える女の子の手伝いなら、いくらでもするわよ」と余裕の顔である。
ほんっともう、いづもさん、苦労しながら修行したからって、ハイスペックすぎませんかねと思ってしまう。
さて。斉藤さんはいちおうこのお店の常連ではあるけれど、個人的にバレンタイン対策の手ほどきを受けられるか、といわれたらそんなことはないので。そこはルイさんのツテというのを絶賛つかっているわけなのだった。お願いお願い! と言われたのなら、そりゃ断れないし。
しかも渡す相手は、うちの先輩の「おねえさま」である志鶴先輩なので。
これはもう、口利きをしないといけないよね、という感じなのだった。
もう、去年話を聞いてから、一年である……
お前がいうな! というのはわかるけど、恋愛ですぱっと「告白しました!」みたいな人の精神性の方がわからない。
だから、せめてお手伝いをということで電話で連絡を取ったら、いづもさん的には。
「ツーカーでマブダチなので、特別ね!」とパチンとウインクされたのだけど、マブダチはともかく、ツーカーがわからなかったので、タブレットさんのお世話になった。
つ、ツーカーわからないか……と言われたけど、調べた感じだといづもさんも世代じゃないんじゃ? とかも思った。
年上と話す機会の方が多かったというから、そこらへんの影響なのだろう。
ツーカーとは、「お互いの気心がしれてて、意思疎通とかわりとすぐできちゃう系の関係」みたいな。一を言えば、あうんの呼吸でわかるとか、そんな感じの関係だそうだ。
携帯の会社が由来ではないそうである。
ちなみにマブダチは、まぶたにいれても大丈夫な、ダチだと思っていたんだけど、調べたら「マブ=本当の」の意味合いで、そこにダチがつくことで、「すっげー! やべぇ! 感じの信頼関係のある親友」くらいな感じとでも言えばいいんだろうか。
ダチコーとか、ダチンコとか、友人のことをいろいろな呼び方をしていた時代があるのだそうだ。
っていうか、マブダチって青木とかに言ったら「まぶい、ダチって友人に恋愛感情を向けるとはーー」「ああーーー」とかいいそうである。
うん。まぶい、ねーちゃんと、ざぎんで、しーすーですね。(昭和)
マブは、まぶしいではなく、真ぶ、とかそっちの感じが入るんだろうね。
「ん。まあ、どこまでを求めるのかってのもあるんだろうけど、どういうクオリティになるんだろうねぇ」
ぽけーっと、そんな感想をこぼしながら、用意されていたお菓子に手を伸ばす。
マカロンをはむっとしつつ、さっくりした食感にほわんとする。
ただの付き添いなのに、至れり尽くせりで幸せな感じである。
いづもさんからは、「あんた餌付けしないと、カメラさわるでしょ?」と言われている。
間違いではないけれど、いづもさんが斉藤さんを指導している姿は普通に微笑ましい光景なのだけどなぁ。
撮っても良いとはいわれてるので、普段の十分の一くらいのペースで撮ってはいるのだけど。
さすがは高校時代、男子からの評判の高かった子である。
演技上手かったのになぁ、とぽそっとあの崎ちゃんから言われた子でもある。
むー、思えば高校時代にもっと一杯撮っておきたかったものだ。
精一杯頑張ってきたつもりではいるけれど、あの頃は女装してないと写真撮れない子だったから、できないことも多かったのだ。
今ではそれなりに撮れるようになってはいるけど……まぁ、こっちのスタイルの確立ができたと思えばそれはそれでいいのだろうか。
「はーい、そこはこんな感じで、なめらかにねー! チョコはなによりなめらかさ! そして温度なの! ただ溶かして固めるものじゃないからね!」
「それ、昔、かおたんにも言われましたー!」
でも、先生の方がより専門的です! と言われて、そんなこともあったねぇと懐かしく思いながら、紅茶をすすった。
ん。おまえ、今なら写真撮ってるだろ? ってタイミングだよね!? って思うよね。気が触れたかよ!? 元からかよ!? とか言われそうだけど。
そこは、もうチョコ作りに集中するため、あんまり撮らないでねー! といわれたのである。
