ep_14_2.律さんとデート?大作戦2
前後編で終わりませんでした。
「いやぁ、こんな美しい方とご一緒できるだなんて、僕は本当に幸せだなぁ」
天気も良いし、普段とは違う景色に見えてくるね、とこーさんは眼鏡の奥に柔らかい表情を浮かべた。
こうやって横に並んでみると少しだけ高い視線を見上げるような感じになる。
私は、幸いにも身長がそこまで高いわけではない。
もちろん身長が高いトランス女性がダメとは言わないけれども、埋没のしやすさで言えば身長の要素は無視できないものだと思う。
それぞれの要素が足し算引き算されて、人の性別は認識される。お年寄りよりだったらジェンダー記号の意味合いが強いから、髪の長い人というだけで女性だと思う人もいるのだそうだ。
最近の若者だったらあり得ない思い込みである。
特に最近のアイドルや漫画のキャラなどは中性的なタイプが多くいるので、若者ほど性別の見分けは上手なように思う。
有名なアニメ映画の最初の敵が女性に見えるという話を聞いたとき、おいおいまじかと耳を疑った。でも、実際そのあと検索をかけるとどっちかわからんといってる人がいて、ウェストのラインの描きかたかなぁなんて思ってしまったわけだ。
女性に見える見せ方については一家言ある身だ。その部分にはそれなりな研究はしているし、どうして人にそう見られるのかについても要素は抽出している。
そこさえ制御しきれば、そう、男性アイドルグループにいる蠢くんみたいに、テレビに映ってでさえ性別をごまかせるわけだ。
「緊張していますか?」
「は、はい、ちょっとこういろいろと情報過多というか、こーさんがその、不思議な方なので」
さて。実を言えば私は周りから着飾らないのか、ということをよく言われてきた。
女性になりたいのは、そういう格好がしたいからじゃないか、というのはしょっちゅう言われたことで、別に自分は女装子じゃないんでというと、首をかしげられるようなことが多くあった。
そんな中で、着飾った方が先輩は輝けると思いますけど、本人の気分次第ですからね、と思い切りその話を放り投げて付き合ってくれたのが、牡丹だった。
あの子は性別の概念がちょっと壊れているところがある。
もちろん、本人はいわゆるマジョリティ的な結婚をしたのだけど。
それでも許容範囲が広いというか、奥の方まで突っ込んでこない優しさみたいなものがあった。
あとは逆方向にぶっ壊れていたのがルイさんだろう。
あっちはそっとしておかない、絶対着飾らせて撮るという執念みたいなものが凄かった。着飾ることに対してはちょっと思うところはあるけど、いいものを作りたい、見たいというのは芸術家肌の人間同士わかる部分もあるのだった。
「情報過多、どうしてそんなことを?」
「こーさんのその、キャラクターがいまいちつかめないというか」
見た目と行動のギャップが激しいなと思って、というと、あー確かにそうですよねぇと、彼は言った。
どうやら、自覚はあるらしい。
「言葉よりも、行動、見た目の方が人への印象は強くなる。普段はオタオタしくしゃべったりもするんだけど、木戸くんに是非とも王子さまっぽく! って言われたから口調だけ変えてるんだよ」
それに、美しいレディ達の前で僕の心はビルの屋上に昇ったような心地だからね、とこーさんは笑顔で言った。
意外に、こうやってちゃんと見るとメガネをかけてるだけで、顔の造形はきれいなような気がする。
メガネの度数の問題なのか、かなり歪んで見えるけれど、はずして素顔を見てみたいなぁというような気もする。
ううむ。とはいって、自分の外見については文句は言わせないのに、人の外見に口を出すというのは、失礼な話なのだろうとも思うし、ちょっとそれは切り出せない。
そういえば、牡丹の弟の素顔も見たことないけどあちらは果たして見る機会はくるだろうか。嫁に来いと言われるのが日常茶飯事というのが、どういうことなのかわかるかもしれない。
「基本は、どっちも僕なんだけどね。ああでも、プライベートの方が僕としては優先かなぁ。気楽に町に出てウィンドウショッピングしたりとか。仕事の方も楽しいっちゃ楽しいけど、やっぱりオフの時間の方が気は休まるかな」
