ep_14_4.律さんとデート?大作戦4
この店のオーナーは高校編で登場しているのです。
「いらっしゃいませにゃー!」
お店に入ると、おかえりなさいませ、ではない声がかけられた。
あまり、こういうお店には詳しくないのだけど、どうやらメイド喫茶というものとは少し違うようだ。
「おー、こーさん久しぶりだにゃ! にゃーの事覚えているかにゃ?」
「にゃーさん。さすがにそのキャラ付けは忘れようがないよ」
覚えているよ、とこーさんが言うと、にゃーと、その若い娘さんは表情を緩めた。
なんというか、可愛いコである。
自分もこれくらい素直に表情を出せたらいいのに、とは思うけど、残念ながらそう上手くはいかないものだった。
「そして、そっちは、カヲルくんにゃ。さいきょーのパイセンにゃー」
「ちょ、パイセンはどうなんですか? 俺、つぐっちの同級生だし」
パイセンじゃないですってば、と弟くんがいうと、その子は、じゃあお師匠かにゃ? とにこにこしながら言った。
いったい、なんの師匠なんだろうか? と思いながら店を進んで行く。
お店の雰囲気は可愛らしい感じの仕上げにはなっているけど、特別ファンシー過ぎたりもない、落ち着ける喫茶店という感じのお店だ。
そしてその中の一つの席に通されると、おしぼりがサーブされた。
「おねーさんがたは、初めてのご来店かにゃ? メンバーズカードを作らせてもらってもいいかにゃ?」
そして、こーさまと、カヲルさまもカード出してもらっていいかにゃ? と「にゃー」という名札を付けた子が言った。
こーさんは元々くるのをわかっていたのか、すでにカードを出す準備ができていて、弟くんはえっ、カードか……とお財布をごそごそやっていた。
「カードにはお二人のお名前をそれぞれ書いて欲しいにゃ。名前は源氏名みたいな感じで、なんでもいいにゃよ」
本名から解放されて、名という一番短い呪から全力疾走にゃ、とにゃーさんは言った。
ふむ。確かに名前については私も思うことはある。
小さい頃は結構苦労させられたものだ。
「律ちゃんはどうするのかしら? 自分が呼ばれたい名前をかいちゃえばいいと思うけど」
いづもさんはペンを手に取りながら、名前を書き込んでいた。
じゃん、と見せてくれた名前は、ココアという名前だった。漢字で書くなら後ろに、愛だろうか。
こういう場所じゃないと、この年のおばちゃんが名乗るには勇気がいる名前です! と言っていた。
こーさんに、え、似合いますよ、ココアさんと言われて、きゃーきゃーいっていた。可愛らしい人である。
そして、その脇では、そんな姿を思い切り撮影している弟くんがいた。
「はい、お客さん、カメラは控えてくださいね」
そんなシャッター音が気になったのか、お店のお姉さんが注意をしてきた。
ほら、撮影禁止をお願いしているので、と張り紙を見せられて、弟くんはまじか……と硬直していた。
よっぽど撮影できないのが、堪えているのだろう。
「うっ、無礼講じゃないのか……」
「って、さゆり……?」
弟くんががっくりしているわきで、いづもさんはその顔を見てぴくりと反応していた。
お店のお姉さんの名前なのだろうか。ああ、名札にはさゆりって名前が確かにつけられている。
いづもさんはこのお店は初めてって話なのに、知り合いがいるとはどういう人なのだろう。
「あら、いづもじゃないの。こんなところで会うなんて驚きね」
「自分が働いているところを、こんなところ、なんていうもんじゃないわ」
素敵なお店じゃない、といづもさんがふわりと笑うと、さゆりさんは、えっ!? と驚いた表情を浮べた。こいつなにいってんの、って感じだ。
「あたしだっていつまでも、捕らわれてはいないわよ。自分のことだって写真に撮ってもらえるようにもなったし、この後は虹さんを独り占めなんだから!」
「あ、独り占めはダメです。ダブルデートなので」
ぴしゃりと、弟くんがそう言うと、ええぇ、といづもさんから不満げな声が上がる。
なんというか、普通の気安い会話というやつがされているようだった。
