698.千鶴さんと志鶴さんとカメラマンさん・前編
うぉーー1か月たってしもたーー!
スマヌ。そして話は後編に続く! って感じです。
「アジフライ定食おまちどう!」
わーいと、遅めのお昼ごはんに歓声を上げている木戸とは別で、一組のカップルが修羅場を迎えていた。
保育園でお昼は食べてないのか? ということについては、お子様たちのフォロー優先だったのでまだ済ませていないのである。
電車で数駅いったところの昼営業中の居酒屋に入って、話を聞くことにして。
そして、注文した料理が届いたのが今のことだった。
「居酒屋のランチメニューってなんかこう、大人な感じがしていいね」
「……相変わらず木戸くんはマイペースよね、この状況でもご飯優先とか」
「ほら、だって俺は連れてこられただけなわけだし、二人で修羅場を潜り抜けるといいんじゃないかなと」
お話するってことなんでしょう? というと、斉藤さんはくぴりとお冷を飲みながら、まずは腹ごしらえからかと食事を始めた。
二人の料理はまだで、斉藤さんは刺身定食で志鶴先輩はアナゴ天丼である。
お酒の類は今のところはなし。
昼間から飲むのはさすがにあれだし、話が困窮したら頼めばいいやという感じなのである。
ま、周りのおっちゃんたちはすでに宴会始めてるところもあるんだけどね。みなさんフリーダムである。
「それで、どうして馨がちづと一緒だったのか、教えてもらっても?」
「さっきも言った通り、斉藤さんの働いてる保育園でお仕事もらったんですよ。園児たちの写真撮ってくれって」
ほら、俺いちおうカメラやる人なのでというと、ほんとに? と志鶴先輩は不審げな視線を向けてきた。面倒くさい彼氏どのである。
おまけに席順も真ん中に志鶴先輩が居座っていて、木戸を近づけさせまいとしているかのようだった。
「刺身定食ですー」
さてそんなぎすぎすしたところにも、ご飯は届けられるわけで。
斉藤さんが頼んだ刺身定食がご登場である。夜は海鮮系居酒屋ということもあって、つやつや油がのっていておいしそうだ。
志鶴先輩のところは、アナゴ天丼がサーブされていた。
ごりっぱな大きさのアナゴが蓋からあふれでていて、かなりのボリューム感である。
くっ。プラス百五十円ならあちらもありだったか……
「……はぁ。まあ馨に女っけがないのは昔からというか……その気になれば作ってるだろうなとは思うものの……」
「そうですよ。これで木戸くん、友達として女の子からは人気あるんだから」
あくまでも友達としてと、斉藤さんはもう一度言った。
「ええと、それはいわゆる、男として見てない的なやつかい?」
「まぁそんなところですね。それと……木戸くんを本気で好きになった人は、非業の最期を迎えるという話があって……」
「ちょっ、斉藤さん!? 突然なにを言い出すのさ」
あんまりな言いぐさに、えぇーと変な声を上げていると、いやほらーと斉藤さんは言った。
「あの二人、まだあきらめてないわけでしょ? あんな二人がこんな木戸くんにぞっこんとか、人生の大半をしゃぶしゃぶ鍋に捨ててると思うのよ」
「どぶではないんだ?」
「いちおー本人たち楽しそうだから、いいかなぁってね。それにほらよく煮込まれて演技に出汁がきいてきてるっていうのもあるし」
熱っぽい視線とか、もーたまらんのですと斉藤さんはうっとりしながら言った。
これはどちらの人の話をしているのだろうか。
「へぇ、馨を好きな人って俳優なんだ? ……ん? 俳優? っていうか二人!?」
え。と志鶴先輩が固まっている。
「この唐変木あいてに、自分ならいけるっ! って思える人間はそんなにいるものじゃないんです。友達として一緒にわーいってやってるほうが断然楽しい」
恋愛関係になるなど、まず無理、絶対無理と斉藤さんは言い切った。
「あの、馨? どうして学校ではそういう話してくれないの?」
「別に自分で言いふらす話でもないですし」
自分モテますアピールとかしてなんの得になるんですかと言いながら、アジフライに噛みつく。
周りかりっと中身ふわっとという感じで、とてもおいしい。揚げ物は家であまりやらないから、特別なごちそうなのである。
「そういえば、学校ではどうなんです? 木戸くんのことだから周り女の子だらけなんじゃないかなって」
「うちのサークルが男あんまりいないってのもあるけど、割と自然と溶け込んでる感じかな。お菓子作りとか一緒にやってたりとかー」
あー、あと、ほのかちゃんとは仲良しじゃない? と志鶴先輩がいまさらのように言う。
確かにあの子とはかなり仲良しだけれど、それはいろんなものが絡まった結果である。
「ほのかはカメラ仲間だし、それにかわいい後輩だからさ。あいなさんとさくらの関係に近いんじゃないかな」
