710.お正月の里帰り8
「さすがは、健姉さま。今年も麗しい着物姿ですー」
「いいねいいねー! ぐっと華やいだ感じでこれはもう、ごちそうさまです」
お正月。目の前にいる従弟の艶姿をばっちりカメラに収めると、なんだかちょっと照れたような顔を向けられた。
まあ、楓香がきゃーきゃー言いながら、さすがですー! 美しい! とか言ってるからってのもあるんだろうけど。
さて。すでに初日の出の写真は撮ってきて、そのあと短時間の睡眠をとったら、お雑煮をいただいて。
そして今、健の着付けが済んだところで、ぷち撮影会となったのである。
着付けについてはばーちゃんに、という話ではなく健がささっと自分でやってしまった。
ずいぶんと手慣れてるのねー、なんて言われていたけど、女装コスをたくさんやっているというのも経験の一つになっているのだろう。
しかも、所作の一つ一つが美しいというか、凛としているというのが、とてもいい。
背筋がぴしっと伸びていて、指先まで意識が届いているというか。
「おぉー、なんというか……こう、大人になったのう」
「いちおう二十歳になりましたからね。でも、どうせじーちゃん去年の馨兄の姿と比較とかしてくれてるんでしょう?」
絶対にそうだーと、健はほっぺたを膨らませながらそんなことをいった。
そんな従妹がかわいいので、思い切り写真を撮らせてもらった。
一枚と言わずに数枚の連写である。ああ、データ量いっぱいうれしい。
「って、そこで写真を……撮るのだよなぁ……馨兄は」
「そこはそうだね。じーちゃんみたいに、スポットで撮れるとは言えないし」
一枚でばしぃっと決まるといいんだけどねぇ、というと、健は、えーと言いながら周囲になにか言いたげな視線を向けていた。
楓香は、わかってるからね、お兄ちゃんと手をきゅっと握っている。
大きくなったのに、兄妹のスキンシップがとれるのは、仲睦まじいことである。
「ちなみに、下の部分はどうなさっておいでで?」
「そこを聞くか……いちおう穿いてますよ? っていうか、穿かないでどうにかなる手段をお持ちで?」
「あはは。ごめんごめん。あまりにも可愛らしいので、伝統的な質問をぶつけてみました」
ふっふっふというと、健は、これだから馨兄はとため息混じりだ。
それでもちゃんと女声を出しているというのは、なかなかなものである。
「健まで自然な声で喋るのねぇ。前に来たときはもうちょっとこう、男の子っぽかったような気がするけれど」
「いろいろな経験があったからね。っていうか近くにいいお手本があったから」
じぃと健が木戸に視線を向けてくる。
お手本はあちらですと言われたようだが、声の技術の大本は同じ同好会のメンバーのお父さんである。
志鶴先輩は元気にお正月を迎えているだろうか。
「自然な女装レイヤーって健も人気だからなぁ。クロキシさんよ」
「まあ、それは、胸を張って頑張りましたといえるかなぁ」
そこはぜひとも写真集とか撮ってくれてもいいのですよ? とクロキシさんが少し上目使いでそんなことを言い始めた。
ああ、そういえばクロキシさんの写真は撮ってあげるとは言ってるけど、写真集とかって話はあまりしたことはなかったっけ。
いろいろなトラブルに巻き込まれてるルイさんは忙しくて、なかなかにそちらの撮影にいけていないのである。
トラブル以外にも、ゼフィ女の写真部の顧問に行ったりもしていたので、実は木戸はそれなりに忙しい生活をしていたのである。
「それはいつか……いや、素直にスケジュールつめようか? この日って決めれば対応できるから」
俺が撮るか、ルイさんに撮ってもらうのかは、お前に任せるよ、といったら、やったー! と健がぴょんとはねながら抱きついてきた。
うん。とてもかわいい反応である。
「健姉さま。これはビックチャンスがきましたね! 編集は私も手伝いますから頑張りましょう!」
「うんうん。これはぜひともイベントスペース取って販売しよう」
うわぁ、成人のプレゼントとしては破格だー! と健は大喜びである。
うーん、ルイさんの名前を出すかどうかは後でお話をすることにするとして、従姉妹が楽しそうでなによりである。
「さて、健や。準備もできたのならそろそろ初詣にいこうかの」
そろそろ待ち合わせの時間じゃし、とじーちゃんが玄関の扉を開けた。
なぜか、と言われれば沢村のじーさまの家との待ち合わせがあるからである。
「あまり長く待たせると、あやつはまた拗ねるからのう。それに……あやつの孫の仕上がりも楽しみだしの」
普段からいろいろかわいい格好をしてるというから楽しみじゃのうとじーちゃんはつやっつやである。
本当にこの町の巫女さん信仰はすさまじいものである。
「それじゃ、ばーちゃん。ちゃんと健はエスコートするんで」
