682.新宮夫婦からのご招待1
おまちどーさまでございます。
さて。木戸は車窓から流れる景色を見つめていた。
少しばかり都会の雰囲気が並ぶのは、いつもの撮影旅のそれとはまったく逆のそれで。
下町っぽい景色にも、おぉーなんて、おそとおそとモードである。
あのおにーちゃん、なんか変と、近くの幼子に言われてしまった気がしたけど、それは気にしないようにしようと思う。
うん。さすがに、椅子によじ登って外を見ているわけじゃなくて、立って外を見ているわけだし。
さて。今日は珍しく上り方面の電車に乗っている。
いつもの休日なら田舎な町の散策なのだから、結構珍しいことだ。
さらには、今日はカメラは持っているけど馨の姿でのお出かけなのである。
どこにいくかって? それは姉夫婦から、そろそろ新生活にも慣れたので、晩ご飯ごちそうするよ! というようなメールが来ていたからである。
引っ越しは手伝ったけど、その後のことについては、しばらく落ち着くまで連絡を控えていたのだけど、まさか向こうから誘ってくるとは思わなかった。
参加するのは、新宮家からは、真矢ちゃんがくるとのことだ。あんちゃんのほうは、ルイさんと一緒の部屋とかむりぃいいと、断られたらしい。いや、今日は女装はしないで行くって話はしたんだけど。でも、中の人ルイたんだお、とか普通に言われた。
中の人……
そんなわけで、長兄どのは不参加なのだけど。
新宮夫妻のご招待については、四人でぱーっとやりましょうというような話になったのだった。
この前が学園祭だったので、ぱーっとし続けてるような気もするんだけど。
それでも、親戚付き合いは、なるべくやっておいた方が良い! といういづもさんの教えは……さほど関係もなく遊びに行く感じになったのだった。
いや、いづもさんのお話は悲壮感が強くて、聞いててためになることはあるけど、ちょっと時代がなぁと思わせられることもあったりして。
でも、「そう思えるなら、世の中良くなったってことじゃない?」っていっつも、少し羨ましそうに、でも、楽しそうに紅茶を入れてくれる姿には、毎回癒されている。
たぶん、昔の事なんてしらん! って同世代は多くいるだろうけど、エレナも千歳も、その話には割と静かに聞き入っている。
前にエレナに聞いたときは、「十数年で良くなるなら、ボク達が頑張ればもっとすごく暮らしやすくなるってことじゃない?」って特大の笑顔でいわれてしまったのだけど。
ルイとしては、その感覚はちょっとよくわからなかった。
自分は流れを生むよりも、その流れで生まれた姿達を撮りたいだけなのだ。
女装は手段。それで、今うまくできてしまっているから、それ以上の欲というのは女装関連ではあまりいだけない。
もちろん、友人達が窮地に立ったなら味方になるし、手伝いもするけど。
自分事としてそれを受け止められるか、といえば、無理な話だった。
「あと、ちょっとかな」
タブレットに表示される、到着時間をちらっと確認しつつ、それでも外の風景に視線を向ける。
ちょうど、川を渡るところで、大きな川の上を通る時に、電車が大きな音を鳴らしていた。
うん。なかなかこういうロケーションというのはないのではないだろうか。
ドローンを使えばやれるかもしれないけども……そっちはまだ、あまり触れていないし。
自分が入れない場所から撮影できるというのは、ちょっとばかり心をくすぐられることだ。
もちろんそれは、対人との撮影とはまた異なるスキルは必要なのだろうけど。
こういった、人が入れない場所まで撮れたなら、とすこし思ってしまう。
やりすぎて、捕まってしまう鉄道写真大好きな人達もいるようだけれども。
ドローンでも……規制とかはあるのだろうか。
そんなことを考えていると、すぐに目的の駅に到着してしまった。
電車を降りると改札を出て前にも来た商店街を通り抜ける。
大きなビルもあるけどこういうところがあるのはまだまだ下町といっていいのかもしれないけど。それでも都会は都会である。
「さて、始めますか」
カメラをすちゃりと構えつつ、街並みを一枚。うんうん。都会は迷うけど、これはこれで面白い一枚というやつだ。
「ちょっとー! 馨、いきなりあんたなにを始めてるのよ」
「ちょ、姉さん? なんできてるのさ。まだ約束の二時間前だよ?」
さぁ、撮ろうと思ったところで、姉の声が聞えた。
おかしい。約束の時間はまだ二時間も先のことで、その間、わーいって街並みでも撮ろうかと思っていたのだけど。
「母さんが、LINEで教えてくれたの。馨が出発したって。たぶんそうだろうなって思ってたから、せっかくだったら、食材の買い出しの手伝いをしてもらおうかなって思って」
こうして、駅で張っていたわけです、と姉さまは言った。
う。どうして木戸家のみなさまはそこまで行動を読んでくるんだろうか。というか。
「うぅ、姉様……察してるなら、撮らせてくれればいいのに……」
「はい、馨。その格好で、女声はいろんな意味でまずいから、やめてね」
見知らぬ人が見たら……ああ、男装してるって思われるのかなぁ、この場合、と姉様は呆れ気味である。
声というものは、確かに代えがたいものだと言われているし、そうなると一般的には声の高低で、性別というものは認識されるのかもしれない。結構、やろうと思えば女声はでるんだけどね。
「それで? 買い出しっていうのはどこにいくのさ」
「商店街でかなぁ。まあ、スーパーもあるんだけどね」
肉とか魚はそっちのほうが良かったりするの、と姉様は新婚の妻っぽい感じのことを言い始めた。
「姉さん、なんというか本当に結婚したんだね……」
