711.お正月の里帰り9
ナンバリング間違えに一ヶ月気づかなかったという……とほほ
「いらっしゃいま……うわぁ、えと……健さんですよね? こちらに戻ってらっしゃったんですか」
「あ、巫女さまー、あけおめー! 今年は無事に里帰りできました!」
お久しぶりです、と振袖姿の健が、巫女服姿の少女に挨拶をしている。
その景色を木戸は一人にまにましながら撮影中である。
可愛い男の娘同士の出会いのシーンとでもいえばいいだろうか。
ふわふわと、木漏れ日が差し込む中での出会いの場面と考えれば、ここは木戸でなくても撮影するところだろう。
「いつでも神様は里の子らの帰りを待っていますよ。それにしても、健さん……ずいぶんと大人っぽくなりましたね」
「そうですかね。自分ではそんなに実感はないのですが」
「でも、確か僕より三つ上だから……」
「今年二十歳です。そういう意味では、大人といえばそうだけど」
実感は全然ないですねぇ、と健は顎に手を当てながら、うーんと可愛らしいうめき声を上げた。
「ええと、巫女様。ご無沙汰しています。お兄ちゃん、お話もほどほどに沢村のおじいちゃん探さないと」
「あ、楓香さん……」
いらっしゃいと楓香のほうにも微笑みが向けられる。
混じりっけなしの100%の表情である。うう、可愛い。
「あっ、そうだった。今年もうちのじいさま達はバチバチと意地をはりあってるみたいで」
ほんと、孫を女装させて競わせるとか、困った人達ですと肩をすくめていると、巫女さんは楽しみがあるのが元気の秘訣ってところもありますからねぇ、と苦笑を浮べていた。
確かに、この町のじいさま達は自分たちの趣味に全力で楽しそうである。
それで町の人達の迷惑になっていないのであれば、それはそれでいいのかなとは思うのだが。
「おぉー、沢村のっ! どうじゃ! うちの孫かわいいじゃろー!」
「ぬぅっ、木戸のじじぃっ。今年も馨ちゃんでしょう……ぶしない、じゃとっ」
さて、巫女さんに挨拶をしてから境内を見回すと、甘酒を配布しているテントの前に沢村さんのご家族が待っているようだった。
「いやー、沢村さんあけましておめでとうございます。今年は母に止められて撮影係をしております」
まー、振り袖姿でも撮影係はやりますが、というと、ふぬぅ、まさかの馨ちゃんの晴れ着が見れないとは……と沢村のおじいさんはちょこっとしょんぼりしているようだった。
そこのところは、健の麗しい姿を堪能していただければいいと思う。
さて、そんなおじいさんは置いておくとして。
「ずいぶんと、着慣れたというか……去年のおどおどっぷりが完全になくなったねぇ」
「ああ、木戸さん。今年は着付けも自分でやったので、ばっちりですよ!」
どやぁ! と沢村くんが去年と同じ振袖姿でくるりと一回転してくれた。
ふふ。はらりと揺れるすその部分がきれいでそこはしっかりと撮らせていただいた。
「去年はご家族にやってもらったんだっけ?」
「ええと、母にやってもらいました」
ちらりと少し離れたところで、お屠蘇をのんでいる夫婦に視線を向けて、あちらが両親ですと紹介してくれる。少し離れたところにいるので軽く会釈しただけでおしまいである。
少しばかり苦笑気味な笑顔を浮かべているのは、息子に女装させることになにかしら思うところがあるからなのだろう。じーちゃんず達は率先してやっているけれど、その下の世代はさすがにちょっとやりすぎじゃないかと思っているらしい。
「うわー、沢村くん随分と着慣れちゃったねぇ。あ、俺のことは覚えてるかい?」
「もちろんです。健さん相変わらず美人さんで……っていうか、うわぁ……」
美しさのクオリティが数段あがっているーと沢村くんは目を真ん丸にしていた。
「それを言うなら、沢村くんも随分といい仕上がりになったと思うけど」
そのままコスプレデビューとかできそうだよ! と健はびしぃっと親指をあげてにっこりである。
田舎の青少年をコスプレの道にずぶずぶ引き込もうという算段だ。
「こらこら、健。そういうのはお好きな漫画はなんですか? とかから始めるべきじゃないかな?」
「いいや、馨兄。着飾るのが好きかどうかからスタートでもいいと思うんだ。みんながみんなキャラ愛が深くてコスプレやってるわけじゃないのは、馨兄のほうが知ってるでしょう?」
ほらほら、いっつも質問攻めにしながら撮影しているカメコさんよと言われると、確かにという思いもある。
エレナみたいにキャラクターを掘り下げてとにかく完成度を突き詰めるタイプというのは、かなりの数がいるし、みんなキラキラしながらそのキャラになりきるものなのだけれども。それでもキャラクターのことはよくわからなくて、衣装が可愛いからっていう理由でのコスプレというのも存在する。
でも、総じて言えるのはみんな楽しくやってるよね、っていうことだ。
