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703.お正月の里帰り1

 クリスマスが終わって、もういくつ寝るとお正月!

 といったところで、木戸家は今年もじいちゃん達のいる田舎に帰省をすることになっていた。

 大学三年のこの時期に、親の実家に帰る余裕があるのか!? ということに関して言えば……そこは、就職関連やら学業やらがある程度落ち着いている木戸の今までの努力の結果である。

 あとは純粋に、じーちゃん達に今年も遊びにくるんじゃろう? という、うっきうきな連絡をいただいてしまったからというのもある。

 老い先短いから、会いに来て欲しいみたいなことを言われたらさすがに、思うところはあるわけで。

 もちろん結婚式のじーちゃんの様子を見る限りあと三十年は大丈夫だよねっていう感じはするけれども、ばーちゃんとは会えていないから、久しぶりに顔を見たいというのもある。


 しかも今年は黒木家もお正月に合流予定。おじさんは正月も出勤ということで、子供二人での遠出である。

 子供っていってももう二十歳間近だから、問題はないだろうって話で。

 大型コスプレイベントを堪能してから向かいます! と楓香には良い顔をされた。

 ルイ姉もイベントに来るべきだと思います! という声もあったけど、初日の出を撮りたいよ! ってことで先に田舎入りすることになったのである。

 姉は妊娠のこともあるので今年はお休み。

 新婚夫婦は家でゆっくりと過ごすのだそうだ。

 

「はぁ……予想以上に荷物が多いわよね、あんた」

「母さん。それはじーちゃん達の意向だから、しかたないって何度もいってるじゃん」

「お父さんからも言ってやってくださいよ。ほんともう、やめてって」

「……ああ、その、なんだ。馨。女装(あれ)はほどほどにな」

 はぁと父さんが困ったような顔を浮かべて言った。

 いちおう、母さんの尻に敷かれている父なので、木戸へのあたりは強いのである。

 

「いらっしゃい。遠くまで来てもらって。疲れたでしょう?」

「いえいえ、お義母さま。話をしてたらすぐでしたよ。馨は……景色見ながらわーいでしたし」

「あらあら。相変わらずなのね」

 いらっしゃいと、ばーちゃんは温かく迎えてくれた。相変わらず年齢を感じさせない姿勢の良さだ。

 去年と同様に玄関をくぐると、去年とあまり変わりのない廊下が目に入った。


「おぉ、よく来たのう。……?」

 そして、二階から降りてきたじーちゃんとご対面である。

 じーちゃんの態度はといえば、これがまあ去年とはまったく違って。

 すさまじくうれしそうな満面の笑顔を張り付けていた。

「そいじゃ、とりあえず居間にでもいこうかの」

 ばーさん。お茶の準備よろしくの、と言って先を歩いて行った。

 今年はちゃんとお客さん扱いをしてくれる感じである。父さんと仲良くしてねっていう約束でいくらかマシになったようだ。

 

