697.保育園での撮影3
遅くなりました。やっぱり園児の描写を本能が拒絶してる感が……
まとまりきらなかったので長めの9000字オーバーでございます。
「じゃあ、まずは六歳のクラスからですね」
子供に怪我させないように注意してくださいね、と園長先生とは別の女性のスタッフさんに声を掛けられつつ、一つのクラスに到着した。
小学校みたいに大きな建物ではないので、割と移動距離はそんなではない。
今日回るのは、当日撮影をする三つのクラスなわけだけど、年上のほうから順に回るということになっていた。
というのも、小さい子のほうがいろいろと注意をしなければならないから、難易度として低いほうから試してみようという判断のようだった。
教室につくと、先生がみんなを集めてご挨拶をさせてくれる。
「はーい、みんな、今日はみんなのことを撮影してくれる馨先生が来てくれました。今日は一緒に遊んでくれるので仲良くしてくださいねー」
「こんにちはー!」
子供たちは半数以上は興味があるみたいで、こちらにきらきらした目を向けている。
しかも、手に持ったカメラに興味津々のようで、わぁカメラだーなんてかわいいことを言ってくれている。
うんうん、カメラに興味を持つ子に悪い子はいない。
とてもいい子たちで木戸さんも安心である。
そして、顔合わせも終わったあと、自由時間になるとわらわらと子供たちが集まってきた。
歌を歌ったりという時間もあるようだけど、今日は面接のこともあってなのか、遊ぶ時間となっていた。
「すげー。それカメラだろ。パパももってた」
「でも、なんかオモチャみたいじゃね?」
さて、今回持ってきた写ルンですは、いわゆる一般的なカメラとはちょっと違うものである。
いろんなカメラが世の中にあるけれども、その中で長い年月を生き残っている、使い捨てフィルムカメラなのである。
お値段は1500円程度。使い捨てということを思えばいささか貧乏性の木戸にとっては高いといいたいところだけれど、それでも写真を撮れる機材がこのお値段というのは破格である。
たとえば、旅行先でうっかりカメラを忘れた! なんていうときに旅行先で販売をしていた時期もあったのだとか。
今は、スマホは忘れない人が多いのでそういう需要は少なそうだけれど。
「これはちょっと特別なカメラでね。すっごくて小さくて、ちょっといつもとは違う写真が撮れたりするんだ」
「へぇー、じゃあとってとってー」
わーいと、何人かの女児がポーズを決めて集まってきた。
さて、どうするか。全部で27枚しか撮れない現状で、どうするべきなのか。
答えはもちろん。
「じゃー、一枚目は二人にしようか? 他の子も撮らなきゃだから、一枚だけになっちゃうけど」
そう。積極的に撮りに行くというのが正解なのだろうと思う。
今回は別に芸術作品をつくるわけではなくて、子供たちの楽しい姿を撮れればそれでいいのだ。
なるべくみんな写るようにというのを考えると、どうしても一人一回くらいになってしまうのは申し訳なくは思うけど、ばんばん撮られたい子が撮られる世の中が訪れるといいと思う。
「えー、一まいだけー? テレビだと、なんかモデルさんがいっぱいとられてたのにー」
「これは、いっぱい撮れないやつだからね。すぐに確認もできないし」
「カクニン……写真すぐみれないの?」
えぇー、と周りに集まってきた子がちょっと衝撃を受けているようだった。
現状、ほとんどのご家庭にあるのはデジタルカメラないし、スマートフォンのカメラなのだろうと思う。
となれば、撮ったすぐあとに見ることができるのが常識といってもいいのだろう。
「何日か待ったら見れるようになるよ」
「えー、そんなにかかるの? すぐみれないとつまんない」
「そうかな? お母さんがクッキー焼いてるときとか、どうやってできるかなーって、オーブンの前でわくわくしない?」
「クッキー……いいにおいがして、はこの中がぴかーってして、できあがるのを待つの」
