718.巫女さん達とお買い物5
くっ。11月30日が過ぎてしまった!
目の前には、クマのぬいぐるみがいた。
「……クマさん。こんにちは」
「……! ……」
挨拶をすると、お手々をちょこんと出して、可愛く挨拶をしてくれる。
ただし、言葉はしゃべらない。
そう、例の木村のクマさんは人の言葉を勉強中なので、まだまだ無言なのである。
周りを見渡しても妖精さんはいないようで、ショッピングモールのスタッフさんがいて、ポイントカードを作らないか、というようなキャンペーンをやっているようだった。
テーブルが置かれていて、何人かが座って登録などをやっている。
「わぁー! クマさん! これ、テレビでやってたヤツですよね!? うわー、本物ですか?」
「ふわふわ……ああ、可愛い」
おぉお、と、女子勢が思い切りクマさんに引きつけられているようで、ちょっと高めの声を漏らしていた。
男子勢……というか、社くんはそんな姿を、ほんわか見ているし、女装勢の二人は、手を出していいのかしらと無意味に胸元で手をもにょもにょしていた。
「まさか、ここで会うとは思わなかったけど……あれ、もしかしてブランド繋がりで呼べた感じですか?」
「あれ、お客さん詳しいですね! はい、この子が売り出されたお店と同じブランドがこのモールにもありまして」
そのツテもあって、時々こうやってイベントの時に来てもらってるのですー、とモールの人がクマさんの頭をなでた。
ううむ。このクマさんのスタートはもちろん高校時代のクラスメイトの木村がデザインをして作ったちびクマからだ。
どんな経緯なのか着ぐるみまで作っていて、それの出来が良くなってキャラクターとしてテレビに出るほどにまでなったものである。
確かに、近くの店は木村の姉さんが働いているのと同じブランドのショップがあった。
お正月セールをやっているので、なかなかにきらびやかで明るいイメージになっているようだった。
にしても、いろいろなところに貸し出しているとしたら、移動もなかなか大変そうだなとも思ってしまう。
おそらくガワだけ輸送しているのだろうけど、なんとなくトラックで運ばれる姿というのを想像するとシュールだなぁなんて思ってしまった。
「あ、お客さんもこの子のファンなんですね。そちらにつけてるストラップ、この子とおそろいだ」
「はい。昔友人にもらったものなんですけどね。お出かけするときはたいていつけてるので」
ルイとして出かけるとき、という意味合いでのことなので、実は頻度はそこまでではないのだけど、プライベートの時は割とバッグに括り付けられてる子なのである。仕事の時はさすがにつけるのはちょっとということで外しているけれど。
「ということで、ポイントカードのご登録いかがですか? 今でしたら200ポイントご入会で付きますけど」
「あー、すみません。ちょっと遠くから来ているもので、このモールをこれから頻繁に使えるわけではなくて」
「なるほど、旅の途中って感じですか。でもこのカードは他のモールでも使えますし、ネットスーパーでも使えます! なんならスマホのアプリから登録いただくこともできますし」
ぜひとも、この機会にご登録をお願いします、と言われてしまって、ううむと、少しだけ考え込む。
普段、買い物をする場所というのが、木村の姉、聖さんのショップが多いのだけど、入っているモールがここの系列ではないのである。
カードを持つのは正直お財布を圧迫するし、スマホというかタブレットで登録できたとしても容量の問題もある。
そうなると、登録しても使わない可能性の方が多いとどうしても思ってしまうルイなのだった。
「お連れさん方は、ポイントカードお持ちですか? クレジット機能はついてないので学生さんでもお持ちいただくことができますよ」
「あー、私たちは地元民なので、もうすでに持ってまーす」
よく来るところだし、ポイ活は大事なのですと、紀人さんが言った。
他のメンバーもそうだったみたいで、それぞれすでにカードは所持しているようだった。
「あれ。割とそこらへんみんなしっかりしてる感じ?」
「収入が少ない我らとしては、少しでもこういうところで節約しないとです」
「還元率とかいろいろ考えると、アプリとかクーポンとかとっても大切なんです」
うんうんと、みなさんすごく同感なようで、思いきり頷いていた。
ううむ。そもそもスマホではなくガラケーを使ってきたルイさんには、少しばかりなじみのないお話である。
しかも、あまりそういうポイントがどうのというところでの買い物をしない身としては、作ってるのは聖さんのところのポイントカードくらいなものじゃないだろうか。
地元のスーパーのやつは母様が持ってるけど、基本的に買い物はお任せで冷蔵庫にあるものでご飯を作りましょうというのがルイのスタンスなのである。
