684.新宮夫婦からのご招待3
書かねばならぬとはいえ……ごぶ。
「真飛さんは今日はお休みですか?」
四人がけのテーブルに腰掛けて、麦茶を飲みながら向かいに座っている義兄に声をかける。
食事の準備はもうちょっとかかります、ということで姉はキッチンに立っている状態だ。
「二連休だね。二人が来るって言うから、朝から部屋の掃除してた感じ」
「おお、兄さんが家庭的だ」
えらいえらいと、真矢ちゃんは楽しそうだ。
彼女も引っ越しをしてからお呼ばれなどもされてないようで、今回が初めてなのだということだった。
「今日は姉さんがキッチンですけど、普段は真飛さんもご飯つくったりするんですか?」
「まあ、家事はおたがい折半なところあるからね。でも、牡丹の方がちょっと多めかな」
仕事の兼ね合いで、そうしましょうってことになって、と真飛さんは言った。
確かに、姉はまだ大学院生だし、今年卒業するまではある意味で専業主婦みたいなものだ。
アルバイトはしてるみたいだけど、正社員でフルタイム働いている真飛さんの方が収入的な部分では高比率なのかもしれない。
「兄さんが料理かぁ……ちょっと意外」
「これでも一人暮らししてた時間もあったし、自炊してたんだよ」
親元にいたらやってなかったかもだけど、と真飛さんは苦笑を浮べた。
たしか彼はうちの姉と同じで、大学に入るに当たって一人暮らしを始めていたという話だ。
そうなれば数年は自炊生活ということになる。
「その点、馨さんは親元にいても家事全般すごいですよね」
「そこは親の教育方針というか。自然とできるようになった感じかな」
親元にいても条件が違えば、いろいろ変わるのですというと、そういうものですかと真矢ちゃんに驚かれてしまった。
「そういう真矢は家ではどうなんだ? 料理作ったりはしないのか?」
「んー、ときどきかな。あんちゃんがお腹空いたって時に、簡単なものをつくったりとか」
焼きそばとか、焼きめしとか、焼きたまごとか、焼き魚とか、と真矢ちゃんがおどけて言うので、みんな焼き料理じゃん! と突っ込むと、料理の基本は焼きだと思うのです、と彼女は胸を張った。
「でも、焼き魚ってちょっと大変じゃない? 後片付けも面倒だし」
グリルの後片付けが面倒くさい、というと、真矢ちゃんはうーんと首を傾げた。
「グリルじゃなくて、切り身をフライパンで焼くって感じなので……」
「なるほど。それならそこまで大変じゃないかな。でも、じじじって焼けていって、脂が下に落ちるのとか見るの結構楽しいよ?」
干物とかもグリル使って焼くと、ぱりふわって感じでおいしいし、というと、魚もいいなぁと真飛さんが言い始めた。
「残念ながら、今日はお肉ですよ。はい、真飛さん食器類のセットお願い」
よいしょとカセットコンロと食器をもって現れた姉は、先ほどの会話を聞いていたらしい。
今日はお肉ですというのは、まぁ、一緒に買い物に行ったのでよくわかっている。
「はいはい。二人は割り箸でいいかな?」
「頻繁に遊びに来るなら、そこらへんも考えるべきなんでしょうが……」
はたして、どの程度の頻度になるのやら、と木戸が言うと、牡丹姉さんが言った。
「真飛さんと不倫とかしなきゃ、遊びに来てくれて構わないけど」
「……牡丹さん? どうしてそこで不倫の話に?」
カセットコンロにボンベをつっこみながら、真飛さんは苦笑気味に尋ねた。
「だって、うちの弟ってば魔性なんだもの。弟に旦那を寝取られるとか、なんていう悪夢よ……」
「「そんなことないって」」
おっと。さすがにあれな言いぐさだったので、あきれたようにそう答えたのだけど、真飛さんの声とかぶってしまった。
「もう、二人して声がシンクロするとか、そういうところよ? 仲良しすぎて不安になる」
「今のは仲良しとか関係なく、誰でも反射的にあんな声を上げると思うよ」
「うん。今のは牡丹の発言がちょっとあれだっただけだと思う」
二人からそう言われた姉さんは、ちらりと視線を真矢ちゃんに向けた。
さぁ、味方になっておくんなさいという感じだ。
「私は中立の立場を貫きたいと思います」
どっちもありそうと彼女は言うと、取り皿を配膳してくれた。
寝取られな可能性も十分にあるということだろうか。
「兄さんのことは信じているし、それにほら馨さんったら写真のことしか考えられないポンコツじゃないですか。色恋沙汰ってならないような気もするんですよね」
わざわざ兄さんとそういう仲になる必要性はないかなぁなんて、と真矢ちゃんは的確な分析を披露してくれた。
確かにそう言われればその通りである。
「う。そう言われるとすごくその通りって気分にはなるけど……うう、複雑な気分だわ」
「はいはい、その話題はそろそろ終わりにして、ご飯にしようよ。あんまり火が入るとお肉固くなるよ」
ほらほら、と夕食を早くよこせと催促をすると、はぁ、とため息をつきつつ姉は、鉄鍋を持ってきた。
すでに中には一部具材が入っていて、くつくつと煮えているようだった。
「お肉の追加はいっぱいあるから、たっぷり食べて行ってね」
卵いる? と姉は、生卵をすいと前に出した。
すでに下準備はできていて、野菜たちもほどよく煮えている状態だ。
お店とかだと、鍋で肉を焼いてスタートみたいなイメージだけど、すぐに食べられるようにセッティングを済ませてくれていたらしい。
生卵を受け取って取り皿に割ると、少し赤みがかった卵が登場した。
ちょっと奮発して高い卵用意しておきましたという感じかもしれない。
「では、いただきます」
きちんと手を合わせてから、鍋をつつかせてもらう。
まず手を出すのはネギと白滝だ。
少しくたくたになった長ネギを卵につけていただく。
ほんのりとしたネギの香りと、卵で少しまろやかになった割り下の味が広が……ん?
