709.お正月の里帰り7
こそっと更新中。
「やっほー! ようやっとついたよー!」
「あー、馨兄だ! 珍しいー!」
さて。大晦日の夜になって、到着したのは黒木家の兄妹であった。
二人とも、年末は例のイベントにいく! というのでそれからの合流となったのである。
……終了まで残ると夕飯に間に合わないので、ちょっと早めに切り上げてきたというのだけど、二人はそんな悲しみなどはとくに抱えていないようで、とても楽しそうにじーちゃんちに集合である。
どこかのルイさんがいないから、ちょっと粘らなくてもいいかなぁなんてことを健は言っていたのだけど、お世辞だと思っておこうと思う。
さすがに二人も、祖父母のお家でがちのアニメコスプレとかはしないと思うしね。
……うん。振袖は健が着る予定だけれども!
「前にも言ってた通り、数日前からこっちだよ。ってか二人にここで会うってのが初めてでなにか新鮮」
「俺らにとっては、第二の実家って感じだけどなー。そっちは親父さん勘当されてたから、珍しいのか……」
「去年やっと来れるようになったけど、それからは割とじーちゃん達とも良好かな。姉様の結婚式、じーちゃん来てくれたし」
「あははっ。大ハッスルしてましたよね。ぼたーん! ってめちゃくちゃ嬉しそうに」
「心臓大丈夫かっ!? って思ったよな」
まあ、俺たちはビュッフェでうまうましていたわけなんだが、と懐かしそうに健が目を細めた。
「そこらへんの写真もちゃんとじーちゃんが抑えてくれてたから、いつだってあの味が想像できますー」
さすがはじーちゃん、と楓香がメインカメラマンだったじーちゃんの写真を思い出してほめ始めた。
「くぅ、俺だってデータ量制限さえなければ……」
「はいはい。なんか暴れないように手足じゃなくて、SDカードのデータ領域を縛られてたんだって?」
「そんな理屈が通じるのはさすが馨兄ぃです」
いやぁー、データ量で身動き封じられるとか、なんか現代人って感じですよねー、と楓香が言う。
ううっ。二人ったら、トラウマにぐりぐりと塩を塗り込んでからに。
「くっ、そんなに言うなら、いつだって俺はデータ制限で、さるぐつわかまされて、最低限だけの撮影にするか……」
くふふふっ、というと、ちょっ、まっ、だめーー! と二人が飛びついてきた。
かわいい従妹たちである。
「おお、楓香に健、よくきたのう」
「じーちゃんも元気そうで。去年は来れなくて悪い」
「しゃーないじゃろ。大学受験は一大事じゃしな。それにこうやって孫がそろって……はいないが、三人が一緒にいるところを見れてわしゃあ、うれしい」
さて。そんなやり取りをしていたらじーちゃんが奥から声を聞きつけて、出迎えにきてくれた。
それ自体はいいのだけど、とても姦しくていいのう、とじーちゃんが変なことを言ったのはなんでだろうか。
「姦しいって、男二人女一人でその単語を使うのはどうなの、じーちゃん」
「別にいいじゃろー。みんなべっぴんさんなんじゃし」
ぜひとも撮らせてもらいたい被写体じゃよーとじーちゃんが唾を飛ばしながら言った。
そんなに力んでいわんでも、と木戸は思ってしまう。
「玄関で立ち話してないで、二人も中に入りなさいな。そろそろお夕飯の準備もできるから」
外は寒いでしょうとばーちゃんが声をかけている。
確かに、熱気がむんむんなイベント会場に比べれば、玄関だって十分に冷え込んでいるものだ。
「それじゃ、お言葉に甘えて」
「コートあずかるよ。適当にかけておくね」
「さすが馨兄。それじゃ、お願いします」
「お願いしますー」
二人のマフラーとコートを受け取ると、ハンガーにかけてつるしておく。
「なんかこー、この家にくると帰ってきたなーって感じだよな」
「だねー。実際高校に入ってからは結構経ってるんだけど、やっぱり、第二の実家っていう感じ」
さぁ手を洗いましょうと洗面所に二人がとてとて歩いていく。
おじさんが海外で単身赴任していた時に、この二人はこの家で暮らしていたのである。
部屋の配置なんかもばっちり頭に入っているし、勝手知ったるというやつなのだ。
「なあなあ、馨兄。こっちで何日か過ごしてるんだろ? なんか面白いことあった?」
