学園祭二日目4
一週お休みいただきました。
お待たせしました。
「ほんと、まじであんた、ルイに似てきていない?」
「はい? そんなことはないと思いますけどね?」
少しげっそりしているサキさんの前で、あたしは先ほど撮った写真の結果を見て、にまにましていた。
約束したとおり、冬子さん達の写真はあとでデータは送る予定だ。連絡先は交換済みである。
昔なら、データディスクにして、とか、アルバムにしてとかだっただろうけど、今はこうやってさらっと渡せるのがありがたい。
もちろん、昔ながらのフィルムも好きだ。
現像ってなると、めんどくせぇって石倉さんとかはいうけど、レトロな感じに染まってそれはそれは好きである。
ルイも多分、わー、こんな感じででるのかーなんて、きゃーきゃーいうのだろう。
……う。想像で出てくるのがルイになってるあたり、あたしもよっぽどかも知れないけど。
しゃーないじゃないですか。カメラを通して付き合ってるのって、ほっとんどルイとしてなんだもの。
しかもそれでいて、同じ学校でわいわいやれてたのって、それこそあいな先輩が来る日くらいなものだってのが、うがーという感じなのだった。
もっとこう。正直な話、ルイが同じクラスメイトの女子だったら、いろいろ話ができて楽しかっただろうな、とは思っている。
「あたしは、学校に通うのをどうにかしなきゃなんてこともないですし、いちおう常識の範囲内のカメラマンだと思ってますけど」
ここで、こうしてるのだって、あたしの実力というより、コネですしねと苦笑を浮べると、ぺしんとおでこをつつかれた。
「つぅ」
「コネだろうがなんだって使う。あたしは撮りたい被写体なんでしょう?」
「それは違いないですけど、できればメイクダウンしてない状態で撮りたいですぅ」
「ふふっ、そこは……石倉さんあたりにお願いしてみればいいんじゃない? 数枚なら、撮らせてあげてもいいわよ」
「ちょっ……」
おまっ、と言いかけて、しぃーと目の前の女優様は唇に人差し指を当てた。
ああ、可愛い。カシャリ。
無意識に撮った。
ほんと、これで眼鏡とかかけてない、いつものあの感じだったら、これ、めちゃくちゃ高く売れるんじゃないだろうか。
「言っとくけど、売っちゃだめよ」
ルイにも言ってあるけど、流出させたら怒ります、と言われて、はーいと素直に答えておいた。
にしても。
石倉さん、次の珠理奈さんの写真集のカメラマンやるのか……まったくおくびにも出してなかったけど。
ちょこっと、えっへんと思ってしまうのは、仕方ないと思う。
「あ、別に、撮らせるだけで、使うとは言ってないわよ。テストだけかもだし」
「わーってますよーう。そこらへんはうちのボスと、実際の出来で決めて下さい」
技術はともかく、表情はいろいろと引き出せそうというと、ふふふーと、意味ありげに笑われてしまった。
むぅ。友達感覚ではなくて、お仕事としてだとまた話は変わるとでも言いたいのだろうか。
「で? あたし達は今、どこに向かっているの?」
「木戸くんの香りを嗅ぎたいとかいうどこかの女性がいるので、彼のたまり場の一つに連れて行こうかと」
「なっ、ちょっ、さくらっ!? 別にあたしそんなにはしたなくは……」
ふふっ、とさっきの意趣返しのつもりでいうと、サキさんは思い切り顔を真っ赤にして、やめれーとぱたぱた手を振っていた。
うんうん。良い感じじゃあないでしょうか。これは撮るよね。ほんとうに情けもなにもなく、撮りますよ。今日は自由にやらかしていいって言われているし。
「なーー、撮るなー! これは撮るなー!」
「あとで、駄目なのだけ消しますね。それにこれくらい、いっつも撮られてるでしょう?」
「……撮られてないし。っていうか、あいつの前ではこんな顔……しないし」
うぅーと、サキさんがちょっと困ったような顔を浮べていた。顔をそっぽ向けていて、本当に可愛い。
確かに、この顔は好きな相手の前ではちょっと見せられないかもなぁ。
