707.お正月の里帰り5
世の中はクリスマスがおわりましたー!
今年も、ありがとうございましたー!
「ま、高校でクラブ活動してるってのはわかったけど、沢村くんも女装してたりするんだ?」
「そうですね。メイクの研究したりとか、服装をどうするかーみたいな話とか」
あの頃よりもかなりパワーアップしてますよ? と巫女さんがにっこり言った。
学校で女装力を高めるクラブを作るとは、なかなかにアクティブさんである。
「そういわれると、確かに去年会った時よりお肌の状態はいいかもしれないね。もちもちでぷにぷに」
「もー、そんなにつんつんしないでくださいよー!」
「えー、いいじゃん。減るもんでもないし」
っていうか、他の子にやられたりしないの? と首をかしげるとそんなことはないですーっと巫女さんはいった。
うーん。
木戸さんあまりにも女子から気楽に顔をいじられたりすることがあるのですが。
「んー、女子同士だとスキンシップはするものだと思うけども」
「そこは、僕、女装してるだけですもん。女子同士っていう風に接してくる子もいるけど、誤解させたままのおさわりはノーです」
「相手が勝手に誤解して触ってくる分にはいいと思うんだけどねぇ」
というか、知り合って日が浅いと同性でもおさわりはないものかもしれないかーと、自分で言っておいてないかー、と納得してしまった。
女の子同士だとスキンシップは多めっていうのは、事実なのだろうけれど、それでもそれはあくまでも好意的な相手に対してなのである。なので、まあさくらとかはそれだけルイのことを気に入ってくれているということなのだろう。
「ってことはっ、さっき巫女さんつんつんしたの、嫌だった!?」
えっ、やらかしました? というと、あー、えとーと巫女さんは頬をぽりぽりかきながら、大丈夫ですといった。
「木戸さんに触られるのは、なんというか美容院とかで髪を切られてるときと同じ感じというか、お父さんになでられたりとかと同じ感じというか」
「……えと、今もお父さんになでられたりとかある感じ?」
え、それはちょっとどうなのかな? というと、中学生のころまでですっ、と思い切りてれられてしまった。う、うん。さすがに高校生になったらそういうイベントはなしということらしい。
世の中には、なでぽ、にこぽ、という言葉があるそうだけど、相当の関係性を作ってからじゃないと、難しいものだし、親とのスキンシップというものも、さすがに大きくなればなくなっていくものだ。
兄弟なら、多少は……、うーん、牡丹姉さんにほっぺたぷにぷにされたのは、高校の頃だったような気もするけれど。お化粧うますぎてずるいとかなんとか言われたときだっただろうか。
「むぅー、木戸さん意地悪です。さすがに僕だってそれなりにいろいろ思うところはあるわけで。その……いつまでも、お父さんになでられて目を細めるーみたいなのはないですよ」
いつまでもおこちゃま扱いは嫌です、と巫女さんにぴしりといわれてしまった。
確かに、頭をなでるという行為は幼子にすることだっていう認識が強いから仕方ないのかもしれない。
「あー、じゃあ、なでたいなーっていう欲求はないの? その、ふわふわでいいですねー、とか」
「……えと、なかなか木戸さん、そういう方面積極的な方ですか……」
そりゃ、イケメンに壁ドンされたりとかしてるから、そういうのに慣れてそうですけど……と巫女さんはぶつぶつつぶやいていた。
ええと、なにか誤解があるらしい。
「ほら、ぬいぐるみとかなでたりしないのかなーっていう感じというか。街中で見かけるとつい、なでなでしてしまうのですが」
「……それは意地悪な誘導じゃないですかー?」
「あはは。ごめんごめん。でも、女の子? 相手だとしてもこう、触りたいとかっていう感覚はあったりするものなのかな?」
残念ながら木戸さんは、撮影したいと思うことがあっても、異性に触りたいという欲求はあんまりない。
友人男性たちは、おっぱいおっぱいとにぎやかだけれども、姉の苦労なんかも身に染みてわかっているし、崎ちゃんの家にお泊りしたときも別段、「大変そうだなぁーゆっくり休むといいよー」ってな感じで、触りたい欲求というのは特別なかった。
それよりも、残念なことに撮ってみたいという思いの方が強いのである。
感触は記憶にしか残らない。でも、撮影なら他の人にも共有ができるのだ! さいきょーである!