いちおうこれ、千鶴さんの本気勝負というやつなので。
あんまり邪魔をしちゃいけないかなぁと。いつもよりもセーブして写真を撮っているのだった。
お菓子も美味しいしね。
「かおたん先生かー。ちょっとそういうイベント体験できるの羨ましいわぁ」
っていうか、普通にめちゃくちゃ楽しそう! といづもさんが目を輝かせる。
「女子向けイベントだからーっていって、わざわざ上着脱いで女の子っぽく見えるように切り替えてくるものだから、そのイベント参加者はびっくりで」
まー、一部すでに知ってる人達もいたわけですけどねー、と斉藤さんはなぜかドヤ顔である。
そういえば初めて、こっちの顔を見せたのは学外実習のときのことだったね。懐かしいお話だ。
「でも、ドーナツはさすがにやったことないですよ?」
油の扱い面倒だし、というと、ふっふふといづもさんが言った。
個人でやるのは、本当に面倒臭いのが揚げ物である。
そもそも大量の油を使う! という決断自体が貧乏性でできない……やるとしたら表面に油を塗ってオーブンで焼くとか、ノンフライヤーとかでドーナツはどうなんだろうか。まあ、うちはノンフライヤーはないのだけど。
そうなると、お店で買う話になるのだけど、それもまた……悩ましいところだ。
コンビニでの取り扱いも終わってしまったしなぁ。
「揚げ上がったドーナツを油切りして、落ち着いたらさっきでろでろーってしてもらった、チョコをでこるかんじね! あとは、マカロンの方も作ってみたんだけど、これ、男の子にはどうなのかしら?」
マカロンの男性人気は……正直なところどうなのだろうか?
ルイとしては好きな物ではあるけど、大好きー!という男子の知り合いはいない気がする。
「バケツ一杯食べたい気分なのでは?」
質より量が若い男子というやつなのです、というと、ふぅんと斉藤さんからなにか言いたげな声が上がった。
そんなに一杯なお弁当じゃなかった気がしますがとでも言いたげである。
「あー、まあ、マカロン結構良いお値段するものねぇ。かといって、ポン菓子レベルの値段にできるわけもなし!」
「それ、比較対象やっすすぎません?」
手間賃! 手間賃! というと、そうなのです、手間がかかるのですと、いづもさんは嬉しそうである。
ポン菓子も圧力という物理法則を使った楽しいお菓子ではあるのだけど。
世の中には、贈答用のお菓子と、自分で楽しむ駄菓子というものがあるのである。
どこかの誰かが、バレンタインに「麦チョコ」(100円くらい)をあげたのだが、手作りチョコより喜ばれたりしたそうだ。
ようは比較対象と、相手との関係性というものではないだろうか。
「現物の価値というより、自分のためにここまでやってくれた! っていう部分が大きいのかもですね」
ま、好ましいと思ってる相手から受け取ってこそだと思いますが、というと、ほー、ルイさんは受け取った事があるのかーと、斉藤さんが集中を切らさずに声をかけてくる。
「んー、こっちからもあげてるから、友チョコの範疇だとは思ってるんだけども。クリスマスのプレゼント交換の感覚かな」
いや、あちらの好意はわかるし、さすがに嬉しいなとは思うんだけどねぇ、と困ったような声でルイは答えた。
「ちなみに、嫌いな相手からだと、やばいって知り合いが言ってたわよ」
ま、芸能人はセキュリティが強いから今は大丈夫って話だけどね、といづもさんが補足してくれる。
きっとHAOTOのメンバーの誰かからだろう。蠢あたりなのかな。古い仲みたいだし。
「わー、どんな感じなんですか?」
「愛が重すぎて、ナニカが入っているらしい」
お菓子作りの場所でこれ以上はいえない、といづもさんは首を振った。
まあ、お話でよくあるやつってことなんだろう。
……コスプレ衣装を送ってくる翅さんは、愛が重いような気がしますが。
「ひぃい。さすがにそれは勘弁……」
あー、でも園児なら、変な物でも受け入れちゃうかなぁーと、斉藤さんが菩薩の顔をしていらっしゃった。
うん。純粋さって大切だね!
