683.新宮夫婦からのご招待2
「わぁ、ずいぶんとこう……生活味がでたねぇ」
おじゃましますぅと、男声で小さめな玄関を抜けて、姉夫婦の家を見て思う。
引っ越しの時はモノがあまり無かったので広々としていたけれど、今では生活必需品と、それ以外でわりといっぱいという感じになっていた。
ちらかっている……かは、うん。片付けたんだよね。わかります。
「あんたは、なんかモデルルームみたいな部屋で住みそうよね」
「どうだろ。ああいう部屋に住めるのは、家は寝る場所くらいに考えてる人じゃないの?」
俺は外に出てるから、そういう傾向はあるかもしれないけど……あ。
「一人暮らししたら、そうかもしれない」
でも、自炊もするけど……うむー、というと、姉に可哀想なモノをみるような顔をされながら、頭をぽふぽふされた。
あの。それをなぜ、かわいそかわいそするのかわからないのですが。
「確かにモデルルームは素敵だと思うし、オシャレに生活してる人達はいいと思うけど、それって人間くささが家に残ってないんじゃないのかな?」
「なにを姉さん言い始めてるの。俺は別に人が住んでるって感じして好きだけど」
家になじんだというか、というと、そうなんだ? と返された。
さて、そういうことなら、こちらも確認をしておかなければならない。
「あっ、この家、撮影制限とかあるの? ここから先は、先祖代々のーとかー」
「なにいってんのよ、うちは無事故物件だし、そこらへんは別に。ただ、あんまり二人でだらしない顔してたら、その……こっそりください。他には回さないで」
「……我が姉ながら、ほんと、これの幼いときが両親のいろいろなあれそれで、残ってないとは、可哀想!」
「可哀想って! つーか、あんたの幼い時の写真の方がレアなんだからね!」
「それはほら、一部の好事家に喜ばれるだけなので」
別に、そんなになくてもいいじゃない? というと、あー、うんと牡丹姉さんは少し不憫そうに言った。
「そうじゃなくて。七五三あんた、写真ないでしょ」
「ん?」
はて? 姉さまは何を言っているのだろうか。
いや。確かに見せてもらったことは一度も無いし、父親のあの、写真嫌いからくると……
写真を大切にしない、以前に撮ってないっていう可能性もあるのだけど。
「ショックはあるかもだけど、あたしだって、三歳のしか撮ってないからね? 母さんがわーわーいって、なんとか撮らせたってさ」
でも、そのあと父さんは、すさまじく不機嫌になって……というか、撮影が嫌すぎて吐いたそうだ。
「吐いたって、そんなに?」
「あんたも聞いてるんでしょ? じいちゃんの影響で、不遇なというか親の愛を受けられなかった弊害は、世代を超えるっていう」
「あー、それでカメラ嫌いで撮影はもう、全然だしね」
そういう意味では、俺のカメラ持つのを認めてくれたのは、どういうことなんだろう? と首を傾げていると。
「母さんから、ちゃんと躾ければ大丈夫じゃない? って話があったみたいよ。まあ、躾けても、こうなったわけだけど」
「もう、姉様! なにをいうんですか! あたしはちゃんとした写真家ですし、それに家族だってないがしろにしたつもりはないですよ?」
やりすぎると、おじさまに変な視線向けられかねないけど、というと、おじさんはなぁー、と、姉さんはおうふと、思い切り思い悩むように、天を仰いだ。
普段家に頻繁にくるなんてことはないけど、お正月なんかのイベントごとの時に家に来ると、ちょっと甥に向けるものじゃないような視線を向けてくることがある。
いくら静香母さんを好きだったからって、木戸に好意以上のものを向けてくるのはどうかと思う。
「あ、馨くんっ、お久しぶり!」
そんな姉が撃沈してるところで、旦那様である真飛さんが姿を表した。
なんというか、すっきりとしたカジュアルな服装は、体をすらっとみせていて、無意識にカメラを向けていた。
「ちょっ、かお……」
「ああ、今のは撮影だめでした? というか姉さま。この家での撮影はどの程度まで許してくださいますか?」
押し入れの中は撮りませんから! というと、んー、うー、と、姉さんは悩み出した。
姉様呼びにしていたのが良かったんだろうか。
さっき撮影の許可はもらったけど、改めて撮っていくとこれはダメというのは出てきてしまう。確認は大切なのだ。
「うちの、真飛さんを色仕掛けしないっていうなら、いくらでも撮っていいですー! 撮られたのは、旦那の心です、とか言われたらたまんないし」
ねぇ? と、姉さんは、少し冷たい声色で真飛さんに言った。
「ちょっ。おまっ、まだ、ルイさんとカップルイベントいったの根に持ってるのかよっ!」
「あのときは、楽しい写真を撮らせていただきました」
煽るでもなくルイ声でそういうと、姉は、ぷるぷると、体をふるわせた! おっぱいは震えなかった!