いやいややってる人というのは……めったに見かけないように思う。罰ゲームからスタートしても結局ドはまりしたりする人もいるしね。
「ま、一般的にコスプレっていうと、職業制服系とかになったりするから、振袖もその中に入ったとしておかしくないのか……」
おまけに和装は、体系をごまかすための装束としては優秀である。外国の衣類のように腰が目立つようにもなっていないから、寸胴体型でもわりとごまかしがきくのである。しかも沢村くんも多少は身長はあるのですらりとした美人という印象になるのである。
「ということは、撮られる練習をしておくといいということだね」
さぁ、二人ともよったよったと木戸はいうと、当然のように二人の写真を撮り始めることにした。
振袖姉妹のお正月とでもいうような感じな仕上がりだろうか。
ううん、先輩と後輩という感じかもしれない。
しかも健ったら、ほこりがついているわよ、とでもいわんばかりに裾をおさえつつ沢村くんの髪に手を伸ばしたりするものだから、当然そこの姿も取らせてもらった。尊い。
とてもいい被写体にほっこりである。
巫女さんも少し離れたところからそんな様子をにこにこしながら見ていたので、そちらの方にもカメラを向けておいた。
自然な笑顔をいただきである。
さて、そんなほっこり撮影をしていた木戸なのだけど。
近くではじーちゃん達が、わいのわいのとツバを飛ばしながら言い合いをしていた。
「どーじゃい! うちの孫は! 二年のブランクをあけてもう、めちゃくちゃ美人になったじゃろー!」
「なにをいうかい、うちじゃって、今年の一年でめちゃくちゃ可愛くなったんじゃい。しかも、巫女様のお・と・も・だ・ち。ほれっ、うらやましがれい、木戸のじじいめ」
二人とも自慢の孫息娘を自慢したくて溜まらないといった様子である。
「もう、じーちゃん達ほんと仲良しだよね」
「ほんと、馬が合うというかなんというか……」
「孫を女装させるところ辺りもそっくりですしね……」
理由はわからないでもないですけど、お正月周りこれで歩くのは結構しんどい、と沢村くんは眉根を寄せていた。
確かに草履は歩きづらいし、着物で座るというのもなかなかに気をつかうところだろう。
「振り袖美人をしっかり極めれば、普段の姿勢もぴしっとしてモテるかも?」
ほらほら、いつでもメリットを考えていこうよ、というとほんとかなぁ? と沢村くんが木戸の声に不審げに首を傾げた。
でも、所作や姿勢というのは男女で違いがあるか、といえばキチンとするという意味合いでは似通ってる様にも思う。
もちろん、そのまま女性っぽい仕草などが出てしまうと、違和感も与えてしまうものだけれども。
「それと、じーちゃん達も、二人でいちゃいちゃいがみ合ってないで、素直に可愛い娘が二人いるー、やったーって思えばいいじゃないですか」
ほらほら、こんなに可愛いコが二倍ですよ、二倍! と言ってやると、沢村のじさまも、馨ちゃんがそういうならしゃーないのう、と素直に孫勝負から引き下がったようだった。
馨ちゃんも振り袖なら、三倍なんじゃが……という声も聞えたのだけど。
「母様に、ダメって言われているので三が日は女装はなしです」
なので、それまではモサ眼鏡ですときりっといってやると、ぐぬぬっという声が聞えた。
そして、じーちゃんはというと、ふふん、となぜかドヤ顔である。ルイさんは一人じめじゃーい、とか思っているのだろうか。
「それじゃ、二人が落ち着いたところで振る舞い酒でもいただいておこうか」
お正月だしというと、楓香が、季節物ですからねーと、お酒を配っているテントに視線を向けた。
そこまでお酒大好きという訳ではないのだが、じじいず達のピリピリしたところが少しでも和めばなというくらいの提案である。
もちろん未成年である楓香は甘酒の予定である。
「では、酔っ払わないくらいで」
「健はあんまり飲まない感じ?」
「イベント帰りにちょっと、ってくらいかな。飲めないわけではないってことしかわからないよ」
別に、限界までわーって酒浸りになるような事はないし、と振り袖の彼は言った。
「じゃあ、日本酒ラブーとかではないんだね」
「っていうか、日本酒美味しくないと思います!」
軽く手を上げて、どよんとそんな事をいうのだが、それは素直に飲む場所を間違えているだけのことだと思う。
「うーん、うちの父とかは酒蔵めぐりーとかしちゃうくらいに好きだけども……ああ」
そうだ! と木戸はとあることを閃いて、健にとある提案をすることにした。
「今度さ、後輩ずを集めてエレナんちで、よっぱらい検定でもやろうか? 俺の時は旅先でだったけどお屋敷だったらある程度やらかしても大丈夫だろうし」
「おぉっ! それは……あれです? お高いお酒とかがでてきたりする方向で?」