「さて、チョコが固まるまで、ちょこっと千鶴ちゃんのお話を聞いてみたいのだけど」
一通り作業が終わって、ふぅと、紅茶を口に含みながら、いづもさんが言った。
ちなみにお茶はルイさん手ずから淹れて差し上げています。
「お話って……この流れだと、相手のこと、ですよね?」
「そそ。良い出会いがあるのねって感じで、興味があるのよねー」
写真とかがあるなら、是非とも見せて欲しいんだけど! といづもさんが前のめりだ。
ちなみに、志鶴さんの写真をルイさんはめちゃくちゃ一杯持っているわけなのだけど、勝手に公開するわけにもいかないのでここは静かに成り行きを見守ることにする。
「繊細系美青年って感じですかね。ちょっと影があるというか、そういうところにすっごく惹かれるんですけどねー」
「まぁ、志鶴先輩は確かに美人さんですよねぇ」
「あれ、ルイちゃんも知ってるんだっけ?」
「大学同じですからねー。ま、あたしが通ってるわけではないけど」
でも、コスプレ関係でちょっとお話したことはありますよ、というと、ほほーと言った。
「ルイちゃんから見て、どうなの? その先輩さんって」
ちょっと影があるって、結構お付き合いするの大変そう、といづもさんが首を傾げる。
「そこはんー、マッチングってやつじゃないかなぁ。斉藤さん、困ってる人を保育するの好きだし」
「保育!? ちょ、千鶴ちゃんあんた……まさかそんな大人なプレイを……」
バブみ……っ!? といづもさんがちょっと引いた。
「ちょっ、ルイさん言うに事欠いて、保育はないんじゃない? ケアとかそっちだってば」
さすがに成人してる人相手に保育はちょっとアレですと斉藤さんがぷんすこしている。可愛い。
一枚撮らせていただいた。
「まあ、とはいえ、あんまりケアはできてないんですけどね……いっつも空元気というか優しくはしてくれるんだけど、なんかこう距離があるというか」
もう一年も付き合ってるというのに、なかなか本心を出してくれないのです、と斉藤さんは言う。
「へぇ、影があるっていうのがそういうところか」
ちらりと、いづもさんがルイに視線を送ってくるのだが、それには気づかないふりをして紅茶うまーと、お茶をすすることにする。
勝手に情報漏洩をするつもりはございません。
「なので、今回のチョコでもっと親睦を深められるといいなぁって思ってます」
ここのケーキの味は十分知ってますし、期待大! と斉藤さんがキラキラした顔をしている。
「ふふっ。ルイさんそんなにバツの悪い顔しないでいいよ。ルイさんには、っていうかかおたんには相談済みなんでしょ?」
「……うん、まぁ。知ってはいる。でも、他のお宅の事情なので本人が助けてっていうまで、特になんもせず、だよ? 敢えて言えば楽しくお友達させてもらってるくらい」
仲のいい先輩後輩って感じで、老後の面倒までみますー! とかはないよ? というと、たしかにかおたんはいろいろ首つっこむけど、一晩の関係よね……と、斉藤さんが不穏なことを言い始めた。
「うはっ。一晩……言い得て妙ではあるわね。あたしのときも割と秒で解決だったからね」
「秒って……いづもさんも何かあったんですか?」
ん? と首を傾げている斉藤さんに、まっ、いつも通り自信なさげだったいづもさんに、わからせてあげただけです、としれっと言っておいた。
「つまりこう、壁ドンしていづもさんを口説き倒した……と?」
なんてことはないか! と斉藤さんは苦笑を浮べた。
「はははっ。そんなことはできないかな。でも美人さんとして撮ることはできるので、ね」
ちらっとカメラを見せびらかせてそういうと、ああそういうことか、と納得してくれた。
「当時のいづもさんは、ほんともう、まじでへたれさんでねぇ。誰が何を言おうと、自分なんて世界一のパティシエだけど、見た目ゴリラですからー! とか卑下しやがったわけですよ」
「ちょっ! それは事実無根! っていうかあまりにも、どっちにも誇大広告ってやつよ!」
「えー、でもそれ、思ってないんですかー?」
ねぇ、と肩の辺りをつんつんすると、いづもさんはぷぃとそっぽを見て。
「そりゃ、いつかは大絶賛の評価は受けたいけど、世界一はないわよ……」
何を言い出すの、この子はと、いづもさんがいうと、ひしっと斉藤さんはいづもさんの手を握っていた。
ひどいよね! とでもいいたいのか、ほぼ同盟体制である。
え、そうじゃないって? ゴリラの方に反応していますか?
