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074.

今回は暴力シーンはないですが、ちょっとR15シーンがありますのでご注意を。これくらいなら大丈夫だとは思うのですがいちおう。

「いきなりテレビ局に呼び出しとかどういうことなんだろう」

 遊びにおいでよ! と蠢からメールをもらって訪ねた先はついぞルイでは縁がないような建物だった。

 この前の撮影所よりも規模が大きい建物で、入り口には警備員さんなんかもいる。

 そこはいわゆるテレビ局だった。メジャーではなくローカルのところで、崎ちゃんあたりに言わせれば小さい方になるのだろうが、ルイとしてはやはり大きな建物である。

 こんな所までのこのこ誘いに乗って来たのは、交通費を出してくれるというからだった。テレビ局のほうにはまったくもって興味はない。蠢と会うのだって正直どうでもいいのだが、この町から少しいったところに良い感じの撮影スポットがあるのだ。

 ちなみに今日の装いは冬ということもあってコート姿はもちろんのこと、ウィッグも普段とは変えている。少し明るめのショートウィッグで、肩に髪がぎりぎりかかるかどうかといったくらいのものだ。

 なぜ普段のじゃないのかって? そりゃ、まあ自衛のためだ。

 今回の蠢の呼び出しはどうにもきな臭い。いくら幼なじみだからといっても、いきなり他のメンバーにも紹介したいという話になるにしては時間が足りなさすぎる気がするのだ。

 もちろん蠢の性別の話を知ってしまったから、というのは理由として成立する。

 それなりなスキャンダルになるだろうし、実際、マスコミにリークすればそれなりの謝礼金がでるかもしれない。あのあとルイもいろいろと調べたのだけど、蠢が属しているグループは若手の割にはそうとうな人気を持っている男性五人組のユニットなのだった。

 それもあって、他のメンバーに紹介しつつ秘密を共有できるかどうかを見てもらうということでもあるのだろう。このトップシークレットを隠し通せるかどうか、ルイを試そうとでもしているのかもしれない。

 それがもし上手く行かなかったらどうなるだろうか。

 シマちゃんの幼なじみである木戸馨に変な噂が立つのは、ある程度仕方ないと思っている。

 けれどそれが銀香のルイとなると、とたんに面倒なことになるのだ。撮影するたびに被写体にひそひそされるのではたまったものではない。 

「やぁいらっしゃい。うわ。蠢が自慢するわけだこりゃ」

 受付で話をして、通行証を出してもらって指定された部屋に向かうと、迎えてくれたのは、男性アイドルグループ、HAOTO(はおと)の面々だった。今日は五人全員そろっているようで、こちらにさわやかなスマイルを向けてくれている。年頃はほぼ同じくらいで、年長もいれば年下もいるという構成なのだが、中性的な甘いマスクのイケメンばかりという、木戸としてはちょっとこう釈然としない相手である。

 ルイとしてはイケメンは……まあどうでもいいと言ったところだろうか。きゅんとしたりはしないし、特別これといった感想はない。ただ、いい顔をしたら撮影してやらんこともない、といったくらいである。是非撮らせてくださいにならないのは、まだまだ相手のことをよく知らないからだ。

「今日は来てもらってごめん。ただみんながすごく会いたいっていうからね」

 シマちゃんに席を勧められてそこに座ると、お茶がサーブされる。有名な男性アイドルからこんな接待をされたとなれば、みんなうらやましがるに違いない。

 違いはないのだけれど、別にルイとしてはそこに喜びのようなものを感じることは難しい。むしろ田舎でおばちゃんとかに朗らかにお茶をごちそうになったほうがほっとするのである。

 それにしても髪型変えたんだ? なんていうふうに言ってくる彼はどうやらこれがウィッグだということには気づかないらしい。

「それで二人はどういう関係? まさかラブラブとか?」

 一番若い子がわくわくとしたようすで言う。やんちゃな少年といった感じで、好奇心が前面にでてる姿はかわいらしい。彼の名前は(てん)。ルイたちの二才下で来月中学卒業だという話だ。

