715.巫女さん達とお買い物2
あかん。なかなかデパートにたどりつけない
「ところで、みなさんにお願いがあるのですが」
そろりと手を上げて、沢村君がみんなに声をかけた。
それぞれ話をしていたところのみんなはそちらに注目する。
「デパートに行く前に、コンビニに寄って欲しいんだけど、いいかな?」
是非ともご協力をおねがいしますー! というと一部の人達からは首を傾げられた。
これからデパートに買い物に行こうというところで、コンビニにも寄ろうというのは……ルイの感覚としてはありではあるのだけど、どうやらこの地方の子たちからするとちょっと違うようだ。
飲み物なども持参しているし、あえてそこに寄るか? というのはお金を大切にする世代としては大切なことである。
とはいえ、どうしてそんな事をいうのかは、ルイさんは嫌になるくらいわかっている話である。
「コンビニ寄るならあたしも興味はあるかな。トイレにも行っておきたいし、ね?」
にこりというと、沢村くんは思い切りぶんぶんと首を縦に振っていた。そう、その通りです! という感じである。
ちなみに、コンビニ店員でもある木戸さんとしては他のコンビニの状態を見るのも楽しい経験なのである。
同じチェーンのところであれば売り場の参考にもなるし、別のところであっても、「ほーこんなんがあるのかー」なんて思うこともある。
バイトの身でそんなことを考えるようになってしまったのは、前の店長の教育ではあるのだけど。
ううむ。結婚式するかしないかは関係なく、結婚写真をルイさんにご下命してもバチはあたらないのではないかと、正直思う。
一枚は、むかーしに撮ったことあるわけだし。
「ああ、トイレかっ! 沢村くんその格好だとそういう問題もあるのかー」
「緋榊くんもそうなるんだなぁ。普通に女子トイレ使っちゃってもいいような気がするけど」
お気楽カップルさんが、わいのわいのとそんなことを言った。
そして、他の子たちも、なるほどー! と声を上げる。
「いや、そこは別に僕、心が女の子ですー! ってわけでもないんだよ? いちおう、学校ではいろいろな影響とかを考慮して職員用トイレを使うって感じだけど」
ルイさんもですよね? とこそっと尋ねられたのだけど、ルイさんはそこまで真面目にトイレ問題に取り組んでいるわけではないので、ふいと視線をそらした。
盗撮疑惑は掛けられないように注意しているだけである。
お風呂はさすがに遠慮しているけど、一緒に居る人次第では女性用トイレに入ることもあるルイさんなのだ。
一人の時は多目的を使うようにはしているけど、時と場所によるベターな選択というのがあるのである。
「まあルイさんほどともなるとそうなるものでしょうか?」
小声で巫女さんがそんなことを言った。
ふむ。ルイさんは学校では女装してないので特にトイレの意識をしたことはなかったのだけど、なかなかに大変そうである。
「あー、みんなに確認しておきたいんだけど、めぐくんの教室から、教員用のおトイレって遠いのかな?」
「階段の上り下りはあっても、五分もかからないかなと」
ちらりと、めぐっちの顔を見ると、こまったなぁとちょっと苦笑を浮べている。
「ええと、来年もしかしたら、教室もう一個上になる系の学校?」
そんな顔をみながら、ルイは学校の構造というものを指摘することにした。
「あれ、よくわかりましたね。うちは、一年は二階、二年は三階、そして三年は四階と、上がっていきます。そして教員用トイレは一階にあるから、トイレに行くたびに階段の上り下りですね」
足腰が鍛えられちゃいますね、と巫女さんが苦笑を浮べる。
「鍛えてもムキっとなるんじゃなくて、ほっそりしなやかな足になりそうね」
「それ、セクハラで訴えられますよ?」
お触りはダメですからね、と沢っちにガードされてしまった。
「んー、でも、めぐくん同じ階のトイレは使えないんでしょ? そうなると、来年階段一階分追加っていうのはしんどくない?」
「でも、それはほら、僕の問題というか、個人の都合だし」
学校にそんな迷惑は掛けられないというので、ルイは腕を組みながらうーんと、声を上げた。