「その間、楽しくない? どういうのができるかなーって」
「うんっ。そのしゃしんも、どういうのができるかなって、わくわくできるんだね」
デジタルの良さというのは、もちろん身に染みて感じているところだ。特に貧乏性の木戸はフィルムカメラの撮れば撮るだけ金額がかさむという恐怖を知っている。
手は出していないのだけど、やっぱり一枚いくらという話になると、ぞくぞくしてしまうのだ。コロッケ一個買えなかったころのことだ。
結局写真部のほうも、現像室はあったけれど使うことは一回もなかった。正規の部員でもなかったしね。
それでも、やはり待つ時間というのは楽しみの一つなのじゃないかとも思うのだ。
いろいろ想像して、どんな感じかなぁと考えるのは楽しい。
「じゃー、一まいだけなら一ばんかわいくとってもらわないと」
こうかな、ああかなと、撮られたい二人はポーズをいろいろ考えていた。
うん、なんというかほほえましい光景である。
そして、これといったところで一枚カシャリ。じーこじーこと、次のフィルムへ向かう準備をする。
このカメラはフィルムの巻き上げを人力でやる必要があるので、連写には向かないものなのだ。
まあ、この枚数で連写などしてしまったら一瞬で終わってしまうので、人力巻き上げというのもよい点なのかもしれないけれど。
「すぐみれないなら、おれたちはいいやー。それより、千鶴せんせーがにーちゃん連れてきたってきいたけど」
そこらへんのこと、聞きたいとおませな六歳児に言われてしまった。
まあどういう人なのかわからないからってこともあるのだろう。
「確かに千鶴先生に連れられてきたね。お仕事紹介してもらった感じで」
「千鶴せんせーとは、どういうかんけーなんだよ」
「どういうって……友達?」
いろいろと思いを巡らせながら、これが一番適切かなということでそう答えた。
すると、その子はなぜか嬉しそうに笑うと、隣にいた子に、なっ? と言いながら肩をたたいていた。
「こんなとくちょーのないにーちゃんが千鶴せんせーの彼氏なわけないって」
「うんうん。大人の男の人連れてきたから、悲しくなったけど」
お隣の子がうつむきがちに、なにか言い始めた。おっと、これはそういうことなんだろうか。
「それににーちゃん、男らしさが足りないし。そんなほっそいといざというとき彼女守れないっての」
「マオくん、せんせーにしつれーだよ。それに今の時代、男の子に守られてるだけじゃダメってママもいってたもん」
さっき写真を撮ってあげた子に変な擁護をされてしまった。まあ全然フォローにはなっていないのだけど。
「じゃー、マオくん。せんせーと腕相撲でもしてみる? 大人の力を見せてあげよう」
ふっふっふ、と不敵な笑みを浮かべると、マオくんは目をキラキラさせながら、やるっ、と言った。
「そんなほっそい腕じゃ、いまの俺でもなんとかなる」
「それじゃー、やってみようか。こう見えてそれなりに力はあるほうだから」
そいじゃ、失礼をして、とテーブルをはさんでマオくんと手を握る。
さすがに六歳児のお手々はまだ小さくてかわいらしい。
「先生の手……めちゃくちゃすべすべだな……」
手を握るとマオくんはなんだか、落ち着かないようなきょとんとしたような不思議そうな顔を浮かべて木戸を見上げていた。
ハンドケアをしっかりしているので、木戸のお手々はすべすべである。
そんな相手とシェイクハンドをする機会というのも、今までなかったのだろう。
「カメラ目線をいただくときに、手も見られちゃうからねぇ。それなりに気を使ってるんだよ」
「……ママの手よりもやわらかくてすべすべな気がする……」
パパの手と全然違うとマオくんは驚いた顔を浮かべていた。
「それじゃ、はじめよっか。いつでもいいよ」
はい、レディーゴー! と軽くいってあげるとマオくんが力を入れ始めた。
木戸のほうは定位置のまま、そこをキープするように力を入れるだけ。
