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ep.15_2 蠢2

さぁ蠢くんのお家ですよー!

「おぉっ、蠢の家、めっちゃ綺麗じゃん」

 玄関に翅を通すと、そんな感想が漏れ聞こえた。

 我が家は、実を言えば事務所関連の保護もあって、割と高級なセキュリティーマンションに住まわせてもらっている。

 お家賃については……マネさんが気にしないでお仕事に専念して下さいね? とにこやかにいっていた他、社長の元愛人の女狐曰く、無駄な経費ということなのだから、きっとここらへんの周りの物件に比べれば割高なのだろうと思う。家賃しらないのかよって言われそうだけど、こればっかりは事務所の支払いで経費になっているので、本当に知らないのだ。

 一階にはコンシェルジェっていう、受付の方もいるわけだし、その分の人件費はこのマンションの住人に割り増しになっているはずだ。困ったことがあったら相談を受けられるというのが、メリットなのだそうだ。


 それでも、ここに入った理由は、自分が訳ありだと判断されてるからで。

 マネさん的にも、若い性の発露とかもってのほかだわっ! とか、実際、ハンカチかみしめてそんな演技をしていた。自分、こういうキャラじゃないですね、とずーんと沈んでいたのだけど、それは、「そのインパクト」が必要だったのだろう。

 

 あのマネさんも、俺をつかう上で、何に気を付けて良いか、何はどうでもいいのかわからなくて。

 いろいろと頭を悩ませた上で、「異性との交流(この場合、女性と)」について、しっかりと反論(、、)できるような生活をプレゼントしてくれた。


 つまりは、入り口に肉眼での監視のあるマンションで、さらにはお友達についても、来場記録を取らせるようなセキュリティな場所という、ここである。

 さらにはマネさんからの契約ではここには女性は呼べないようになっている。

 コンシェルジュさんが止めるという話になっているのだ。(今の方は五十代の男性である)


 実際、うちに訪れる客というのは数年来なくて、実をいえば翅が初訪問客ということになる。

 ……BL展開よろと、なにかの声が聞えたのだが、きっと空耳なのだろう。

 そんな声を振り消すように、馨を呼ぶなら反応はなしなのだろうか、などとくだらないことを思ったりしてしまった。

 男状態なら、なーんもいわれないんだろうなぁ。あのもさ眼鏡め。


「いちおう、整理整頓はちゃんとやりなさいって、いづもさんに言われてるからな」

 玄関を入って、きょろきょろ周りを見渡している翅は、おぉーと、いつもみたいな興味深そうな視線を周りに向けていた。こいつはなんにでも興味を向けるようなタイプの人だから、新しい場所はとても楽しいのだろう。