「お義父さん。今日は機嫌よさそう」

「そりゃ……かわいい孫が来てるからなぁ」

 馨は大のお気に入りだし、と父さんが言う。まあ、馨が、というよりはルイがお気に入りなわけなのだけど。

 そんな予感は、もちろん的中するわけで。


「で、どーして、馨はそういう地味な恰好しとるんかの?」

「ええと、男子なので?」

 さて。ただいまじーちゃんからの詰問中です。

 居間でお茶を出してもらってる間に、すんごーい、不満そうなため息を吐かれて。

 うん。言ってることはわかる。

 どうして男子の格好してるんだ? というのをこの人は言いたいのだろう。

 結婚式の時は姉ちゃんのほうに気をとられていたのだろうけど、いまは一人なのだ。


「そうはいうても、こう……なんていうんかのう。もうちょっとマシにならんものかと」

「はて、じーちゃんは、遊んでる感じの今時の感じがご所望で? やろうと思えば、ちょっとちっさいけど、中性的美形とか言われる自信はありますが? 着飾ります?」

 これではないだろうなと思いつつ、いちおう男子ですよということをアピールしておく。

 じーちゃんとのかかわりはここ数年の話なのだ。

 しかもそんなに多く会えているわけでもないのだ。一応確認を取っておく必要がある。


「むぅ。まさか見事にとぼけられるとは。わーいってルイちゃんをやってくれるものかと思っておったのに」

「母様の目が光ってるから、さすがにちょっと無理かなぁ」

 ほら、じーちゃん、おみやげもあるからお茶にしようというと、そういうことなら……まぁ、と今は引いてくれた。

 そして、お土産の贈答だ。

 木戸たちの住む町でのお土産としたら、やはり定番はあそこのお店のものということになる。


「シフォレの紅茶クッキーをお持ちしました! ケーキにしようか悩んだんだけど、さすがに持ってくるのに気を使うのでこっちで」

「あら。あそこって焼き菓子もやっていたの?」

「クリスマスの後に期間限定で出すっていってたから、ちょうどいいかなって。試食させてもらったけど、さっくさくでおいしかったよ」

 ちなみに作り方も教わったので、前よりもおいしいクッキーが焼けるようになりました、というと、がばりとじーちゃんが接近して、思い切り手を握ってきた。ちょっと冷たい指先はかさついていてしわがちょっと寄っている。


「まさか……孫の手作りお菓子が食べられる日が来るとは……」

「いや……じーちゃん。さすがにつくらないからね? これはお店のだし」

「でも、五日まではこっちにいられるんじゃろ? そういうことなら……」

 くぅーと、じーちゃんがうるんだ目で見上げてくる。うーん、これはー。うーん。

 いいや、一枚撮ってしまえ。


「あんた、そこで撮るのね……」

「まあ、追い詰められたらシャッターを切れっていう感じですので!」

「ほほう。馨や……いままでいろいろ追い詰められたことがあると……」

 うちの孫を追い詰めるとはけしからんと、じーちゃんはクッキーからは離れてくれた。

 うんうん、いい爺さんである。


「はぁ。お義父さんがそんなに望むなら、馨。健くんたち来たら一緒に作ってあげなさい」

「健達も一緒になんだ?」

「そこは孫一同ってことで」

 一人で作らせるよりは幾分ましよ、と母さんは言った。

 それだけでげっそりしてしまっているけど、ほんと母さんはその手の話題は苦手だ。

 最近の若い者にとってすれば、お菓子作りは普通に趣味の一つでいわゆる女性の趣味ってわけでもないのだけど。

 それでも不思議と女子力高いといわれたりするのである。 

 

「あの、馨……それ、俺にはお土産とかもってこれない? 三日に俺だけ家に帰らないといけないんだけど」

「そこは……三日までに作るって考えにはならないんだ?」

「だって、三元日はおせちにお雑煮にって感じだろう? それできっと俺がいなくなった後に、日常な感じでクッキーづくりするんだ」

「地味に、父さんもじーちゃんに似てるよね……その、ちょっと残念なところ」

「……一番残念なお前にいわれたくはないんだが」

 ああ、でも残念の質が違うのか、と父さんはなぜか一人うなずいていた。


「えっと、ばーちゃん的には作るなら四日とかの方がいいのかな?」

「そうねぇ。おせちに飽きてきたころにお菓子とかがあると、ご近所さんも喜ぶかねぇ」

「まさかの、ご近所まで巻き込む発言だ……」

「だって、うちの孫自慢したいじゃない?」

 孫が作りました! っておばあちゃんにもどや顔をさせておくれ、といい顔でいうと、やっぱり健くんたち巻き込んで正解だったわ、と母さんは言っていた。

 いちおう黒木家の二人は幼いころこの家で過ごしていたし、ご近所にも知らされているので、お菓子をふるまうというのもそこまで違和感はないようにも思う。都会だったらいろいろ思うところがある人は多いだろうけど、ご近所との距離の近い田舎であればそういう心配はしないでいいらしい。