うーんとうめき声をあげながらがんばって腕を倒そうとしているけど、大人と子供の差はたしかにあって。
全然、腕が動く気配がない。
とはいっても、すぐに倒してしまうのもなんだかかわいそうで、もう少しだけ付き合ってあげることにした。
うぬぬ、と声をかけつづけて、力ががくっと抜けたところで、マオくんの腕を優しく押し倒した。
思い切りやっちゃうと怪我させるかもしれないしね。
「あのマオくんが全然かなわない……」
「馨せんせーすげー」
さて。さすがに園児に腕相撲で負けるほど虚弱ではないので、あっさりと勝利してしまったのだけど。
周りの子たちはそれが楽しかったのか、すげーといいながら周りに集まってきた。
特に男の子からのキラキラした視線がまぶしい。
こんなモブみたいなのにと、みなさん驚いているようだった。
「じゃー、今度はオレ! オレやりたい」
「え、ぼくもやりたい」
せんせーと、子供たちが集まってくる。みんな腕相撲をしてみたいという感じで、目をキラキラさせているようだった。
そして、一大腕相撲大会が開かれることになってしまったのだけど。
ひそひそと、せんせーすべすべと語り合ってる子供たちがいることを、木戸はあまり気にかけなかった。
「最後は四歳クラスだけど……なんかこう、コミュ力がおかしいわ……」
小さな子とまでここまでやれるとは……と、斉藤さんはとても微妙な顔をしていた。
五歳クラスは、六歳クラスに比べると一緒に遊ぶという部分に重きを置いていたように思う。
あっちはカメラに興味をもたれていたけど、年齢が下がるとそのぶん、カメラというものに触れた経験がない子というのも増えるようだった。
それを言えば、木戸だって小さい頃はカメラに振れたことはなかったのだから、いきなりこれを見せられてもなんの道具なのかわからなかったかもしれない。
むしろ、絵としてプリントしたあとのもののほうが、みんなの興味を引くものになるんじゃないだろうか。
「基本的には目線を合わせて話をするって感じで、座ってちゃんと向き合っていけば、割と子供は見てくれるものだと思うけど」
「それはわかるんだけど……なんか、あの木戸くんが自然にそれをやってるのが驚き」
「えと、斉藤さん。俺の評価ってどんな感じなの?」
被写体をリラックスさせるために、歩み寄るのは年齢関係ないのですよ、と言ってやると、撮影スキルなのかいっと突っ込みをいただいた。
「でも、さすがにおままごとのママ役をやってって言われるのはどうかと思うの」
「うぐっ。普通なら子供役をやってーって言われるところだしね」
普通にしているはずなのに、なぜかママ役をやってと言われてしまった木戸は、五歳クラスでおままごとを堪能したのだった。
そういう風にいってきた子は、隣のおばさん役をなぜかやりたがって、いろんな子がいるなぁと正直思ってしまったものだ。
ちょっと聞いてみたら、お隣のおばさんお庭きれいでお花いっぱいで、ああいうのあこがれるって言っていた。
園児の年齢で憧れを抱けるとはとてもすごいことだ。
「それで次は四歳クラスだけど、外で遊ぶ感じだったっけ?」
「うん。あたしも一緒に見るから、まー頑張って」
事故を防ぐためにも、先生の数も増えるのですと斉藤さんは言った。
小さい子の外遊びはしっかりと目を光らせておく必要があるってことのようだ。
「基本的には、みんなと遊びながら撮影でいいの?」
「あんまりビビらせないように気を付けてね」
はいはいといいつつ、校庭に降りる。
ここの校庭は、小学校以降のそれとは比べ物にならないくらいに狭い。
でも、園児たちにとってはこの範囲がすべてで、楽しめる場所になっているのだろう。
「遊具はあんまりないんだね」
「前はあったみたいだけど、危ないっていうのでね。でもゴムとかボールとかは使えるよ」
そこらへんはみんなでやりたいことやってもらう感じと斉藤さんが言った。
あたりを見回すと、それぞれのグループに分かれてるようで、ボール遊びをしているところやゴム飛びの子たちもいた。
