695.保育園での撮影1
お待たせしました! ようやくあの方々の話を進めていこうかと。
「ねぇ、かおー、あそぼーぜー!」
「かおちゃん、ままやくやってー」
「うわぁ……」
さて、十二月に入って一つまた歳を取ってしまったとかいう思いは欠片もないような木戸は、なぜか園児達に囲まれていた、
カメラは普段使っている一眼ではなく、周りの子に万が一でも怪我をさせないような簡易なカメラだ。
どうしてこんなことになってるのか。
園児といえば、そう斉藤さんがらみのことが発端で起きている事件がこれなのである。
時は十一月も末に入った当たりのことだった。
久しぶりに会って話したいなんて言うので、シフォレで一緒にお茶でもなんて話になったのだけど。
そこで、斉藤さんから相談を受けることになったのだった。
「十二月。冬といえば、保育園はクリスマスイベントがある……んだけども」
アップルパイをおいしくいただきながら、紅茶の香りにほっこりしていると、斉藤さんは少し躊躇しながらそう切り出してきた。
今日は木戸くんの方で来てねということだったので、今の木戸はモサ眼鏡モードである。
最近、憑依体だの依代だの好き放題言われているけれど、すみっコぐらしが大好きな木戸さんである。
「それ、なにか依頼があるフラグ?」
わざわざの呼び出し。そしてイベントがあるというのであれば、必要なのはカメラマンの存在である。
なので、少し首を傾げてそのような問いかけをしてみたのだけど。
「お願いします! 是非ともボランティアで保育園の誕生日会のカメラマンやってもらえないでしょうか」
斉藤さんはボランティアの部分を強調しながら、お話を始めてくれた。
「ま、まぁ、こっちでっていうのはそういうことなのかなとも思いはしたんだけど、クリスマスじゃなくて誕生日会の方なの?」
え、どういうことと、木戸ははてなマークを浮べる。
そう。クリスマスイベントがあるなら、むしろそちらの方にカメラマンが必要なのではないだろうか。
一大イベント。まあそっちとなると木戸とてクリスマスケーキの販売要員としてサンタコスをしないといけないので、忙しかったりはするのだが。
ケーキ販売は24日がメインなのでクリスマス会が25日なら可能性はありだ。
「あっ、もしかしてクリスマスと一緒に誕生日会やるの? え。じゃあクリスマスイベントの撮影でいいんじゃないの?」
たしかクリスマスは西洋の偉人の誕生日である。
となると、そこに抱き合わせで誕生日を合せるのは自然なことだと思う。
「あー、誕生日会は上旬にやって、クリスマス会は下旬にやる予定」
別々でございます、と斉藤さんはさらっと言った。
一緒に祝っちゃえば一回で済むのになぁなんて首を傾げていると、斉藤さんが補足してくれた。
「うちの保育園は寺社が行ってるのね。で、クリスマスと合せて誕生会っていうのは……宗教的にどうかって」
「いや、それはむしろクリスマスをやらない方向で潔くやればいいのでは」
「……やばいよ? 同調圧力。クリスマスを楽しむ楽しまないは別れるけど、そもそもクリスマスを知らないって子が、小学校でどういう扱いをうけるのやら」
「それはほら、教えてもらう感じではどうなんだろう? 教えあってとても素晴らしい世界」
「小学生の基礎知識って……木戸くんは……ああ」
わからないことを教え合って仲良しになるというのは、理想的な展開だと思うのだけど。
なのになぜか、斉藤さんは遠い目をしていた。
「あの、俺の小学生の頃の話って、したんだっけ? その、見てきたことのように言うのはどうなんだろう?」
「いやぁ、ほら、中学での話は知ってるから、小学生のころはふわふわしてた感じだったんだろうなって」
天然さんを通り越して、不思議っこというか、ピュアすぎると斉藤さんは言い始めた。
ふむ。基礎教養としてのクリスマスを知ってるってことは大切と言うことか。
「それにほら、十二月の誕生日の子だけ他の子と違うっていうのは、それはそれで面倒臭いのよ。特別扱いはよくないですっていうような話」
ちょっとでも特別扱いすると、ひいきっていわれてしまう世の中。ああ、世知辛いと斉藤さんは苦笑を浮べていた。
苦笑で済んでいるのは、まだお手伝いだからなのだろう。
「あー、なんかあったよね。演劇やるのにみんな主役じゃないといけなくてーみたいな」
「くっ、なんて見る目の無い保護者さんなんだろう。あたしなら海藻1とかでも、そこに海を感じさせてやるってのに」