「……前に、気になる子がいるって話はしましたよね?」
「うん。そんなこと言ってたね?」
好きな相手は女性で、でも女子制服を着て学校にいっているから、いろいろと困ってるみたいな話があったような気がする。
世の中の女装潜入系ゲームとは立ち位置がちょっと違う感じだ。
女装だとわかっている美人系巫女さんと、男女共学の学校で出会うわけだ。
知り合うところで、なかなかに難しいかもしれない。
というか、気になる子っていうのがどの程度の関係性の相手なのかが、気になるところだ。
「同じ学校の同学年なんですけど……不覚にも、彼女が机で寝てるところで、ちょっと魔が差しそうになったことはあります」
「おぉー、巫女さんも男のコだねぇ」
ひゅーひゅーというと、へたくそな口笛ですと、ぷぃっとそっぽを向かれてしまった。
でもま、そういう仕草もかわいいのだから、本当に巫女さんは魅力的な被写体なのだと思う。
「そういう木戸さんこそ、目の前で女の子が寝てる場面なんて、いっぱいありそうですけど」
「んー、まあ、そういうところに出くわすことはあるけど、その時はどうすれば、シャッターの音を減らせるかを考えます!」
さすがに接近していろんな角度から激写しては、起こしてしまうので! というと、わー、とすさまじく生易しい視線を向けられてしまった。
巫女さんにもどうやら、木戸の対応は受け入れられないらしい。
「だって、せっかく寝てるんだから、寝かしておきたいじゃん? それを変に起こしてしまうのは申し訳ないし。っていうか、自分でも起こされるのあんまりうれしいことじゃないし」
しかも、目の前にイケメンとかがいたら、おまえーって気分になるよ? というと、経験済みですか……と、巫女さんはほっぺたを押さえた。
いや。うん。
「そうならないようにいろいろ努力してるところです。っていうか、きっと女の子的には魅力的なシチュエーションなのかもしれないけど、そーなったらなったで、やっぱりそのシチュエーションを撮りたいよね! って意識になるし……あと、正直、嫉妬の対象にはなりたくない」
いろいろ、ありました、と疲れた声でいうと、巫女さんはなでなでと頭をなでてくれた。
いいあんばいで、ぽふぽふなでてくれるので、ありがとーと普通に女声でそのまま巫女さんの肩にダイブである。
えー、って声が聞こえるけど、そこらへんは無視である。
「巫女さんとは、もう一年以上のお付き合いなのです! それにじーちゃん達が迷惑をかけてきたあいてで、仕草だけ見ていいこやなぁーって思うので、素直になでなでされておこうと思いました」
ほんとに心配でってことの手当てならば、それは心地がいいことなのです、というと、手当てですか? と巫女さんは少し首をかしげていた。
「うん。手当てって言葉あるじゃない? あれって、手を当てるっていう言葉から来てるみたいで、スキンシップを取ること自体は気分も楽になるし、リラックスできることらしいよ?」
ただし、気が許せる相手に限ることなんだろうけどねー、といいつつ、ちょっと巫女さんの肩をお借りする。うんうん。ちゃんとお風呂に入っているのであろう。場合によっては身をより清めたりもあるのであろう巫女さんからは、すがすがしいシャンプーの匂いばかりがこぼれてくる。
ときどき、エレナが、ルイちゃーんってこういう感じに寄ってくることがあるのだけど、たしかに、良い匂いと柔らかい感触と、あとは親愛の表現としてはありなのかなーとか思ってしまった。
もちろん、やったら嫌われた! ってこともあるだろうけれども。
「木戸さんは……なんていうか、本当に自由人なんですね」
「……ん? 好き勝手やってるつもりだけど……こーやって、体を預けて気持ちいいなら、それを拒否する必要はないよー」
ほらほら、もっとなでたまえーというと、仕方ないですねと少しだけ巫女さんは、なでてくれた。