 とりあえずリビングのソファに座らせつつ、会話を少し続けることにする。


「あれ? そこでなんでいづもさんの話?」

 え、いづもさんって、あのケーキ屋のいづもさんだよな? と翅は首を傾げていた。

 あれ。いづもさんと俺の関係って、まだ話していなかったか。

 というか……HAOTOのメンバーにはすっかりとなじんでしまったけど。

 それでメンバーから「じゃあ一緒に活動するし! 一蓮托生だな!」みたいな感じで言われて。

 結局守られて……

 馨が巻き込まれた事件にまで発展してしまうわけだけど。

 それ以前の話はあまりしてなかったようにも思う。


「って、いづもさんって、どこのいづもさん?」

 いちおう、別人の可能性もあるので尋ねてみる。

 同名という線も充分にあり得るから、こういう確認作業は大切だ。

 馨には、お前は間抜け過ぎるぬけているということを言われたのだけど、それは守られすぎた果ての緩みなのだと思っている。

 今は、初心に立ち返っていづもさんの教えに殉じているというわけだ。


「おまえも知ってるだろ? シフォレのパティシエールのお姉さま。虹が、麗しの君とか言ってた、いづもさんだよ」

「あー。あー……。あーあー」

「……? それはどういう相づちなわけ? シフォレのケーキは前に珠理ちゃん呼んでパーティーやったときも用意したから、お前も知ってるはずだけど」

「……ん。虹さんがいづもさんに、そういう単語を使うのって……実は複雑というか」

 HAOTOはグループ内での友情というのは割と厚い方だといわれている。

 というか、自由人の翅が淀んだ空気をかき混ぜてしまうからなのだけど。

 そこには、身内だけしかしらない顔というのも当然あるわけで。

 その一つが、虹さんの、男の娘好きという……


「なんだよー。仲良しならそれでいいじゃん」

 そういや、虹って、師匠とも仲良しなんだよなー! と翅が言った。

 いいや。それも……ダイレクトであのクオリティの男の娘が大好きだからなんだと思うだけだ。


「いづもさんは、女性として生きてるわけだからさ、なんつーか、虹さんのセンサーに引っかかるのは可哀想な気がする」

「はぁ!? 綺麗とか美しいとかめっちゃ褒めてたじゃん。いづもさんも嫌な顔はしてなかったみたいだけど」

「……そうか。いづもさんがいいなら、まぁ、いいのか」

 なんかすっごく微妙な気持ちになってきたのだが、そこらへんのバランスは当事者(ほんにん)次第なのだろうとも思う。昔は、トラニーチェイサーじゃなくて、何も知らない男性から告白を受けたいって言ってたような気はするんだけど。


「あの人、俺の恩人というか……昔お世話になってた時期があって」

「ほー。そんなつながりがあったんか。すげーじゃん」

 奇縁ってのはあるもんだなぁ、と翅は言った。

 深いことをあまり考えていない軽い答えだ。そういうことだったら、俺といづもさんの関係性がどういうものなのか、もうちょっと伝えておいても良いのかも知れない。

 こいつがいづもさんに失礼なことを言わないか、とても心配でもあるしね。


「あの人からはいろんなことを教わったなぁ。ちょっとお節介かなとは思うところもあったけど」

「へぇー、第二のかーちゃんみたいなもんか?」

「それいうと、いづもさんは怒るよ? おねーさんと呼びなさいって」

 さすがにこんなに大きな子供がいる年齢ではないって、と俺は言った。

 

 そう。いづもさんと出会ったのは、本当に人生に行き詰まっていた頃のこと。

 あちらだって、お店を開くためにいろいろあっただろうに、かなりの世話を焼いてくれたのだ。

 家出するまえから、こそこそと性別関連に関する集まりには行っていたのだけど、当時は中学生になったばかり。周りからは、ご両親は? なんて聞かれたことも多かった。

 そこで、ぷぃっとそっぽを向けば、あぁ……となにかを察した周りの人達は、そこでその話はうちきって、本題の方に入ってくれた。

 そこで出会ったのが、いづもさんだった。


 わかーい、うらやましー! とか言いながら、ぐいぐいと腕を取ってきたのだった。

 はぁ!? ええっ、となったのだけど、周りのメンバーからは、あーまた始まったよ、若いエキス吸収と苦笑が広がるばかりだった。


 確かにいづもさんはその会の中心の人達に比べたら年かさではあったけれども、それでもいわゆる、若い方のアラサーだったはずだ。それで若さを云々は正直かなりないじり方である。

 いじめといじりの違いが今でも自分の中ではわからないけれども。まあ、これに関していえば、本人はまったく嫌がってないというか、大先輩の風格ということで許していたし。

 何より、シリアスでない会というのが、あのときは救いだったような気がする。


「それに、第二のかーちゃんっていうと、いづもさんよりマネさんって感じだしな」

 あんだけ口うるさくいろいろいってくるのって、おかんだと思うわけだよというと翅も、あーーまぁーーーそう言われるとあの人は、おかんと言えるかもなぁと、彼は性別を不問にしてその属性だけを取り出していう。

 そう。我らがお世話になっているマネージャーは仕事の鬼とか、サクセスマネージャーとか言われているけれど、基本的には面倒見がよくて「人を育てる」事ができる人だ。それと同じ意味合いを持つ単語はきっと「おかん」なのだろうと思う。もちろん他にも同義語はあるだろうけれども。


「いったん離れられるとより、ありがたみがあるよな」

「それは、あの女狐がまじでやばかっただけなような気はするけど」

 マイナスが挟まったから、相対的に今のマネさんの評価爆上がりなんじゃないの? というと、それなーと翅はすっごく嫌そうな顔をした。

 方針、生き方、存在の在り方まで含めて本当にあり得ないような人と過ごした数ヶ月は、メンバーに多大な精神的ストレスを残していったのだ。

 

「人を、どういった理由でも思いやったりとか、相手のこと考えるって大切だなって思ったよな」

「今のマネさんは、自分の欲望のために俺達育ててるところはあるんだろうけど」

 それを言えば、二十歳までにルイさんを業界入りさせたい! って鼻息すごかったというと、あれを跳ね返せるルイさんすげーと翅も笑った。

 人の願望を育てて活力にして、輝かせるっていうのがマネさんの手法なわけだけど、その願望っていうのが写真に傾いているというか、全振りなルイさんには芸能界への勧誘は全力で空振りなのである。