「そこはわかってるんだけどねぇ。トイレってのは我慢できないでしょ? それにめぐくんが悪い事しない子だってのは少なくともあたしはわかってるわけで。それにここに居る人達はわかりきってることでしょ? で、お金があれば新しく多目的トイレなんかを作れるかも知れないけど、それは無理なわけで」
巫女さんが困ってるなら、私財をなげうつ系なご老人達は一杯居るだろうなとも思いつつ、そこには触れないルイさんである。
でも、困ってるなら……奥の手くらいにはなるかなともこそりと思っておくルイさんだ。
「それに、ルイさん? 僕のこと、そんなにおしっこ頻繁にするみたいに言うの失礼だと思うんです! 休み時間毎回トイレいかないといけないわけじゃないです!っていうか、せいぜいお昼休みと午後に一回くらいですし」
それくらいなら特に苦労はないですよ、と殊勝な声をあげるけれど、やっぱり急にお腹が痛くなったらとかを考えると健全ではないようにも思う。
階段を三階分さがってトイレにいって、間に合わなかったら大惨事である。
学校新聞にのって、ひそひそされること確定で、さらには巫女さまを大事にする勢力との抗争に発展するかもしれない。
「そうかぁ。温かいお茶を飲んで体を温めるのが淑女のたしなみといってた人もいたしなぁ」
巫女さんもそこらへんはしっかりと対応しているのですね、とからかうと、確かに変なものは食べないようにはしていますが、と怪訝そうな顔をして言われてしまった。
淑女扱いはよろしくなかっただろうか。
「みんなはめぐくんのトイレ問題はどう思う?」
ちらりと視線を周りに向けながら、ルイはそう問いかけた。
この手の問題は、やっぱり女性の意見というのが大切なものである。
「あー、緋榊くんなら別に普通に女性用トイレ使ってもいいとは思うけど……」
「んー、みんながどう思うかって言われたら微妙かなぁ」
男子用トイレを使うっていう選択肢は多分みんな反対するだろうけど、と付け足すと女子二人はおたがい首を傾げている。
まあさすがに、みんなの意見を集めるっていうのは難しいということなんだろうか。
「んー情報あつめるにしても、トイレ問題で大事にするかっていうと悩ましいところかねぇ」
「さすがに僕が声を上げて大騒ぎにするのは、避けたいところがあって」
「緊急時だけは使ってもいいかは聞いておいてもいいんじゃないかなぁ?」
お腹壊さないのが一番だけど、トイレの問題は生理現象だから、絶対はないじゃない? というとみなさんが思い切り頷いてくれていた。
「お風呂とトイレって同じ感じで語られるけど、別モンだよね。ちなみに、沢っちは学校のトイレは?」
「まっ! なんてことを言い出しますか。ぼ、わ、私は普通に男子用ですよ! 男子トイレで待ち伏せていたら、可愛い男の娘は入ってこないだろうか!?」
だ、だんまち!? とかあわあわしながら、沢村くんはそんなことを言った。
ま、彼は普通に男子高校生なのであるからして、当然の反応なのだろうと思う。
「学校で公式に女装しないからねぇ、沢くんはー」
「もー、はっちゃけて、制服きちゃえしー」
わいのわいのと女装クラブの仲間達は盛り上がっていた。
まあもともとそういうのが好きなメンツが集まっているので、やるかやらないかで言えばやってしまえよ! という感じになるのだろう。
「んー、でもその話聞いちゃうと、なにか協力したくなっちゃうなぁ」
「先生に相談とかは……もうしてるんだよね?」
「あ、うん。その結果が職員用トイレって話だからね。先生達もすっごく悩んでたみたいで」
これでジェンダーがどうのって話だったらまた違ったんだろうけど、いちおう僕これで男子だからね、とめぐくんが言った。
ちょっと困ったような顔をするのが可愛い。
「ようは関係者の中で、嫌がる子がいなければいいんじゃないかなとは思うけどね」
男子トイレ入れないっていうのは、他の男子が嫌がるというか、恥ずかしがるからでしょ? というと、まあそうですねと返事が来た。
「だったら、そのトイレを使う子達、たぶん同学年の女子生徒になるんだろうけど、そこらへんから嫌がられなければいいんじゃないかなと」
中には共用トイレは使いたくない子とかもいるだろうし、悩ましい問題だよねぇとルイは言った。
少し前に渋谷で共用トイレを作ったら、騒ぎが起きたニュースなんていうのがやっていた。
ルイとしては、排泄をするところというだけの場所ではあるけれども、敏感な子は嫌がることもあるのかもしれない。