「い、いいもんっ。今回の極上肉は、真矢ちゃんと一緒にたべるもんっ! ルイと、あなたはしらたきでも食べてればいいじゃない!」
まったくもう、と姉様は、ぷりぷりと怒り始めた。
んー、アイドル系のイベントに一緒にいって盛り上がっていたら、それでもぷりぷりしそうなのだけど、そこら辺はどうなのだろう。
怖くて聞けない。
しかも、真飛さん、崎ちゃんのファンだし。
「しらたきは、とてもおいしいので、じっくり出汁を利かせてくれると、うれしいです」
ぐっじょぶ! と親指をさしだしていうと、そのときピンポーンと音が鳴った。
インターフォンについてるカメラを見てすぐに、真飛さんが扉を開けた。
「いらっしゃい。あー、やっぱり真守兄は欠席かぁ」
「リア充きらきらで怖いって言ってたから、さすがに無理かな」
いらっしゃいました、と真矢ちゃんは挨拶をしつつ、新居をきょろきょろと見た。
やっぱり、どうなっているのかとか、気になるのだろう。
「そして、馨さんと、牡丹さんも、こんにちは! お久しぶりです」
「お久しぶりー。そしていらっしゃい」
「こんにちはー。おお、真矢ちゃんもしかしてお化粧するようになった?」
お? と、開口一番そういうと、やっぱり馨さんに一番にばれるかぁ、と彼女は言った。
もちろん、今までもすっぴんという訳では無かったんだけど、今日は結構気合いが入ったアイメイクをしているのだった。
全体的に、大人っぽさがぐっと上がったという感じなのである。
「さすがに二十歳になりましたしね。就職活動の事を考えるとお化粧ももう少ししっかりしないとなって感じで」
「就職活動……そういわれると、二年あたりから動くこともあるんだよね」
行動が早いのは、兄がしっかりしてるからでしょうか? とちらりと真飛さんに視線を向けると、いやぁとなぜか照れられてしまった。
「真守あんちゃんと、真飛兄さんの両方を見て、あんちゃんみたいな才能は自分にはないなって思っただけで。そうなら平凡な生活スタイルで頑張るしかないなぁって」
「なんか、若干、俺がディスられてる気がするけど……ま、真守兄に才能があるのは確かだしな」
家からでないで仕事ができるってことは、よっぽどだと真飛さんは言った。
「入社二年で美人でおっぱいの大きい奥さんと結婚できる人も、平凡ではないとは思いますが」
「ちょっ、何をいいだすのよ。いいじゃない。真飛さんは真面目でしっかりお仕事してるんだから」
「ふふっ、テレ顔いただきました」
カシャリとシャッターを押すと、新婚の姉のテレ顔がばっちりと写った。
うんうん。初々しい感じがたまりません。
「それに馨くん? 同期でも結婚するやつは結構いるよ? だいたい大学のころから付き合っていた、とかそんな感じだけど」
「そういうものですか? 世の中では三十過ぎても結婚しない人達もいっぱいいるのに」
「そこは……ほら、俺達の場合はおたがいこう……一緒にいたいなぁっていう」
「むー! 真飛さん!? それは玄関でする話じゃないと思います」
ぴしっと、牡丹姉が手を上げて、真飛さんの発言を遮った。
たしかにのろけ話をするのに、玄関はあまり良いところではないかもしれない。