「それで? おまえはいづもさんにどういうケーキを教わってきたんだ?」

「大前提としてルイさんにプレゼントするものだから、アップルパイは外せないってことで、一個はそれ」

「一個って……いくつ教わってきたん?」

 素人にそんなに詰め込むとは……いづもさんどうしたんだろうと俺は少し心配になった。

 どうやらあまりにも翅が熱心だったから、それでほだされたということらしいけど。

 確かに、好きな人に誕生日ケーキを作ってあげたいっていうのは、いづもさんに刺さりそうな内容である。


「あとはシフォンケーキだったかな。スポンジケーキはたぶん膨らまない、生クリーム上手く塗れないでできるようになるまで時間かかるだろうから、無理って言われた」

「それは……そうだろうなぁ」

「ま、ルイさんってパイ系の方が好きっぽいからまあ良いんだけどさ」

 いつかは作れるようになりたいと翅はさっぱりした顔で言った。

 まったく。こういうチャレンジャーなところはすごいと思う。                       

「しかしパイ系か……俺もなんか作るかなぁ」

 普段オーブンとか滅多に使わないし、というと、えええっ、と翅は驚いた声を上げていた。

 そう。オーブンがあるからって誘いはしたものの、ただついているだけで料理ができるとは思われてなかったようだ。


「いちおういづもさんにちょっとしたパイ作りは教わってるし、そこからの派生で甘くないパイとかも教わってるんだよ」

「なんか……蠢って割と男らしさみたいな? そういうのに憧れてるというか、こだわりがあるというかだから、九州男児は厨房に入らぬ! みたいな感じかと思ってたけど」

「小さい頃は、全然興味も無かったんだ。それこそクラスメイト誘って校庭でサッカーやってる方が楽しかったし」

 ちなみに、馨は誘っても全然乗ってきませんでした、というと、くぅー! 幼なじみ羨ましい! と翅は言った。


「でも、やっぱりいづもさんに言われたんだよね。できないよりできた方がいいってさ。武器は一杯持ってた方が強みになるからって言ってた」

 確かに、無理矢理やらされたら嫌な事はいっぱいあるけど、料理はいまどき男女関係ないし、そもそもプロの料理人はむしろ男性の方が多いし、そういうことなら覚えてもいいか、と当時は思ったものだ。


「いづもさん、割と苦労したみたいで、武器とか、弱みを見せちゃいけないとか、割と常在戦場の構えというか、そんなところがあるんだよ」

「そうか? 割と面倒見のいいねーちゃんにしか見えないけど」

「それは今は、店が上手く行ってるってのと、たぶんルイさんの影響なんだろうね」

 それまではかなり肩肘張って生活してたと思うよ、というと、あー、いづもさんもあの魅力にやられてしまったかーと、翅は嬉しそうだった。

 いや、魅力といえば魅力だけど、馨はカメラ以外はポンコツなだけだと思う。

                

「って、それ、いづもさんもルイさんラブって可能性あり? フラグ立ってる?」

「立ってない、立ってない。つーか、フラグとかどこで覚えてくるんだよお前は」

 まあ、男の娘な師匠からなのだろうけど、こいつの口からそういう単語がでてくるのがちょっとおかしかった。

 

「いづもさんの趣味は……かっこいい人なんだってさ。あと、適度に甘やかされたいって」

 でも、甘やかしっぱなしだと、なんかの詐欺を疑うって言ってたなぁと苦笑を浮べる。

 注文が多いと、男なんてできないって言ったら、甘い言葉ですり寄ってくるなんて、なにかあるとしか思えない、と自己肯定感が低めないづもさんはしょぼーんとしていた。


「あのさ、この際だから聞くけど蠢は好きなコとか居ないの?」

 まさかルイさんじゃないよな! と翅がちょっとうざがらみを始めた。

 でも、この際だから、というのはまあ、わからなくもない。

 グループの中で俺の恋愛に関することはタブー視されていたからだ。

 それこそグループ全体で恋愛禁止というのは、そのための防衛策でもあった。


「馨の事はふつうーに好きだけど、恋愛の好きじゃないな」

「よかったー! 幼なじみ最強説もあるからな」

「つっても、小学一年の時にちょっとだけだし、仲がよかったわけではないよ」

 というか、小学生の姿がそのままルイさんにつながるってどうよと、そのおかしさに俺は苦笑した。


「で、恋愛感情については、俺は今のところわからない。少なくともファンの子に手を出そうっていうのもなんか違うと思うし」

 そもそも、恋愛禁止の期間が長すぎたし、仕事のこと考えることでいっぱいいっぱいだったというと、翅に頭をぽふぽふされた。まったく、子供扱いである。自分も心は少年のままのくせに。