「そこはなんとも。っていうか、ほどほどのものを見繕う感じになります」
お高いお酒で慣れてしまうのはそれはそれで危険です、というと、えーと健が可愛い声で残念がった。うん、可愛い。
「今日のところは、振る舞い酒を楽しみましょう」
うん、それがいいと話をしているとちょうどテントの列の一番前にくることができた。
「若い娘さんの振り袖姿はいいねぇ。お嬢さんは二十歳越えてるで、いいのかな?」
「はい。今年二十歳です。なんなら免許証とかお出ししますよ」
「ははっ、大丈夫です。あれだけ巫女様と仲良しなお人が年齢詐称なんてしないでしょうし」
さぁ、今年も良いことがありますように、とテントの中のおじさんが健に紙コップでお酒を渡している。
中に入っている量はさほどではないけれど、それでもふわりとした香りは楽しめることだろう。
「そちらの子は……甘酒はあっちの列だよ?」
「ええと、お酒もらいにきたのですけど」
ちらりと木戸を見ただけで、テントで振る舞い酒をしているスタッフさんに、思い切り未成年扱いをされてしまった。
これでも、健より年上だというのに。
どうにも、男の姿だと歳よりもずいぶん若く見られるらしい。
また、高校生扱いでもされてるのだろうか。
「どうしたんだい? なにか騒がしいけれど」
「ああ、総代。いえ、特別問題はないですよ。若い子がお酒飲みたいってきただけなんで」
「ほぉ……あの、よかったら身分証を見せてはいただけませんか?」
トラブルの匂いを嗅いできたのか、宮司さんと話をしていたおじさんが、話に割って入ってきた。
身分証といわれて木戸ははぁ、とため息をつきながら学生証を提示することにした。
免許証の方は残念ながら眼鏡無しでの撮影となってしまっているので、現時点での身分証としてはあまり使えるものでもないのである。
車に乗るときは、無事故だけではなく無違反もしっかりと守る心持ちだ。
「なるほど……高校生くらいかと思いましたが、確かに21歳。成人でしたな。これは失礼」
昭和の時代ならちょっとくらいならというのはありましたが、令和の世の中ではちょっとだけでもコンプライアンスがと責め立てられるので、と総代?のおじさんは言った。
「こう見えて、お酒に弱いわけでもないので、特別なお酒はいただきたいです」
わーい、と待っているとテントを管理してる方から紙コップ入りのお酒をいただいた。
「私は素直に甘酒いただいておきます」
隣の列にならんでいた楓香も無事に飲み物がゲットできたようで。
んー、甘くて美味しそうとカップの匂いをくんくんしては幸せそうな顔をしていた。
「ああ、楓香ちゃん。久しぶりだね。ってことは……え。もしかしてそちらは健くんかい?」
「はい。総代のおっちゃんご無沙汰してます」
うちのお兄ちゃん、見違えたでしょう? というと、おぉぉー、と総代さんは驚いたように眼をカッと開いたまま硬直していた。
「まさか……巫女様レベルの子がいるとは……」
まさにガクガクと体を震わせるレベルである。
ううむ、それほど健の女装姿にドはまりしたということだろうか。
ちなみにこのおじさんは去年は見かけなかったので、木戸の振り袖姿は見られていない。
去年この人がいたならどういう反応をされていただろうか。
「あー、あの馨兄、あの人はこの神社の氏子総代で、みんなからは総代って呼ばれてるの。神社をもり立てていこう! って思いが人一倍強いから……その……」
「巫女様信仰も人一倍、強い、と?」
「うん、そんな感じー」
綺麗な男の娘に眼がないのです、と楓香は言った。
なるほど。確かにここの神社の信仰のある程度の部分は巫女さまかわいい! から始まってるところはあるような気がする。協力しようという思いにそれが入ってしまってもある程度仕方ないのかもしれない。
「でも、健もこの町に居たときだって十分可愛かったんじゃないの?」
中学生の頃だったらむしろ今より可愛い説もあるのでは、というと、ふるふると楓香は言った。
「三つ下の巫女さまは小学生なわけで。そうなると巫女服きてとてとて歩く姿は……第二次性徴を迎えたお兄ちゃんでは太刀打ちなどできますまいて」
くわっ、と眼を開きながら楓香は力説を始めた。
あー、まあ確かに。第二次性徴で健も骨格的には男子っぽい感じにはなったのだろうし。
そしてそれを技術で埋めて今があるというわけなのだろう。
そういうことであれば、レイヤーとしてはかなりの努力を払ってきたということで。
そこは、思い切り褒めてあげたいところだ。
お正月の神社の話がもう一話ほど続きます!
次、巫女さんの学校の友達とわいわいしようかと思っていたのですけどね!
いざ、書き始めてみるとなんか最後の方が物足りないというか、もうちょっと総代さんとからませたいなぁという感じであります。
でゅふふ。
そして孫息娘=まごむすこでいかがだろうか?