「そういうことなら、協力はさせてもらうけど……」

「ふふ。久しぶりに孫と買い物ができるねぇ」

 昔、健たちとよく行ったスーパー、馨も連れてくの楽しみだわと、ばーちゃんはにっこりである。

 うれしそうな顔をするのでその姿もばっちりと写真に残しておくことにする。

 去年も思ったけど、どうにも黒木家が独立したことで、孫と離れて暮らすことになったばーちゃんは、ちょっと時間を持て余し気味らしい。

 ご近所のおばさまたちと仲良くしているのも、話し相手がいないっていうところもあるのかもしれない。

 じーちゃんは、あんな感じで写真のことと……そう。ルイのネット記事を切り抜いたりして楽しんでいるので、自室に閉じこもっていることの方が多いらしい。

 むほー、これが孫じゃー! とかにやにやしてるのだそうだ。

 ……おじさんと同じっていったら、怒られるのだろうけど、ちょっとルイさんラブすぎて引いてしまう木戸である。


「それじゃ、お土産のクッキーいただいちゃいましょうか。健や楓香には怒られるかね」

「あー、あの二人だったらいつでも食べられるから気にしないでいいよ」

 健のことも、シフォレのオーナーさんお気に入りだから、問題なし! というと、あらまぁあの子もかいとばーちゃんが驚いていた。

 いやいや、健も振袖とか着せられてたんだから、いづもさんが気に入らないわけはないんだけど、シフォレのオーナーさんの話は内緒である。

 じーちゃんが、ルイの最初の頃のお仕事の話を知ってたらあれだけど、いづもさんの見た目で元男性ですっていうのが分かる人は、そんなにいないように思う。

 ……この町、巫女さんの影響が強いから、いづもさんの写真みたら気づく人もいるかもしれないけど。

 恐ろしい町である。


「ああ、お茶は普通に日本茶にも合うって言ってたから、どちらでも大丈夫だよ」

 いつも日本茶主流だったよね? というと、コーヒーと紅茶は時々なのだと教えてくれた。

 物自体はあるようだけど、やはり普段は緑茶なのだそうだ。

 そしてばーちゃんが席を立つと、母さんもそのあとについていくように立ち上がる。

 いちおう嫁の立場としては、旅行先であってもお手伝いはしないと! という思いがあるらしい。

 やってくれるならお任せいたしますな木戸とは違って、働き者である。

 もちろん、お茶くみ要員がいないのなら、率先してやるほうではあるけれども。


「やっぱり母さんの入れてくれるお茶はうまいのう」

「いつものお茶ですよー? それに静香さんにも手伝ってもらったし」

「それなら、なおさら旨くて当然じゃの」

 静香さんのお茶が飲める日がくるとは……と、じいちゃんはじぃーんと感動に体を震わせていた。

 いや、去年もさんざん飲んでお腹ぽっこりとかさせてたような気がするけども。

 さらに言えば、木戸家に泊まった時もたらふく飲んでいたような気がするのだけども。


「それにクッキーもさっくさくじゃの。甘味もそこまで強くなくて、なんというか……素朴?」

「あー、ちょっとバターと砂糖の量は減らしてもらってるから、それでかな。いつもならもうちょっと甘くするけど、単品で食べても紅茶の味がふんわり香る感じで仕上げました! って言ってた。本人曰く……だんだんお肉が落ちにくくなってきたから、こういうのも研究したいとかなんとか」

