705.お正月の里帰り3
カラカラカラと、玄関を静かに開けると、まだ外は薄暗かった。
夜明けの時間というか。真っ暗ではないけれども、まだ日は沈んでいる時間帯。
こんな時間帯に玄関を出ているのは、もちろん早朝の撮影をしに行くためである。
ばーちゃんには許可を取っているし、玄関の鍵も実はお借りしている。
こそっと朝飯前に撮影しにいこう! ということなのである。
「もう、いくんかの? まだ暗いのに熱心じゃのう」
さて、こそこそ一人で出かけようと思っていたのだけど、いつも早起きなのかじーちゃんがにゅっと顔をだしてきた。
せっかくこそこそしていたのに、バレバレである。
「ああ、おはようじーちゃん。去年も撮ったけどやっぱり下調べとかしたいし」
あともういくつ寝るとお正月ですよ? というと、熱心じゃのうとじーちゃんはにこやかだった。
でも、心なしがっかりしているようなのは、今日も今日とて男装だからなのだろう。
冬の装備で男もの……にしてはちょいとかわいいデザインではあるものの、靴もスニーカーだしパンツスタイルというやつである。
お尻のラインとかを考えるとちょいと小尻さんというような感じで、女性特有のフォルムというのとはちょっと違うようにも思う。
「ま、そんなわけで行ってくるね! この時間だと神社の方も静かだろうしさ」
参拝もしてまいります、というと、気を付けてのう! とじーちゃんは送りだしてくれた。
町を歩いていくと、去年とそこまで変わらない景色が続いていく。
多少、新しい家が建っていたりというのはあるけれど、大きな建物がででんとできましたー! ということはない。
神社は少し高いところにあって、そちら側に昔ながらの家が並んでいるので、そこに向かうまではのどかな町並みというのが続いているような感じである。
「んふー、田舎の道もいいよねぇ。さすがに田んぼ道が続くー! って感じでもないけど、ほどほどに緩い感じがいい」
薄暗い道を歩きながら、町の風景に視線を向ける。
じーちゃんの家から神社までは十分程度の道だ。
撮影をしなければ、なわけだけど、それも踏まえての時間設定である。
じーちゃんが早くないかといっていたのも、おそらくそれもあるのだろう。
でも、見慣れない景色に来たならばやはり、撮影欲というのは抑えられないものだ。
「これくらいでどんな感じに撮れるのかってのも楽しみだよね」
あー人に遠慮しないでばんばん撮れるのも、良き! といいながらシャッターを切っていく。
いちおう考えて撮ってはいるけれど、データはまだまだ保存できるので遠慮はなしである。
結婚式の時みたいな縛りプレイはしなくていいのである。とっても幸せ! ええ、撮っても幸せ!
そんな感じで、ばんばん撮りながら歩いていくと、前にも上った神社の前の階段についた。
鳥居の前で一礼して、数枚写真を撮らせてもらう。
そして、真ん中を避けて鳥居を抜けた。
「そのまま不思議の国へって空気あるよね」
逢魔が時とはまた違うけれど、夜明けも雰囲気がいつもと異なるという点では同じとはいえるかもしれない。
そんな中で一人階段を上っていく。
息は割と白くなっていて、姉様ではないけれど階段を上るのは楽ではない。
けれども、それでも詣でようというのが信仰というものなのだろうと思う。
「ふぅ。ちょっと階段上り切ったハイテンションでいろいろと見えてしまったりとかもあるのかなぁ」
「あら……お正月はまだなのに。気の早いお客さんですね」
ううむ。どうやら巫女さんがこんな早朝にいる幻が見えてしまっているらしい。いや、ご本人である。
「下調べってやつです。巫女さんこそ寝てないで大丈夫ですか?」
寝る子は育つっていいますよ? というと、そんなに子供じゃありませんと膨れられてしまった。
かわいいので一枚撮らせていただく。
いいや、もう何枚か、撮らせていただく。
「あっ……お客さん去年のお正月の」
「今年もやってきました。っていうか、写真撮ったところでわかった感じです?」
「そりゃ、そんな風に私を撮る人、あまりいませんから」
観光でいらっしゃる方も、ちゃんと声をかけてから撮っていきますから、と巫女さんは苦笑気味だ。
ううん、そんなに遠慮ない撮影をしていただろうか。
「ええと、いちおう、嫌だったら改めます、よ?」
「それが不思議と嫌ではないから、困るんですよねー」
んー、どうしてこんなにすっきり撮られてしまうんでしょうか、と巫女さんは不思議そうな顔をしている。
「そういうことなら、好きに撮らせてもらいます。でも……お仕事のお邪魔はしないほうがいいかな」
「いちおう、朝のお勤めですから、お掃除優先したいところですね」
