700.エレナさんとフルーツバー
さぁー、エレナさんとお出かけですよ!
おいしくかわいくご飯を食べよー!
「さすがに女の子ばっかりだねぇ」
わいのわいのとおのおの話しながら列に並ぶグループがいくつもあった。
ビルの四階にあるその店の前は階段をつかって並ぶくらいの大行列ができていた。それも二階までというのだからかなりの行列といってしまっていいくらいの混雑っぷりである。
ちなみに、ルイたちは予約ありなので予約列である。こちらのほうが列は短くて待ち時間は短くて済みそうだ。
最近はネットで予約ができるので、手軽でありがたい。
さて。本日はエレナと二人でフルーツバイキングにやってきた。
結構いいお値段がするのだけど、そこは誕生日祝いということでエレナさんもちである。
よーじ君はいないのか、というところは、今回は男の娘会ということで不参加にされられたそうだ。
女装するなら来てもいいよ! と彼氏に言い張るのはなかなかにどうなのかとも思うのだが、そういう部分も含めてお互い好きあっているのだろうと思う。
楽しくやっておいでと送り出してくれたのだそうだ。
「いっつもシフォレでおいしいケーキは食べてるけど、フルーツの味をそのままに味わうっていうのはあんまりなかったから」
ここかなぁって思ったわけなのですと、エレナさんは胸を張った。
ぺったんこである。
「なんか、いっつも誕生日はいろいろもらいすぎなような気がしなくもないけども」
「そこは……まぁ、いつもお世話になってるからっていうのもあるし。それにほらルイちゃんはうちのパーティーに来てくれてお祝してくれてるわけだから、そこらへんはお返ししないとね」
あ、列進むみたいだよ、とエレナが言う通り、目をきらきらさせた女の子たちがぞろぞろと前へと進んでいく。
時々男女のカップルさんもいたりするけど、女子度は圧倒的に多いようだ。
そして、席に案内されると簡単な説明が入る。
「当店では切りたてのフルーツを味わっていただくため、オーダーカットスタイルを採用しています。お召し上がりたいものがあったら、お申し出ください」
テーブルに座ってからが本番ですという感じで、みんなすでにフルーツがおかれてある場所に列を作っていた。外でも中でも行列だらけである。
「それじゃボクたちも行こうか」
「あんまりこういうところ来たことないけど、お皿とかはあっちでもらって……って感じかな」
「そうみたいだね。しかも目の前で切ってくれるみたい」
パフォーマンスしながら提供っていうのは面白いね、とエレナは目をキラキラさせている。
「しかもそれが撮り放題とか、すごくありがたい」
カシャリとシャッターを押すとエレナは苦笑を浮かべていた。
取り放題なのか撮り放題なのかといった感じなのだろうか。
「撮影はしてもいいってことだったし、それはもう自由に撮らせていただくしかないかなぁってね」
もちろん食べ放題も楽しみにしてるよ? といいながら、ショーケースに視線を向ける。
さすがに12月ということもあって、春先よりはフルーツの種類は少ないように思うものの、それでも梨やりんご、キウイ。あとはベリー系のものがよく並んでいるようだった。
また、旬以外のものでも珍しいものが並んでいる。
「パパイヤとかドラゴンフルーツってあんまり食べたことないから、うれしいかも」
オーダーを通すと、職人さんがまるごとのフルーツを切り分けてくれる。
食べやすいように一口サイズにされたそれは、かぶりつき用ではなくお上品に食べるスタイルのようだ。
「あの、お写真撮らせていただいてもよろしいですか?」
にこりと、職人さんに笑顔で問いかけると、い、いいですよー! と元気に返事をしてくれた。
ちょっと、どもっていたのはなぜなのだろうか。
ともかく、遠慮なく手元を撮影させてもらう。
あ、リンゴのカットがうさぎさんである。かわいい。
「フルーツだけじゃなくて、料理もあるからそっちも楽しんでいってな」
「そのつもりですっ。今日は目いっぱい楽しんでいきます」
お皿を渡してくれる時に、職人さんがそう言ってくれたのでにこりと笑顔を向けておく。
どうにも、リンゴのカットはちょっと特別にやってくれたらしく、他の子のカットと形がちょっと違うようだった。
「……どこでも誑し込むねぇ、ルイちゃんは」
「ちょ、誑し込んでないですし。っていうかエレナだってリンゴがなんか派手な感じになってるけど?」
フルーツはカットの仕方でいろいろな形にすることができる。
特に、少し固めのものはいろいろな飾り切りができるのである。
エレナさんのはなんというか、みごとな白鳥さんに仕上がっているわけで。
「お客さんのイメージでカットの仕方変えてるのかなぁ。そうか、ルイちゃんはうさちゃんなイメージかぁ」
ほほー、ぜひとも今度バニーなコスをお願いしますだね? とエレナさんはにこにこしながら言った。
それはバニーガールなのか、それともまじもんの着ぐるみなのか、エレナだったらどちらになるかわからないところが難しいところである。
「銀香町で雪降った時、雪うさぎとかは作ったことあるけど、どちらかというと自分がウサギさんをするより、なでてる方が好きかなぁ」
もふもふであったかいよね、というと、ナチュラルに動物係だこの子は、とエレナさんに言われた。
「でも、動物の撮影はいまいちなのです……結構逃げられちゃうというか。あんまり触らせてくれない……」
くぅっ、さくらは動物わりとちゃんと撮れるのにと嘆くと、まあまあとエレナさんはなでなでしてくれた。
背伸びしてやってくれる姿がかわいい。
「飲み物はどうしよっか?」
「んー、悩ましいところだけど、素直に紅茶かなぁ」
体冷やすのもよくないし、ホットにしようと、とりあえず第一陣のフルーツのお皿をテーブルに置いてから、飲み物を取りに行った。