「そんなことはないです。学校で一緒だったのも一年くらいで。シマちゃんはクラスのリーダー格で、男の子引き連れて外に遊びに行ったりしてて。私も誘われましたけど、結局最後まで断り続けたんですよ」

 なにぶん、部屋の中で寝たり、本を読んだり、ひなたぼっこしてる方が好きだったので、というと、メンバーからなぜか、女の子っぽいという斜め上からの感想がきた。

 いやいやいや。小学生女子は普通はクラスで女子同士でおしゃべりだったりとかだろうと、ルイのほうもない知識を引っ張り出して否定する。

「あ、お茶おいしい」

 すすめられたお茶を軽く鼻にくゆらせてから、いただく。

 紅茶の習慣というものをルイはあまり持っていないのだけれど、エレナと遊びに行く機会がそこそこ増えてからはそれなりに飲むようにはなっているので、味の違いはなんとなくわかる。嗅いだことのない匂いも少し混じっていた。洋酒でも入っているのだろうか。

「それ、特別に調合してもらったものだから。よかったらおかわりあるよ?」

 くすりと、整った顔でいわれると、どきんと……するわけもないのだが。

「だからむしろなんで、たったそれだけの私にこうやって声をかけてきたのかが、よくわからなくて」

 再会を楽しむだけなら二人でもよかったのに、としれっとかまをかける。

 そう。蠢の秘密をみんなが知っているのかどうか。そこだ。一緒に活動していても知らないなんてこともあるかもしれない。アウティングはなるべく避けるべきだし、特に身近な人間には本人の口から語られるべきことだ。他人が勝手に口を挟んでいいことではない。

 その反応に少しだけ眉尻を下げて、リーダーである(こう)がこちらを見つめながら言った。

「たったそれだけってのに意味があるんだ。これで蠢のやつ、過去の交友関係は全部切ってるんだ。親御さんともほとんど会ってないくらいでさ」

「あらま。そんなに深刻なのですか……」

 なるほど。いちおうルイにもそれなりに、そういう人の知識はある。女装を始めるにあたってその周辺知識なんかも仕入れてはあるのだ。周りにどう見られるのか、そしてその対策までもを含めて知識としていれてある。もちろんご覧のように、ばれたときに周りがどう見るかなんていうのはケースバイケースで、大きな問題にならないで済んでいるわけではあるのだが。

 蠢の状態は、家族と疎遠になるほどだということらしい。うちは放任されているからいいけれど、一般的にはそうとう揉めるのだということだそうだ。

「ああ。君だって蠢に連絡とろうとしたら、できなかった、なんて経験はないかな?」

 親御さんは、うちの娘はもういないと、電話口では答えるのだと彼は言った。

 事実ではあるのだろうが、あいにくそこまで仲がいいわけでもない、しかも小学一年に転校してしまった相手にわざわざ連絡をとるだけの必要性がない。

「そこまで親密でもなかったので……」

 だから素直にそう答えたら、そ、そう? と虹さんはたじろいだようだった。

 本当に今回の再会は偶然なのである。

「ともかく、蠢の抱えている秘密はおおごとってわけ。それでここまでわざわざ来てもらったんだよ」

 わざわざ遠方まで来てもらったのは、ルイが拠点にしている銀香のそばだと、蠢の幼なじみが他にもいるかもしれないからなのだという。たしかに秘密を守るために二次災害を起こしていてはしかたはない。もちろん見た目も性別も変わっているのでばれないとは思うし、そんなことならとっくにテレビに出てるのだから脅迫状かなにかが届いているのではないだろうか。ルイはテレビをろくに見ないけれど、一般的にテレビは大衆娯楽である。