そちらに合流して一緒にボール遊びをしたり、ゴム飛びのゴム持ちをしたりと一緒に遊んでいったけど、みんな割とそのまま受け入れてくれて楽しむことができた。
何枚か撮影もできたし、一歳差、二歳差でもずいぶん体の大きさも小さくて、かわいい写真が何枚も撮れた。
「子供は元気だなぁ」
とりあえず斉藤さんと先生に子供たちの相手を任せて木戸はぐるっと校庭を見渡す。
すると、ぽつぽつと先ほどの遊びに入っていなかった子たちの姿があった。
保育園からの依頼にはなるべく全員を撮ることというのがあるから、当然ひとり遊びしている子たちにもカメラを向けていく必要があるのである。
木戸は座り込んでじっと地面を見つめている子のそばにそっと近寄った。
「何を見てるの?」
「……ありさん?」
その子はぽけーっとしながら、地面をじっと見つめていた。
声をかけると、なぁに? というほんやりした感じで木戸に視線を向けてくる。
ちょっと天然系の子なのかなと思いつつ、いままでその子が見ていた地面に視線を向けた。
ありさんである。某引っ越し業者が頭に浮かんだけれど、いまは特に関係はない。
家から引っ越す予定はまだないし、大学に行ってる間は子供部屋に住むのは確定事項である。
「蟻さん、好きなんだ?」
「うん。みんなとことことがんばってあつまって歩けてすごいなって」
「すごくちゃんと列作ってるね。あっ、はぐれても戻ってくるんだ」
おぉ、とその列に感想を述べていると、その子は首をこてんとかしげて不思議そうな顔をしていた。
「せんせーは、みんなといっしょにあそぼうって言わないの?」
「別に集合って言われてないんだったら一人でもいいんじゃない?」
それよりみんなのところ行きたい? と聞くと、プルプルと首を横にふった。
一生懸命首をふってる姿がかわいくて思わず一枚撮ってしまった。
うっ、やらかした。もうちょっと慎重に撮るつもりだったのに。
「一人で遊びたくて、それで周りもそれでいいっていうのなら、わざわざ無理してみんなと遊ばなくてもいいと思うよ」
「そっか……いいんだ」
四歳児にして集団行動についていろいろ思うところがあるようである。
木戸の四歳のころと言ったら、ちょうちょだーわーいといった感じで、集団がどうだとか人と仲良くしましょうとか全然考えてなかった。
おまけに言えばそれは小学校低学年の時にまで続いてしまっていたくらいだ。
なにせ、蠢からサッカーしようとかドッジボールしようとか、さんざん誘われたけど、やーと断り続けたくらいなので。
かといって、女子は声かけてこなかったし、結局は教室でぽけぽけしていた小学生である。
「もちろん、先生に集合って言われたら集まらなきゃだけどね。一人で遊ぶのと一人きりになるのは違うから」
「?」
ちょっと言ってることが難しかったのか、その子は首をこてんと横に曲げてじぃっと木戸に視線を向けてきた。
うう、こんなシチュエーションなら必ずシャッターを切るものだけど、まだ撮ってない相手もいるのでお預けだ。悲しい。
「無理にあっちにいかなくてもいいけど、大人の言うことくらいちょっとは守った方が楽だよ」
できるだけのちょっとでいいんだけどね、というと、その子はそっかぁーと、解ったような解ってないような声をあげた。
半日のお試し保育が終わった。
三つのクラスで顔合わせをしたんだけど、怖がられるということもなく順調だったということで、誕生日会当日の撮影もよろしくと園長先生にお願いされた。
これでお仕事一つゲットである。
「しかし、木戸くんってそっちの姿でも割とやれる人だったんだね」
「ちょ、斉藤さんそれはひどくない? 一緒に写真係やった仲だっていうのに」
「そういえば、その節は大変お世話になりました」
お昼の給食の時間を終えて、斎藤さんと駅まで一緒に行くことになった。
保育園自体はまだまだ園児が残っているのだけど、斉藤さんは午前で終わりということらしい。