「どうせ馨兄のことだからなにか騒動が起きてるんじゃないかーって話してたんですよー」
いやぁ、我らの日常を一変させる、そんな出来事が起きていたーみたいな! と二人は木戸に、期待に満ちた視線を向けてくる。
「そんなこと言われても、今年もとくに何かがあったわけでもないよ」
どこでもトラブル起こす人みたいに言わないようにというと、えーと二人に声をそろえられた。
げせぬ。
「じゃあ、町にも出てないの?」
「それはさすがに。周辺散策はするし」
せっかくの珍しい土地なんだから回らないと損だし、というと、まあ馨兄ならそういうかと言われた。
そりゃ、その通りだ。せっかくの遠出をしているというのに、家に閉じこもって……いや、家のいろんなところ見るのはそれはそれで楽しいんだけど、ある程度お家の周辺については撮影済みなのである。
あんまり細かいところを見ると、ばーちゃんにまるでお姑さんみたいねぇ、なんて笑われたので外に出ることにしたのだった。
いや、別に家のあら捜しをしたいとか、埃がたまってるなぁなんていったことは言ったことはない。
さすがに姑さんは言い過ぎだと思う。
「それに、外に出たからってトラブル起こすわけないじゃん。ましてやこっちの格好だし」
平凡な男子大学生ですぞ、我、というと、さようですかとあっさり流された。
やらかしはだいたいルイさんがやってるはずなのだが、どうにも木戸が動くとなにかトラブルにぶち当たるとこの兄妹は思っているらしい。
「なるほど……しばらくはそちらの姿で撮影なんですね……でも、ルイ姉は四日から解禁なんでしたっけ?」
「お正月そっちなのは、まあ安心はするけどな」
例年、お雑煮とかごちそうさまですと健が言った。
確かに木戸家にお正月来たときはいろいろと馨の姿での振る舞いが多かったように思う。
母様がいるから、そっちになるってだけなんだけど。
「いちおうね。三日の夜に父さんたち家に帰るから。それからは。じーちゃん達もルイさんに会いたいっていう、ほの暗い欲望が……ね」
あははは、と言ってやると、まあ、望まれたならやるべきとか、爺ちゃん孝行をしてやるですとか、それぞれに言われた。
ちょ、黒木家の人たちが、じーちゃん達にとっても甘い件! そりゃま、身内というか育ての親? みたいなところではあるのだからそりゃ、身内補正はあるんだろうけど。
うん。孫の女装スタイルでの撮影風景に、わーいとなっていて。
まあ、これはしかたないにして。
子供二人が、静香母さんを求めて、いろいろやんちゃしたところについては。
ううむ。割と静香母様が美人過ぎるのがいけなかったんじゃないだろうか。
実は当時はいろいろと隙があったとか、そういう部分も否定できないのかもしれない。
「はぁ……去年いなかったから、そんなことを言えるんだよ……まったく。これでも一応秘密にしようって頑張ったのに……」
お年寄りには心臓に悪いって母様にさんざん言われてて隠してたんです、というと、なかなかままならないよなぁと軽く肩をたたかれた。
いや、まあ、木戸としても言う気はなかったんだけどね。最初にじーちゃんの部屋に入った時の、あの新聞記事の切り抜きとか、フォトフレームとかを見た時からね。
あれだけ、実の祖父が自分の女装した姿を大好きすぎるというのは、母様に言われなくてもちょっと、と思ったものである。
「でも、馨兄だって、じぃちゃんのことは好きになりそうかなって思ってたけど、実際どうなん?」
「ですよ。いつも自分はコスプレ専門じゃなくて、写真家ですー! みたいなこと言ってる馨兄としてはじーちゃんとは仲良しになっても、っていうかそうなってないとおかしいっていうか」
うんうん。二人とも写真バカな感じだし、今昔はあってもいろいろ分かり合えるところはあると思うんですが? と楓香が言った。
うん。それは今、いろいろな情報を聞いた上ではむしろおじいさま! とか言いたい感じではあるけど、そもそも接点がなかったのである。
たしかにじーちゃんは写真家として一角の人物なのだろうし、すごいと思ってる人の知り合いでもあるのでもっと早く……それこそ中学くらいのころにいたら、いろいろ教えてくれたかなと思う。