ドリンクの類は、一般的なドリンクサーバーとは別にポットで出せるリーフティーや、アイスのフルーツティーなんかもおかれてある。
果物を入れてもおいしいです、なんていうPOPが貼られてある。
「じゃあ、ボクも紅茶にしとこうかな。あ、ジャムとかもあるからそこらへんもいただいちゃおう」
いちごジャムおいしそー! と言いながらスプーン一杯分紅茶の中にとぽりとエレナが入れた。
おいしそうではあるけど、それは食後のデザートでやろうとルイは思っている。
「それじゃ、落ち着いたところで。改めまして、誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます。今後ともよろしくね」
かんぱい、とホットのグラスをかちりと合わせつつ、ふーふー言いながら紅茶をいただいた。
ふわっとした香りが鼻を抜けて心地いい。
そして、フルーツにフォークをいれていく。
「うわ……みずみずしいし甘いし、リンゴも梨もおいしい……」
「うちも、いい果物つかってる方だと思ってるけど、これはまた……」
いつもいい素材がそろっているセカンドキッチンであっても、ここまでのものをいつもおいてあるわけでもなく。
鮮度も味も抜群にいい果物たちだった。
「そしてドラゴンフルーツさんはと……あ、これはちょっと甘い……かな?」
さくさくとした触感とでもいえばいいのか。もともとサボテンの果肉だというのだから、ほどよい弾力もあって食べていて面白い感触だ。
フルーツなのか? と言われると日本のフルーツに比べればかなり大人しめな感じで、味の主張は強くないけれど、それでも繊細な味わいなのだろうと思う。
「完熟マンゴーおいしい。くぅ、これが禁断の果実というやつか……」
「禁断の果実ってリンゴなんじゃないの?」
「のどに詰まらせちゃったから、アダムスアップルがあります、的な?」
知恵の実の真実はわからないけど、リンゴとかブドウとか、イチジクだったりする説はあるみたいだね、とエレナさんはスマホをいじりながら言った。
「でも、これだけ甘いとなんか、変身とかできちゃいそうな気がするよ?」
ほら、女の子だってライダーになれちゃうかもしれないよ? とエレナさんは某果物で変身するライダーのお話をし始めた。
結構昔の作品だったはずである。
「それをいうなら、もぎたてフレッシュ! とかじゃないの?」
「ルイちゃんがああいうコスをやってくれるのなら、衣装つくるけど?」
ボクは男の娘コスしかやるつもりないしなぁとエレナさまは無茶ぶりを言ってくださる。
「あたしだって撮られる側より撮る側ですー。そのスタンスは変わらないよ」
二十歳前にぜひデビューさせたいとかなんとか言ってた人もいたけど、アイドルではなく技術者になりたいのですというと、うんうんとエレナさんはうなずいた。
「ほんと、ルイちゃんは将来の方向も決まっていて、すがすがしいよね」
「エレナだって、将来のことは考えてるんでしょう?」
あと一年大学に行くにしても、その先のことは考えてるんだよね? と問いかけると、まぁ、それはねーとエレナさんがブドウをつまみながら言った。
「すでにお仕事はちょこちょこ入れてはいるんだよね……」
「仕事?」
ん? それってお父様のお仕事手伝ってるとか? というとそういうのもあるけど、とにやりとした。
「ルイちゃんには話したことあったっけ? 最終的にボクはがんがん稼いで、将来的にかなえたい夢があるんだよ」
「ほほー、あんまりそういうの聞いたことないね。最強の男の娘キャラを作りたいとかは、あるのかなと思うけど」
そういう会社を経営したりとかもできそうなのかなぁというと、それもありなんだけどね、とエレナは言った。
「実際、そういうのをプロデュースってのは動き始めてはいるんだけど……黒字になるのかどうなのか……」
って、そうじゃなくて! とエレナさんはリンゴをもぐもぐしながら話を始めてくれた。
「最終的には、そのね、同性同士でも子供を作れるようにするってのが目標なんだよね」
これが人生の目標なのです、とエレナさんにいわれて、ちょっとフォークにさしてたマンゴーがぽろりとお皿に落ちてしまった。
あまりにも現実離れしたお話である。
「……また、大きくでたね」
気持ちはわからないではない。
ルイ自身はあんまりそういう願望がないけれども、一般的には子供は欲しいと思う人が多いのは事実なわけだし。
それに、今の時代であれば夢物語というわけでもないだろう。
多くの基礎研究があり、十数年前はサイエンスフィクションといわれていたお話が現実味を帯び始めている。
「男の娘もので、腹ぽてENDってそんなに多くはないけど、あるにはあるし、そういうのできるといいなぁってね」
「多くはないってことは、需要はそんなにないってことなのかな?」
それができるようになったとしても、果たして需要があるのだろうか、というと、うーんとエレナはかわいらしく眉を寄せた。
「んー。まぁ、男の娘に求めるもの次第じゃない? ああいう作品は視聴者が求めるものを作っていく必要があるから、そうなってくると「普通の女子とかわらなくね?」なんて話になりかねないし」
見た目かわいいし、会話もはずむし、女子相手にするより緊張しないっていう意味合いでも男の娘需要っていうのはあるわけさ、とエレナさまは言った。
「ボクからすれば、かっこかわいくて、さらにはそれでお母さんとかしてたら、さいきょーじゃん!? って思っちゃうんだけどねぇ」
「それで、家政夫ものをお勧めになったわけですね……」
依頼主が家に帰ると、子供と一緒に家政夫さんが寝息たててたりして、そしてその寝顔にどきんとしたりする王道BL展開の作品を前にエレナに読まされたことがあるのである。
マイナーすぎてコスプレやってる人とかいなかったですけどね!