「なので、お姉さんもどうですか!? ぜひともご登録を! なんならクマさんにぎゅってしてもらう権利を進呈しますよ!」
「!! それは魅力的な提案ではありますが……むしろカードとかアプリとか持ってるこの子たちがぎゅってしてるのを撮影したいです」
クマさんと一緒に写真を撮ろう! なんていう看板も立っていたので、それについて問いかけておく。
確かに、もぎゅーっとすると癒されるサイズのクマさんではあるけれども、やはりこちらとしては撮影者なので、公的に撮ってよし! と言われている場所があるというのはありがたいことなのだ。
「あー、撮影する方が好きなんですね。でしたら、カード作成で撮影し放題っていうのはどうでしょうか?」
一件でも多く登録してもらわないとなので、こちらもなりふり構っていられませんと、スタッフの方が言った。
くっ。発行料300円か。それで嘗め回すように、クマさんを激写できるとなったら、それはそれでありなのではないだろう……
「あー、ルイさん。一応言っておきますが、あんまり時間はないですからね? し放題って言われても、激写はできないですから」
「うぐっ。めぐくんが正論をかざしてくるぅー」
うん。知ってる。ええ、知ってますとも。思わずでっかい着ぐるみクマさんがいたから反応してしまったけど、本来ならば聖さんと同じブランドのショップに行こうかという話をしていたところなのだ。
「わっ、わかってますよー! というわけで、おねいさん、今回は登録なしってことで」
ごめんなさいーといいつつ、歩き始めると大きなクマさんはしょんぼりしていたので頭をなでてあげた。
スタッフさんも、そんなーとがっかりしていたけど、他のお客さんを見つけて活動を開始したようだった。元気な方だ。
とはいえ、ここでまごまごしているわけにもいかないので、ぞろぞろと移動させてもらうことにした。
割と大人数での移動ではあるのでそれなりに目立っているらしい。
「ふふっ、いらっしゃい。さっきのやり取りはこちらから見せてもらってて、ちょっと面白かったわ」
目的の店についてそうそう店長にそう言われると、周りのスタッフも「いらっしゃいませー!」と声をかけてくれる。
「いやぁ、お騒がせしました。あのサイズのクマさんがいたのでつい騒いじゃいました」
このお店とも縁がある子ですよね、というと、売れ筋商品ですねー! と店員さんが反応してくれる。
確かに、服がメインのお店ではあるけれど、一区画にクマさんコーナーが用意されている。
発売してから四年くらいは経っているけれど、かわいらしい姿はいまだ周囲に愛されているようだった。
「お客さんがつけてるのも、この子ですよね。でもちょっとデザインが違う……かな?」
「いちおう頂き物ですね。完全にハンドメイドなので、今の子たちとはちょっと違いますね」
高校時代の友人からもらったみにクマさんは鞄の外側にちょこんとくっついている。
ルイとして動いているときには、よく一緒に連れていく一体である。
「ほー、じゃあ、君が木村っちの言ってた子かなぁ」
「あれ、聖さんのこと知ってらっしゃるんですか?」
いきなりな名前がでて、ルイは軽く首を傾げる。
ここまで遠いお店でその名前を聞くとは思わなかったのである。
「いちおーほら、同じブランドってことで研修とかもあってね。その時に仲良くなったんだよねぇ。それでちょこちょこ連絡は取りあっててさ。あー、一時期なんか、売れ残りとか集めてた時期とかも、うちからちょっと協力したりとかしてたっけ」
「あー、なるほどー」
時々、聖さんのお店で割引アイテムなんかを購入していたけど、わざわざいろんなところから集めてくれていた物だったらしい。
今でこそ、それなりに生活は安定したけれど、高校生の頃はそんなにお金も使えなかった、貧乏なルイさんだったわけなのである。
「でも、それを差し引いてもありがたいお値段ですよね」
「ふふ。そうね、一応十代から二十代中盤くらいがターゲットだから、こんな感じになるってわけで」
ぜひとも見てって欲しいなーと、店長さんがみんなに視線を向ける。
高校生たちはそれぞれで服を見たりと、お店の方に集中しているようだった。
「あのー、ところで試着とかは可能なのでしょうか?」
「あーうーん?」
さて、それぞれ物色を始めたものの、そこで恐る恐る沢村くんがこそっと手をあげて問いかける。
なにを当たり前なことを言ってんだろう? と店長さんは少しだけ眉を上げていたが、そこで気づいたらしい。
女装力高めな沢村くんでも、服飾関係の人が見ればリードされてしまうものらしい。
「いわゆる男の娘が、女性のお店で試着をしていいか? っていうお話かな?」
「そうです! 実はその……こういうお店に来たことがなくて……ですね」