「ですです。かわいいお兄ちゃんを町のみんなに見せびらかしてきます!」
そして甘酒とかも飲んできます! といい笑顔の楓香さんと一緒に木戸は玄関を出た。
少し冷たい風が吹いてくるけれども、この時期の和装になれている健には特につらい様子はなく、防寒対策も完璧である。
「姉さま。足元大丈夫ですか?」
「しばらく、晴れだったから歩きやすいかな」
雪とか降ってなくてよかったと、健は安堵しているようだった。
確かに、悪天候の中の和装というのはなかなかに大変なものなのだろう。
成人式なんかは、本当に天候がどうなるのかはらはらしてしまう日じゃないだろうか。
「じーちゃんも、足元大丈夫?」
「って、わしゃーまだ、大丈夫じゃよ。でも、心配ありがとう」
楓香は優しいのうと、じーちゃんがほっこり頬を緩める。
いわゆる、爺バカといわれるようなでれっでれぶりである。
……去年来た時は、いかめしい人だとか思っていたのに、一年でそんな印象は木っ端みじんである。
木戸パパがあれだけ畏れたじーちゃんとはいったいどこのどなたなのかと言ったくらいだ。
「これで、馨もいたわってくれると嬉しいんじゃがのう」
「俺、じゃなくてあっちにだろ?」
「そこは言いっこなしじゃのう。くぅー静香さんもルイちゃんの爆誕を喜んでくれてもいいじゃろうに」
どうしてそんなに否定ぎみなんじゃろのーとじーちゃんは、残念そうな声を上げる。
「そこはほら、母さんもいろいろと思うところはあるんじゃないの? 中途半端はやめろーみたいな」
俺としては、その場の気分でコロコロどっちになってもいいんじゃないかと思ってるんだけど、というと、まぁー健もこうじゃしーそういうのもありなのかのう、とじーちゃんが言っていた。
「それに関しては、この町自体が巫女さまの影響受けてるからさらっとじーちゃんも納得してるけど、静香おばさまとしては受け入れがたいところもあるのかも?」
お兄ちゃんと違って、馨兄の場合はなんかこう、どっちが主とかっていうのなさそうだし、と楓香が反対意見を言ってくる。
ふむ。健お兄ちゃんはそこらへんのところはどうなんだろうか。
「健は女装についてはどう思ってるの? っていうか主がどうのって話だったけど、成人式は振袖だったりするつもり?」
「あー、そういう話はないかな。お正月でいっぱい着させられるだろうし、それにあっちの成人式に出るつもりだから」
こっちの町での成人式なら女装での参加というのも、むしろじじばば連中はありがたい! ってなりそうだけど、あっちだとなかなか難しいでしょ、と健は言う。
健と楓香は、一応故郷が二つあるような状態だ。
こちらでの学校の友達だっているだろうし、逆に小学生の低学年のころと、高校生からはあちらの学校での友達がいる状態である。
住民票の場所での式の参加となると、たぶん今の住所の方になるのだろうけれど。
そうなってくると、なかなかに趣味で振袖着ている男性というのは、受け入れがたいところはあるのかもしれない。
「去年は、友達が思いっきり振袖で来たけど、あれはなぁ……周りから女子だと思われてるし」
「完全に乗り換えるっていう感じなら受け入れられやすいんじゃないですかね。お友達ってモデルの方でしたよね?」
「うん。美鈴のことね。……趣味でっていうと厳しいもんかなぁ」
っていうか、思いっきりすっぱ抜かれたときは大騒ぎだったもんなぁ、と木戸はこの前の夏にあった報道を思い出す。
知り合いや、友達だったらまだ受け入れられても、まったくの他人のニュースとなるとまた印象は違うのだろう。
去年の成人式の時は内輪しか知らなかったので、モデルがうちの市の成人式に!? みたいな感じの盛り上がりだったのだけど。
一年ずれていたのなら、ひそひそってされたりしていたのだろうか。
「さすがに成人式は節目の行事だし、ある程度は仕方ないというか……俺は普通にスーツで出る予定だからな」
健が後半だけ声を低くして、そう言った。
男声でもあり、さらに声も潜めてといった感じだ。
社会生活上は、男性として生活している身なので、ルイ姉とは違いますとでも言わんばかりである。
「そして、高校生の頃の友人たちにいろいろ言われるわけか」
懐かしいなぁ、クロキシさんよ、というと、あー、そんなこともあったっけなぁと健は懐かしそうな声を上げた。
「俺も昔は女装コスのことは隠して活動してたんだよなぁ。っていうかオタ活をリアルな生活の人には知られてはいかんみたいな感じで」
「兄さまはそうですよね。私は学校のサークルで思いっきり参加してますけど……ああ、でも大学ではオープンでしたよね」
いろいろサークル活動もしてますよね、というのはまさにそうで、木戸の大学ともコラボをしていたりする。
「TPOに応じてで場所によってって感じかなぁ。っていうか、馨兄も講義の間にまったく別の話し始めたりはしないだろ?」