「ちょっ、あんた結婚式来たのに、どうしてそんな感想になるのよ」
「だってさぁ、あれだけ生活力がなかった姉さんが、食材を買う、というようなことができるようになるとは」
「無かったわけじゃないですー。っていうか、馨は知らないだけで一人暮らしでちゃんと自炊してたんだからね」
家にいるときは、そりゃ、母さんに任せきりだったけど……と、牡丹姉さんはほっぺたを膨らませた。かわいいので一枚撮影をしておく。
「でも、お正月とか、俺がつくったお雑煮とかうまいって言ってたじゃん」
「……あんたの主婦力が圧倒的に高いだけだからね? それに毎年おせちとかお雑煮がおいしくなるっていう、謎。ああ、弟がハイスペックすぎて辛い」
「あー、毎年おいしく、っていうのはエレナの影響かもね。あの子、家に専属のシェフがいたりするから、その人にいろいろ教わったりしてるし」
「自宅にシェフか……それならまあ。その成長度合いも納得?」
プロの味と比べられたら、そりゃ無理ってもんです、と姉様は肩をすくめた。大きなおっぱいがちょっと揺れて、大変そうだなぁと思った。
「それで? 商店街行った後は、スーパーにもいくの?」
「野菜は準備してあるから大丈夫よ。今日はあと、お肉の買い出しだけ!」
今日はふんぱつして、ちょっといいお肉を買おうかなと思って、と姉様は言った。
あ、それはちょっと楽しみかもしれない。
基本、貧乏性の木戸は高級なお肉を食べることがあんまりない。エレナの家に行ったときくらいなものだ。あとは、パーティー関連だけど残念ながら、咲宮の家のものには参加したことがない。あそこだったら料理はとても豪華なんじゃないかと思うのだけど、さすがに無理ですと沙紀矢くんにも言われているのだ。
「お肉は嬉しいかもしれない。で、なにつくるの?」
「いろいろ予定してるけど、いまは内緒」
実際、できてからのお楽しみです、と姉様は胸を張った。
「それ、ホットプレートで焼き肉でみんなで、うぇーいパターンですか?」
「ちょっ、なにを言い出しますか、うちの弟は。まぁ、ときどきやるけどね。家だと母さんあんまりホットプレートご飯やらなかったし」
あれはあれで、楽しいし美味しいんだけどねぇーと姉様はいう。
確かに木戸家のごはんは、食卓で作ると言うよりは、キッチンで作ってダイニングで食べますという感じのものが多い。木戸もその傾向があるし、エレナの家もそんな感じだ。
みんなでわいわいやるのだったら、だいたいバーベキューパーティーになってしまう。
「ホットプレートかぁ……こんど、エレナの家にいったとき、お好み焼きでも作ってつつこうかな」
「ちょ、あんた人の家でもご飯作ってるの?」
「持ち回りで、ご飯会だね。月一回くらいで開催中です」
美味しいご飯を食べながら、情報交換をする会、みたいな? というと、なにその人脈と言われてしまった。
確かに、得がたい人脈ではあるのだけども。
沙紀矢くんといい、エレナといい、普通だったらお近づきにはあまりならない相手だったと思う。
「カメラをやってるからってのもあるんじゃないかな? それ繋がりです」
「ほんとにー? 女装繋がりじゃなくて?」
「……それはノーコメントです」
うん。二人とも女装繋がりといえばその通りなのだけど、さすがに咲宮の秘密につっこむようなマネはできない。
「そんなことより、お肉ですよ、お肉」
ホットプレートで焼き肉も良いけど、お鍋ですき焼きとかもありですよ! というと、うちの弟は貧乏性なのに、ご飯大好きだなぁと牡丹姉さんに呆れられてしまった。
でも、美味しいご飯は大切なものだと思います。
「こんにちはー!」
「あら、新宮さんいらっしゃい。いつも来てくれてありがとねー」
さて、精肉店についたわけだけど。挨拶をすると、さらっとお店の人は姉のことを認識してくれたようだった。名前まで覚えられてるとか、すごいと思ってしまうけど、姉のことだからきっと、豊満なおっぱいで相手に覚えられているのだろうと思う。
ちなみに、店員さんはおばちゃんである。
夫婦で営んでいるという感じの精肉店さんだった。
都会の下町というような感じというのは、こういうところなのだろう。
「そちらは初めてさんだね。牡丹ちゃんまさかの浮気?」
「いーえ。こいつは弟ですよ。ちょっと身内でパーティーをやろうかなと思いまして。良いお肉を買おうと思って」
「あら。そうなのね。牡丹ちゃんに似て……はいないわね」
「初めまして。牡丹の弟の馨です。早速ですが、お店の写真、撮らせていただいてもいいですか?」
「はぁ……」
ショーケースにお肉が並んでいるところを見つつ、カメラをもってうずうずしていたので、とりあえずそう言ってみたのだけど、ぽかんとされてしまった。
銀香町なら、いいよいいよー! って言われるんだけど、この町はまだ撮られ慣れていないらしい。
「弟の趣味なんです。カメラ大好きで、いろんなところで撮影をする感じでして」
もしよかったら撮られてやってください、と姉からの助け船がでた。
珍しい。いつもならそんなヘルプは出してくれないのに。
「へぇー、変わってるのね。こんなお店撮ってもどうってことないのに」
「そんなことないですよ。それに写真になるとまた変わって見えるものですから」
日常に新たな風を吹き込む勢いでどうですか? と聞くと、じゃあ、適当に撮ってと言われた。
わーい。
好きに数枚撮らせてもらった。
その間、姉はお肉を選んでいたようだった。結構いいお肉を買っていたので、今晩のご飯は楽しみだった。
姉夫婦ネタにまいります。
そろそろ、仕込みをつくっておかねばならないので、このタイミングかなぁと。ふふふ。