「えと、何をされてる方なのかお伺いしても?」
「んー、どうだろ? ネタばらししてもいいの?」
今日の企画担当さん、と後ろの木戸くんに声をかけると、もうちょっとお話してからの方がいいんじゃないですか? と返事が帰ってきた。
仕事の話をすると、イメージが変わってしまうようなことをやっているんだろうか。
はっ、まさか人に言えないようなことなのだろうか。
「そんなに構えなくても、怪しい人じゃないからそこは保証します」
でも先入観なしで付き合ってみてください、と木戸くんから言われてちょっとドキドキしてしまった。謎を持つ人とか言われると、興味がわいてしまうのは仕方がないようなことだと思う。
「えー、秘密にしなくてもいいじゃないのよー。こーさんはどっちの顔も素敵なんだから」
うぅーと、いづもさん? が声をあげてるけれども、どうやらそちらは木戸くんが押さえてくれているらしい。
なんか、こーさんにすっごく好意を持ってるような感じな人だ。
むしろ、それを押し退けて自分と付き合ってもらっているのは申し訳ないような気分になる。
「それじゃ、逆にレディの話を聞かせてもらおうかな」
今日はかなりおしゃれをしてきてくれたみたいだけど、普段はひどいもんだって木戸くんから聞いてるけど、と言われて、ちょっと顔が熱くなった。まったく、牡丹の弟はなんてことを暴露してくれてるんだろうか。
「えと、その、絵を描いているんで、服がどうしても汚れやすいというか」
着やすい服を選ぶ傾向がしみついてるんです、と私はいいわけがましく答えた。
うう。別にいいわけをする必要なんてなくて、ただ事実をありのままにのべればいいだけなのに、なかなかどうしてうまくいかない。
「絵を描いてるんですね? どのようなものを描くんですか?」
その、自分は芸術そんなに詳しくはないのですが、とこーさんは恥ずかしそうに言った。
まあ、こーさんの趣味からいうと、ジャパニメーションの方に興味がいくのだろうけど、そこは今まで出会ってきたものの違いなので特別、知ってなくてもいいことなんだろうと思っている。
さらには、私はまだまだ未熟な身で、代表作みたいなものといわれると、悩ましいものがある。
「いちおう、今まで描いた絵はスマホに入ってますけど」
ああ、でも歩きスマホになっちゃいますね、というと、じゃあそこの木陰でちょっと休みながら見ようかと、こーさんが提案してきた。
この街にもそれなりに座れるスペースというものはあるので、ベンチに腰をかけることはできる。
ちらりと後ろを見ると、それじゃ我らも休憩にしましょうか、とちょこんといづもさんが別のベンチに腰をかけた。
そして、弟くんはというと、その脇に座るでもなく立ったままだ。
「では、レディ、こちらへどうぞ」
「えっ、ちょ」
こーさんがすすめてくれたのは、ベンチの上にハンカチを敷いた場所だった。
小説とか漫画だとこういうのはあるんだろうけど、まさかリアルでやる人がいるだなんて、ちょっと驚きである。
あまりに驚きすぎて、カシャリと何かの音がなっていたのが耳に入らなかった。
なんというか、こういうのってなかなかないことで、もはや平成の時代の奥の方に取り残されてしまった風習なのではないだろうか。
そもそも、男性がハンカチを持ってるというだけで好感度はアップだ。
そろりそろりと、心配しながら腰を下ろすと、うまく座れたようだった。
おしりの着地場所をどうしようかとか、スカートの扱いをどうしようかとか、ちょっとあわあわしてしまったくらいだ。
ちなみに、まだカシャカシャ音が鳴ってるけど、やっぱりそっちにまでは気が回せない。
「こういうのは、お嫌いですか?」
「いや、その、ちょっと優しくされ過ぎで驚くというか」
「そうでしょうね。今ではこういう光景は見ませんからね」
過剰なレディーファーストは時代と共に消え去っていったのでした、とこーさんは苦笑を浮かべた。
自分も、やったことはないと肩をすくめるレベルである。
「でも、ちょっとドキドキはしますね。こういうのもありだなぁって」
「逆に新鮮、みたいな感じですか?」
「そうですね。まあ木戸くんの仕込みなんですけど、まぁ、悪くはないのかな」