撮影はします、とかいったらドン引きますと、健はじぃと、お化粧をした顔をこちらに向けて言った。
まさか、してないよね? といった感じだ。
それにはもちろんこくりとうなずいておく。
「高校の頃はそういう話怖くてできなかったけど、今は、必要なところにだけは話をしようっていう感じだよ。それ以外の交流もあるし、そういうところでは話題に出さないってだけ」
みんなそういうもんだと思うよ、と健はなにやら、常識人ぶってそんなことを言った。
今目の前できれいなお姉さんをしている健に常識的なところがあるのは驚きである。
「それを言うなら俺だって交友関係の相手で……性別変えてるところはあるよ? 写真に関してはフルオープンだけど」
別にこれに関しては、隠すものでもないよね? とじーちゃんに言うと、まーそうじゃのうとにっこりである。
それは……えっとなんでもないです、と楓香が何かを言いかけてやめた。
「仕事まで両方というか、二足の草鞋にするのは珍しいんじゃないの?」
結局、馨兄は将来どうするのさと、健が言ってくるものの、そういうのは落ち着いた場所で話すものだと、ちらりとじーちゃんを見てはぐらかしておいた。
男女両方の二足の草鞋、というのはなかなかに難しいものではあるのだろう。
今のところルイとしてのカメラマンとしての仕事だけで、馨としては学生だからやっていけているけれど、両方共で活動をするというのはいささか厳しいのではないか、と思う部分もある。
でも、そういった部分はじーちゃんに伝えるべきものでもないだろう。しかも移動中の雑談でするような話題でもない。
「はいはい、わかりましたよー。その話も気になりますけど、今はお兄ちゃんを神社に連れて行くところからですね」
初詣に行かないといけませんから、と楓香が先に進む足を少し早めてくれる。
神社まではあと五分もすればつくだろうか。
でも、階段を上るのに時間もかかるから、もうちょっとかかるかもしれない。
「待ち合わせは、神社の境内の方でいいんだっけ?」
「そうじゃの。境内なら人はいるじゃろうし、待ち合わせはそっちにしとるよ」
テントで振る舞い酒などもあるじゃろうから、わざわざ下で合流する必要もないしのと、じーちゃんは言った。
どうやら、沢村くんは今年も着飾らせられてお正月を過ごしているのだろう。
周りのおばちゃん達に、いろいろ話しかけられているに違いない。
「ふむ……先を越されてたら周りからちやほやされてるかのう」
それはなんかもやっとするのう、とじーちゃんはこぼしていた。
うちの孫の可愛さの前にひれ伏させてやりたいのう、とライバル心をあらわにしている。
「っていっても、あんまり急ぐと健がこけるよ? そこはちゃんと安全確保しよう」
「そういうことなら、馨。健の手でも取ってあげたらどうじゃ?」
なるほど、じーちゃんにそういわれると確かに不安定な和装姿だとエスコートしてあげるのが正解なのかもしれない。
「では、お嬢様、よろしければエスコートさせていただいても?」
振袖姿の従妹の前に立って軽く膝を折って左手を伸ばす。
せっかくなので、漫画とかでよくあるシチュエーションのように、手を引こうと思ったのだけど。
「馨兄……あんまり似合ってないって」
そんな仕草が、なぜかツボにはいったのか、健と楓香は二人して、ぷぷっと笑い始めていた。
えええ、普通によくあるシチュエーションだし、コスプレ会場なんかでもポーズとしてはあるものだというのに。
「まったく、善意でサポートをしてやろうとしているというのに」
「はいはい、わかりました。では介助をお願いします」
エスコートって感じじゃなくて、本当に介助だよねぇと楓香は言った。
ふむ。手をとるとひんやりとした感触が伝わってきた。
こうやって触っていると、健ったら男子の手だよなぁと思わせられる。
女装のキモは手である、というのもうなずける話である。
「相変わらず、すごくすべすべな手だよなぁ……」
「ま、親戚なんだし手くらい自然につなごうじゃないか」
貸すのは左手だけだけどね、と言ってやると、右手だけで撮影すんの? と従妹どのに言われた。
そんな横顔を見ながら、ポケットに入っているスマホの方で一枚撮影。
うん。
さすがに、一眼を片手で振り回すには、パワーが足りない木戸さんである。
「手を引いてるところだと、横顔とかばっしばっし撮れるからいいかなぁなんてね」
隣に立つものの宿命ですというと、あーうーーまあ、今日は好きに撮ってくださいと健はなぜかゲンナリした顔を浮かべた。
エレナさんだとわーいとなるのだけど、どうにも従妹どのはおきに召さないらしい。
「ま、続けていけば慣れるか」
恥ずかしいのは最初だけと思いながら木戸は真隣から艶姿の健を激写しまくったのだった。