「じゃあ、ゴリラの方も、ハリネズミとでも言い換えればいいですか?」
ハリネズミのジレンマ……って、昔は流行ったのでしょう? といってやると、うぐぅと、いづもさんはうめき声を上げた。
「くっ。いつだって、恐怖とはまさしく過去からやってくる……とかいっておかないといけないじゃないの」
「あれ、いづもさんオタクだったっけ?」
「……日本にいたときのドンピシャで男友達に借りて読んだわよ。っていうか、味方はいなかったけど、友達はいたのよね」
「なかなかに、難解な言い方にちょっと、志鶴さんみを感じるけど……」
うむぅと言い始める斉藤さんに、こほんと咳払いをしてから話し始めた。
「まあ、ここで、煙に巻くような感じで言うのだけど。いづもさんも今の状態を得るために、すっごく頑張って。頑張ったあげくに、最後の勇気が持てないところを、こちらでおし上げたというわけです。ああ、照らし上げたでもいいのだけどね」
だからね。
と、ふふっとルイは蠱惑的な笑みを、浮べて言った。
「今回、ちづちゃんが上手くいったら、その顔を撮らせて欲しいし。たとえ失敗したとして」
そこで、少し首を傾けながら続きを言うことにする。
「それでも、泣き顔と、それでも起き上がる顔を撮らせておくれよ」
どっちみち、味方だからね、といってやると、斉藤さんはちょっとだけ顔を赤らめ。
「たはぁーーー! いづもさん!? こんなのの友達でいつづけるの、くたびれません?」
「あー、基本甘味を与えれば無害なので。この子、自分の恋愛はとんでもなく朴念仁をこえるけど、他人の恋愛の野次馬なら大好物だから」
さらに、あまくて、幸せな顔とか撮れたなら、たまらーんって、でれでれするからねぇ、といづもさんが言った。
もう、しょーがないのよー! といづもさんが呆れた様に言う。
でも、いちおう勝手に言っているわけでもないのだ。こちらだってやれることはやりたい。
「それに、志鶴先輩がぎゃーすか言ったら、我らでカチコミにいきますので」
ご安心めされ、というと、いづもさんが首を傾げた。
「我ら、ってあたしも?」
「うん。是非ともご協力をお願いいたします」
ここまで協力したなら、最後までですよ? というと、いづもさんは、はいはい、わかりましたと呆れた様に答えてくれた。
かくして、斉藤さんの一年越しのアピールタイムが始まることになったのである。
マカロンは「見た目かわいい!」のところに価値があると個人的には思っています。
作者もバケツ一杯のほうに近いかもしれぬ……ポン菓子をバケツ一杯食べたいかも!
美味しくないですか!? 昭和おなじみの、ポン菓子。
ま、他のケーキとかも、見た目の価値がお値段に反映しているのは、あるわけで。
可愛いから買って、元気をもらうってのは、良いことかなと思っています。
貧乏性の私は、マカロン一個と、チロルチョコを比べると……(ぐぬぬ)
収入が十倍にでもなれば、チロル感覚でマカロン買えそうですけど、それって、無理臭いし。
インフレで給料が増えたら、チロルチョコが一個100円とかになりかねない! こわっ。
さて。前から消化しておかないといけないなぁと思ってた、「ちー、しー」のお話。
志鶴先輩のお父様との向き合い方とか、一年熟成された考えは、どうなるのか!
(あ、もっと早く介入しろよ作者!? って声が聞える……でも、ルイさん忙しかったんだもの! 斉藤さんも自力でがんばろーとしたんですってばー!!)
まあ、それはそうと。
次。続けます。続きます。うん。