「そういうことなら、こちらはこちらで最初の目的を果たさせてもらいましょうかね」
あ、でもその前に、神様にご挨拶が先かな、と社の方に進んで、五円玉を一枚いれる。
お正月だけお賽銭を入れればいいというほど貧乏ではなくなったので、きちんとご挨拶である。
今年もよろしくお願いします、というご挨拶は年が明けたらすることにして、一年間ありがとうございました、とお礼参りだけしておく。
そして、撮らせてもらいますとお伝えしてから、撮影を開始することにした。
巫女さんは境内の掃き掃除をせっせとしている。
そちらの撮影もしたいなぁとは思うけど、とりあえずは朝日の写真の方が優先だ。
三脚を去年の場所と同じポイントに設置をして、日の出までの時間を待つことにする。
もちろん待ってるだけというのもなんなので、周りの景色もチェックをしておく。
あんまり変わった感じはしないけれど、新しい物件ができたようなできてないような、というような印象だ。去年の写真と比較すれば違いも判るのかもしれない。
巫女さんの方に視線を向けると、やっぱり掃除にいそしんでいる。
お正月を迎える前に、しっかりきれいにしておこうという思いもあるようだ。
やっぱり巫女さんはかわいくて、ついそっちにカメラを向けそうになるけれども、グッと我慢。
景色の撮影を優先なのである。
そんなことを思っていると、だんだんと周囲が明らみ始めてくる。
カメラを向けてタイミングを見計らう。
うん。こんな感じでいいかな!?
せっかくなので、他にも写真を撮っておくことにする。
町の写真を抑えておくのももちろんで、やはり朝日に照らされていく町という風景は撮っていてもドキドキする。
なにかが始まるようなそんな気配を感じさせてくれる。
「満足!」
これはよいと思いつつ、巫女さんにどやぁ! という顔を見せるとそこには楚々と箒を持って、朝日に照らされている巫女さんの姿があった。
これはあかんと、すぐに三脚ごと移動して巫女さんの姿を数枚撮らせてもらった。
うんうん。朝日を浴びる神社の巫女さんというのはかなり絵になるものだと思う。
しかも、コスプレではなく自然に出てきた顔というのは、かなりのレアものである。
高校生の純粋さと、どこか浮世離れした雰囲気というのが、とてもドキドキさせてくれる題材である。
「もう、満足しました?」
「いいえ、巫女さんの姿みたら、まだまだ満足はしていませんでした!」
朝日は朝日でいいですが、それに照らされた風景というのもいいものであります! と、社の方にもカメラを向ける。
引きで巫女さんとお社様という感じの写真を何枚か撮らせてもらった。
仕方ない人ですね、と巫女さんもくすくす笑いだしたのでそこでまた数枚撮らせていただく。
先ほどの荘厳とした感じとは変わって、一気に人好きのする顔に変わったのが印象的だ。
去年もかわいかったけれど、今年は表情が前よりもしっかりと出るようになった気がする。
「ええと、ポーズとかとってもらうのは可能ですか?」
「いいですよ。えっとあっちの石碑の方がいいですか?」
結構お客さんたちから要望があるので慣れてますと巫女さんはとてとて歩きながら石碑の方に向かった。
まだまだ聖地として訪れる人というのはいるようだ。
「さすがにいい表情してくれますね。巫女さんはあの後あのゲームやれたんですか?」
「それがまだなんです。父がお前にはまだ早いって。あと一年待つといい! なんて言って」
「ははは。高校二年でしたっけ。ちょうどそういうのに興味がでてくる頃なのかな」
「それもありますけど、自分がモデルになってる作品だから気になるんですよ」
作中での仕草とかはお客さんたちから教わったりがあるのでなんとなくはわかるんですけど、どういう扱いになってるのかとかはなかなか教えてくれないと巫女さんは言った。
確かにこの子にエロゲの話を教えてくれ! って言われて、はいよろこんでとはなかなかいかないような気がする。
「あと一年経てばおやじさん、やらせてくれるんでしょう? あと一年だったらあまり気にしないで過ごせばいいと思うけど」
「むぅー、お客さんまでそんなこと言うんだ。それ目当てのお客さんいっぱい来てるんだから、知っておいた方がいいのに」
その方が演技とかで喜ばせられるかなって、と巫女さんはけなげなものである。
「そこまでサービスしなくてもいいと思うけどね。あんまりよくしちゃうと、勘違いされそうな気もするけど」
「うーん、みなさん良い方ばかりですよ? 聖地巡礼するならマナーは守ろう! みたいな感じみたいで」
ゴミもちゃんとお持ち帰りしないと、みたいな感じでみなさん紳士なんです、と巫女さんは危機感をあまりもっていないようだった。