「っていうか、どうして二人は俺にじーちゃんの情報を言ってくれなかったのか!?」
いや、当時言われてもここまで一人で来れたのかって言われたらそんなことはなかったのだが。
いまでこそ、佐伯写真館の先輩方が崇拝する偉人という感じではあるけれど、当時はそもそも、眼中どころか志向の中にじーちゃんの存在はなかった。それは木戸家の父が勘当されていたからであり、かかわりがごく少数だったからである。
「あー、それはほら……俺たちが知り合ったのは、コスプレ撮影をするルイ姉だったからさ。それにほら、叔父さん勘当されてたわけだし」
「さすがにあんまり言っちゃいけないかなぁなんてね」
それに、じーちゃんは自然の写真とか、町内会の写真とか、2.5次元とか関係ない写真しか撮らなかったから、うちらもそこまですげーって思ってなかったんだと、楓香が言った。
むしろ、ルイさんが大絶賛するじーちゃんって、すごかったんだぁと思ったくらいなのだそうだ。
ルイさんへの信頼感が厚い従妹たちである。
「はいはい、若い者同士ではしゃいでないで、ばあば達のところにも来てくださいな。そろそろ晩御飯もできるからね」
「そうじゃぞー! うちのと静香さんの合作じゃ! あ、男性陣は食器を出したりとか手伝ったくらいだの!」
っていうか、下手に手を出すとばーさん怒るし、とじーちゃんは言った。
孫たちを見て、ちょっとは家事の手伝いもとか思ったのかもしれないのだが、残念なことにいまさらな話だ。
今から、そう、ゼロから始めるのならそれはいいことかもしれないけれど。
それは、日常生活の上でやっていくものである。
「健には、ほれ、日本酒用意しておいたから、一緒にのむぞい」
ああ、馨はお酌がかりで! とじーちゃんがでれんとした顔を浮かべた。
くっ、絶対じーちゃん脳内でルイさんにお酌されてる姿を想像しているに違いない。去年はそれはもうお酌はさせてもらいましたが。
「ちゃんと俺の分のお酒もあるんだよね? 美味しいのがあるっていうなら是非ともご相伴に預かりたいところだけど」
ちらりと視線を母さんに向けると、まあ、いいわよとお許しを出してくれた。
むしろお酒を飲んでいる姿というのは、女性らしさと離れているとでも考えているのではないだろうか。
わりと二次元の女性キャラは大きな杯とかで大量に飲んでいたりするのが多いのだけど。三次元ではそういうところがあるのかもしれない。
「おじいさん。お酒もいいけど、お鍋もちゃんと食べましょうね」
いい感じに煮えてるから、とばーちゃんが居間に案内してくれる。
今回は大人数なのでテーブルも新しくひとつ出されていて、そこに鍋の準備ができていた。
大晦日は年越しそばではないか、という話もあるのだけど、せっかくみんな集まるから腕によりをかけたいということでこうなったのである。
中は鳥の水炊きで、しめはうどんの予定なのだとか。
お蕎麦は食べたければゆでますというスタイルだそうだ。
きっと、じーちゃんあたりが、日本酒とあわせて蕎麦たべるーとか言うのだろう。
「くう、二人ともずるい、私まだ呑めないのに」
「ふふ、ふーちゃんには梅ジュース用意してあげるから、機嫌を直して」
ほら、お湯割りすると、もう、梅酒みたいなものよとばーちゃんがフォローを入れてくれる。
いや、普通に梅ジュース美味しそうなんですけれどね。
ほっこりと暖かさと甘味が楽しめそうで、正直ちょっと気になる。
「おや、馨もこっちにするかい?」
「じゃあ、お願い。まあ日本酒も呑むんだけどね」
両方とも美味しそうというと、秘伝の梅ジュースだからね! とばーちゃんがいい顔である。
そんなこんなで、大晦日の大宴会、スタートである。
喜びすぎて、飲みすぎないでくださいね、とばーちゃんがしっかり釘をさしていたけど、はたしてどうなるのだろうか。
木戸は、そっと身を下がらせるとそんな団らんの風景を一枚、かしゃりと撮影したのだった。
そろそろ執筆スピードを上げないと……一年間お正月のまま、エンドレス1月になってしまう!
が、がんばりますっ。