そういう点では女性の方がトイレ問題には敏感なのではないだろうか。
「さて。話してたらコンビニに到着だね。ここでいいの?」
もっとデパートに近くなくていいの? というと沢っちはここで大丈夫ですといいながら自動ドアの前に立った。
ぴろんぴろんと音がすると、いらっしゃいませーという声がかけられる。
ふむふむ。ちゃんと接客をしてくれるお店で、よさそうなところである。
「コンビニのトイレってあんまり入ったことないんですけど、トイレだけ借りてもいいものなんですかね?」
「まー、なにかしら買ってくれた方がお店としてはありがたいだろうけど、綺麗に使ってくれればそれでいいってところの方が多いかな」
ふむふむ、とコンビニの商品の配置などを見ながら店員さんにおトイレお借りしますねー、と声をかけておく。
防犯の意味もあるし、さすがにぞろぞろとトイレだけ借りるというのも申し訳ない部分もある。
店員さんは、はい、いいですよーと言ってくれた。
「とはいえ、目的地の多目的トイレじゃ駄目だったのかなという思いはあるんだけど、どうなんだろ、沢っちさんや」
「あそこはどちらかというと、共用トイレっていうよりは必要としている人向けじゃないですか」
ちょっと入るの躊躇しちゃうんですよねーと沢村くんは言った。
ふむ。必要だから入るんだったら別に使ってもいいような気はするのだが。
ぱぱっと入ってぱぱっと済ませればいいのである。
「まあ、そういうことなら共用トイレを使うが良い! でもだいたいどこのコンビニも男女兼用と女性用の二個なので」
おトイレ行きたい子いたらどぞーとおすすめすると、行っておこうかな、とみんながその気になったようだった。
いちおう、肉体的な男女差でいえばだいたい同じくらいの人数比率なので、ちょうどいいところなのだろう。
「さて、じゃあ待ち時間にルイさんは店舗見学といきますかね」
「ルイさん、コンビニ好きなんですか?」
「まあそれなりにね。おなじチェーンでもそれぞれ違うところあるから、見てて割と楽しいよ」
売り場を作るのは店員さんだから、どんだけデコるのかとか、趣味がでるんだ、というと、みなさんはいまいちわからんという顔を浮べていた。
「例えばここのお店だとポップが充実してるところは、すごいなって思う。店員のおすすめみたいなので感想ちゃんと付けてるし、カラフルで楽しい愉快な店員さんがいるんじゃないかなーって思うわけで」
この感じだと好きにやっていいって言われて楽しく働けてる感じかもねー、というと、おぉーと謎の感嘆の吐息が漏れていた。
そんな感じで店舗を見回りながらみなさんのおトイレの順番を待つことにする。
まあ、念のため行っておこうかくらいなノリでもあるのでみなさんそんなに時間もかからない。
さらには社くんは、俺は別にいいやと連れションに乗らなかったので、共同トイレのほうが先に空いた。
ふむ。ならばここはルイさんが使うしかあるまいて。
「あれ、ルイさん共用なんですか?」
「うん。空いたから入るってだけだね。まあ、可愛い男の娘達の……おっとこれ以上いうと、通報されてしまう!」
それはこまったーと苦笑を浮べつつおトイレにGO。二人ともトイレは座ってする派のようで、便座はしっかりと下ろされていた。
巫女さんはともかく、沢っちは立ってするのかなと思っていたのだけど、どうやらそこらへんにはこだわりはあるようだ。
場合によっては、じじいさんにいろいろと指導されているのかもしれない。
「はぁ……おトイレにはこれだけいっぱいの幸せが詰まっているというのに、どうして素直にそれだけを喜べないのかねぇ」
おトイレさいこー! と心の中でいいつつ、ふにゃっと緩んだ顔を見せるルイさんである。
もしかしたら、トイレが男女別になっているのは、こうした表情を異性に見られるのが嫌だからなのかもしれないなぁなどと。
壁に貼られた掃除チェック表と求人の広告を見ながらそうルイは思った。
さぁそんなわけで、今回はたんまりトイレのお話になってしまいましたが。
至福の時間がおトイレだと思うのです。
でも、トイレの話ばっかりだとあんまりなので……はやくデパート?に連れて行ってあげる所存であります。たぶん次はちょこっとペースが上げられる……はずっ。