712.お正月の里帰り10
遅くなりましたが、やっとーあっぷー!
神社に初詣に行った木戸家は、氏子総代さんとお話をしておりましたとさー!
の続きであります。
「木戸さんのところは本当に、健くんがいて羨ましい限りです」
いいものを見させてもらいました、と総代さんが眼を輝かせながらじーちゃんに挨拶をしている。
ふむ、巫女さんが大好き総代さんとしては健の姿もテンションマックスということなのだろう。
パワーアップした健に、頬を緩めている姿はめちゃくちゃ機嫌が良さそうである。
でも、もう一人ここには可愛い子がいるのだけど、そこに触れないのはなぜなのだろうか。
「沢村くんも相当だと思うのですが、そこには触れないのですか?」
せっかくのもう一人の男の娘さんに話題を移そうとすると、ああーと総代はちらりと沢村くんを見ながら言った。
「沢村くんはほら、普段から町中で女装しているしね。見慣れてしまっているのであまりこう、新鮮さがないというか」
うん。だからやっぱり健くんの方がおじさんは好きだなーと、総代は沢村くんの話題を打ち切るような感じになってしまった。
ふむ、美しいものは何度見ても良い物だと思うのだけど。あー、沢村くん可愛いからもっと写真撮っちゃえ。
カシャリとシャッターを押すと、沢村くんが恥ずかしそうに、そんなに一杯撮らないくださいと、恥ずかしそうな仕草をする。
ふっふっふ。そういう仕草こそが、もっと撮られる原因になるというのを、彼は知らないようである。
「ふむ、木戸さんちの馨くん? 君も写真をやるんだね」
さて、そんなやりとりが気になったのか、総代さんが少しだけ眉を上げて木戸に声をかけてきた。
「はい、いっつも持ち歩いています。タイミングは逃したくないし」
いつでもどこでも撮影OKですとにこやかに言うと、あーあとなにやら困ったような顔を浮べて彼は頭に手を当てた。
どうにも、こちらの態度が気に入らないようである。
「撮影は本人の許可を取るようにね。ここ数年この神社にも、聖地だなんだとマナーのなっていない若者が増えていてね」
君もそうならないように、気を付けてくれたまえと、不審そうな視線が向けられた。
なんと……どうやらカメラを持っているだけで、あまりよろしくない感情をお持ちの御仁のようである。
そういう相手が居ないではないけど、こういう相手を見かけるとついつい、口を挟みたくなる木戸さんである。
「ここが聖地になったのは、巫女さんがモデルだっていうゲームが発売されて、人気がでたからだと思いますが」
それと、カメラ関係なくないですか? というと、総代のおっちゃんはむすっとした表情を隠そうともせずに向き合ってくる。
「それはわかるがね。でもまさかあんなゲームのモデルになるとは思わなかったので」
「総代も巫女様のメジャーデビューだと喜んでおったじゃろうに」
「ぐっ。木戸さんはなんとも思っていないのですか? 我らが巫女様のあんな姿やこんな姿を想像してけしからんと」
ぐぬぬと、総代は巫女さんのゲームを想像しているのか、顔を真っ赤にする勢いである。
「それだけ巫女様がかわいーんじゃからしゃーないじゃろー。ほれ、馨もなんか言ってやるがいい」
ぐぬぬと言う総代の脇でじーちゃんはあっけらかんとしているようだった。
まあじーちゃんはそこらへんわりと、ドライというかうちの可愛い孫にー男の気配などーけしからーんとかは言わないので、こんな反応なのだろう。
「そもそもあのゲームは宮司さんの許可もでてるのでしょう? むしろノリノリだったとも聞いてますし」
さすがにあの宮司さんだったら内容も聞いた上で許可を出すと思うのですが? というと、ちらりと彼の視線が動いて宮司さん、巫女さんパパの方に向けられた。なんとひどい事をしやがるんだという感じである。
あれ? この反応ってことは……
「もしかして総代さんは例のゲームやってないんですか?」
「……それはやった。巫女様のあどけない姿に癒されもした! でも18禁だとは……」
じぃっと巫女さんの視線を受けて総代が押し黙る。
さすがにちょっとこの場でその話はしたくないといった感じである。
そりゃ、神社の元旦にやるはなしか、といえばちょっと違うようにも思うけど。
