704.お正月の里帰り2
あかん。スローペースになってもうた。
ツヅキマスノデよろしくお願いします。
「なんか……すごく、お客様気分でうれしい……」
「ちょっ、馨っ、なんてこといってるのよ」
さて。夕食を食べ始めて少し落ち着いたところで、お茶を飲みながらそんな感想を言っていると、思い切り母さんに睨まれてしまった。
うう。たしかに夫の親元に来ている、からのいい母である! いい妻である! みたいなところを見せたいのだろうけど。それこそ滅多にない夫の実家だしね。その気持ちはわかるようなわからないような。
でも、残念ながら木戸はおうちにいる日は、家事をかなりやっているのである。
その間、母様はといえば、趣味に打ち込んでいるというか、好きなことをしている感じだ。
もともとは女装趣味をなんとかしようという企みから始まったものの、今ではそれがなんとかなることもなく、ほとんど関係なく家にいるときは家事をするというのが定着してしまった。
「まあ、そういってやるな、静香さんよ。おまえさんの教育のおかげで……ルイちゃんが爆誕したと思えば……くぅっ」
じーちゃんのがこぶしを握りながら、おまえさんのおかげじゃぁああ! と言わんばかりの発言に、母様は思い切り顔を背けてぐぎりと歯を食いしばっていた。
裏目にでちまったんだよーいという感じである。
ほんと、かーさまはそろそろいろいろあきらめてくれればいいのにと思うのだが、やはり男女どっちかじゃないと落ち着かないという思いはあるようなのだ。木戸としては人様に迷惑……はだれしもかけてるものだし、犯罪にならないのならいいんじゃないか、と思っているのだけど。
「いや、父さん。静香さんだってちゃんと家のことはやってくれてるよ。カレーの店の手伝いを始めても、今まで通り朝食に夕飯に、お弁当だって持たせてくれてるし」
「ほう。つまりは、静香さんさいこー! ってことじゃな!」
うんうん、いいことだと、じーちゃんは笑顔でそういった。うなずきまくりである。
いや……たしかに父さんのお弁当は母さんがつくっているのだけど。
木戸の作った夕飯の残りを詰めたりなどもあったりなかったりである。
まあ、アルバイトの日とか外出してるときとかを考えるとたしかに半分くらい母様が作ってるのは事実なのだけど、そのときは木戸も家にいないのであまり母親の手料理感というのを感じにくいのだ。
だから、純粋に今日の夕飯はばーちゃんと母さんの合作でかなり嬉しいのである。
「そういうこと。だから父さんもありがたくいただくように」
「別にお主がどや顔をするところでもないと思うんじゃが。お、この肉じゃがうまいのう」
うちの味と違ってこれも旨いのうとじーちゃんは嬉しそうである。
そんなじーちゃんにそっと、日本酒をお酌しておく。
もちろん、木戸の格好のままなので孫がじーちゃんにお酌をしているだけで、とにかく健全な状態である。じーちゃんもルイちゃんじゃなきゃ嫌じゃーとは言ってこない。約束の日まではおとなしくしているらしい。
「母さんたしかに料理上手いのは上手いんだよね。いろいろ教わったのは感謝です」
肉じゃが、日本酒にあうよねーというと、くぴりとそれをのみながら、ほぉーとじーちゃんは息を吐いた。
「おぉ、馨もそう思うておるのか。いいもんじゃのう、母子一緒に台所に立つっていうのは」
「うちは教養のひとつみたいな感じで教えられたところありますけど。そういや、黒木家にはばーちゃんが指南したの?」
いちおうあの二人、自炊できるからどうなのかな? と問いかけると、ばーさんがしっかり叩き込んだと返事がきた。
ちなみにじーちゃんは、残念ながらスルメをあぶるとか、エイヒレをあぶるとか、鮭の皮をあぶるとか、あぶる系以外はあまり得意ではないようで、料理はばーちゃんに丸投げな昭和の男なのだった。結婚できなかったらいったいどうなっていたのだろうか。
「あの子のところは、再婚するって考えもないって言う話だったし、そうなったら孫二人に生活力をもってもらった方がいいだろうってね」