「君は蠢の秘密を知ってしまった。とはいえ我々も口封じに野蛮な真似はしたくない。だからこうなったわけだ」

 そう。その表情には申し訳なさが混じっているようだった。そしてその言葉を聞いたとたんに、身体からかくんと力が抜けた。かたんとテーブルに音がなるが幸いカップは割らないで済んだらしい。

「なにを……するつもりですかぁ」

 なにが野蛮なことはしたくない、だ。ふらふらする視界の中で男四人の視線が妙に冷え冷えとしているように見えた。

 笑顔を浮かべているのに、そこにあるのは緊張感だ。

 テーブルにぺたりと上半身を預けていると、その冷たさが身体を冷やしてくれて気持ちいい。

 きっとさきほどのお茶になにかが盛られていたのだろう。

 恐怖はない。大丈夫。鼓動は速くなって身体は汗ばんでいるけれど、まだまだ頭は冷静だ。

 あまりにも突飛なことをやられたので困惑はしているけれど、さすがに彼らとて煮たり焼いたりまではできないだろうとも思っている。スキャンダルをもみ消すためにもっと大変なスキャンダルを起こしたのではまったくもって意味がないのだ。

「安心して。毒じゃないから。ただちょっと女の子をえっちな気分にしちゃう。そんな安全なお薬を用意しただけ」

 紅茶を用意してくれた蚕が、さわやかに笑いながらルイの頭を軽くなでる。

 ちっとも安全じゃない、からだが熱くなってどうしようもない。こういうのは男女別で効果が違ったりとかするんだろうか。

 けれどもなんとなく狙いは読めたような気がする。

 彼らが欲しいのは安心だ。口を封じるために必要なルイの弱みを手にしておきたいと言うことなのだ。でもあまり知らない相手からそれを引き出すこともできないし、そもそもそんなものを持っていないかもしれない。

 それならば作ってしまえ、ということなのだ。

 ルイの痴態を写真に撮って、それを元にして口封じにする。このところ元彼にヌード写真を握られて脅されるというような事件も起きていると言うし、効果のほどは確かにあるのだろう。

 けれども、そんな風に写真を使われるのは、はっきりいってかなり嫌だ。もっとこれは幸せな時間を作るためにあるものなのだから。

 さて。媚薬の効果も実際そこまで強くはでていない。せいぜいどきどきして視界が少しぼんやりかすんでふわふわするくらいなものである。この状態で彼らの裏を掻くにはどうすればいいだろうか。 

 はっきりいって八瀬に襲われたときよりも状況的には厳しい。男五人に囲まれた上で、こちらは身体がそこまでいうことをきかない。たしかに命の危険はないだろうけど、このまま何もしなかったのなら、というのが想像できるだけに暗鬱にはなる。

「邪魔なカメラははずして僕らと遊ぼう」

「カメラには触らない?」

 テーブルの上にカメラをおく。それもこちら側が見えるように、だ。

 もちろんそのレンズにはルイも写っていて他のメンバーだって揃っている。

「さすがカメラ女子。大切にしてるねぇ。ならそれには触らないでおいてあげる」

 その代わり、僕の言うことをしっかり聞くんだよ、とメンバーの一人が甘やかにささやいた。名前は(ショウ)とかいったか。それはきっと女の子にとっては魅力的な声なんだろう。うっとりするような絡み付くようなそんな声。

「じゃあ、とりあえず上着を脱いでみようか」

「嫌です」

 即答する。眼をとろんとさせながらの否定に彼らは一瞬、ざわついた。

 薬の効果が効いてないのか、とでも思っているのだろう。どういう謳い文句のものを入手したのかは知らないが、相手が言いなりになるようなものが実際にあるのかどうかはルイも知らない。けれど効いてないと判断されれば暴力沙汰にもなりかねないので、上手くフォローをしないといけない。 