「なら、レアということで。将来笑い話になると良いですね」
影ながら応援しています、といいつつ、目的地である建物に入っていく。
大学の建物は高校のそれと違ってかなり巨大だ。
この建物は文学部のものらしいけれど、授業をする教室の他にも上の階の方には研究室がいくつも入っているのだそうだ。
「にしても、すいすい入っていくわね」
「訪問しますという話は先方にしてあるので。なにやら展示をやってるらしいですけどね」
訪問先の相手は展示を学生に任せて、部屋でお昼ご飯だそうです、というと、サキさんはほんとどこに向かってるの? と首を傾げていた。
「もうちょっとすればつくので。木戸くんの個人的な友達というか、あっちのファンクラブの会員でもあって、しのさんファンクラブの会員もやってる方なんですが」
「……それ、かなりの濃厚接触では?」
「保護者みたいな感じです。私もイベント会場だとそれなりに交流のある相手ですし」
部屋はちょっと、趣味のものがいっぱいあるそうなので、覚悟しておいて下さいね、といいつつ教えられた部屋へと到着した。
展示はもう少し離れた広い部屋を使ってやっているらしい。あとでどれだけのものかのぞきに行こうかと思っている。
もちろん、写真撮影にも精力的に励んでいるけれども、もともとあたしはレイヤーさんの写真とかオタクイベントの撮影なども趣味にしている人間だ。そういう方向にも興味はあるし、展示があるなら見てみたい。
「おふ。さくらどのー! おつおつー! 今日はお友達もいっしょかおー」
「うわっ、長谷川さん相変わらずの、オタっぽいしゃべりですねぇ」
こんにちはー! と研究室に入って、その巨体に挨拶をする。
目的地は、特撮研の顧問でもある長谷川先生の研究室というわけで。
「お友達も一緒とか、華やかでいいでござる。おっふ……黒縁眼鏡女性きたー!」
「……ええと、こういう時、どういう顔をすればいいのかしら?」
「にこりと微笑んであげればいいと思います。それと長谷川さん! この子に手を出したらいろんなところが潰されますから、お気をつけて」
どことはいいません、いろんなところ、というと、ひぃと長谷川さんは頬に両手を当てて震え上がった。
「こういうとき、本当の紳士ならそれもご褒美ですぅというところでござるが、僕にそういう趣味ないし」
痛みが快楽になるとか、よくわからない感覚にござると彼は言った。
そこらへんはあたしも同意見である。
「それで、さくらが連れてきたかったのって、本当にここ?」
「そうですよ。木戸くんの良い感じな保護者」
「保護者というか、マブダチなのだぜ。レイヤーさんの写真撮るのも大好きみたいだし、とっても話が合うんだお」
たしかに危なっかしいところはフォローしてるつもりはあるでござるが、と長谷川さんは優しい目つきをし始めた。
先日大学でトラブルが起きたと澪経由で話は聞いていたけど、そこらへんへのフォローということでいいのだろうか。
「レイヤーさんねぇ。コスプレすればあいつ、食いつくかしら」
「コスプレしなくても食いつくと思いますけど。でも、サキさんそういうのあんまり好きじゃなさそうだなって」
「別に嫌ってわけじゃないわよ。衣装着替えるのは好きだしね」
ただ、原作はあんまり詳しくなくて、とサキさんはちらりと視線をそらした。
あー、確かに。この人、どうしても仕事の方に集中しちゃう感じだし。
「知り合いのレイヤーは、本当になりきるのが大切みたいな感じで言ってくるから、二の足を……って、はぁ!? エレナの写真なんでこんなところに」
さっきまでイメージしていたであろう相手が、ばばーんと壁一面に等身大写真としてはられているのを見て、サキさんは大きな声を上げていた。
うん。たしかに長谷川さんはこう言うの好きだろうなとは思ってたけど、まさか等身大のものをばばーんと研究室に貼ってあるとは思わなかった。