「ちょ、馨!? あんた……まさかシフォレの店長さんに変なこと言ってないでしょうね?」

「変なことって? 別に今日もおいしそうな甘い匂いですね、とかしか言ってないし」

 体重の話とか別に全然これっぽっちもしてないです、というと、そう、とクッキーをかじりながら母様はおとなしくなった。

 そして、ぽりぽりそのままクッキーをかじっている。お気に召したのかすぐに二枚目に突入だ。


「馨……それ、聞きようによっては、口説き文句みたいな風にも聞こえるが……いや。そんなことはないか」

 父さんが心配げな顔を浮かべたけど、きょとんと首をかしげてあげると、まあそうですよね、みたいな感じでこちらもクッキーをかじり始めた。

 お茶を飲むペースが心なしか早いのはなんでなのだろうか。


「ふむ……馨は社交性が高いのう。それに比べてお主は……最近どうなんじゃ?」

「親父……別に、俺だって社交性が低いわけじゃないぞ? 馨がコミュ力おばけなだけで」

 それに、おかげさまで仕事は順調だし、超出世組じゃないんだけどなとかなってるんだからねっ! となぜか父さんはツンデレ気味にそんなことを言い始めた。

 じーちゃんはそれを見て、お主……とちょっと引き気味である。


「馨の縁もあって、他社との商談も順調だし、社内での評価もちょっとずつ上がってるところだっての」

「あー、三枝さんとこ関連?」

「仕事を一緒にしたのは、あのプロジェクトだけだったけど、三枝さんとは飲み友達になったしな。どこで知り合ったんだ!? って部署内でもいろいろ言われてるとこだ」

 ま、父親会やってても仕事の内容自体は容赦しないとは言われてるし、ひいきされたりはないけどな、と父さんは胸を張っていた。

 ちゃんと働いているんだ! という思いが強いところである。

 前に、職場のみなさんと一緒にバス旅行に行ったことがあるけど、父さんはあのころからもちゃんと部下の方々をサポートしていたし、本人が言うように仕事自体はうまくいっているほうなのだろう。


「ふむ。去年はあんまりお主の話は聞いてなかったからの。今年はじっくり話を聞かせてもらうとするか」

「お父さん。その話はじっくりにしようって言っていたじゃないの」

 帰ってきて早々、おまえ最近大丈夫なのか、というのはさすがに拙速というものである。

「べ、別にかまいませんともっ。馨ばっかりちやほやされるけど、俺だってちゃんとやることやってるんだからな」

「ほう。そこらへんどうなんじゃろ、静香さんや」

 普段、あまり話題に上らない父さんに、じーちゃんはフォーカスをあてることにしていたらしい。

 ばーちゃんの言いぶりからすると、あらかじめ今年はちゃんと話をしようということに決めていたようだ。

 去年は……巫女さまの件だったり、木戸=ルイの話だったりで、勘当は解かれたもののあんまり父子の話というのはなかったのだ。


「うちの人は、そうですね……順調といえば順調。受け身と言えば受け身という感じでしょうか」

 よく言えば堅実だし、そういうところはいいと思いますと母さんが言った。

 ちょっと照れ気味なのはあまりそういう話題をほかの奥様と話さないからなのだろうか。

 いちおう、ママ友的な相手はいるとは思うのだが、子供の話中心であまり旦那の悪口大会には参加しなかったそうだ。

 まあ、静香母さんは、高校の頃から息子の話題を出すのをやめたそうだが。


「そういうことなら、今晩は日本酒でも吞みながらゆっくり話を聞こうかの。馨もつきあうじゃろ?」

「父さんメインで話を進めるなら、お酒のお付き合いはしますよ」

「……馨。女装してお酌はダメだからね?」

「わかってますー。じーちゃんの女装リクエストにこたえるのは二日間だけって約束だし」

 今日は着替える気はないです、と答えると、わかってればよろしいと母様に言われた。

 今年の里帰りについては、家族一緒だけど女装は一部解禁されていて、じーちゃんが指定する二日間は女装することになっている。

 ルイさんとして来るのはちょっとダメだよ? と言ったらじーちゃんがしょぼんとしたのだけど、残念ながら去年会っている相手には男性であることは伝わっているし、巫女さんにも確認作業をしてもらっている。

 ここで、ルイさんが参戦してしまうと、とてもややこしいことに発展してしまうのである。


「静香さん、けちんぼじゃのう。家の中くらい眼鏡外してルイちゃんでいてくれればいいのにのう」

「ウィッグ変えるの面倒だから、眼鏡外すくらいしかしませんよ」

 俺だって母さん怖いし、というと、馨ー? というじとーっとした声が聞こえた。

「うっ、困ったときは、これだっ」

 えいやっ、とシャッターを切ると、えぇーと母さんの顔ががっくりしたようなものに変わった。

 うん。そこでカメラに頼るかーという感じである。


「まあ、馨だしな……」

「仕方ないじゃろうな……」

 うん。静香さんは悪くない、となぜかみなさん母さんのフォローを優先しているようだった。

 そんなわけで、里帰りは始まることとなる。

田舎ってえぇですよね。

そしてじーちゃんあいかわらず濃いなぁと思いつつ。

今回は里帰りの導入でしたっ。

美味しいクッキーは甘さだけではないのだよぅ。という感じでー。

次話につづくっ!

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