いろいろ仕込んだけど、健も楓香もわりと筋がよくてね。あの二人だったら町中でいきなり料理しろって言われても大丈夫だろうね、とばーちゃんは自信ありげだった。
それでも木戸家に遊びにきたときは基本的にお客様である。そこまで二人の手料理を食べたことのない木戸なのだった。
「となると、今度黒木家にお邪魔して、なにかつくってもらおうかな」
「お、それは楽しそうだね。馨はあんまりあっちの家にはいかないのかい?」
「どちらかというと、外で会う方が多いからなぁ。あいつらがうちに来るのもお正月とかなにかのイベントがあるときだし」
これぞ、核家族化された現代の親戚のあり方というやつですよ! というと、ばーちゃんはちょっとだけ寂しそうに笑った。みんなもっと交流しなよという感じだろうか。
「黒木家にももっと行ってみたいところはあるけど、ほら、健二叔父さんと会ってしまうと、いろいろと粘着されるのがキモいというか」
いい加減、奥さんだけを胸に秘めて生きてほしいです、というと、あー、うーん、とじーちゃん達はすごく微妙な顔を浮かべてくださった。
ある程度は察してくれているのか、あれなーという感じである。
「母さんのことは諦めてると思うんだけど、俺のことは結構あれな視線向けてくるというか、これ、これを着てくれないか、はあはあみたいな?」
「あんた、そんな目で見られてたの?」
「叔父さんが家にきて、あとはお正月にちょっときたりとかくらいしか絡んでないけど、それでも視線がちょっとあれというか」
「馨よ、それはじーちゃんたちも同じようなことしとったような気がするんじゃが、それもやっぱり変態になるのかのう?」
じーちゃんは、しょぼっとそんなことを言った。去年の振り袖の話をしているのだろう。たしかにある程度無理矢理着させられたけれど、それは別に老人の道楽なのでいくらでも付き合うことはできる。
でも、叔父さんのそれはまたなにか別物なのである。
「叔父さん、奥さんいたころは、まともだったと思うんだけど、どうしちゃったんだろう」
「んー、半分は演技もあるとは思うんじゃがね。静香さんはこんなにもモテモテだったみたいな風に思わせる意味合いもあるんじゃないかなと」
じーちゃんがフォローをいれるものの、あんまりそれが頭に入っては来なかった。だってアプローチがかなり危ない感じなのだもの。
「そういうもんかなぁ。わりとやばいって感じが叔父さんからはするんだけど」
「それは、馨がかわいすぎるからいかんような気もするんじゃがね。他にはなびかないって思っていても、初恋の相手とそっくりな娘さんが現れたらさすがに、くらっと来たりもするじゃろうて」
ほら、馨もわかるじゃろ? と言われてきょとんと首をかしげてしまった。
いまいちそこらへんはよくわからない。
「あー、父さん。馨はその……恋愛関係本当に残念なんで、あまり触れてやらないでもらえると」
「なんじゃ? あんなにもってもてで、好きな相手とかもおらんのか?」
結婚式とかうらやましそうに見てたじゃろうに、とじーちゃんはくぃっとお酒を吞みながら不思議そうな顔を浮かべている。
うーん、あれは木戸としては被写体としてさいこーだー! そして枚数制限あり! という状態で撮影うらやましいなーって感じだったわけである。むしろじーちゃんがうらやましかった。
「恋愛するより、撮影してる方優先だよ。デートとかしてる暇は正直ないかな」
「ふむー、それくらい写真好きなのはうれしいことじゃが……のう。馨や。撮影デートとかもいかんのかの?」
「それはほら、ルイで出かけてることの方が多いからね。女友達と一緒に撮影わーいってのはあるけど、恋愛関係っていうのとは違うというか」
あー、でも前に、撮り鉄の人に、一緒に撮影デートしませんかーみたいなメッセージもらったことはある、というと、がたりと母様がテーブルを揺らしていた。
急に立ち上がったりするからである。
そして母様はなにか言いたげに木戸を見ながら、キッチンの方に向かっていった。お水欲しいとぽそっと言っていた。
「さすがルイちゃんじゃのー。でもその申し出はどうなんじゃろ? 一緒にいったのかの?」