普段はウィッグをつけてるのだけど、この時ばかりはなくてよかったのかなぁなんて気分なのであった。
「それに、嫌なら嫌っていってくれれば、そこで、すっと引く準備はあるしね。嫌われるかもっていって、行動しない方がよっぽどもったいないって思うんだよね」
まー、やったら確実に法的にアウトとかってのは、ちゃんと守るけどね、というと、あーそういうの大切ですよねー、と巫女さんも同意してくれた。
巫女さんの存在としては、ある程度の無理も通せてしまいそうだけど、それでも社の勢力圏内だけということになるだろうか。
学校では、権威もなにも無いということであれば、やはり、国家権力が決めた法律というものには、逆らわない方が賢明というものである。
「そこらへんは、ほら、去年お友達ができて、巫女さんこそ、いろいろあると思うのだけどね」
「ふふ。ここで、その話を振ってきますか。確かに、いっぱいありましたよ」
さっきも自慢したいっていいましたけど、と巫女さんは少し大きめサイズのスマートフォンを取り出していた。
画面をよく見えるようにということなのだろう。
「木戸さんに見せたいのはこれですね!」
じゃじゃんと、巫女さんはスマホに表示された写真を見せびらかしてきた。
そこに写っていたのはなにやらパーティーの様子のようだった。背景からして学校でのイベントということではあるけど、それでもみんな衣装を着ているのだから楽しく盛り上がったのだろう。
「これ、クリスマスパーティかな?」
「ですです。先週やったんですけど、みんな楽しくブドウジュースで乾杯です」
シャンパンとかはまだまだ先のお話と、巫女さんは唇に人差し指をあてて、内緒内緒というようなしぐさをした。
それはちょっと飲みましたよということなのか、それとももうちょっと我慢ということなのか。
どのみちかわいいので一枚撮らせてもらった。
「お、これ、沢村くんだね。ミニスカサンタかわいいなぁ」
男子高校生のふとももが眩しい! といってあげると、ですよねー、と巫女さんはキラキラした目を向けてくる。
うん。結構際どいくらいの短さのスカートではあるけど、ふわもこ素材でかなり可愛らしいできである。
「せっかくだからって、服飾系のクラブを巻き込んでいろいろやってみた感じです。木戸さんが高校生の時はこういうのなかったんですか?」
こういうイベント、なんか経験してそうとなぜか期待混じりの視線が向けられた。でも、残念。学校ではクリスマスのイベントというのは木戸さんはあまり縁がなかったのです。
なにせ、お金がなかったから。
そんなわけで、イベントごとの時はコンビニ最優先でお仕事をしておりました。
やれば追加でお金もつけてくれたし、頑張って機材やらの購入資金を貯めたりしていたのです。
「高校の頃はどっちかというと、ルイさん中心だったからねぇ。学校でのイベントはそんなにやってないんだよね。まあでも、こういう感じで働いてはいました」
タブレットを取り出して、数枚の写真を表示されると、巫女さんはおぉーとそれを食い入るように見つめていた。
サンタさんだぁーと声もちょっと柔らかい感じである。
「コンビニのアルバイトでクリスマスケーキ販売のお仕事を例年やっていてね。それでミニスカサンタはいっぱい着ました」
ブーツのところにカイロを張ってもかなり寒くて本当に大変でした、というと、苦労なさってるんですね、となでなでされてしまった。
「でも、いちおうこの前のクリスマスケーキの販売はエリアでトップだったんだよ! 今年もあそこで買おうって早めに予約してくれたりして」
近所に、わりと有名で味も美味しいケーキ店があるのに、あれだけ買ってくれるのはとても嬉しい限りです、というと、これが俗世の苦労というやつですか、と巫女さんは目をぱちくりさせていた。
そう。俗世というものはお金を稼ぐことを義務づけられてしまっている世界なのである。せちがらい。