でも、巫女さんの話題ではあるんだよなぁ。だからこそ言いたくないのだろうけど。
むーん。巫女さんだってもう高校二年生である。
いくらなんでも、なにもしらない純粋無垢な子供を相手にするかのような過保護っぷりはどうなのだろうか。
同年代の男子高校生ならそういうのに興味津々だったりするものだというし、アホな青木みたいに恋人欲しい! みたいなやつだっているものだろう。
「それに元はといえば、ゲームそのものというより豆木とかいうカメラマンがいけないんじゃないか」
「ああぁ?」
さて。総代さんが大きな爆弾を落とすと、じーちゃんから普段聞いたことがない低い声が漏れた。
ふむ。確かにここが聖地と呼ばれて活気づいた原因の一端には、エレナさまのコスROMの影響というのが確かにある。
実際、あのゲーム自体も売り上げがそこでくいっと伸びたというし、発掘したというような面はあるのだろう。
なら、総代さんはそっちの名前を挙げそうなものだけれど、ここで豆木さんの名前が出るのは、神社に来た人達がエレナの名前を挙げつつ、ルイの名前の方を熱く語るからなのだろうと思う。
撮る側のシンパシーとでも言うのだろうか。ここに来る人達は自分がモデルになるわけではなく、多くは撮る側の人間なのである。聖地の中に色々な妄想を浮かべながら。
あわよくば巫女さんの写真が撮れれば万々歳である。
「わーわー、総代のおじさんダメですって。木戸さんは大のルイさんびいきなんですからっ。それに私はどんな経緯であれ神社にご参拝くださる方はありがたいと思っていますし」
わたわたと巫女さんが仲裁に入ってくれる。ちらりと木戸に視線を向けられたので、すまないねぇと軽く会釈を返しておいた。
「なーにがルイちゃんのせいじゃと? あの子は巫女様のゲームを気に入ってわいわいと友人とコスプレしただけじゃろうが。それにこんな寂れた町に外から観光客が来ること自体がすごいことじゃろ」
ほれ、ルイちゃんの影響力すごいんじゃ! とじーちゃんがなぜかドヤ顔をしている。
うちの孫すごいじゃろ、というのとは別で、もともと大ファンだったからこその表情である。
推しの成果をドヤ顔で語るというやつである。
「そもそもコスプレというのがいただけません。神聖なる本職を愚弄しているとしか思えない」
「ああぁ?」
今度は健から不穏な声が漏れた。というか男声に戻してである。まあ大好きなモノを否定されたら誰しもこうなるものだろうけど、振り袖姿のお嬢さんからでてきていい声ではないように思う。
「ちょっ、健くん? その格好で怖い声を上げるのはちょっとどうかと」
「総代はコスプレの事をなんにもわかってないので、お説教です。いいですか? 本職のことをリスペクトしてこそのコスプレです。愚弄などまったくもってするつもりもないです。そりゃ沢村くんを誘うのにまずは可愛いから興味を持ってもらおうかと思っていましたが、けれどもやはり最終的には原典への強い畏敬の念というものなのです。総代はコスプレのコの字も知らないくせに、神聖なるコスプレを愚弄するのはやめていただきたい」
「うわぁ……」
なんというか、健がいきなりオタク特有の早口でまくし立てているので、総代は目をぱちくりさせながら、その迫力にびびりまくりである。お、おう、とでも言いたげな感じだ。
「し、しかしだね。健くん。巫女さんごっこはやはりいただけないよ」
「それじゃあ、そもそも孫を女装させて喜ぶこの町自体を否定することになってしまいますが」
「それは……その、少しでも巫女様をお慰めしようという……」
もごもごと、総代は振り袖姿の健にものっすごく歯切れ悪く反論をしていた。
まー、確かに健達がやっているのも女性のコスプレみたいなものでもあるのだから、そもそもそっちはよくてコスプレを批判するというのは矛盾する考え方である。
まったくもって、健も強いオタクさんだなぁと思ってしまう。
あれだけのコミュニケーション能力を持っているから、こういうことをやってのけることができるので、従姉妹殿は優秀だなぁとほんわかしてしまった。
それにしても、である。
そこに木戸が参戦するかといえば、そんなことはなく。
