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073.

 白と黒、そして灰色。

 グレースケールで統一された部屋に、あるのはベッドと机。クローゼットは六年前の一件からこのサイズに落ち着いた。服の種類はこのサイズでも十分に入りきるほどに多くはないし、仕事で使うものは先方がそろえてくれる。実家には未だに袖を通したことのない服があまたあるのだろうが、そんなことは知ったことではない。

 家を出たのは13の頃。中学に上がるところで、世界の現実をたたきつけられて、家出同然に町をさまよっているところで、蠢が属しているHAOTOの今のマネージャーさんに拾ってもらった。当時は別の仕事をしていたらしいけれど詳しくは知らない。

 彼は親切に話をしてくれて、こちらの言い分を聞いてくれた。

 行くあてがないなら、事務所の寮があるからそこにいったん来なよとも言われた。

 今にして思えば、裏ではいろいろとやりとりがあったのだろう。

 というかやりとりしてないと、誘拐になってしまう。蠢の両親はべた甘だったし、書き置きをしてきたとはいえ、町の中にパトカーがあふれるというようなことにならなかったのは、彼の機転だろう。 

 ちなみに初めて生理がきたのもそれくらいからだ。最初は下血するということに恐怖を覚えた。周りの女子はすでに済ませているのが多かったけれど、もちろんそっちに相談することもできず、そこらへんもマネージャーさんは男なのになぜか詳しく世話をしてくれた。

 それこそ新しい生活を祝福するかのように、だ。

「かおちゃん……か。どこまでも過去は自分を放さないんだな」

 けれど、先日偶然会ってしまった相手のことを思い浮かべて、小学校の卒業アルバムをぱたりと閉じる。

 ここに彼女の姿は映っていない。というのも。引っ越しの兼ね合いで蠢が一年も最後の頃にこちらに引っ越してきたからだ。ようやくなじんだ友達と離れて新しく友情を築くのは大変だったのだが、それは別の話だ。好きな物がかぶるだとか、何かきっかけがあれば子供は楽しくやれるものである。

 その前の学校の、一年だけ一緒にいた、彼女。

 なんというか、記憶には残っていた。きどかおる。

 正直、クラスメイトになって、すっごい可愛い子がいて、最初見たときは目を奪われた。

 男子の中でも、かわいいよなあいつ、なんて言われてたくらいだ。

 ただ、一部で、あいつ男だという噂も流れていた。クラスの半分くらいが、そんなの嘘だとか、でもあいつズボンだしなんてことを言っていた。髪も短いから男だって言っていた。そう言われるとかおるがスカート姿で登校したところは見ていない。着飾ればそれこそクラスのアイドルの座は取り放題だっただろうに。

 蠢だってその言葉には納得だ。あんな可憐な子が、男なのか? 

「じゃあ、おそとにつれてこいよ。おとこなら外であそぶもんだぜ」

 もしかしたら彼は、馨と一緒に外で遊びたかっただけなのかもしれない。けれどその意見はあるいみ正しいのかなとも思っていた。外で男子と一緒に遊んでいる自分は男子と同じだ。

 外で遊んでる女子はいるにはいる。いるけれど、男女の比率で見れば、どちらかといえば、図書館にいったり教室にいたりという子の方が多いのだ。

 かおるが誘いに乗ってくれば男子。そう思って誘った。

「やだ。お昼は中にいるの」

 いちおうは、クラスの中でかっこいいとか、王子とかいわれてた自分だ。そこそこの人気もあってだからさそってみろよといってきた友人の言葉もわかるし、自覚もしている。

 でも、そんな自分のさそいを、ぷぃと顔を背けて彼女は退けたのだった。

 なんだろうか、この敗北感は。

 いや、女子だからしかたないと思ったりもする。

「それから毎日、声をかけてたんだよな……さすがにそれで覚えられてたか」

 当時の自分は、かなり最初に断られたことにこだわっていた。

 かおるの疑念が、それだけで済まなかったこともある。女みたいだけど実は男だっていう話も聞いた。

 確かに彼女は男っぽい服を着せられていて、女の子らしくない状態が常だった。

 自分とは真逆だ。蠢は常に親にかわいい服を着ろと押しつけられてきた。

 そんなもんはきれるかとスカートを投げ捨て、ハレギだといわれたものすら、嫌だと拒絶した。

 さすがに、いまなら丁重に説明をしてことわるけれど、小学校に入りたての子供が、それでどこかおかしいことはあるだろうか。

 おかしいことだった。

 だって「女の子はそれなりな服を着るものだった」からだ。蠢が好んで着ていたものは異端だった。

 だからこそ、わけがわからなかった。

 「きどかおる」は確かに、女の子だった。可愛かった。眠たげな顔をしながら前髪をはじいていたりだとか、まじめに授業を受けてわからないところで、むむむって考え込むところとか、いつも一緒にいる男子とはどこか違う雰囲気があって、まったくもって男子には見えなかった。