「もう、暑くて、だから上着を脱ぐのは私ではなくあ、な、た」

 ごくりと、相手は唾をのんだ。それだけ妖艶ということでもあるのだろうか。

 狙ってやってはいるのだが、それでも効果があると少し嬉しい。ちなみに情報源はクラスメイトに押しつけられて見た映像である。ふーんとか、へぇーとか言いながら所々早送りで消化をしたものだけれど、演技の参考になったのならば、それなりな収穫といえるのかもしれない。

 そう。今ルイができる唯一の抵抗は、女を武器にすること、だ。

 わざとらしいくらいであっても、薬のせいだと相手は思うだろうし、上手く誘導していけばこちらの狙いは達成できるだろう。

「なんだよ、うぶな女子高生だと思ったらあんがいもともと淫乱? 媚薬ってこんなに効いたっけ?」

 その声は困惑よりもむしろ歓喜のほうが強いのではないだろうか。かわいそうに。女子(あいて)に困らなさそうな男性グループがルイを相手に喜ぶとか、客観的に見ているこちらとしては不憫とすら思える。

 けれどこちらはそんなことにお構いはしない。

「はずしてもかまいませんか?」

 かちゃりと、舌ったらずな声でズボンのベルトに手をかけて小首をかしげる。

 我ながらこれだけ力が入らない状態で女声を維持しているのは誇らしい。

「ああ、いいぜ。君が望むなら」

「わぁい」

 とろんとしながら、相手のベルトをはずしていく。ヴィンテージのジーンズが地面にすとんと落とされると現れるのは下着のみだ。

「ルイ、せっかくこんな所にきたので、ごほうび、欲しいな」

 うるりとした視線で目の前の翅といわれる男に懇願する。どうにも台詞が駄目なエロゲっぽくなってしまうのだが、参考にしているのが八瀬から借りたアイテムなのである程度は勘弁していただきたい。

「うはっ。なにこれ、おれちょー幸せなんだけど。こんなかわいい子に」

 いいの? 本当にいいのと周りに同意を求める。

 みんなしかたないといった様子で頷きを返す。蠢は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 媚薬の効果は心拍数をあげる程度のもの。本来ならそれがジェットコースター効果も含めてきいてくれるのだろうけれど、ルイにとってのこの場では、心臓の拍動が無駄に早くなってるだけ、いってみればマラソンを走ったあとにドキドキしていることとたいして代わりはない。

 本来なら、多少の痴態を撮影しておしまいの予定だったのだろうが、こういう状態になってしまっては据え膳なんたら的なことにもなるのだろう。

「かわいいな、おい。普通にこれが蠢の幼馴染みとか、運命のいたずらって怖いな」

 さて。標的はもう目の前である。そろそろ演技するのもかったるくなってきたので、チェックメイトといこう。

 ごく自然な動作で、彼に手を伸ばす。そう。かつて廃工場でのあの彼がやったのよりも強引に。荒々しく。

「ぐああっ。なにすんだっ、いてーよ! 力一杯にぎるなっ! もっと優しく」

「へ? なにを言ってるんです。これくらい掴まないと、逃げちゃうでしょう」

 先ほどとは異なる冷めた口調に、ざわっと周りの空気が一変する。

 何が起きているのか理解はしにくいのだろうが、とりあえず周りを取り囲んでいるやつらにぐるりと冷めた視線を向けておく。

「おまえの息子を誘拐した。助けてほしければ私の要求を飲め」

 最初から狙いはこれだった。男性の急所を握ってしまえばいくら何でも周りも無茶なことはできまい。

 薬のせいで力はそこまで入りはしないが、翅の反応からこれでも十分に痛いみたいだ。いちおうは普通の女子よりも握力はあるのでこういうこともできるのだ。足りなければ爪を立ててやろうかとすら思ったくらいである。