保育園というところは、共働きの両親が子供を預ける場所でもあるので、お迎えは夕方なのである。
「それで斉藤さんはこれから用事でもあるの? なんだかいつもよりおめかししてるような気がするんだけど」
まぁ、普段から美人さんですがね、と木戸がいうと、彼女は特になんのつっこみもせずに、にこりと笑顔を浮かべて答えた。
「人と会う約束があるの」
だから、駅までご一緒できるというわけなのですと彼女はにこやかにそういった。
かわいいので一枚……と思いきや、もはやフィルムの残量はゼロなのでした。
バッグの中に機材は入ってるけど、お仕事終わるまで封印といわれていて、そのままここまで来てしまったのだ。
ふむ、カメラ持ち出していいだろうか。
「もう仕事先じゃないからいいんじゃない?」
「ではお言葉に甘えまして」
すちゃりとカメラをバッグから取り出して電源をいれる。バッテリーは十分である。
「今でもやっぱりカメラ持ってないと落ち着かないの?」
「学校では我慢できるんだけど、持ってていい時間は装備してたいなって」
そうじゃないと撮りたいときに撮れないじゃないというと、さくらもそんなこと言ってたよねと彼女は返してきた。
まあさくらも多分そうなのだろう。他のことより撮影重視の大好きっこである。
「最近、お仕事はどうなの?」
「ぼちぼちかな。馨でのお仕事はあんまりないから今日のはありがたかったけど」
「っていうとあっちでは結構儲かってたり?」
質素倹約、自家製弁当の木戸くんは、成金にアップデートしたのかな? と斉藤さんが微笑を浮かべる。
「俺はしがない歩のままだよ」
さすがにコロッケは買えるけど、成金とまではいかないってと説明する。
「撮影依頼料だって新人扱いなの、斉藤さんも知ってるでしょうに」
「たしかに今年はクリスマスを佐伯写真館に頼んだけど、費用がちょっとお高くなったって園長先生がいってたっけ」
「みんな先輩だからね。俺、というかあいつは学生じゃなくなったら正規料金でいいよと言われてるんだ」
もっと稼げるようになったらコンサルタント料ももらっちゃうよーと言われているのは、それだけ依頼の選別に手を貸してくれてるからだろうか。
実際、写真ではなくルイ目的のお客は断ってもらっているしね。
「あと一年ちょっとでプロ確定かぁ。そのときは是非ともケーキなど奢っていただけると嬉しいです」
「お互い社会人になるんだから、奢りはなぁ。シフォレに一緒にいくとかはいいけど」
場合によっては澪には奢ってもいいです、というと、なんですとーと斉藤さんは楽しそうな声をあげた。
さて、わいわいそんな話をしていたのだけど。
「ちづ……? えと、え?」
背後から声がかけられた。その声はどことなく困惑しているようで、それでいてどこかで聞いたことがあるような声だった。
「ちづが男を連れている……」
「あ、志鶴さん。駅で待っててくれればよかったのに」
こんなところで合流できるとは、と斉藤さんはにっこり笑顔なのだけど、そのお相手は困惑したような、呆けたような、捨てられたような顔を浮かべている。
「姿が見えたから。しかも同伴者がいるみたいだったからっ」
「ああ、ちょうどさっきまで一緒に働いてたから、駅までしゃべりながら来ただけですよ」
「……あの、志鶴先輩? どうしてそんなに焦りまくってるんですか?」
なんだか様子が違う志鶴先輩に木戸が声をかける。
なんというか、いつも落ち着いている志鶴先輩らしくない慌てぶりに、どうしちゃったんですか? といった感じだ。
「え? 馨……?」
「そうです、木戸さんです。ちょっと斉藤さんの働き先でお仕事もらったので、一緒にいただけですよ」
「そうですよ。志鶴さんどうしてそんなに動揺してるんですか」
へにゃっとなってるところに、カメラを向けてシャッターを切る。
さきほど自分のカメラを取り出しておいてよかった。
「ちょっ、これで撮るとか……やっぱ馨で間違いないか」