「エレナたんの写真引き延ばして等身大にしてるんだお。はあ、まさに男の娘神」
「長谷川さんは男の娘派なんでしたっけ?」
「そうだお。あんなにかわいいコが女の子な訳がない!」
テレビ出演してお風呂入ってたから、女の子だって言ってる人達は、見る目がないと長谷川さんは言った。
まぁ、確かに間違いではないのだけど。サキさんがちょっとぷるぷる震えているのは、当時のことを思い出して居るからだろうか。
「さくら殿には、エレナたんの性別を聞くのはタブーだから、我慢しておくのだぜ!」
「ふふっ。そうしてもらえると助かります」
内緒だからこそ、魅力が増すのですというと、よくわかっていらっしゃると長谷川さんはうんうんと頷いていた。
長谷川さんは、あたしとエレナが仲良しなのを知っている古参のカメコさんである。
「でも、正直そろそろ新しいコスROM出して欲しいお。男の娘キャラブームが若干下火になってしまったとは言え、姫騎士とかむしろ可愛さとかっこよさ両方ともあるようなの希望!」
「あー、そうですよねぇ。男の娘っていったら可愛い系の衣装を着つつ、にじみ出るかっこよさというか」
原点回帰は大切ですよね、とあたしは言うと長谷川さんはうんうんと頷いていた。
サキさんは、どっちでもいいわと肩をすくめながら、ほえーとエレナの引き延ばされている写真を見ている。
ルイの撮った写真だから気になっているのだろう。
森の中のユニコーンと男の娘の邂逅みたいな感じのシーンである。
ユニコーンはCGで加工されてるという話で、知り合いがやってるというのは聞いている。みんなでわいわい作品を作るのは楽しそうだなと思うところはあるので、あたしもやりたいなぁなんて思ったりはしてるんだけども。クロくんあたりを口説いてみてもいいものだろうか。
そんなやりとりをしていたら、不意に部屋で作業をしていた人から声がかけられた。
「先生はわかってないですね。エレナたんの写真集なら、断然水着をやっていただきたい!」
「おっふ。突然なにを言い出してるんでござるか。男の娘に水着回は……難易度大にござるっ」
というか、あんまり露出が激しいと運営に注意されてしまうでござる、と長谷川さんは言った。
確かに、イベント会場だと無理だけど……
「写真集ならできるとは思うけど、そもそも水着キャラっているのかしら?」
「なっ、わかっておりませんぞ! 男の娘といったら、プール回! 女装潜入してプールの事を忘れていて大変な目にあうのが鉄板にござる! 恥ずかしそうに顔をうつむけながら、ぼ……わ、わたくしはその……いえ、月のモノが……とか言い訳をするんでござるよ!」
「きたーー! 定番! でも、僕が言ってるのはそっちじゃなくて、エレナたんの水着姿を見たいっていうだけですよ!」
「ああ、あなたは女の子派な方なんですね……」
ほー、というとその男性の方から、だってそうじゃないですか! と反応が返ってきた。
「二次元では男の娘が水着シーンでわたわたするのはわかります。尊いですよ! 僕も大好物ですよ! あの普段は凜としているお姉さま達が、あわあわするところとか最高だと思います! でも三次は惨事ですからねっ! どこに完璧に水着を着れる男の娘がいるというんです?」
「ふっ、君もまだまだあまいお。エレナたんなら絶対、完全に着こなすに決まってるお。スタイルはばっちりだしあとはあそこの処理とかは……んー、パレオとか巻けばなんとかなる……はず」
あ、水着の種類で見えちゃいそうになっちゃうとか、ぐふっ、なんという戦闘力、と長谷川さんは目の前の机にぺたりと崩れ落ちた。
想像力が人を殺すこともあるのか、とエレナの水着姿を見たことがある身としては、思ってしまう。
「えと……さくら? この人達は何を言っているの? 女性用水着を着るなんて必須技能だと思うのだけど」
「あ……ああ。サキさん。ちょっと貴女は毒されすぎているんじゃないですかね?」
さて、この場合、常識的な意見というのはどちらだろうか?
