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699.千鶴さんと志鶴さんとカメラマンさん・後編

「ん?」

 わざわざ、志鶴先輩の後ろを迂回して、くいくいと袖をひっぱってくる斉藤さんに、首をかしげてなぁに? と仕草だけで問いかけてみる。

 真ん中に先輩がいるので、ちょっと無理な体勢である。

 とはいっても、ここは教室でもないわけで、内緒の手紙を送りあうなんてことはできないわけで。最低限のアイコンタクトだけでとりあえず木戸は行動を起こすことにした。

 

「んじゃちょっと俺はお手洗い行ってこようかと思うのだけど」

 さてそんなやりとりはだうーんとうつむき気味になっている志鶴先輩には気づかれなかったようで。

 そっか、お手洗いか、行ってらっしゃいと普通に送り出してくれた。

 いろんな意味で余裕がない先輩である。


「それじゃ私もご一緒しようかなー」

「って、ちづ!? それって女子トイレに集合って意味じゃないよね?」

 さすがに斉藤さんの一言にはなにか思うことがあったらしく、先輩はえぇと不満げな声をあげた。それでも斉藤さんは首を振りながら、ここってトイレ一個だけだからゆったりお話はできませんよと苦笑を浮かべていた。

 まあ、その通り。

 合コンするような場所だったらトイレで相手の品定めトークなんてのはできるだろうけど、ここではそんなことはできない。 


 さてと。そんな声を聞きながらとりあえずトイレに入る。

 え、ちゃんと座っておトイレしましたよ? そして手を洗って外にでると。

 そこで待ち合わせたかのように、斉藤さんとかちあった。


「それで? いい感じにまとめたーみたいな風になったけど、まだほかにも内緒なことあるんでしょ?」

「おトイレで彼氏の品評会でもするんで?」

 お話できてもほら、次のおトイレのおっちゃんが来るまでだよ? というと、じゃあっ! と斉藤さんは早速切り出してきた。

 まだまだ秘密はあんなもんではないでしょう? というような感じだ。


「うすうす気づいてるんじゃないの?」

「それをどーやって引き出すかなんだよー。もー、志鶴さんのへたれー」

 彼がどうだって、浮気とかしてるんじゃなかったら別にそんなに気にしないのに、と斉藤さんは男前なことを言ってくれる。

 まあ、もともと元気づけたいから一緒にいるって部分も大きいんだろうし、そんな相手がなかなか心を開いてくれないのは少しつらいことでもあるのだろう。


「でも、そこはさすがに俺の口からは言えないかな。二人の問題なんだし」

「えぇー、じゃあご飯終わったら帰っちゃうの?」

 女装コス解禁したんだからいいだろうって? と斉藤さんはすがるような視線を向けてくる。

 とはいっても、残念ながらカミングアウトをするかどうかは本人の考え次第なのだ。かってによそ様が言いふらしていいことではない。

 ましてや、今は女装を封印して生活してるくらいなんだしね。


「んー、俺としては別件が気になってるから、そっちの話はしたいなと思ってるよ」

 デートの邪魔なら帰るけど、というと、そんなことないです、一緒にいてくださいと言われてしまった。

 女装コスについて話をしてどんどん盛り上がればいい、と木戸などは思うのだけど、それができるのはあんたくらいなものといろんな人から言われそうである。

 でも、いっぱい見せられる写真が増えたんだから、それでよくない? って思うんだけども。


「別件って?」

「俺が斉藤さんと一緒に歩いてただけで、目くじら立ててたところ、かな」

