688.エレナさんちのキャンパス祭3
おまたせいたしましたー。
「それでは、はむちーず!」
「ぷふっ」
和装のお嬢さん方の集合写真を撮って欲しいといわれてかけ声をかけると、みなさんが吹き出して笑っていた。その瞬間をしっかりと撮影する。
確かに、その前のきりっとした顔も素敵ではあったけれども、年頃の娘さん? ぽさといえば無邪気な顔の方なのではないだろうか。
それとも、若衆ともなると、小姓的なきりりとしたイメージも大切なのかもしれない。
「ハムチーズはおいしいけど、その声かけはどうなのかな?」
せっかくみんなきりっと決めてるのに、とエレナ様はぷぅとほっぺたを膨らませていた。
可愛いので一枚撮影。うんうん。よい写真かと思います。
「じゃあ、あんぱん、しょくぱん、かれーぱん、とかのほうがいい?」
「っ!? そっちに行っちゃうの!?」
えー、とエレナ様は、おめめをぱっちり開いてびっくりしてくれた。
ぼう、有名な小さなお子様でも知っている国民的ヒーローのネタである。
チーズは出てくるけど、ハムさんはいないよ!? と思い切りつっこまれた。
もしかしたら、今ならハム系のキャラはいるかもしれないけれども。
そして出来上がった写真をタブレットに移してみなさんに見せることにする。
「うわ、こんな風に見えてるんですね、わたし達」
「みなさんすっごく表情まで研究してるようで、完璧ですね」
データは三枝さんにお渡ししておくので、欲しい人はそこからもらってください、というと、はーい! と和装のみなさんは元気に答えてくれた。
声も、女性並みとはいかないけど、頑張って高めに出しているのは高評価だ。
「それで、もう彼女? はお仕事終わりでいいのかな?」
「だいじょーぶですよ。姉者がいなくてもお店は回りますから」
「むしろ、あとはわたし達に任せて、羽を伸ばしてきてもらいたいです」
姉者がいると、ダメ出しされるからいない方がいいです、なんて声があがると、お店からは笑い声が上がった。まあ、冗談なんだろうけれど。
「もともと、この時間で休憩もらう予定だったから、ルイちゃんは心配しなくても大丈夫」
その分、明日はきっちりお店のお手伝いするけどね、とエレナは言った。
もともと、この出し物自体は主催者が別にいて、エレナの立場としてはあくまでも指導監督みたいな感じだったのだそうだ。それでもイベント自体が気になったのか、気に入ったのか、店長も引き受けるということで居座っているのだそうだ。
そういえばさっきも、看板娘として最初だけって言ってたしね。
それじゃ、頑張ってと声をかけつつ、エレナさんはお茶屋さんブースから離れるように歩き出した。
「それでこのあとはどこか行く予定はあるの?」
「んー、いちおーは、よーじと合流してご飯って予定はあるんだけど、あっちも午前は用事があるからお昼に合流なんだよね」
時間的にはまだお昼まであるし、ちょこっと学校の案内って感じになるかなぁとエレナが言うと、ルイははいっ! と手をあげていた。
「ぜひとも、撮影によさそうな場所をお願いします!」
エレナさんの大学ライフって感じをぜひとも撮りたいのです、というと、んー、といいつつ彼女は首を傾げた。
「さすがに和装でお祭りを回るのも目立つから、着替えるつもりではいるけど」
それでよかったら被写体になってあげてもいいよと、エレナは言った。
「っていうか、ちょっと気にはなってたんですけど、完全に男の娘モードに入ると、学校の人にばれたりしないんです?」
凛ちゃんがこそっと耳打ちするように、そんなことを言ってきた。
確かに彼女の言う通り。性別不明の男の娘レイヤーであることが学校にばれてしまったのなら、性別確定になってしまわないだろうか。全国のエレナファンが荒れに荒れてしまう可能性だってある。
「んー、そこはボクのファンなら静かにしておいてくれる感じかな」
学校で変な反応があったら、にこってしておけばそれでなんとかなります、とエレナさんは胸を張って言った。すさまじいスマイル力である。
「あとはほら、正直人は信じたいものを信じるものじゃない? だから僕がどっちであって欲しいか、っていうので、ボクの性別は本当にその人の中にあるんだよ」