そんなふうに思って、問いかけてみたのだけど、本人はなぁに? といったような顔である。
可愛いので一枚撮った。
「サキどの? たしかにエレナたんならさらっとやれそうにござるが……必須技能となるとどうなんでござる?」
「いや、さすがにできるわけが……」
「……あー。毒されてるってそういうことかぁ……」
たしかに、普通に女性用水着を着れる男子というのは、そんなにいないものなのかもしれない、とサキさんは頭を抱えていた。
彼女の周り……というか木戸くんの周りにいる女装のコは水着くらいさらっと着こなす人達ばっかりである。
「で、でも翅のヤツだって水着着てたわよ。あのやろう、ドヤァって顔とかしてたわよ」
胸のつめものだって、かなり自然な感じだったんだから、とサキさんは言った。
ちょっとテンパってしまってるんだろうか。
「えっとそれって、HAOTOの翅のこと? たしか女装が隠し芸って言ってたと思うけど」
「彼、エレナたんの弟子でござるよ。美しいでしょー! って以前エレナたんに紹介されたことあるし」
高身長ですらっとしてるから、スリットがついたスカートとかものすごく似合うんでござるよと長谷川さんが高評価を示した。
イベントだとあまり会ったことないけど、長谷川さんはそれなりに交流があるらしい。
「う……私、紹介されてないんですが……」
うぅ。そんな相手がいるなら、紹介して下さいよう、というと、おぉおう、と長谷川さんがちょっと引いた。
少し前のめりになりすぎてしまったらしい。
「私だって女装レイヤーさんの撮影好きなんですよ? さすがにルイのあんにゃろうには勝てないようには思いますけど、それなりに上手く撮れる気ではいますし」
「そうはいっても、さくらたん最近イベント参加率低めだし……」
「うぐっ……たしかにお仕事に集中って感じではありますけれども」
そんな面白そうなことがあるなら、呼んで下さいようというと、んー、でもーと長谷川さんは言いづらそうに言った。
「でも、さすがに芸能人のオフショットは撮影禁止だお。僕達も撮りたかったけど、盗撮写真でさえ流出したら女装活動禁止ってマネージャーに言われてるって話だったお」
「まじか……それで、そんなに話題にならなかったんですね」
「まあ、そうよね。というか、あのマネさんがそれを許してるあたりがちょっと、信じられないわ」
リスクは徹底的に排除する敏腕マネージャーだって聞いていたのだけど、とサキさんは言っていたのだけど、長谷川さん達はその言動にはあまり興味がないようで、あぁ今でもあの麗しい姿が目に焼き付いているでござると、夢見心地だ。
国民的美少女よりも、女装したイケメンの方が大切というこの二人は、なかなかの強者である。
「はぁ……次いつやってくれますかねぇ? エレナたんの参加イベントを張ってれば会えそうですか?」
「んー、そこが難しいんだよねぇ。女装つながりでクロキシとも仲が良いみたいだし……」
「うわぁ、クロくんとも仲良しか……」
「ぐぬぬ。翅のやつ……卑怯なマネを……」
くぅ、とサキさんが悔しそうに呻いているのだけど、これって、ようはそういうことなのだろうか。
外堀から埋める、みたいな? いや、でもこの場合は……
「女装大好きで、意気投合したって感じでしょうかね。クロくんも充分水着着れそうですよね」
そういえば、というと、おぉっ、たしかに、と長谷川さんからは同意の声が漏れた。
いろいろと教わってるような気がするし、正直やれてしまいそうである。
「しかし、サキどの。ここまで男の娘との縁があるとは、すばらしい! 感動ですぞ」
「そこで感動されても……ただ、できそうな人を知っているってだけで」
「いやいや、謙遜めされるな。なかなかお若いのに有名どころをしっかり抑えているだなんて、すごいのだぜ!」
三次元だってすばらしい! と長谷川さんはとても満足そうな顔を浮べていた。
この研究室の学生さんは、まじかー、というような顔をしているのだが。
今のところはこの部屋は、三次元でも水着女装はできる派優勢である。
優勢どころか、やってのけてるのを目の前でさんざん見ている身としては、いまさらな話題のようにも思う。
「エレナたんがすでに2.5次元な存在ですからね。きっと男の娘は現実世界で水着が着れるんだと思いますよ」
というか、そう思っていた方がきっと幸せではないですか? というと、あぁ……とその男子学生はショックを受けたようだった。
そう。考え方の問題である。
いた方が自分に取って楽しそうだったら、そう思っていた方が幸せなのだ。
「……あたしにとっては、着れない方が幸せなのだけど」
はぁとサキさんが盛大にため息をついていたのだけど。
ほれほれ、笑顔笑顔ー、しあわせーはっぴー! と言いながらカメラを向けると、むぅと不満げな表情を彼女は浮べてくれた。
サキちゃんがいろいろと危うい発言をしているけれど、周りは気づかないという感じで無事に長谷川せんせーパート終了です。
翅さんの女装水着姿は、プライベートで撮影したのを見せびらかされたって感じみたいです。
冷静になれば「どこでそんなレアなもの見たんだよ」ってつっこまれそうなのですけど、さくらさんが結果的に上手くフォローできた感じで。
さて。次話はやっと特撮研に行きますよ。
五話目で終了の予定です。