「たしかにカメラやる人には優しいもんね、木戸くんって」
すっごく親切でいい人! と斉藤さんが言うと、えぇーと志鶴先輩が嫌そうな声を上げた。
「撮られる側からすると、注文も多くて大変なんだけどなぁ」
「そうはいっても、結構気持ちよく撮られてくれてるじゃないですか」
いい写真いっぱい撮らせてくれるじゃないですかー、というと、そりゃそうなんだけどさと志鶴先輩は肩をすくめた。
「おおぉ、志鶴さんのコスプレ写真はぜひとも見てみたい!」
まだ見せてもらってないから、手持ちがあったらっ、と斉藤さんが食い気味にお願いしてくる。かなり興味があるみたいだ。
でもなぁ、先輩のコスプレ写真のほとんどは女性キャラなんだよね……
それを見せるのはどうなんだろうって思ってしまう。
「馨、変なのは出さないように」
っていうか、そんなに写真持ち歩いてないんじゃないの? と普段の写真のストックを知っている先輩は言う。
「いや、今日は斉藤さんに会うので、何枚か持ってきてますよ。って、そんなに睨まないでくださいよ」
町に遊びに行ったときのやつですから、というと、それなら、まぁと彼は引いてくれた。
そう。男三人で町に遊びに行ったので、いろいろと写真を撮らせてもらったのだ。
「いや、それは前に見せてもらったから。コスプレしてるのないの?」
「っていうか、いまだにコスプレ写真見せてないとか……」
付き合って結構経ってるじゃないのさ、というと、無理……と志鶴先輩は生まれたての子鹿のようにプルプル震えていた。
「さて、そんな斉藤さんに朗報です。実はこのタブレットに先輩のあんな写真やこんな写真が入っております」
「って、ちょっ、馨!? あんたさっき変なの出さないって」
うん。先輩が言うところの変な写真っていうのは、おそらく女装コスの話なのだろう。
でもあれはぜんぜん変ではなくって、むしろ素晴らしい出来だと思うのだけども。
感性の違いという壁は分厚いものである。
「えぇー、前に俺の和装コス写真勝手に斉藤さんに見せたじゃないですか。なのである意味で仕返しです」
にやりとしながら、タブレットをいじる。
そして、それを斉藤さんに見せびらかせた。
「おぉー! これはなんともまた。すっごいかわいい! 素敵ですっ。志鶴先輩やっぱりかっこかわいい!」
「でしょー! この執事服はすんごいかっこかわいいよね!」
「……って、執事? はい?」
きょとんとする志鶴先輩を残して、二人できゃーきゃー盛り上がる。
「時宗先輩にデータをもらったんです。先輩が一年の時に着せられたやつ」
「志鶴さんにもこんなかわいい時期があったんですねぇ」
「でも、身長あるからメイド少年はやれなかったー! って衣装係の方が嘆いていたそうです」
こんなにきれいでかわいいなら、ショタっこメイド少年だってやれるだろうにと、衣装係のあのお方はぶちぶちと文句を言っていたそうだ。
あの作品、女装ではないのだけどフリフリなメイド服をきていて主人公はかわいくてよい作品なのである。
「もう、馨も心臓に悪いことしないでよ。ほかのは見せちゃダメだからね?」
「前に断りなく和装コスを見せびらかしたお返しです。っていうか、他のもいい出来なのに見せないとか」
「あー、木戸くんが女装コスしてたやつだっけ。生足が美しくてすごかったなぁ」
「あの時は無理やり、合わせでお前もやれーみたいなことになって、着る羽目になったのです」
そう。こちとら撮る側だというのに! というと、そうはいってもノリノリでやってそうな気がするかなぁと斉藤さんは苦笑気味に言った。
「あれ? でも合わせ? たしか同じ作品のキャラで集まってやるってことだよね? 志鶴さんが何をやったのかが気になる……」
「くぅ、こうなるからあんまり話題に出したくなかったのに」
あぁと、志鶴先輩は顔をそらしながらくぴりと水を飲んでいた。
むぅ。そもそも特撮研に入ってるのだから、自分がコスプレやってるよってことくらい言っておいてほしいものである。
「えっ、まさか主人公やったんですか!? 故郷を兄に壊滅させられ、妹を目の前で殺されてヨーロッパに修行にいった人形使いのっ!」
「って、斉藤さんやたら詳しいね。そんなにアニメ系得意なほうではなかったはずだけど」
「前に木戸くんのあの、黒い和服姿のコスプレがかわいかったから、どんな作品なんだろーって見てみたの。そしたらなんと!」
頭の中で、木戸くんコスのあの姿で、寝込みを襲ったりしてるとか思ったら、もうドキドキしてしまってと、斉藤さんは頬を赤くした。
「ちょっ、やめてっ! あれは仕方なく着ただけでキャラのなりきりとかは不十分なんだからっ」
「馨……そこで普通に女声になるのはどうなのかな……」