「もしかして、私が浮気でもしてると思ったとか?」
ないですよーっていうか、木戸くんのことを男性として見えるなんて、志鶴さんどうにかしてますと、斉藤さんが笑っている。
いくらなんでもひどい言いぐさである。
「あの、志鶴先輩。ずいぶんとこう……メンタル病んじゃってません?」
「だって! ちづがかわいすぎるから!」
いつどうなっちゃうか不安で不安でと、志鶴先輩はなさけない顔を隠そうともしていない。
前に、夕食を一緒にいただいたときは、ここまで執着してなかったような気がするけれど。
あんまりうまくいってないのだろうか。
「はぁ……もう、志鶴さんってば、もっと自分に自信持ったほうがいいんじゃないですかね」
「それはそうなんだけども……」
「聖母のような斉藤さんが、他のところでなにをしているのか気になっちゃうってところですかね」
「そうなんだよ! ちづは本当にいい子だから、すっごくモテそうだし一緒に誰かといると不安になるというか」
「……目の前でそういうのいわれると、照れるからっ! っていうか木戸くんさらっと変なこと言わないのっ」
まったくもう、と斉藤さんは照れながらも、なんてことをいうんだと木戸を責める。
でも、なれそめとか聞いてるわけだし、事情をある程度きいている身としては、聖母もかくやといったところだろうと思うのだ。
「はぁ。なんだかこのままデートになると、とても面倒くさいことになるような気がする……」
「えええ、デート中止とかいわないでよ。反省するからさ」
一緒にいれないのは嫌だと志鶴さんはうるうるした目を向けていた。
これは、ぜひとも撮りたいところだけど……さすがにあとで消してといわれそうなのでやめておく。ぐっ。
「デートは中止しませんよ。ただ、木戸くんも一緒に来てもらおうかなって」
たしか午後は、このまま街を歩いて自由に撮影っていってたよね? と斉藤さんは聖母の笑みを浮かべてくる。
そりゃ確かに、誰かとの約束もないし自由時間に撮影わーいなわけだけど。
「ちょ、どうして俺?」
「それはほら、二人じゃ気まずいから、まるで聖女のような木戸くんに助けてほしいってわけですよ」
「聖女扱い……はぁ、まあなにか約束があるわけじゃないからいいけど……基本的には撮影者のポジションになるからね? 彼氏と彼女の撮影者ってことで、よろしくお願いします」
そういう感じでよろしくお願いします、というと、志鶴先輩は、えーついてくんの? ととても不愉快そうな顔を浮かべた。そうはいっても斉藤さんのお願いだし、なにより志鶴先輩が不安定すぎて心配になってしまったのだ。
そして、撮影者としてこの二人を撮れるかも、というのも参加したい一因でもある。美男美女のデートショットを撮りたいと思うのは自然なことなのだろうと思う。
えと、もちろん志鶴先輩のことが心配だからってのが一番の理由だよ? 本当だよ?
「知らない仲ではないんですよね? だったらちょっと話聞いてもらったほうがいいんじゃないですか?」
それに学校での彼の話も聞いてみたいし、と斉藤さんが言った。
ちょっとはにかんだ顔はかわいらしい。彼氏のことをもっと知りたいといった感じである。
「そ、そういうことなら……」
ちらりと志鶴先輩は木戸を見ると、駅に向かって歩き始めた。
視線には、余計なことは言わんでくださいというメッセージが込められているのだが。
木戸は一人、美男美女を撮影だ、わーいと喜んでいたのだった。
実は斉藤さんがらみの話を書くということで、これを作ったわけですが……
どうにもこうにも園児を描写するのに四苦八苦いたしました!
なるべく漢字つかわないようにってなると、全部ひらがなにするべきか? とかもわんもわんしてしまい。
大目に見てもらえるとありがたい!
そして、すべすべおててのおにいさんは、いろいろな価値観をぶち壊しそうな感じです。
さて次話はかなり面倒くさい感じになってる志鶴先輩とお話をする予定です。