「驚いたわね。まさかあんたがこんな穏やかな顔を浮べる日がくるだなんて」
「へぇ、さゆりさんは、いづもさんと知り合いだったんですね。その両方と知り合えてるなんて、僕はなんて幸せなんだろうか」
こーさんは、二人を接待するかのように自然に、王子様っぽい口調で喜びをあらわにしている。
なんというか、ここまで自然にそういう言葉がでるとなると、どこででもそういう話をしてるんじゃないかとすら思えてくるものだ。まあ、だから弟くんはこーさんを選んだのだろうけど。
「あいかわらず、こーさんはお上手なんだから。でも、どういう心境の変化なのよ。あんた、トランスジェンダー的な店に興味ないと思ってたんだけど」
「こっちにも環境の変化ってのはあったのよ。どこかの変人にいろいろ感化されたというか」
ちらりといづもさんの視線が弟くんの方を向きつつの、さらにそれは宙をさまようようだった。
弟くんも影響を与えたけど、別の人もいます、という感じだろうか。
「お二人とも、ちょっと疎遠になってたって感じですよね。喧嘩するほど仲がいいのに、疎遠だったんですか?」
「そうよ。カヲルくん、でいいのかしら。このおばかがお菓子にのめり込んでいって、あまり一緒に行動しなくなってそのままって感じ。ちらっとお店を開いたって記事を見たときに、へぇとは思ったけど、わざわざ出向かなくてもって思っちゃうくらいには、疎遠だったわね」
「それみたなら、開店祝いをもってはせ参じてくれてもよかったのに」
ほんと、あんたは昔から情が薄いわ、といづもさんは苦笑を浮べる。
「……綺麗になってたから、悔しかったのよ」
ぽそっとさゆりさんがつぶやいていた。
なぜか、それに弟くんがぱぁっと表情を明るくしている。一体どういう関係でそういう表情がでるんだろうか。
「うちの店の紹介記事ね。あれは……まぁカメラマンがとても上手く撮ってくれたからね。本当に表情を緩めるのが上手い子でねぇ」
にまにまと、いづもさんが褒めると弟くんの表情が緩んでいく。
もしかしたら、その撮影をしたというのは弟くんなんだろうか?
でも、それなら直接この子に撮ってもらったって言えばいいようなものだけど。
「うちだって、ここですばらしい結婚式開いてカメラマンに入ってもらったことあるわ」
ふふんとさゆりさんも胸を張って対抗しているようだった。
「普段、あんまり対抗意識もやさないさゆり姉が、ここまで言い合いするのは珍しいにゃ。お客さん、昔っから仲良しなのにゃ?」
なんだなんだと、言い合いを見にきたにゃーさんが、会話に混ざってくる。
確かに、店長と軽口の応酬をしているとなると、気になるものなのかもしれない。
「昔は……そうね。LGBTのTは、どっちだ! っていうので議論はしたわね。トランスセクシャルなのか、トランスジェンダーなのかって」
「あなたは、トランスセクシャルのためのTだって、譲らなかったわよね。でも残念でしたー! 今はTっていったらトランスジェンダーで、自由な生き方の象徴みたいなもの扱いよ!」
「あー、最近確かに、トランスジェンダーは、性同一性障害とは違いますみたいな記事みますよねぇ」
出してもらったお冷やを両手でつかみながら、弟くんはしんそこどうでもよさそうに、ぽへーっとしながら言った。
あんがい、当事者じゃない身からすると、どうでもいい話なのかもしれない。
私としては、トランスジェンダーとトランスセクシャルは別物という認識を持っている。
というか、自分がトランスジェンダーといわれるのは、ちょっとなんか違うと思うし、かといって女性なのかといわれたら、結婚式での無様な感じを思い浮かべるとちょっとどうなのかなぁという思いだ。
じゃあ、トランス女性と言われたいのか、といわれるとそれもまたちょっと、困る部分なのである。
ただ、LGBTのTは、トランスジェンダーでいいのではないの? というか、そういうものだと教わったような覚えがあるし、いづもさんの意見の方が少数派なのではないかと思う。