「あー、最近はちょっとひどいから、なにかあったのか心配だけどね」

 ここ二週間くらいの話なんだけどね、と斉藤さんは少し困ったような顔を浮かべた。なるほど。二人の時はずっとそうなのかと思ったけど、最近の話なのか。


「おっと、そろそろ席に戻ろうか。おっちゃんたちトイレに駆け込みそうな感じだし」

「りょーかい」

 もうちょい打ち合わせしたかったけどーと斉藤さんは少し不安げだ。

 少しでもその顔が撮りたいものに変わるといいなと思いつつ、席に戻った。


「あー! やっぱり女子トイレ会議してるしー!」

「ちょっ、志鶴先輩言いがかりやめてくださいって! ものの数分じゃないですか」

 二言三言話しただけですよ、というと、うぅー、馨がうちの彼女を盗ろうとしてるー、と泣き言を言い始めた。

 まったく。

「あーはいはい。斉藤さんいい被写体だから、もちろん撮ろうとしますよ」

 これでいいですかね? とカメラを向けると、それもだめーと先輩にガードされてしまった。


「くっ、この過保護魔人めー」

「それだけ愛してるってことだし」

「でも、ここ二週間、輪をかけてひどいって聞きましたが?」

 どうなんです? とみそ汁を飲みながら問いかける。

 話のきっかけとしては、ちょうどいいだろう。

 先輩が極端にうざくなったのがここ最近なのなら、なにかあったということなのだろうし。


「え? ひどくなってる?」

 え? と志鶴先輩は困惑したように、斉藤さんに視線を向けた。

 実際、どうなの? という感じだ。

「まさかの自覚なしとは……」

「えと、さっきも言ったけどちづはほんといい子だから、付き合った当初からあんな感じだと思うんだけど」

「まじでそう思ってると。まえに学校帰りにご一緒したときは全然こんな感じじゃなかったと思いますけど」

 そう、先輩が女装をしなくなった頃、学校帰りに彼女と会うというので夕飯をご一緒したことがあるのだけど、そのときはなにもなく、彼氏と彼女とカメラマンだったはずだ。

「あれは最初から馨を連れてくってわかってたからだし」

 見知らぬ男子と一緒にいるとかじゃないし、というと、斉藤さんからは、えとーっと言いにくそうな声が上がった。

「最近は、一緒に買い物にいくときも過保護になってるというか、支払いでも男の人とふれ合わせないようにしてるような気がします」

「まさかコンビニでもそんな感じだったり?」

 では是非ともうちのお店でクリスマスケーキを予約してください、というと、ここで営業がかかりますかと、斉藤さんはにあきれた声をあげられた。

 それでも、今はもうそんな季節なのである。


「それじゃーこれからは第二部、志鶴先輩はなんでうざいのかについて検討していきましょう!」

「って、馨!? 言い方!」

「だって、うざいイケメンほどやっかいなものはないでしょう? それにわが盟友の斉藤さんも心配してるんだし」

 なんなら、彼女の女友達として先輩と相対してもかまいませんが? と女声でいうと、うえぇ、といやそうなうめき声が先輩から上がった。

 そりゃそうだろう。普段女装の方を連想するだろうからね。 


「それで? 先輩余裕なさすぎな感じですけど、なにかありました?」

「だって、ちづみたいな子が、自分みたいなやつと付き合ってくれてるなんて奇跡みたいなもんだからさ」

 でも別れたくないし、一緒にいたいしと先輩はもごもご言った。

 しかしまぁ、自覚なしでも多少はおかしくなってることはわかってるんだろうか。へたれた先輩は珍しいものである。

 