「と、まぁそんな目標ができちゃったから、いっぱい稼がなきゃっていうわけなのさ」
もちろん無理はしない、根は詰めないってよーじとは約束してるけどね、とエレナさんはにぱりと笑う。
うん。かわいいので将来の社長さんを一枚を撮らせていただいた。
「目標に向けてお金稼ぐ……かぁ。すぐにその目標に走るってわけじゃないんだ?」
「んー、ルイちゃんは一人でわーいって撮影できればいいやぁって感じなんだろうけど、さすがにボク一人で神のシステムにあらがうことなんて無理だしね。だから、わかりやすく人の力を借りるためにお金っていうものを多く持ってないといけないっていうわけ」
その能力がある人が、その方向の研究を必ずしもやってくれるかっていうと、そんなことはないわけだからね、とエレナは苦笑を浮かべた。
たぶん、研究を続ければいつかは出来る類のこと。だとしてもやり始める気になるかどうかはわからず。
逆に、やる気があったとしても自分の能力ではできない場合は、人の手を借りる以外に方法はない。
そのための簡単な手段が、金というものだ。
人に言うことを聞かせることができるわかりやすい道具である。
「お金かぁ……そこらへんあたしは目標があんまりないし、使うより貯める派だからなぁ」
「んー、例えばルイちゃんが海外の景色を撮りたいってなったら、飛行機だったりガイドだったり必要になるわけじゃない? そうなったらお金は必要になるっていうのと同じ感じ」
「まぁ、そういうことなんだろうけど……うーん。そこは協力者を募ってとかではないんだ?」
「さすがに、今の状況ではボクが考えてることに賛同してくれる人はそんなにいないだろうからね。イメージアップ戦略をやりつつ、そういうのもありだよねっていう空気感を作っていく必要もあるんだろうけど」
もーやることいっぱいありすぎだよ、とエレナさんはキラキラした目を向けながら、優雅にお茶を飲んでいた。
はぁ。なかなかに長い付き合いの友人は、大きな目標を抱えたものである。
「んじゃ、あたしはエレナ様が疲れた時に、一緒にスイーツ食べに行く癒しスポットになってあげましょうかね」
さすがに研究とか起業とかのお手伝いはあれだけど、こういうのならいいよというと、わーいと彼女は立ち上がった。
「それじゃ二皿目、取りにいこうか? カットフルーツだけじゃなくて、お料理もあるっていうから、アボカドのサラダとかすっごく気になってたんだ」
「あっ! それはあたしも! というかフルーツドレッシングの力を見てみたい」
酸味のあるソースはたぶん、サラダに抜群の相性があるに違いない。
「あとは、フルーツサンドも外せないよね。生ハムとミカンのサンドイッチとかも……」
「まだまだ時間もあるし、ばんばん頂いていきましょう」
うんうん、楽しみ楽しみと、お食事の方のコーナーに向かうことにした。
まだまだ食べ盛りの身の上だ。せっかく食べてもいいというのだから、思う存分に楽しませてもらおう。
「こういう話、引かないで聞いてくれる友達がいるっていうのは、いいもんだね」
「ん? なにか言った?」
「なんでもないよー」
やー、食べた分は動かないといけないねぇーと、エレナは全然出ていないお腹をさすりながら、そんなことを言った。
さぁ、ナンバリングが700になりました!
エレナさんの将来の事業のお話は、ちらりとにおわせたことがあったような気はするのだけど……
どこだったっけかという感じになってしまいましたとさ。
しかし、今の若い子ならそういうことを夢に掲げても、環境的にいけるんではないかなぁーなんて思う昨今でございます。でも60歳でそれができたとして、80歳まで現役で、100歳まで元気に生きるみたいな感じでいないといかんですよね。生きる残り時間と、夢……かぁ。