「んー、さすがにお断りしたよ。っていうか鉄道以外も撮るしね。それにその……オチがありまして」
ほうほう、とじーちゃんは少し前のめりで続きを待った。
「その人、掲示板の方に書き込みをしちゃったわけですよ。おいらルイちゃんに撮影デート申し込んだ! って。そしたら周りからなんてことをっ! とかめちゃくちゃ言われて、後日お詫びと撤回のメッセージが来たという……」
「ある種の見守り隊かのう……」
うちの孫、しゅごいとじーちゃんが目をぱちくりしながら言った。
「ふふ、そういうところは静香さんに似たのかしらね」
「そうじゃのう。お前さんらが若い頃はほんと静香さんはいろいろもってもてじゃったからのう」
ほんと、兄弟でどろどろの恋愛模様というのはほんとで、静香さんはキラキラしとったし。とじーちゃんは懐かしそうに言う。今でこそ懐かしいと思えるということなのだろう。
「なっ、なーーー!」
そんな会話をキッチンから戻ってきた母様がまともに聞くことになった。
うん、みごとに硬直している。
さすがに昔の恋愛事情を明かされると言うのはなかなかに恥ずかしいものがあるのだろう。
面白そうなので撮っておいた。
「んっ、うんっ。馨や。ああいう醜態は写真に収めるべきものではない。悪行は撮ってもいいが、うっかりやらかしたところは、本人の許可が必要じゃぞ」
小さな子供のハプニングなら、いいとは思うんじゃがね……大きくなった被写体からは、消せー! 消せー! の大合唱じゃよ。
幼稚園とか保育園自体のハプニングなんぞ、微笑ましいもんじゃというのにと、じーちゃんはしょぼんとしながら言った。
ある意味母さんの話題から別のに変えようという判断なのだろう。
「親父……おねしょしてるところとか、転んでるところとか、マイナスなところばっかり撮ってるのがいけないんだと思うんだが」
「……そりゃ、まあ。幼稚園のは、すまんかったと思ってるがの。園に頼まれて全体の撮影しとったし」
「で、その中にあった、俺の写真は米粒っていう話」
「しゃーないじゃろーお仕事じゃし。それに家では思いっきり撮ったじゃろーに」
「それがおねしょの写真とかなのはちょっとどうかと思います」
じぃーと女声でそういうと、がびーんとじーちゃんはショックを受けたようだった。
いや、たしかに思い出に一枚くらいとは思うけど、フィルムカメラの時代でそこに一枚を持ってくるのはさすがにどうなのかと思う。
「で、でも馨よ。おまえさん牡丹の子供ができたらばんばん撮るじゃろ? あんな姿からこんな姿までっ」
「姉さんの子供できたらたしかに撮りまくるかなぁ。来年予定だけど」
楽しみでございますというと、ばーちゃんに似た者同士だねぇとほっこり言われてしまった。ばーちゃん的には微笑ましいもんじゃというのにことらしい。
「だからっ、俺は写真家なんで大嫌いなんだよ! 思い出の写真なんて変なのばっかりだし」
「まあまあ、父さん。おちついて。撮られたいなら俺はいっぱい撮るからさ」
撮ってほしいだなんていままでぜんぜん言われなかったから知らなかったというと。
そうではなくて! とさらっと言われてしまった。
えー。お父さんに撮ってほしかったってことなの? 木戸なんてパパからの撮影なんて一度もなかった……
けど、姉に撮られたっけなぁ。
「じゃあーじーちゃん、改めて父さんのこと撮ってあげるといいんじゃないかな?」
「むぅ。あんまり気はのらないがのう。まー馨のお願いじゃったら撮ってもいいかの」
ルイちゃんのお願いだったらハッスルするんじゃがー、というとじーちゃんは母さんに睨まれていた。まあ自業自得である。
「それじゃ、今の食卓は俺が撮るということで」
じーちゃんはカメラの準備とかしてから撮ってくれると嬉しいですというと、それじゃあ明日になったらかのう、とくぃっとお酒を飲み干した。どうやら今日は宴会を楽しむつもりらしい。
そういうことなら、ここは木戸が思う存分撮影パーティーである。
木戸家だと家の中の撮影はあまりできなかったので、思う存分とらせてもらおうと思った。