「ちょ、なにを」

「ひとじち」

 周りからの声にとろんとした声であっさり答える。

 無事におうちまで帰してもらわないと困るのである。

「ほんともう。シマちゃんにはがっかりです。何パターンか考えてたけど見事に一番最悪のルートなんだもん」

 ねっ、と言いつつ手に力を入れると、ぐあぁっ、といううめきが漏れた。

「まず最初にあるべきなのは、口封じではなく話し合いなのではないの?」

 リーダーさんや、と問いかけると、うぐとバツの悪い顔をしているようだった。悪いことをしている自覚はどうやら有ったらしい。

「話し合いでどうこうなるのかい? 君が知ってしまった秘密は大変なものなのに」

 いくら話し合ったところで、君が秘密を漏らさない保証にはならないと彼は首を振った。

 他のメンバーに視線をやっても、だいたい同じような意見らしい。

 まったく。

「そのために言葉を重ねるのでしょう? 最初から交渉を諦めてどうするんですか」

「そりゃ……でも。蠢を守るためだからな。確実なほうをとりたかった」

 ほほう。誰かを守るためなら誰かにひどいことをしていいとは、実に男性的な発想である。

 ならば話の矛先を変えよう。とりあえず人質をとりながら時間稼ぎをしたいという部分もある。薬さえ切れれば無理矢理強行突破だってできるかもしれない。

「確実……ねぇ。そもそもあんなところで鍵も閉めずに平然と着替えていたような相手が確実とか、笑ってしまいますね」

 トップシークレットならきちんと守れとルイは思う。

 鍵もかけずに着替えをして、さらにばれたとわかってからの対応もとことんダメだった。

 木戸は基本着替えるのは家だし、外にしたってばれないような注意はしっかりと行っている。ばれたときのケアだってしっかりと行ってきている。そうしているからこそ、今回のような雑なやりかたには憤りさえ覚えるのだ。

「あんなんじゃ、いずれ誰かにばれてた。もうちょっと上手くやらないとだよ」

「こっちの苦労も知らないくせに、偉そうなことを言うなっ」

 今まで様子を見ていた蠢が、こちらに食ってかかる。

 本人もかなり混乱しているのだろう。この状況を招いたのは彼自身。そしてそれを守ろうとしてくれた仲間達が目の前で翻弄されてるのを見せられれば、それはもう感情だって高ぶるだろう。

「ええ。わかんないよ。その程度の配慮ができない苦労なんかね」

 木戸は、ルイを作るためにそれなりに努力をしている。とはいえ蠢のように性別を変えてしまえという思いはないので、実際のところ「こっちの苦労」は欠片もわからない。

 けれども、そういう人達の情報は知っているし、なにより自分自身、身バレにはそうとう気をつかっている。その配慮ができないというのであれば、そもそも秘密など抱えずに行くしかないのだ。実際オープンにしている人達だってたくさんいるのだから。

「まあまあ、そう言ってはくれるなよ。こいつだってかわいそうなやつなんだ」

「今の私ほどかわいそうではないと思いますけどね」

 まだ、とろんと潤む瞳を向けながら、うっとりした声で問いかける。

「それで? そろそろ解放していただかないと、息子さんの息の根が止まりますが?」

 どうするのです? と周りに問いかけるとぴぴっと聞き慣れた電子音が鳴る。

 コンデジの音だ。

「今のネットは怖いってのは知ってるだろ。これを拡散させればすぐにでも君が誰かを割り出してフルボッコだ」

「えー、いま媚薬のまされて、ルイわかんなーい」

 しれっと甘い声を出しておく。動画ではなく写真で文面をうまく操作してどうこうしようというのだろう。確かに今の絵面はそうとうに危険なものなのだろう。彼らのファンの女の子達が迫ってきたらどうしよう。