「俺は、ぼけーっと木1とかやりたいなぁ。雨宿りの木とかじゃなくて、ほんとうにモブの木」
「木戸くんほんとそういうイベントは興味なさそうよね。んー、まあでもさすがに保育園だと親のご意向というのは大変に重要なものみたいでね」
さすがにあれくらい小さいと自分で、なにかをやりたいっていうのは言い出しにくいというか、自分から木1をやりたいっていう子はむしろ珍しいと斉藤さんは言った。
どちらかというと、お姫様をやりたいとかそういったことを言う子の方が多いというのだ。
ごっこ遊びの延長なのか。それとも主役はとてもいいものだという親の刷り込みがあるからなのか。
「どうせ結婚できるのは、リア充な人達ばっかりだから、主役こそ正義! みたいな発想になるに違いないって、灰色になりながら言ってた先生もいたけども」
「モブに子供はできませんって? まあ自己主張できないとまず人とお付き合いするっていうのが難しいかなぁとは思うけど」
もちろん、自然に知り合ってそのままお付き合いをしてっていうケースもあるだろうから、完全にその発想は偏見なわけだけど。
保育園の先生もずいぶんと、お疲れのようである。
「ちなみに、みんな桃太郎だったら、お話はどうなるんだろう?」
「敵役がいないから、みんなできびだんご食べて終わりか、それとも先生が悪者を演じるのかなぁ」
「先生可哀想だね。斉藤さんならどんなシナリオにすんの?」
「そうだなぁ。戦隊ものにするか、ライダーにするか」
悩ましいところだ、と斉藤さんはにやりと言った。いろいろなシナリオが頭に浮かんでいるらしい。さすがは演劇部の才女である。
「戦隊もの風にするなら、桃レッド、桃ブルー、桃ピンク、桃グリーン……あとなんだろ。とにかく色系の桃太郎と、桃火、桃風、桃土、桃水、桃日……自然っぽい名前の桃太郎の二つに分かれて闘うとか、ライダーだったらバトルロイヤルだよね。最後の一人に世界を変える力をもつきびだんごを与えよう、みたいな」
「でも、最後の一人っていうのが主人公っぽい気がするけど」
「そうなんだけど、そこは抽選かなー。それでもラストは参加者全員できびだんごを分けて食べる感じになると思うし」
平和的な解決になると思いますと彼女は言った。
それでも主役がどうこう言うようなのがいるならと、彼女は苦笑を浮かべて続ける。
「みんな同じじゃ無いとだめなら、みんなで木の演技でもする? もちろん話とかしないで立ってるだけだけど」
昔、森の囁きみたいな感じのシナリオ聞かされたっけなぁと思いつつ、園児がみんな木になって立ってるだけの舞台を想像して、シュールだなぁと思った。
「そういえば、木戸くんは結婚とかどうなの? あんなに可愛くて美人な彼女がいるんなら、もう結婚はまったなしな感じ?」
お姉さんはもう結婚してたよね、いいなぁーと斉藤さんはガトーショコラを口に入れながら、あまーいとにこにこしていた。
斉藤さんも結婚願望はあるらしい。
保護者になるということは婚姻関係にあることが多いわけで、結婚してなくてもやっぱり相手は必要なものだ。精子バンクで一人で育てますというのは現状のこの国では認められていない。
「ええと、今は彼女はいません。彼氏もいません。カメラが恋人です」
「んなっ」
しれっというと、斉藤さんが固まった。
なにをしてやがりますか、という感じだ。まあ斉藤さんにとっては憧れの人でもあるわけだしこの反応は納得である。
「夏に海に旅行に行ったときに、告白の答えを下さいって感じで、ごめんなさいしました」
「うわー! えええっ、なんてもったいないことを……」
とりあえず結婚しちゃうのが芸能界ってもんじゃあないですか、と斉藤さんが偏見もりもりの事を言い始める。
確かに、結婚報道の後に離婚なんてのはよく目立つけど、実際のところ報道されるから目立つだけのような気もする。
「けれども、いつかパパラッちゃわれたりは?」
「友達づきあいはあるから、なくはないだろうけど、正直もうちょっと綺麗に写真撮って欲しいよね」
暗いからざらつくのはわかるんだけど、もっとこう一段上を目指して欲しいというと、君はスキャンダル写真になにを期待しているのだといわれてしまった。
でも、ほら、やっぱりどうせ撮るなら綺麗に撮りたいわけだし。
「斉藤さんは、パパラッちゃわれたりはしないの? なんなら結婚式場とかで綺麗に写してあげるけど」