リアルでの性別証明? それになんの力があるのかな? とにこにこ言う友人に、ルイは性別ってなんだっけ? と首を傾げている。
その隣では、凛ちゃんが、ルイ先輩も大概ですからね、とぼそっと呟いた。本当にその通りである。
「あたしはそこらへん、かっちり分けてるからなぁ。あっちで眼鏡外されそうになった時は細目にしてみたりだよ? サンサンお目目だよ?」
「サンサンって……キラキラじゃなくて、あぁ……33か、なるほど」
いや、細目にするならイチイチお目目なような気がと凛ちゃんが突っ込みをいれた。
細目ということなら、そっちの表現のほうが正しいかもしれない。
「でも、人様のためにはぱーっとばらそうとしちゃうんだから。ほんとそこらへんダメだからね?」
今でも、あの男どもの為に一肌も二肌も脱ごうというのなら、ボクがあの不肖の弟子をひん剥いて可愛くコーデしてやる、とエレナはにぱりと言った。
ま、まぁ、たしかにあの時は魔がさしたと言いますか。
記者会見の時のてんぱりってのもあって、あの時は思わず性別問題を持ち出そうと思ってしまったのである。よくよく考えるとそれはそれで、さらに炎上したかもなぁなんて今では思っている。
「ルイ先輩なら、いい写真撮らせてくれるっていうなら、人肌で温めたりとかしそうですよね」
「なっ、人肌はさすがにないよ! 寒くて表情硬いとかならホットココアの缶をほっぺたにくっつけたりはしそうだけど」
あとはおでんとかね! というと、あー、そろそろおいしい時期ですよねぇ、と凛ちゃんはほっこりと言った。
そう。もう気温もだいぶ下がってきているので、外でのおでんはとてもおいしい季節なのだ。
まあ、おごるかどうかって言えば、そんなことはめったにないケチなルイさんなわけですが。
最近は、衛生面にもかなり注意していて、外から飛沫が飛ばないようにしっかりガードされているし、 アルコール消毒をしてから商品をとるので、昔よりはるかに衛生的になっている。
出汁もしっかりと出ているし、とてもほっこりするのがおでんというものなのである。
「そういえば、うちの父がルイちゃんのお父さんと今度おでんでも行きたいなー、とか言ってたっけ」
「父様と? 前に一回居酒屋に行って語り合ったとは言ってたけど、それなりに仲がいいのかな?」
「あれ? そっちだとあんまり話題にでないんだ? 仕事関係なく話せるいい相手って言ってたけど」
ほー という反応のエレナに、ルイはふむ、と顎に手を当てて思案する。
あの父様である。自称小市民の父様はいちおう肩書に弱いという性格がある感じで、エレナパパさんを前にするとちょっとびびりになる傾向がある。
誘われたら嫌だとは言えないだろうけど、やっぱりびびりながらお酒を吞むんじゃないだろうか。
そして……お酒がどんどん進んで青い顔になるか、吞まないで青い顔をしてるかどちらかになるんじゃないだろうか。
「うちの父様、あんまり外での話しないからね。エレナパパさんに会ったよって話は聞いたけど、具体的に聞いてないんだよね」
「んー、もし会うのに緊張するとかだったら、こっそり教えてね」
でも、付き合ってくれると嬉しいですと伝えてくれると嬉しいかな、とエレナさんは言った。
いちおうあちらのパパさんとしては、木戸父のことはかなり気に入ってるようだった。
ライフスタイルの違う相手と仕事抜きで会うのは珍しいことだろうし、知り合いになるチャンスというのはそんなにないのだろう。
「そういえば父様の交友関係あんまりわかんないかも……」
会社の人たちとはそれなりみたいだけど、夜は割と家に帰っていることが多い父様である。
夕飯は家で食べることが多いし、木戸が家に帰るころにはもう寝る準備みたいな感じになってることも多々ある。
あまり帰りが遅いと静香母様にあいそつかされそうだから、とか言ってたけど、もしかしたら家中心の生活なのかもしれない。
代わりに木戸が外に出てしまっているから、二人きりの時間を過ごしていたという感じなのだろうか。
「うちも両親がどういう交友関係もってるかさっぱりですね。でも、そういうものじゃないです?」
それでいきなりこの人が新しいお母さんなんだって展開になったら、ダメージ大きそうですがと凛ちゃんはしれっと言った。
離婚率がかなり高まってきている今、そういうことも起こりえるのかもしれない。