正直、健とじーちゃんが総代さんとやり合っているので、少々手持ち無沙汰である。
そんなときは、当然カメラに手を伸ばすわけで。
えぇーと困った顔を浮べた巫女さんを撮影しはじめることにした。
うんうん。困った顔もプリティーでございます。
「はぁ。まったくもう。総代のおじちゃんも健さんもお正月の神社でコスプレ議論とかしないで下さいよ。うちの神様が実はコスプレ好きとか思われるかもしれないじゃないですかー」
神様が求めているのは仕えてくれる巫女であって、レイヤーさんではないのだ。
確かに、男の娘で代用するというのは、なりきりに近いものはあるかもしれないけれど、さすがに祀るものが違うということである。衣服の神様とかを祀ってるならありかもしれないけれども。
「ほうら、巫女様もコスプレには反対のようだよ? 健くん」
「ならこちらは沢村くんをその道にずぶずぶひっぱるだけです。っていうか巫女さんも他のいろんな服着てみない? シスターの服とかも似合いそうだよ!」
……健くんや。いきなりそこで別の国の神様の関係を出すのはいかがなものなのだろうか。
たしかに、女装シスターというのは一定のキャラクターが存在するものだけれども。そういえば最新作でトランスジェンダー化した大人気キャラがいるってエレナが言ってたっけなぁ。少ししょんぼりしていたのを覚えている。
「ふぅん。二人とも議論をやめないんだ……」
へぇ、そうなんだと巫女さんの雰囲気が変わっていく。
確かに仲裁にはいったというのに、議論をやめない二人に巫女様はぷんすこ気味のようだった。
怒った顔もかわいいなぁと思って、カシャリと木戸はシャッターを切る。
「ならば、そういう議論は神社の外でやってください。今日はお二人とも出禁です」
ほら、総代も今日はもういらない子なので、帰って下さいとぴしゃりと言うと、総代は、ええぇっ、と驚いた顔を浮べていた。
「健さんもです。他の参拝客のみなさんにも悪いですから。議論は外でやってください」
きりっといいつつ、でも、小声でシスターの服もかわいいかも、なんてつぶやいていたりするのを木戸の位置から確認は取れた。基本可愛い服は好きな子なのである。
「健はじーちゃんと一緒に町の挨拶だろうし、今日のところはそろそろ移動してもいいんじゃないかな?」
「えー、まだお参りが中途半端な様な気がするんだけど」
そこは、ほら、さっさとお賽銭なげて祈りを捧げていきましょう、と、ちらりと巫女さんに視線を向ける。
まだ参拝してないので、それくらいは許してねという顔である。
やれやれと、巫女さんはそれを許してくれたのか、特に邪魔をするつもりはないようだった。
そして、神様にご挨拶をして戻ってくると、巫女さんはツンとしながら、こんなことを言ったのだった。
「あ。それと、木戸さんも今日のところはお帰りを。あの空気の中で僕を撮り続けるとか、らしいですけどダメです」
元旦はもっと厳粛でないといけません、となんと木戸にまで巫女様のお怒りが降り注いだのである。
まったくの飛び火である。別に嫌がってないから今まで通り撮ってただけだというのに。
「お参りも済んだし、そろそろおいとまさせてもらうとするかのう」
巫女様もしっかり成長してるんじゃなぁとじーちゃんはちょっと嬉しそうな声を上げていた。
もはや、先ほど総代とルイの件で言い合ったのはどうでもいいやと思ってるくらいである。
そんな自由なじーちゃんにため息をつきながら、じゃあまた後日くるから、よろしくー! といいつつ木戸家は神社を後にしたのだった。
ちなみに、総代と健は神社を出てからも、言い合いをしていたのだけど……
その光景もちゃんと写真に収めさせていただきましたとさ。
めでたし、めでたし。
とりあえず、これでお正月の神社編がおわりましたー!
最後の言い争いの写真では、白い目を向けてる沢村くんも写っていたりします!
オタクの趣味に口をはさむと、三倍になって返ってくるものなのです。
これだけは、いってやらないと! となってしまうものなのです。
さて、次話ですが、少し前に話がでていた「巫女さんの学校の友達」と買い物に行くお話です。
やぁっとルイさん解禁だよーー! やっはー!