「おいしいです! すき焼き久しぶりだし、嬉しい」
「だろう? 牡丹の料理は最高なんだよ」
うちの嫁さんは最高だ! と、先ほどの件があったからかやたらと褒める真飛さんが居た。
うん。確かにおいしく仕上がってると思う。
塩と砂糖を間違えるなんてこともしてなさそうだし、割り下も変なものが入ってるわけでもない。
でも、どうしても気になってしまうのだ。
「えと、真飛さん。最近味付けが濃くなったなって思ったりしてません?」
「どうしたのよ急に。なんだか姑さんみたいなことを言い出して」
「別に責めてるわけじゃなくてね。十分おいしいし、俺もわりとこの味付けは好きなんだけど……姉さんって薄味派だったじゃん? お雑煮とかも出汁とかの風味がいい! とかいうような感じだし」
いつもお正月はそんな感じじゃんというと、真飛さんはたしかに外食でもあんまりガツンと来るのは食べてなかったかも、と感想を漏らす。お付き合い時代のお話のようだ。
「言われてみると、たしかにここ一ヶ月くらい、味付けが濃くなったような気がするかな」
でも、それって晩酌用に濃いめにしてくれてるのかなって思ってたんだけど、と真飛さんは言った。
「旦那様の好みに合わせるっていうのは、ありかもしれないけど、姉さんは味見をしながら作ってるよね」
ここらへんは、母さんからきちんと結婚するにあたって仕込まれているはずのことだ。
料理の基本の基本。味付けは自分でちゃんと確認しましょうっていうのは、やっているはずなのである。
「それは、まあそうなんだけど……」
「それで、姉さんは味が濃くなってる感じは、してるの?」
「気づいてませんでした……」
調味料のへりがちょっと早いかも、とは思ってたけど、と牡丹姉さんは助けを求めるように視線をいろいろに向ける。
真矢ちゃんに特に視線を向けてるようだけど、向けられた本人は、きょとんとしてるばかりだ。
「味覚がおかしいってことは、なにか体でおかしいことでもあるんじゃないの? 病院は行った?」
いや、今気づいたってことは、いってないか、と心配そうな視線を向ける。
結婚早々病だなんて、姉さんはかわいそうだ。
「わぁー、ちょ、馨!? 人を勝手に病人にしないでよ」
「でも、味覚障害って、立派な病気じゃん? なにか他の兆候のサインなのでは?」
栄養が足りてないとか、というと、ちがいますー、と姉さんははっきりと否定した。
どういう状態なのだろうか。
「牡丹? なにか心当たりがあるような感じだけど、俺にも言えないようなこと?」
「やっ、真飛さんには……その。あああ、もう、わかりましたよー」
もうちょっとあとで落ち着いてから報告しようと思っていたんだけど、と姉はテーブルから離れて収納のスペースにある引き出しから一冊の冊子を取り出した。
そして、それを真飛さんにみせながら、こういった。
「まだ不安定な時期だからもうちょっとしたらと思ってたんだけど」
変に不安にさせるよりはいいからと、姉は、母子手帳を見せてきたのだった。
そして、新宮家の二人は、えっ、と驚いたような顔をしながら少し固まり。
「なるほど。病気じゃないなら、心配しなくていいね」
木戸は、ちょっと固くなりかけてるお肉を拾って、おいしく味わったのだった。濃い味付けがまたお肉にほどよくあっているのが素晴らしい。
新宮さんちの晩ご飯! というわけで、すき焼きになりました。
しかしながら、味覚が変わる話っていうと某ウイルスの話とか、亜鉛不足とかを疑いたいところですね。
それ以外にも、味覚の変化がおこるかも! ということで採用いたしました。
最後の木戸さんのそっけなさっぷりは、病気じゃないならまあいいやという感じです。お肉うまぁ。
作者的には、胃が痛い場面ですが、これは必要なルートなのです。
次話はご飯が終わって夜って感じになります。
すき焼きのお肉はおいしかったとだけ、伝えておきましょう。