 そんな相手が、普段着ているのは、自分があれだけ散々、ダメだと言われ続けた男物の服だ。

 それを着てさえ、彼女は、可愛かった。

 外見も、その動作も。

 なら、自分はどうなのだろう。男物の服を着ても結局は男だと思われないのではないか。

 そんな寒さが背筋を這い寄る。

 それから数年して、外見と服の効果を教えてもらったのは、今のマネージャーさんだ。

 最初に、ぎゅっと手を握られて熱く語られたことはわかる。

 君は男として、希有な才能を持っている。だから自分を否定せずにグループに参加して欲しいと。

 その言葉を信じて進んだ先が今だ。

 活動以外はある程度好きにして良いと言われていたので、何度か自分に似たような人達があつまるという会場に行ってみたこともある。

 そこでも、自分の望む性で生きることは大切といっていたし、なおさら今の生活が間違いではないと後押しをしてもらった感じだった。

 性は生だ。

 人の生が性だ。勝手に決めつけられて、押し込められる気はない。

 今のセイがすべてだ。蠢はそう思っているし、これからもそれは変わらない。

 ようやく踏破した今の自分を否定するつもりはもともとないし、誰にも否定はされたいとは思わない。

 そこで、彼女の姿だ。

 小学校一年のあとのとき。永遠自分の言葉を断り続けたあの子は、なんだったんだろうか。

 男子の服。それとちぐはぐな乙女な対応。

 もし自分と同じならもっと仲良くなりたいとも思っていた矢先、引っ越しが決まった。

 なにもできないまま、別れてしまい、偶然再会することはできた。

 再会した先では、もうかつての疑惑など全く関係ないほどに、これでもかというほどの美少女だった。

 珠理ちゃんと一緒にいたようだけれど、個人的には彼女よりもかおるのほうが可愛いと思う。

 それこそ唇をふさぐために、指ではなく唇を使ってもいいとすら、思ってしまうほどの育ちっぷりだ。

「幼なじみをどうこうするのは嫌なんだが」

 机の上に置かれている薄型のパソコンに表示されているのは、マネージャーさんからの指示書だった。

 これは他のメンバーにも行っているらしい。

 すでに、気にすんな。頑張れ、しょうがないだろっていうようなメッセージがきている。

 確かに蠢が所属するグループHAOTOは、なかなか芽が出ないといわれている男性グループの中でもそこそこの知名度はいただいている。リーダーの(こう)は最年長で、普段はおっとりしているけれど頼りになる先輩だ。次に年が上なのが少しお腹が弱めな(ほう)。そして好奇心旺盛な(しょう)と、年下で弟みたいに可愛い(てん)

 名前に虫の名前が入っているのは、踏みつぶされても這い上がろうぜと言うような、最初からネガティブ満開のネーミングなのだが、そんな潔さが蠢はとても気に入ったのだ。

 もちろんそんなメンバーは蠢の性別のことも知っている。

 知った上で一緒にやろうと声をかけてくれたのだ。一緒に行こうと。

 そんな相手とこれからも活動を一緒にするためなのだこれは。

「でも、あのかおちゃんがそんなことをするだろうか……」

 あの子は、他の女子とは違う。ほとんど確信をもってそう言える。

 あの日、自分の誘いを断ったあの子は、いわゆる一般的な女子高生ではないと思う。

 けれどもマネージャーさんに今回の件を話したら、こんなものがきてしまったのだった。

 彼曰く、女子高生の口に戸は立てられない。

 それはおそらく真理なのだろう。蠢の知り合いにも口が軽いやつらが多くいるし、噂はばばっと広がってしまうことが多いのは事実だ。

「いや。やると決めたんだ」

 たとえ相手が誰であろうとも、蠢の秘密は徹底的に守らなければならない。

 その方法がたとえどんなことであろうとも。

 今を守るためならば、迷うことはない。こう生きると決めてから、もう過去は捨てたのだ。

 けれど。

 シリアス導入回ですが、まーばれたら社会的に抹殺くらいそうってんなら、必死に嘘もつくし隠したりもいたしますよね。

 過去なんて、ばっさりと切り捨ててしまうものです。

 だからこそ、過去も今も未来も、ふにゃーっと楽しめる女装娘が主人公なのですが……そこはいづれ「なかがき」にて書こうかと思っています。だって後書きでも二万字かけるけど、本文以上の量が後書きとか……狙いでやらないなら、ちょっとないっす。


 あー、それとR15の話ですが、元々の原案だと普通に18禁だったので、いまがんばって修正してます! でもあの台詞は譲れないの。そして芸能系に対してはほんともう、ヘンケンなのであります。

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