むしろ、こういう作法をどうやって知るのか疑問だ、とこーさんはちらりと、Wデートのもう一組の方を見ていた。
いづもさんはぬんっと、ベンチに座り木戸くんがハンカチを敷いている様子はまったくない。
「あー、いいのいいの。こういうのは誰にやってもらうか、ってのが大切なんだから。木戸くんにやってもらっても、女性ものの服はクリーニング必須のものが多いから、汚しちゃいけませんとか、そういった理由でやるのよ、あの子は」
それでいて、自分では家で洗える服ばっかりつかうのよ、といづもさんはあきれたような声を漏らした。
「そうはいっても、実際、いづもさんのだって家で洗えるでしょ? クリーニングしないといけない服なんて、そうそう着るわけないじゃないですか。お仕事として頼むとクリーニング代がかかるんです。コロッケなんこ分だと思ってますか」
「うちの店のケーキ3個分くらいかしらね。夏物と冬物で値段はかわるけど」
そういや、この子、貧乏性だったわといづもさんが残念な子を見るような顔を浮かべた。
あっちはデートの雰囲気なんてからっきしないらしい。
「それに、仕事ではちゃんとクリーニング必要な服は着るし、うちの従業員の服もクリーニングしてるわよ」
家で洗うなんてとてもできません、というと、ケーキ屋ですもんねと補足が入った。
なるほど。いづもさんはパティシエールさんなのか。
「それで。ここならスマホも見れるよね? どういう絵を描いてるのか見せてもらってもいいかな?」
さぁさぁと、こーさんは前のめりでわくわくしたような様子だった。
ここまで興味を持たれるとちょっと、怖くなってしまう。
「最近描いたのが、これで、その前がー」
牡丹の結婚式のあとから、あまり筆が進んでいないので、それまでの分を表示する。
もちろん生で見てもらった方がいいのだけど、さすがに持ち歩けるものでもないので、写真で我慢してもらおうかと思う。
おっと、なにか視線を感じたけど、なんだろうか。
「ああ、これはルイちゃんモデルなのかな?」
「へ? こーさんもご存じなんですか? あのカメラっ娘」
過去作品を見せていると、天使のような微笑みを浮かべた少女の絵に反応して
すごく優しい顔を浮かべていた。それこそ恋焦がれるかのような表情とでも言えばいいのだろうか。
「友人がぞっこんでね。いつもこの子面白いって追っかけ回してるんだよ。それで僕もかなり興味があってね。付き合いはそれなりにあるかな」
うん。最近はちょっと会えてないけど、たまには遊びにいきたいよね、とちらりと後ろを見たのだけど、そのしぐさになんの意味があるのかはよくわからなかった。
「こういう感じの絵ならなるほどたしかに、上野のほうがっていうのはわかる気はするなぁ。公園に美術館が集まってるし」
「こーさんは上野にいくこともあるんですか?」
「そこは、ほら、聖地の神社もあるからねぇ。駅から結構離れてるけどね」
美術館は、まだそこまで経験はないんだけどね、と下町の情緒の方にこーさんは惹かれているようだった。祭りなどもあるし、そちらのほうが好きなのだろうか。
「でも、新しい場所って言うのもいいものでね。新しい刺激を受けたいっていうこともあるだろう?」
とあるカメラっ娘なら同じ町でも新しいところを発見するのだろうけどね、とこーさんは苦笑を浮かべていた。
新しいものを発見する、そのためには別の町に行ってしまうのがやっぱり一般人にはいいんじゃないかなと思うとこーさんは言った。
刺激を受ける、というのは確かに絵だけのものではなく、至るところにその元はあるということなのだろう。うつ向かずに歩いていれば見えるものはいくらでもある。
「なので、今日はせいぜいこの町を案内させてもらえると嬉しいな」
どうだろう? とこーさんに真摯な瞳を向けられてしまうと、もう、はいとしか答えようがなかった。
いやぁ、なんかもーさらっと書くつもりだったんだけど、律さん結構闇ふかいじゃーんって感じです。
結婚式からその刺激で病んじゃってますからそうなんですけどもね。
きらびやかなところにあてられるといいますか。
そして、こーさんったら、上野の価値は柳林神社だけじゃないんだからねっ!
しかし、話術が巧みな人ってうらやましーですよねー。