「たとえば、就職が決まってないとか?」

 自分に自信が持てないというのはそういうことが多いですよね、というと、それは平気だしと先輩は返してきた。

 どうやら、そこらへんは問題はないらしい。


「あれ? 木戸くん聞いてなかった? 志鶴さん、四月に公務員試験受かって、市役所に内定決まってるんだよ」

「えっ、まじで!? 無い内定じゃないんだ……」

 おぉーと、ちょっと尊敬の目を向けると、先輩と、それと斉藤さんもドヤ顔を浮かべていた。

 そこは抜かりはないのだぜ! とでもいいたげた。しかしずいぶんとお堅い仕事を選んだものである。


「てっきり同じ学校だし聞いてるとばかり思ってたんだけど……」

「なんか先輩あんまり特撮研に来てくれなくなっちゃって。最近のお話があまり聞けていないのです」

 いつから先輩は愛の奴隷になってしまったんだーと嘆くと、いやぁと先輩は言った。

「基本、四回生はあんまりサークル活動はしないもんだよ。時宗はお前さん方のこと気に入ってるから、ときどき顔を出してるんだろうけど」

 それでも月一回くらいは来てくれても、というと彼はとても嫌そうな顔をした。

 なるほど。いままで女装でいるのがデフォルトだったからイケメン状態でみんなに会うのが嫌なのか。

 まあ、志鶴先輩は身長もあるし中性美人さんだから一緒にいるとドキドキしたりする子はいるかもしれないけれどね。


「なるほど、では先輩うざくなった理由は別ですか……」

 お仕事じゃないとなんだろうなぁと、うなっていると、ほんと馨は遠慮がないと先輩は卓上からドリンクのメニューを取り出した。

「たぶん、これが原因かなってのは浮かんだから、話そうかなとは思うけど……シラフじゃ無理だからお酒の力に頼ります」

 潰れたら、ちづに膝枕してもらうから、お願いねとしれっとデレをだしていたりしている。斉藤さんは、はいはいとさすがの包容力である。さすがは聖母だ。

 そして店員にオーダーを通すと、すでに出来上がってるおっちゃんたちから、おおーにーちゃんわかってるねぇと、よっぱらい仲間ができることを喜ぶ声がかかった。

 酒飲みはみんな友達である。


 そして届いたのは、炭酸の入ったジョッキと半分にカットされたレモンと搾り器がついてきた。生搾りタイプのレモンサワーというわけだ。自分でごりごりしてレモン果汁を入れるやつである。先輩は恨みでもこもってるのかグリグリとレモンを力強く絞っている。こんちくしょうめぇとでも言いたそうな勢いだ。

 そして軽く混ぜるとくいっとあおった。

 イッキ飲みは危ないのでいけないと思います。


「馨はうちの家庭事情かなり詳しいよね?」

「そりゃまあさんざん聞いてますし」

 そこは先輩から聞いてる部分と本人のブログ情報からも知ってることはある。

 それがなにか? というとさらに先輩はぐびりとチューハイを飲み込んでから言った。


「元父が再婚することになってね」

「……うわぁ」

「この反応ということは、あんまり喜ばしいことではない、と?」

 ふむ、と斉藤さんがおめでとうといいそうになるのを邪魔するように、木戸が嫌そうな顔をすると彼女も状況を察したようだった。


「家庭の事情がちょっと面倒くさいって話は前にしたと思うけど、なんというか、そういう感じでごたごたしててね」

 子供が十歳になったから、もう自由に生きるって感じで離婚したんだけどね、と志鶴先輩は喉になにか刺さったかのような顔をしながら言った。

 やっぱり父親のことを語るときの先輩は余裕がない。

「そして今度は二十歳を超えたから、結婚を考えたってことみたいなんだけど」

「それは、お父様がってこと?」

 ん? と斉藤さんは不思議そうに首をかしげる。離婚をしていて子供も大きくなった。割りきれない部分はあったとしても、そこまで拒絶するほどのことでもないんじゃないかと思ったわけだ。


「そ、もと父親がね。それで結婚式やるからおまえもこい、みたいな感じでさ」

 思えばあれが来てから、ざわざわしてるというか心配性になってるんだと思う。

「ショックなのはわかりますけど、そんなの、かってにやっとけ! で終わりでいいんじゃないですか?」

 カメラマンのご用命があれば是非ともお受けしますが、というと、あぁー馨はそういうやつだよねーと先輩にあきれた顔を向けられた。どこでも営業は大切なのである。


「あいつのことなんてほんとは忘れたい。でも、なんか苦しくなるんだよ。あいつの血がこの体にも流れてるかと思うと」

 自分もいつかあんな感じになるんじゃないかって心配で、と先輩は残ってるレモンサワーを飲み干した。

 ああ、嫌ってる父との因果に苦しむというやつか。


「そんなに、その、なにかあるお父様なんでしょうか」

 むむむと、斉藤さんはわからないというように傾げている。

 斉藤さんの感覚だとそこまで親を毛嫌いする理由が思い浮かばないのだろう。

「なにかもなにも。ああ、馨、あのサイト見せてあげて」

「りょうかいです」

 はいよーと返事をすると、木戸はタブレットで先輩のお父さんのブログを表示する。

 大人の女の子を目指す系のブログである。そこには女声研究なんてのものっていて、それなりにコミュニティもできていて、個人のブログでも人気はあるようだった。


「えっと、木戸くんこれ、まさか」

「いちおう俺も参考にさせてもらってるとこだね。澪は孫弟子見たいになるんじゃない?」

 まさかお子さんとこういう繋がりができるとは思っても見なかったんだけどというと、お子さんって呼ばれたくないーといいつつ、新しいお酒を先輩は頼んだ。もう今日はのむぞーって感じなのだろう。


「ほら、さすがにちづだって引いてるし」

「引いてるっていうか驚いただけです。それで、志鶴さんはこういう感じの人が嫌い、と?」

「別にみんなのことはそんなに嫌ってないよ。ただ、自分の父親ってなるといろいろと思うところがあるってわけで」

「うちの親が俺にお前はどうしてそうなのっていうのと同じ感じなのかなぁ」

 家族だからこそってのはあるかも、というと、木戸くんの場合は常識外すぎて心配なだけだと思うとさらりと言われてしまった。


「それに、この性質が自分にも備わってるかもって思うと、怖くなる。今はこうでも、いずれ同じような感じになったらって思うと」

「志鶴さんにそんなことできるわけないじゃないですか」

 まったく、なんの心配してるですか、と斉藤さんはあきれたような声を漏らした。


「もし、こういう風に着飾りたいとか、可愛くなりたいとかそう思うなら、それはそれでいいです。でも、だからといって不誠実なことをするってわけじゃないでしょ?」

「それに、性転換したい! ってのは遺伝するわけじゃないと思いますしね」

 生まれたときから決まってるっていうけど、あんがいおとしどころは自分でコントロールできるわけですし、と木戸もいうと、説得力がありますなぁと斉藤さんに同意されてしまった。