「もともとばらすつもりもないし、こんな茶番する必要はなかったはずなんですよ」

 なんでこんなことになっちゃったのさと寂しそうな声を漏らす。

 けれどその答えがかかる前に、息子さんを人質にとられている翅が強引に動き始めた。

 力尽くでどうにかしようと思ったのだろう。

 このっ! と声がかかるが、今度は手の力の入れ具合をかえて、彼の気力を削ぐ。

 というか全身の力を削ぐ。男子の弱点は痛みと快楽両方から攻めることができると言う話は知識として知っている。実際にやってみるのは初めてなのだが……

「はぁうん」

 翅はぴくんと勝手に腰が動いてへたりこんでしまう。なかなかに上手くいったようである。

「うますぎだろ、なんだよこの力加減……こんなにうまいの反則だろ、くそ」

 半分幸せそうにいう彼を残念そうに見下げながら周りのみんなに声をかける。

「説得と確認という作業をすっ飛ばしていきなりこんな仕打ちにでるなんて、犯則というか異常ですよ」

 どうして信じてくれないかなぁと、疲れたようなため息を漏らして周りに責めるような視線を向ける。

 ルイとしては蠢のスキャンダルなど正直どうでもいいのである。そりゃ幼なじみではあるけれど、縁はとことん薄いし、そんな彼がどうしようがどうでもいい。 

 なのに自意識過剰な彼らはこちらの言い分をまったく聞いてくれない。

「そうはいっても、こんなメールを見せられちゃ、しかたないだろ」

 代表して虹がすっと取り出したメールには、from:マネ という差出人からのメッセージが書かれていた。

 そこには彼女はきっと蠢のことをばらすに至るだろう、というようなことが書かれてあった。

「それを信じたと?」

「だって、俺たちはいちおうそこそこのアイドルなんだぜ。蠢のことを内緒というにしても、知り合いだってことくらい自慢したくなるだろ」

 マネージャーさんのメールにもそのことは書かれてあった。女子高生なんて口に戸は立てられない代表格である、なんていう風にもかいてあった。

「へ? なんないけど」

 きょとんとしていうと、五人に愕然とした表情がうまれる。

 確かに女子高生は口が軽いもんだという。けれど、しっかりと約束を守ってくれる子は多くいるし、ルイはさらに言えば女子ですらないのだ。その範囲の中には入らないし、そもそも芸能人と知り合い、というステータス自体で舞い上がったりはしない。崎ちゃんのことだって、学園祭に来たいって言うから呼んだだけだ。

「あのねぇ。シマちゃんにあったとき、言ったよね。そもそもあんただれって。あたしは芸能界に鈍いの激鈍(げきにぶ)なの。崎ちゃんだって最初あったときはエキストラ扱いしてとことん怒られたの」

 はあ、と力なくため息をはきながらも、左手の力だけは抜かないようにする。大切な人質はそのまま確保だ。

「そんな私が、実力もなにもわからない相手にきゃーきゃー騒ぐはずがないでしょうが」

 断言するこちらの台詞にみなさんはおどろいて顔を見合わせている。そんな人間など存在するはずがないとでもいいたそうだ。どこまでも自意識過剰でまいってしまう。

「はいっ、そこまでっ!」

 ぱんぱんと、固い拍手の音がホールに響いた。

「やべ、マネージャーさんだ」

「逃げようとしても無駄です。出口は包囲しています。というか情報が露見しないようにガードしています」

 なげかわしいとスーツで眼鏡のマネージャーさんは残念そうにうめいた。

「こんな一人の少女に手玉にとられて、あなた方は悔しくないのですか!」

 こんなことをしなくても、私が彼女に連絡をとって話をして終息させようと思っていたのにと切れ長の目をあきれたように細めてやれやれと首を振る。

「そもそも、メールに書きましたよね。不用意なことはしないようにと」

 しかりつけるように五人に厳しい視線を送る彼は、こちらにだけは優しい笑顔を浮かべてくれている。

 さて。ではここで、そこまで、にするほどルイも平和ぼけはしていない。人質はまだとったままである。

「ところでマネージャーさん。媚薬の解毒剤ってないですか? すっごいドキドキしててもうどうしようもないんですが」

「解毒薬はないですが、まぁあれです、一回トイレとかで抜いてくればいいんじゃないですか」

「抜く?」

 きょとんと首をかしげつつ、困惑を浮かべる。自分で毒を抜くことなんてできるのだろうか。

 それとも尿の中にさっさとでてしまう類いのものなのだろうか?