「それに、あまりなんにもない町なのに、わざわざ来てくれるっていうのが、すごいなぁって思って。ゲームが出たころより、ここ数年の方が来てくれる人が増えてるっていうのが不思議ですけどね」
ちゃんとみなさんお賽銭いれてくれてますし、うちとしてはとても助かってるんです、と巫女さんは嬉しそうである。もしかしたらお小遣いの増額とかあったのかもしれない。
なんにせよ、マナーがちゃんとある人達で、カメラ仲間としては一安心である。
そしてエレナ様のコスROMの威力というのは、まだまだ続いているというのも正直すごいと思ってしまう。
「ところでお客さんはあのゲームは持ってたりしないんですか?」
「んー、友達から借りたものだから手元にはないね。それに持ってたとしてもあと一年待ちなさいっていうかなぁ」
巫女さんはかわいく描かれてたから大丈夫だよ! というと、それ、父さんにも言われましたと頬を膨らませた。
うんうん。かわいいので撮影しておこう。
「……こういう顔まで撮っちゃうんですね……なんていうか、やっぱり……うーん」
なかなかこういうカメラマンさんはいないなぁと巫女さんはなにかを考えるそぶりをした。
「それじゃ、ゲームの話はいいですから、他にいろいろお話聞かせていただけませんか? 社務所の方でお茶くらいはお出しできるので」
どうでしょうか? と言われてちらりと時計をチェックする。
冬の日の出ということで、時間的にはもうみなさん起きる時間帯になってしまっている。
早くでてきたつもりだったけど、撮影をしていたら時間がすぐに経ってしまっていたようだった。
「巫女さんとしゃべるのは楽しそうだけど、あいにく朝ごはんの時間が迫ってる感じで」
「あっ、そうですね。そういうことならご飯が終わったらいかがです? 予定あいてます?」
「んー、でも巫女さんこそお正月前はいろいろ忙しいんじゃ?」
「そこはなんとでもなります。父さんにいっぱい働いてもらうから」
ぜひともいっぱいお話したいです、と巫女さんはなぜかぐいぐい食い込んでくる。
おとなしいイメージだった巫女さんとしてはちょっと珍しい感じだ。
「いや、俺なんてしがない一カメラマンなんだけど、どうしてそこまで」
「だって、お客さんは……その、ルイさん、ですよね?」
それに息子さんは預かったことがありますし、と巫女さんがしれっとひどいことを言い出した。
しかも、こしょっと、耳打ちである。
「……ええと、どうしてそんな話に?」
んー、どう対応するべきか、と頬をかきつつ木戸は巫女さんの表情を見る。
身長は同じくらいなのだけど、それでもちょっと上目遣いで、わーというような表情を浮かべている感じである。
変なものを見つめるような視線ではないように思えた。
「今年の春過ぎくらいでしたっけ? テレビにいっぱい出てたし、それにその……眼鏡付きとはいえ去年は振袖の姿も見ていますし。その上写真の撮り方が、噂と同じだなって」
「撮り方の噂て……」
そんなことも言われてるのか……と木戸はちょっと遠い目になる。
ルイの撮影の仕方は、そりゃ好き勝手にやってるところがあるから、個性があるとは思う。
でも、木戸のときはそこまでではないと思っていたのだけど。
神社にいて、少しテンションがあがってしまっていたからだろうか。
で、でも、だって、巫女さんみたいな良い被写体に会ったら撮らざるを得ないではないか。
「別に、そうじゃなくてもいいんです。ただ去年、友達との写真を撮ってくれたあなたに、今年一年の話をしたいなって」
内緒なことなら特に話さなくてもいいし、むしろこちらがいっぱい自慢したいだけなんです、と巫女さんはくすりと笑った。
おおぉ、なんか去年よりもぐっとかわいい笑顔である。
これは、撮らざるをえないではないか!
「……うん。こういうところで撮影を始めちゃうところあたりは、きっと噂と同じなんだと思いますよ」
「でも、撮らないわけにはいかないじゃん。先輩方からはデジタルならバンバンシャッターは押すべきって教わりました」
ふむ、満足である。
「でも、そういうことなら自慢話を聞きに来ようかな。時間の指定とかある?」
「じゃあ十時にここまで来てもらってもいいですか?」
内緒話をするには、今日の方がいいですから、と巫女さんはうきうきしながらそんなことを言った。
確かに大晦日よりは、今日の方が社に集まる人は少ないなと思って、木戸はその約束にうなずいたのだった。
さー、お正月の里帰りですが、この町には例の巫女さんがいるわけですよ!
そうしたら絡むしかないじゃないですかー!
一年間の時間は彼になにを与えたのか! 次話はそんな話になりますよー!