「ほらほら、みなさんもリビングの方に行きましょう。あ、二人とも洗面所で手を洗ってからね」
「はーい、あ、でも」
これ、お土産ですと、真矢ちゃんは小さな箱を取り出した。
もともと、今日のお呼ばれには持って行こうと二人で話をしていたものである。
「わぁ、なに? お土産って」
「シフォレのケーキね。食後のデザートってことで、俺と真矢ちゃんから」
「おー! さすがケーキ屋さんと仲良しなだけあるわね」
これは食後にいただきましょうと、姉さんはケーキの入った箱を冷蔵庫に持って行った。
一応一人一つずつの計算で、四つのショートケーキが中には入っている。
先にいづもさんにお願いをしていたもの……ではあるけど、店頭に売ってるものと同じものだ。
木戸が早めに街に着くというのもあって、持ち帰りは真矢ちゃんに任せていたのだった。
「それじゃ、洗面所借りますかね」
プレゼントが終わって、姉の言葉に従うように真矢ちゃんと一緒に洗面所で手を洗う。
新しい洗面台はちゃんと掃除されてるようで、ぴかぴかのままだった。
「今日は馨さん、女装じゃないんですね」
「さすがに、親戚行事でそっちだといろんなところから怒られるからね」
特に母親から怒られますというと、そうなんですねー、と言われた。
「ちなみに姉はある程度味方はしてくれるけど、やらかしすぎると、あんたはぁ、って顔するかな」
これでも、トラブルは結構乗り越えてきたので、そういうのも含めて、というと、あー! たしかにと彼女は言った。
「いろいろありましたもんね。テレビに出るレベルのトラブルもいっぱい」
「う……あの件はできれば忘れて欲しいです」
覚えておくなら楽しい事にしよう、というと、えー、と真矢ちゃんに声を上げられてしまった。
えっと、芸能人とのスキャンダルは、彼女にとっては楽しい事なのか。
「それよりは、イベント会場とかでのことを覚えておいて欲しいかな。まだまだこれからもエレナさんと写真集作っていくからね」
「おー、それは楽しみです。最近あまり出してないですもんね」
「そうだねぇ。構想とかはあるんだけど、元ネタが減ってきちゃってるってのと、エレナ自身がちょっといろいろ活動してるから」
前ほどガツガツ仕事ができないのです、というと、へぇーと真矢ちゃんはきらきらした目を向けてきた。
「詳しいことは内緒ね? 性別不明のエレナたんのことはなんにもいえん」
「えぇー教えてくれてもいいじゃないですかー。お・ね・え・さ・ま」
「うわぁ、真矢ちゃんからお姉さま呼びされる日が来るとは思わなかったよ」
そして、それを違和感なく受け止める自分がいる、というと、彼女は、馨さんこそ性別不明じゃないですか、とおかしそうに笑った。
「ま、今日はどちらかというと、俺の話じゃなくて、姉さんたちの話を根掘り葉掘り聞こうではないですか」
「そうですねー。ご飯も奮発してくれるって言ってたし」
なにが食べられるのか楽しみー、と真矢ちゃんも新宮家新居へのお呼ばれに大喜びなようだ。
食卓まで行く予定だったのに、手洗いで終わってしまった。
今の世の中、手洗いは大切です。手をあらーおー。
お土産のことをすっかり忘れていた作者ですが、無難なものになりました。いづもさんに敬礼。