「お友達価格で撮ってくれるならぜひお願いしたいところだけど……彼のお家事情というものが複雑みたいでね」
「まぁ、志鶴先輩はそうだろうなぁ」
あのおうちはなぁ、と木戸は深く息を吐いた。
ある意味で木戸家よりもこじれているような気がする。
「となると木戸くんはそこらへんの事情にも詳しいと?」
「いま斉藤さんが知ってることの答え合わせくらいはできるけど……人様のお家の事情なので」
いくら結婚式の写真を撮りたいからといって、そんなデリカシーの無いことはできないというと、いまさらですかと斉藤さんにどんびかれた。
おかしい。いつもからデリカシーとは友達なのに。
「相手が一人親なんだけども、お母さんと一緒に暮らしてて。小さい頃に離婚したとかで。お父さんが自己中でヤバイ人だったっていう話で」
「ヤバイっていうのが何を指すのかは知ってる? というかヤバイって言ってたの?」
志鶴先輩はたしかに、父親の所業に恨みのようなものは持ってるみたいだけど、父親にたいしてヤバイって言わなさそうな気がするんだよね。というか自分もあれだけ女装にずぶずぶなのにそれは否定しないように思う。生きざまの方だったらヤバイって言うかもしれないけれど。
「言葉の端々から嫌ってるのがわかるというか」
なるべく話したくないって感じがするのと斉藤さんは心配そうに言った。
さすがにお付き合いしている相手にまだ言い出せない秘密部分ということになるのだろう。
「まー離婚の原因がなんであれ、別れるに当たっての思いはあるだろうしなぁ」
それこそ母親から悪く言われ続けたらそうなるかもしれないといちおうフォローはいれておく。
実際は今の父親の活動についても思うところはあるようだけど。
「ま、その話はまた別の機会にでも伺えればと」
そろそろバイトの時間を考えねばというと、ああああ本題の方からそれてしまったーと斉藤さんは慌て始めた。かわいいので一枚撮影。
「相変わらずというかなんと言うか」
「撮りたいときに法律やルールに反しない限り撮る方針です」
どちらであってもね、というと斉藤さんはそれをスルーしながらも誕生日会のお知らせをスマホに表示させた。
「その日なら学校も授業ないし大丈夫かな」
バイトも入れないようにしておきますというと、斉藤さんはやったーと笑顔である。
「あと、できれば打ち合わせでその前にも一回来ておいてほしくて」
あのルイさんならプロだという安心があるけど、友達ってなると一回は人となりを見させてほしいといわれててと、斉藤さんに言われた。たしかに二十代男性が、保育園のそばにいったら犯人はこいつですとか言われかねない、こわい。顔見知りになっておくことは大切なことだ。
「ちなみに、ルイさんへの撮影依頼はどうなんです? ご予算厳しい?」
「あー、卒園式だったら予算なんとかなるみたいだけど、さすがに誕生会だと難しいみたい。しかもハイエンシェントフェアリーのお姉さんを召喚するだなんて、ゼッタイにむりね」
「うわぁ、その名前はちょっと恥ずかしいからやめて」
「あの保護者のかた、俺の左手の封印がっとかやってたんでしょうね。そのまま演劇の世界に行けばよかったのに」
「それを演劇に結びつけちゃうんだ」
「そりゃそうだよ。楽しく演じて、舞台裏で手を取り合うんだから」
大丈夫っ、私があなたの手の封印の代わりをするからっとかなんとかいったりねと、斉藤さんは愉快そうだ。
中二病万歳である。
「そういうことなら今回は俺が撮影させていただきますよ。園児たちに怖いにーちゃんだーって言われたらどうしよう」
「なんや、おっちゃーんとか言われたりして」
「いや、さすがにこの歳でおっちゃんはどうなのかねー」
「木戸くんのお姉さんのうちにお子さんができたら、きっとおじちゃんって呼ばれるの、かな?」
あれ、あんまりその未来が見えないなと、斉藤さんは首をかしげた。
さてそんな経緯で保育園の撮影に行くことになったのだけど。
その日ぽそっと斉藤さんが、
「演じたままで、そのまんまなのは寂しいけど」
そんな呟きを漏らしていたのは、さっぱりと聞き逃していた木戸なのであった。
というわけで、しづ、ちづです。
園児に囲まれるかおたんが見たかったというのはあるのですけどね。
ハイエンシェントフェアリーの仮の姿とは園児たちは気づくまイッ。
というわけで次は。。来週うぷでき。。できない気がする。。