もっと長い呪文のほうに、Tがもう一個入るのだけど、そっちがトランスセクシャルだったのではないだろうか。
「LGBと並べるのは、セクシャリティで、マイノリティな人なんだから、トランスセクシャルが入るべきでしょう? その意見は、今も……基本的には変わらないわよ」
「お? 前みたいな威勢がないわね」
「でも、LGBTでまとまっているのって、結局のところ、今の圧倒的絶望的状況の改善を訴える団体になるためだったわけでしょう? でも、戸籍変えてお店も上手くいってる今は、絶望的でもなんでもないわ。彼氏できなくて困るってのはあるけど」
「……あの、いづもさんって、トランス女性の方だったんですか?」
「あれ? 律ちゃん気づいてなかったの? あらー、それは嬉しいわ」
いやぁ、誰に気づかれないって、これが一番幸せといづもさんは、笑顔満面である。
そして、それにカメラを向けていた、弟くんは、指がっ、指がぁっ! とぷるぷるしながらシャッターを押さないように頑張っているようだった。
「ふふ。いづも、あんたも幸せになったってことか。それはめでたいわ。でも、本当にそうよね。手術できて、性同一性障害って病名に守られれば、ある程度納得する人は多いものね」
「でしょう? それよりはトランスジェンダーの方がまだ、趣味とかどうとか言われるじゃない。それだったらその単語は自己アピールしたいマン譲るべきじゃないの」
正直、あたしは自己アピールしなくても女性だと思われてる自信はあるし、もめたときは手術してますって言えば大抵落ち着くと楽観しているわといづもさんは言った。
「横に並ぶにはっていうのは、いいの?」
「いいんじゃない? そもそもLGBとTは、同列に並べるには異なりすぎるもの。L×T、G×T、B×T、それぞれとのハイブリットも一杯いるじゃないの」
好きな相手と、自分の性別は別個のものだっていうのは、アピールすべきといづもさんは言った。
もともと異なるものが一緒にやっていたのなら、それがジェンダーになってもかまわないだろうとでも言いたいのかもしれない。
「で、さゆりは、やっぱり圧倒的絶望的状況改善のために、こういうお店やってるわけ?」
「そこまでは、考えてないわよ。ただ、楽しく生きなきゃそんでしょ? って感じ」
「あー、わかるわぁ。あたしも主治医の一人に若いときの苦労は買ってでもしろって言われたときに、かちんと来たわ。そんなん男の価値観でしょうが! みたいなね」
やっぱり、女の子は若い間にしっかり楽しんでいた方がいいわよね、といづもさんがいうと、それはわかるー! とさゆりさんはいづもさんの手を取っていた。
なんというか、仲良しさんである。
そして、弟くんはまた、ぷるぷる震えていた。
「それで、カヲルくんは、LGBTのTってどっちだと思う?」
ちゃんと答えられたらちょっとの撮影は見逃すわよ、とさゆりさんは弟くんに話を振った。
常連らしいこーさんではなく、あまりここに慣れていない相手に聞こうということなのだろう。
「トマトのパスタ、あとティー、紅茶もお願いします」
そこで弟くんはさらっとそんなことを言った。
にゃーさんは爆笑しながら、注文お受けしましたにゃーとオーダーをキッチンに伝えにいった。う、私も乗っかればよかった。ちょっとお腹はすいてきているのだ。
「で、冗談は抜きとして、どうなの?」
さぁお答えをと、さゆりさんはずずいと前のめりで尋ねた。さぁ答えろといわんばかりだ。
そんな相手に仕方ないですね、と弟くんは肩をすくめた。
「真面目なことを言うなら、LGBが趣味で自己実現を目的としてると思われない立ち回りをするならどっちでもいいかなって感じですかね」
性指向は趣味じゃない訳ですし、とつまらなさそうに言うと、二人はその通りですわーと同時に声をあげたのだった。
一周回ってこの議論です。
最近狭義のトランスジェンダーさんの露出がおおいなぁとねー。
おいしく召し上がってください。
次話はカップリング交換してカラオケいくよー!
律さん話もラストです。