「そもそも、男が好きとか、女が好きとかあんの?」

「そこからしてかな。いちおう薬は使ってるけど、そんなにこう女の子見て抱きつきたいとかは思わないし」

 きれいだなーとは思うけど、いまいちそれ以上はと言った。いわゆる男性的な欲というものはそんなに強くないような気がする。

「薬っていうと、俺の息子さんが頑張って作ってるやつだな」

「そう。一度誘拐されかかった息子さんな。次ああいうことがあったら、お別れになってしまうかもしれない息子さんな」

「やだっ、それ怖い」

 身代金払うから許して下さい、とかいうので、じゃあ強姦まがいのことは禁止と言っておいた。

 ま、実際あのとき以来、翅はルイさんにぞっこんだし、強引なことは全然していないわけなのだけど。


「ただ、俺の場合が特殊なだけで、世の中のFTMは彼女持ち多い感じかな。女の子からしてみても、人気のある中性的なイケメンで、しかも女心もわかるかも? な感じ。というか、幼い頃の教育環境が似てるから、共感しやすいのかもしれないけど」

 俺の場合は、女社会に居た時間ってあんまりないから、そういうのあんまりないと思ってるけど、と付け加える。

 いわゆる、悩みに悩み、女社会の中で女性をやり続けて、それで無理ってなったタイプほど、社会的な部分で女性的なくせ(、、)がついているものだ。

 たぶん、FTMでもその傾向はあるのだと思う。いづもさんも、三つ子の魂はなかなか変えられないわなんて言っていた。


「MTFさんだと、当事者同士でくっつくってパターンもあるっていうけど……ふむ。ルイさん×エレナさんか。いや、リバなのか……とても百合百合しい」

「って! ししょーも、ルイさんも性転換したいとか言ってないし! てか、ししょーには男いるから!」

 他の恋人はいらないの! と翅は焦ったような声を漏らした。

 地味にちょっと心配してたんじゃないだろうか。


「一人きりより二人の方が安心っていうのは、わからないでもないかな。ま、俺の場合は五人でいるからそういう部分ではみんなに感謝してるよ」

「おっ、おう。いきなりなんだよ……」

「いつもお世話になっておりますー」

 って、営業かよー! と翅にがっくりされた。

 でも、感謝は本当のことだ。

 今日作る、お菓子などをみんなが喜んでくれればいいなと思う。


「はいはい。つい話し込んじゃったけど、目的は誕生日プレゼントを作ろうの会だから。そろそろはじめよーぜ」

「おっしゃ。そうだな。話をしながらでも作れるしな」

「おう、上級者発言だ。これは楽しみだな」

 そんな会話をしつつ、キッチンの方へと向かう。

 すでに翅が買ってきた食材は広げてテーブルの上に置かれてある。

 

 そして、初心者の翅がおりなすケーキ作りは。

 ご存じの通り、混迷と小麦粉をまき散らしたのであった。


 うん。パイシートから始めたらいいよ、とそのときの俺は思ったのだった。

今回は、ルイさんがでないー! というのもあって口調書くのがむずかしい! としみじみ思いました。

いやぁ蠢くんの恋愛感情って、どうなのかなーって考えると、どちらかというとメンバーへの尊敬とか、感謝とかそういうのがいっぱいで、さらに女性から隔離されているから、まだ今はーって感じがします。


というか、男子は恋愛するのは遅くなっても特別問題はないものな……


さて、無事に誕生日プレゼントを贈れるかはご想像にお任せするとして。

次はなんのイベントにしましょうやら。

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― 新着の感想 ―
[一言] 現実的に考えると何も知らない人と付き合って後で揉めるより、初めから知ってる人と付き合った方が平和だよなー・・・と思ってしまいますね。あんまり恋愛っぽい思考ではなさそうですけど。 男の娘が男っ…
[一言] あの人は今「もう一人のルイ」お待ちしています。
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