「でも、巫女さんもどうして、サンタコスじゃなくて、これになった感じなんだろう?」
スマホをいじって写真を表示させると、巫女さんはあー、それはーと、答えてくれた。
そう。巫女さんもサンタコスできゃー、かわいー! かと思ったら、なんと彼ったらトナカイのコスプレをやってたのである。
あんなほっそい体ではソリとか運べなさそうなんだけど、大丈夫なんだろうか。
「いちおう、神社的なところにいる身ですし、聖人のコスプレをするのもどうなのかーということで、トナカイになりました」
かわいいでしょう? とどや顔をされたのだけど、まあ確かにかわいいといえばかわいい。
もこもこ素材でキグルミパジャマみたいな感じになったトナカイさんに、巫女さんが顔をだしていて、鼻にはちょこんと赤いあいつがくっついている。そしてトナカイの角もやわらか素材で作られているらしく、ふよんふよん動いているのである。普通に、これは可愛らしくてよいのではないかと思う。
「そして、沢村くんと一緒にプレゼントを配り回るわけですね」
「悪い子はいねがぁーってプレゼント配る感じですね」
ふふっと、巫女さんが冗談を交えてくる。なかなかに真面目な子だと思っていたけれど、ここ一年でずいぶんと柔らかくなったようだ。
「うーん、こんなかわいい子たちなら、いたずらされてもいいかもね」
「それはさらに前の月のイベントですね。西洋のゴーストごっこをする感じの」
あっちも今まで縁がなかったんですけど……と巫女さんは話したそうにうずうずしているようだった。
なので、そこはしっかり拾っておくことにする。
「そっちのイベントはどうだったの?」
「ヴァンパイア的なコスプレやってみました! 普段女装してるので、他の子からは男装姿がやべぇって言われましたけど」
「あー、めっちゃショタぎみなかわいい子になったって感じかなぁ」
お肌もちもちですべすべだし、かーいいからなぁというと、それって、お子ちゃまってことですか? と巫女さんは頬を膨らませた。
「そこらへんはこちらも経験済みだったりするんだよね。二十歳を過ぎても高校生? ってよく言われます」
さすがに中学生とは言われないけど、身長と肌質でそう思われるらしい、というと、あーたしかにー! と巫女さんは言った。
「確かに木戸さん普通に男子高校生です。今年の春入学しましたって言っても、違和感あんまりなさそう」
「さすがにもう一度高校生ってのはちょっとね……それに、ルイさんとしては大人の魅力がばんばんと増しているので」
「……大人の魅力?」
「そーですよ? 主にお化粧の問題なのかもしれないけどね。きれいになったとか、大人っぽくなったねってよく言われます」
「……木戸さんはほんと性別迷子な方なんですね」
ほー、こういう人もいるのかーと、巫女さんは驚いた顔をしていた。
まあ、身近にあまり木戸のようなタイプの人はいないだろうし、不思議ではあると思うけど。
「巫女さんも十分、特殊なタイプだとは思うけど……でも、学校でうまくやれてるようでよかったかな」
「それは感謝ですけど、特殊ですかね?」
普通に僕は女の子好きだし、子孫を残すって話も問題はなさそうに思いますし、といいつつ、ちらりと自分の服装を確認する。
それについても習慣になりすぎて、特別違和感はないようだ。
「変わってるって自覚はあった方が、なにか言われたときに対応しやすいかもなぁ」
ほら、隣町とかでトラブルにあったとき客観的に説明できると生存率が上がりますというと、そんなもんですかーと巫女さんはあまり実感なさげな声をあげた。
学校でいろいろあっても、なかなかに自分を客観視できないようである。
お待たせしましたー。
でも、巫女さんとの会話はまだ続きますー。
生まれと育ちで、自分の存在の自己認識はそれぞれだよねーなんて思いつつ。
西洋のイベントもやれてよかったねーと言う感じで。