 そんな仕草がツボにはいったのか、マネージャーさんはくすりと微笑をもらしていた。

「それで私の身の安全は保証してくれますか?」

「もちろんですとも。とりあえずお茶、入れなおしましょう。今度は普通のものです」

 いれるといいつつ、差し出してきたのは未開封のペットボトルのお茶だった。

 フタだけ開けてもらってそのままくぴくぴとのどに流し込む。少しでも薄めた方がいいということなのだろう。

「さて、今回の件ですが。私からもお詫びをしておきましょう。こんなことになる可能性は多少考慮はしていたのですが」

 じぃと冷たい視線が五人に向くと、ひっと彼らは短い悲鳴を漏らした。

「まさかここまでの体たらくとは思いませんでした」

「いやっ、でも俺達はあんたのメールで動いただけで……」

 翅が一人、下半身下着姿で反論する。激しく様になっていないのだが、言いたいことは言おうということなのだろう。

「可能性を書いたまでなのですがね。いいですか? 人から与えられた情報は自分で精査しなければなりません。うのみにして暴走するなど、はっきりいって不合格です」

「うぐっ」

 イケメン五人組がみなさんバツの悪そうな顔をしてうつむいてしまった。

 しょぼんとした雰囲気が部屋に広がっていく。 

「さて、ルイさん。私はこれから彼らを叱ってやらねばなりません。謝罪は後日きちんとした形でさせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」

「仕方ないですね。こちらだってことを荒立てようとは欠片も思っていませんし、とりあえずは、約束を果たしてもらいましょう」

 ここでようやく、翅の急所から手を放して、その少し汚れた手をマネージャーさんに差し出した。

 そう。ルイとしてはせっかくここまで来たのだし、彼らにやってもらわないといけないことがあるのだ。 

「交通費、ください」

 その一言に、マネージャーさんは、一瞬ぽかんとしながらも、にやりと笑顔を浮かべた。

「はは。交通費と言わず食事代も出してあげますよ」

 できれば君の住んでいる場所も教えて欲しいところですが、と言われて首を横に振る。

「追いかけられては困りますからね。今どこに住んでいるかは蠢にすら内緒です」

 しぃと唇に人差し指をあてて、秘密ですと答えておく。

 銀香町のそばの人ではあっても、ルイの住所は極秘事項だ。それは友人関係にある人にしか知らせていない。そして、あえてこう言った理由は、蠢へのブラフだ。

 彼が小学生のころ住んでいた町。それがルイが住んでいる今の場所である。引っ越しはしていないし、未だに同じ所に住んでいるのだ。

「銀香町にいけば会えるご当地アイドル、ですか。今はそれでよしとしましょうか」

 はい、では五人正座ね、と彼はこちらに一枚お札をだしながら、HAOTOのメンバーにしれっと指示を出した。

 みんなはそれに素直に従って冷たい床の上で正座をし始めたのだった。

 ふむ。同じ五千円なのに、あいなさんにもらったものよりも遥かに汚く感じるのは、こちらの気のせいなのだろうなと思いながらも、ルイはくぴりと残っていたペットボトルのお茶を飲み干した。

さんざんここしばらく言っていた「問題の箇所」です。いってるわりには拍子抜けじゃないですかって言ってもらえるくらいに仕上がってるとありがたいです。

元々はもっと描写が生々しく、だめだなぁこれということで、かなりソフトに書き直しました。激昂してれば、つぶれてしまえよ、というのも言うかもだけど、ほてっていてもローテンションですからねぇ。


ちなみに次回は反省会です。ターニングポイントになると書いた理由でもありますが、ルイがマネージャーさんを毛嫌いするようになるところですね。優しい外見にまどわされてはいけないのです。大人は怖いのです。

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