モール自体に来たことはあっても、なかなか女装姿でこういうお店に来た経験というのがない沢村くんなのだった。
なので、実はちょっとだけ緊張しているようにも見える。
「ケースバイケースとしか言えないかなぁ。うちは店員判断でOKだすかどうかって言われてる」
お客様であることは、変わりはないわけだしね、と店長さんが言う。
「ダメなケースもあるんですか?」
これはめぐくんからの質問である。
めぐくんも……その、衣類関係はお父上の趣味がかなり入るようなので、自分で買い物はあまりしないのだそうだ。
いちおう、学校で女装クラブを立ち上げているので、ここ一年はいろいろ見るようにしているみたいだけど、まだまだ高校生の資金力では購入できるアイテムというものも限られてくるというわけだ。
「あー、んー。ん? あれ。もしかして巫女さまですか!?」
さて、店長さんと会話をしていたところに割り込んできたのは、もう一人のスタッフさんであった。
隣の町に来ているというのに、ここでも巫女さんを知っている人がいるとは驚きである。
「うわぁ、本物だー! うわうわー! すごいー!」
「ちょっ、お客さんの前でそのテンションはどうなの!? 落ち着きなさい!」
わわわと、一人テンションを上げていた店員さんをなだめるように、店長さんが両肩を抑えていた。
とことん前のめりな状態を抑えるためである。
「このテンションは……あー、これ、やってるなぁ」
ぽそっとルイが例のゲームのことをほのめかすと、高校生組は、例のゲーム? とクエスチョンである。
まあ、18禁だし、発売当時は中学生か下手すれば小学生だったかもしれない子たちである。
知ってる方が、なんで? となるかもしれない。
ただ、勝手に説明するのもなんだか申し訳ないので、巫女さんに任せて黙っておくことにした。
「やってますねー。あの店員さん。僕がモデルになったゲームやってますよね?」
「はいっ! 兄が所有していたので、興味を持ってですね! しかも調べれば隣町の神社がモデルというではないですかっ」
なんか、地元に関連した作品とかあると盛り上がりますよ! と店員さんはにっこにこである。
「それで、店長。巫女さまは試着おっけですよね? ええと、そちらのお客さんも問題はないかなと思いますけど」
「基本的に、悪意がなければOKということにはしてるから。あ、でもうちは下着扱ってないけど、扱ってる店舗とかだとそっちはちょっとってことになるかも」
サイズを測って教える、くらいなことはできるかもですが……と店長さんは少しだけ考え込んでしまっているようだった。
さて、そんな状況なのだけど、巫女さんはルイに向けて、こういう感じなんですか? と口をぱくぱくさせながら小声で言った。
他のメンバーには聞こえないように、という感じである。
でも、それこそケースバイケースである。
田舎なのか、都会なのか、お店の傾向や客層などからも、いくらでも覆ることが起こる部分がある。
なので、とりあえず。
「ここでは、大丈夫だって。よかったねめぐくん」
比較的、女装の受け入れがスムーズなのは、やはり都会で、新宿あたりが一番受け入れられやすいのではないだろうか。
それを考えると、こういうところでも女装する人が普通にいるという感覚でいてもらえるのは、割とありがたいことなのかもしれない。
「おぉー! 試着ができるってことは、漫画とかでもおなじみ! 着せ替え大会ができるってやつじゃん!」
紀人さんがやったー! と明るい声を上げた。
どうやら、女装クラブの活動スタートということらしい。
えっ、えええっ、とクラブ会員ではない二人は驚いた声をあげていた。
「おおぉっ、着せ替え大会! それって撮影とかして大丈夫なやつでしょうか!?」
「……聞いてた通りに、撮影になると目をきらきらさせるなぁ……」
これはさすがにちょっと断り切れない、と店長が悩む様子が見れた。
「データの拡散はしない。それと他のお客さんの迷惑になることを控えてくれるなら、許可しましょう」
あーでもぜひ売り上げにも貢献していってねと言われて、検討いたしますとルイは答えた。ちなみに店員さんからは巫女さまの写真、欲しいですーと袖をくいくいされてしまった。これはめぐくんに判断を委ねよう。
「それでは、みなさんちゃんと普段使いできそうなものも選びましょう」
ここはひとつ、大人力を発揮させていただこうと思ったルイさんなのだった。
さて。衣装選びについては、それぞれが選んだ服を巫女さまに着てもらうようですよ。
さぁ! 巫女さまは好きな相手からどんな服を着せられるのかー!
正解は、かっこいいのも、かわいいのも両方いける!! b って感じでございます。
美少女は美少年の夢を見るか、というところですね。
次話でようやくお正月が終わる予定です。はい。