「それに、昔の人たちは不誠実だったわけじゃなくて、どうしようもなかったって話も聞いたことがあります」

 これでも、澪や木戸くんと交流があるので、それなりに調べたことがあるのですと、斉藤さんがどや顔を浮かべた。


「なんにせよ、志鶴さんまで影響されて気落ちする必要はないと思います」

「そうですよ。さすがにもう呪縛から解き放たれてもいいんじゃないですかね」

 そんなに意識しなくてもいいんじゃないかなと木戸もいうと、でもーと先輩からはまだまだ中途半端な返事がくるだけだ。

 たしかに、親の行動に腹をたてて自分でも女装して見返してやろうとかいってたわけだから、かなり意識してるんだろうけれども。

 さすがにそろそろ自分の人生をスタートさせてもいいのではないだろうか。


「そうだ! そんなにお父様のことが憎くてしょうがないというなら、こういうのはどうでしょう?」

「えと、ちょっ、ちづちゃん!? なんてことを言い出すの!?」

 ちょま、と耳打ちされた先輩は、かなり驚いた様子で声をあげた。


「また面白いことでも考えてるの?」

「志鶴さんは、裏切り者のお父様をぎゃふんと言わせたい。それなら、一番いい手段があるかなって思って」

 ふっふっふと、斉藤さんはなにを思い付いたのか、いい顔で笑っている。

 楽しそうなので一枚撮った。


「結婚式で一番やっちゃいけないことって、木戸くんわかる?」

「んー、姉の結婚式で言われたのは、主役は新郎新婦で、特に新婦が主役だから、他の人が目立つのはよくないみたいな」

 変なことはしてくれるなと、さんざん釘をさされました、というと、まぁー木戸くんのご家族の意見もわからないでもないかなぁ、と斉藤さんに苦笑をうかべられてしまった。くぅ。


「つまり、嫌がらせとしては、まさにそれをやればいいってわけ。息子の千鶴さんが新婦以上にきれいにドレスを着こなして会場にはいるわけですよ」

 そこらへんのノウハウは木戸くんいくらでも持ってるでしょう? といわれて、思わず先輩とアイコンタクトをして目をぱちくりしてしまった。


「そして、結婚式場のカメラマンであるルイさんにそれをばしばし撮ってもらって、どやぁってするわけです」

「ちょ、どうしてそこでルイさん?」

「それはほら、私がルイさんの親友であるさくらとマブダチだからなのですよ」

 狂乱と錯乱だっけ? と木戸に聞いてきたので、さくらはその呼び方あんまり好きじゃないよーと答えておいた。


「うわ、そっか。ちづちゃん錯乱さんと仲良しなんだっけ。そういうことならルイさんにも連絡取りやすいよね。あの人だったら、親父をぎゃふんといわせる写真を撮ってもらえるかも」

 あ、でも、依頼料かかるのかな、と先輩は少しうつむいた。

 それをみて、ちらりと斉藤さんから視線が向けられる。内緒ですかー、そうですかー、とちょっと嬉しそうだ。


「式場のちゃんとしたカメラマンはいるわけだから、お友だち、プライベートで撮ってくれたりとかすると、貧乏学生としては嬉しいなぁ」

 でも、そこらへんは聞いてみてからですね、と斉藤さんはいい顔で言った。

 くっ。ルイさんは貧乏からは脱出したけど、写真館の許可は必要なので、今のところはノーコメントです。


「乗り込んで、いままでの葛藤の清算をしちゃいましょう」

 そうとなったら、どんなドレスがいいか探さなきゃ! と斉藤さんはたいそう楽しそうに、言った。まるでそれはきせかえ人形を手にいれた女の子の顔というものなのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 斉藤さんったらすっかりノリノリで楽しそうですね。 きっちり離婚しているならいいのかなと思ったけど、確かに不義理ではありますね。自分の感覚がボケてるなぁ・・・。結婚式にはいかなくていいと思いま…
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