焦ると女声がでるって時点でなんかおかしいから、と志鶴先輩に言われた。
えっ、でも人って焦った時のほうが声って上ずると思うんだけど。
「そして、主人公をやったとしたら……志鶴さんに木戸くんが……きゃー!」
「ちょっ」
「やめて、ちづっ!」
その妄想でほっぺたを抑えるのはだめ! と二人から声が上がった。
さすがにそこで盛り上がられてしまってはいろいろな意味で危険が危ないのである。
「はぁ……ここで変にちづに誤解されるのはやだなぁ……」
ほんともう、全部馨のせいなんだから、と志鶴先輩がふくれていた。男性の格好をしていてもかわいいので一枚撮った。
カシャという音を聞いて、斉藤さんも苦笑ぎみである。
「あの時、衣装を担当したひさぎって子に説得されて、やったのがこれなんだ……」
「あれ、写真用意してたんですか?」
ん? と首をかしげながら言うと、いちおういつ言おうかどうか悩みに悩んで日ごろからスマホに入れてあったんだと、先輩は言った。
いちおう、カミングアウトをする気はあったらしい。
「えっと……あれ、このお姉さまのコスプレです?」
うわぁーめっちゃ美人と、斉藤さんは目をキラキラさせていった。
「それに比べて木戸くんどうして眼鏡を死守してるかなぁ……」
「そいつぁ、いわない約束ってやつですよ」
それはひさぎさんも納得の上でのコスである。
あの日、一度無理やり黒い和装のコスプレをやらされてから、合わせも是非に! と言われて別の日に改めて撮ったのが、先輩が持っているやつである。
先輩は青い着物に白髪のおとなしくて優しくて、ときどきちょっと怖いお姉さんキャラになりきっていた。
妹キャラのほうはひさぎさん担当である。
ふっふっふ、この中に一人、女の子がいる! なんていう話をしていたくらいテンションが高くて、いろいろなシーンの再現みたいなものをさせられたものである。
「でも、これがコスプレ写真見せてくれなかった理由ってやつですか?」
「……そういうことになるかな」
志鶴先輩はちょっと視線をそらしながら、アナゴ天にがぶりとかみついていた。
なるほど。今日はここまでということなのでしょうか。
「なぁんだ。別に女装コスくらいで私、驚きませんよ? 木戸くんの友人をやってる時点でそういうの全然問題ないというか、一通りショックは受けて終わっているので」
それに、ほら、私もともと舞台女優ですから、と斉藤さんは胸を張った。
それでも志鶴先輩はまだ浮かない顔をしているようだった。
優しいからフォローしてくれてるだけだなとか思っていそうな様子だった。
でも、そんなことあるわけがないのである。
「それに、あっ、木戸くん。澪の写真とかって持ってたりする?」
「あー、あるある。前にうちの学校に来た時のがあるよ」
それ、斉藤さんに見せようかなって持ってきてたんだけど、園だとまったくカメラ禁止令がでていたので……というと、さすがは木戸くんだね! と斉藤さんはにこりと笑顔を浮かべた。かわいいので一枚撮った。
「ちょっ、馨!? 人の彼女かってに撮らないでくれますかね?」
「えー、いい顔してたときは撮りますって。あとでデータあげますから」
「それは、まぁ、うれしいけど……って、それより、澪さんって?」
新しい人がでてきたな、と先輩は不思議そうな顔を浮かべていた。
この前、学校で演劇やってた子なんだけど、先輩は見てなかったのかな。
「この子です。劇団で女優をやってるんですが……まぁ、俺の弟子というか男の子ですね」
「おぉ、大人っぽくなったね! これ練習中の風景?」
「うん。本番はさすがにね。それでリハーサルとかをバンバン撮らせてもらった感じ」
度胸もついたし、声量がすごいんだよ、と言ってあげると斉藤さんは自分のことのように喜んでいた。
「これが……いや、まぁしのさんの弟子ということであるなら、納得はするけど……なんというか……」
「舞台の上もコスプレも基本的になりきりで同じだし、それに性別の垣根だって割となんとかなってしまうというか」
そういう生活に慣れてるから、いまさら女装コスをやってますーっていうのに偏見はありません、と斉藤さんは改めて言った。
大切なことなので二度言いましたというやつである。
「言わなきゃ言わなきゃって、もんもんとしていたのに、なんかこうさらっと流されてしまうと、複雑だ……」
「結果的にはとてもいいところに落ち着いたと思いますけどね?」
これでコスプレ楽しめますね? というと、斉藤さんがくいくいと袖をひっぱってきた。
なにか言いたげな感じである。
さすがに間空きすぎなんだぜ! ってことで中途半端ですが前編後編にわけました。
後編はまだまだ先輩の闇を補完したいなぁという感じで。