「離婚かぁ。うちはそういうのに縁はないかなぁ。母様のほうが強いけど、専業主婦ってところで経済的な面を見ると二人で居たほうがいいんだろうし」
純粋に恋愛抜きにしても、と皮算用をすると、あーあと、エレナさんはあきれたような声を漏らした。
「ルイちゃんはそういうのより、食い気だよね。そうだ、今度お店のおでん、食べに行ってみる?」
そして、話題をごっそりと食べ物の方に切り替えてくれた。
あはは、と凛ちゃんも苦笑を漏らしているけれども、まあ、ルイに恋愛関係のことを語らせること自体、避けたいことなのかもしれない。
でも、そういう風に話題を変えるのなら、もちろん全力でのっかるルイさんである。
「おっ、それはいいかも。コンビニおでんがあたしの中でイコールおでんだから」
外食でのおでんってあんまりいったことない、というと、だよねぇとエレナは言った。
「おでんってなんというか、お酒のお供なイメージというか、大人な感じというか」
「屋台のおでんとか、なんかすっごく大人な感じするかな」
ま、行くとしてもボク達の場合は店舗のあるお店になるだろうけど、とエレナが言った。
防犯の意味合いでも、女子会を屋台でやるのは危ないよ、という意見らしい。
そこらへんは、父親からも危機管理は大事と言われているらしい。
「ちなみに、そのお食事会は私も参加していい感じです?」
おでんの皿に、大根、白滝、はんぺん、こんにゃく、ちくわなんかが乗りつつ、お隣に日本酒がーなんて話をしていたら、凛ちゃんが声をかけてきた。
確かに、一緒に話をしているのだから、一緒になんて思ったのだろう。
「もちろん。でも凛ちゃんってお酒飲むの?」
「ご飯に合わせてって感じですね。澪が割とビール派なので、夕飯食べながら飲むみたいなのはあります」
学校の飲み会とかだと、あんまり飲めないキャラにしてますけどね、と凛ちゃんはくすりと笑う。
なるほど。酒豪の男の娘という感じを見せるのはちょっと、というところなんだろうか。
「むしろ、男の娘だから普通の女の子よりもお酒が強いっていうのも、設定としてありだと思うんだけどねぇ」
「そこは設定だけってのが、可愛いと思います!」
「両方ともありかな。あ、でもボクも外だとあまり飲まない設定で行ってる」
強いお酒のませて悪さしようってしてくる輩がほかの子狙った時とかは、さらっとそれを横から奪い取って全部飲んじゃう! とかはやってみたいなとは思うけどね、とエレナさんは言った。
男の娘としては、女の子は守る対象らしい。
ルイとしては、一緒にわーいって遊ぶ相手でしかないのだが。
「でも、男の娘会なら割と自由に素のままでいけそうですね。澪も誘ってもいいですか?」
遠慮しないで、好き放題できるのが仲間同士の飲み会な気がします、と凛ちゃんは言った。
「それなら、ちーちゃんとかも誘う?」
「んー、千歳はちょっといまお忙しい感じかな。できれば別件で全部終わったら、おめでとう会を開いてあげて欲しいです」
そろそろいろいろ動き出す頃合いだそうだから、というと、おぉーと、凛ちゃんとエレナが声を上げた。
そこにあるのは、憧れではなく、たんにすげーっていう感情だけだ。
自分事ではなく、手術大変そうだなぁなんていう思いも込められているのだろう。
「そういうことなら、おでん会はこの三人と澪ってことで。お店選びはわたしに任せてもらえると!」
「ん? あれ。よーじ君はいいの?」
「よーじは、男の娘じゃないし。そこは男の娘会ってことでいいんじゃない?」
外でやるのって、シフォレ以外だと滅多にないし、こういうのも楽しそうとエレナは言った。
さて、そんな会話をしていると、プレハブの建物に到着した。
「それじゃ、着替えてきちゃうから、ちょっと待っててね」
覗いてはいけませんよ? ふふふ、とエレナはなにかのキャラを演じながら、喫茶のばらの休憩室に入っていったのだった。
お待たせいたしました!
なんか、今回、凛ちゃんを書いていておもっちまったんです。「やべぇ、なんだこのまともな子は……」と。すごくいい子だ!
ちゃんと先輩たちを立てた上で、ほんのりスルーするという感じが、素敵です。
そして、おでん会。
これは、冬の間に書きたいよねぇ、としみじみ感じる次第で。あたたまろー。