学園祭二日目3
さぁ混ぜた結果がこれでございます。
冬子さんと呼ばれていた女性に、半ば引っ張られるように会のテントの奥の方に入ったあたしたちは、椅子をすすめられて座ることになった。
完全に囲い込みというか、お話ししましょう! という圧力がすごい。
「ええと、冬子さんとお呼びしても?」
「ええ。かまいませんわ。ええと、お二人はどのように呼べば?」
冬子さんは手慣れた手つきで紅茶を淹れてくれると、そっと差し出してくれた。
場所が場所なので、紙コップなのだけど、なんというかハイソサエティなオーラが感じられる。
「ありがとう。私のことはサキと呼んでくれれば」
「まぁ。沙紀矢さんと似たお名前なんですね?」
「ちなみに、あたしはさくらと呼んでいただければ」
「サキとサクラとは、相性が良さそうなお名前ですね」
素敵ですと冬子さんは楽しそうにしていた。
うん。これは一枚いただこう。
カシャリとシャッターを切る音が鳴る。
「さくらさんはカメラをやる方なのですね」
「はい。ああ、先ほど一枚撮ってしまいましたがよかったです?」
変なことには使いませんから、というと、かまいませんよ、と優雅に彼女は笑った。
「それこそ海斗さんと一緒のところを撮って欲しいくらいです」
「おわっ、急に腕をとらんでくれ」
ぐいっと男性の腕を引きつつ隣にたたせる冬子さんを見ながら、シャッターを切る。
海斗さんはかなり困ったような顔を浮べているのだが、冬子さんはにっこりである。
「知り合いにも一人、カメラ大好きな女性がいますの。ルイさんっていうのだけど、ご存じですか?」
「あぁ……あいつなぁー」
「ここでもその名前がでるのか……」
サキさんが思いっきり不機嫌そうに視線をそらした。
なんで通ってる大学で、そっちの名前がでるんだとでも思っているのだろう。
確かに、カメラ好きってカテゴリで木戸くんの名前よりそっちがでるっていうのは、うわぁんとでもなるだろう。
「あら。お知り合いですの?」
「知り合いというか……カメラ友達です。高校時代は一緒にいろいろ撮影したり、技術を教わる先輩も一緒ですしね」
今は、時々一緒に遊ぶくらいですが、というと、そうなんですの!? と冬子さんの顔はぱぁっと明るくなった。
でも、この人とルイとの接点が実はよくわからない。
「冬子さんはどんな縁があるんです?」
「あの方とは、これ、ほめたろうさん仲間なんです」
ストラップを嬉しそうにこちらに見せながら彼女は言った。
あー、ほめさんかぁ。なるほど、あいつのコミュ力ならいくらでもテンション上げるだろうなぁ。
「家にあるでっぷりぬいぐるみですね」
「ぐぬぬ……部屋にぬいぐるみを置いてるとか……あいつったらどんだけ」
「ええと? 女性の部屋にぬいぐるみの一つや二つあってもいいと思いますけど」
なんでそんなに不愉快な感じになっていますの? と冬子さんは首を傾げた。
というか、サキさんって木戸くんの家に行ったことはないのだろうか。
職場とかには結構行ってたような気はするけど。
「そう言われたらそうですね。サキさんの家には無いんですか? ぬいぐるみ」
プレゼントとか結構されてそうだけど、というと、むぅーとご不快そうな表情いただきました。
カシャリとシャッターを押す。
「うちには……あんまり。実家の方にはいくつかあるけど……」
「ルイからもらったりはないの?」
「なっ……そんなことはー」
ふふふっ、と笑いながらシャッターを切ると、んー? と冬子さんは首を傾げた。
「もしかしてサキさんって、ルイさんの事好きなんですの?」
「ばっ、ちょ……別にあんなの好きなわけ……」
ダイレクトな冬子さんの問いかけに、サキさんは思い切りわたわたし始めた。
うんうん。変装しているのが残念だけど、こういうレアショットはいただかないわけにはいかない。
「あんたもほんと、ルイに似てきて困るわ……確かに今日は自由に撮って良いって言ってあるけど」
「まー、うちらはこんなもんですよ。撮らなきゃもったいないですしね」
「それが今の師匠の教えってわけね。ほんと石倉さんももうちょっと指導をして欲しいものだわ」
「ガンガン行こうぜが我らの矜持ですから」
そうじゃないと、天才には追いつけないものなのです、と素直に言うと、あんたも大概よねとサキさんに言われてしまった。
そう言われても、目標にしてしまったのだから、もう仕方がないのだ。
「さくらさんはカメラマンの方なんですの?」
「いちおうまだ見習いですけどね。そしていま付き合ってる相手は、男色家でございますよ」
「なんとっ! さくらさんの方がずばりでしたか……」
きゃーと冬子さんに思いっきり手を握られた。
すべすべなお手々をしていらっしゃいますね。
いちおう、この場所にきてしまったので、カミングアウトしてしまったけれども、かなりの反響である。
「石倉さん、確かに男優さんとか撮る時、目がきらっきらしてるものね」
「ですよねぇ。いちおうお付き合いしてるていにはなってますけど、まったくもってお触りなどもありません」
っていうか、良い胸筋! とか彼女の前で言うなってのというと、あんたもほとほと難儀よねと、サキさんに言われた。
慰められてるのだろうか。
「いいんですよ。我らは別の絆で結ばれてるのですから。天才に一泡吹かせてやろう同盟です」
「それで付き合うってのがすごいわよね」
「だって、別に肌を合わせるだけが恋愛じゃないじゃないですか。そんなところを気にしてたら、つながる縁もぶっちぎれちゃいますって」
「……あの。そういうのに悩んでるからLGBTとみんなの会にいるんだが……」
びしっと言ってやると、受付をしていた男性がすっごく言いづらそうにそんなことを言った。
好きな人と一緒にいたいし、一人は嫌ですと彼は続ける。
「さくらも、なんかこう、ちょっとあいつっぽいわよね」
「うわぁ、それはちょっと心外です。あんなのと一緒にされては困りますって」
恋愛感情自体はありますし、まだマシですというと、あー、うー、とサキさんはしょんぼりしながらうめき声を上げた。
「そ、そういえば海斗さんは恋愛感情のあたりは、どうなんですの?」
好きになる相手は男性だと伺いましたけど、好きな殿方などはいらっしゃらないのでしょうか? と冬子さんが聞いた。
この際だから聞いてしまおう、という感じだろうか。今までは話題にも出せなかったのかも知れない。
「俺? まあ気になってるやつはいるけど……付き合うとかそんな話はない、かな」
「なんとっ! それは気になりますわ」
「ちょ、あんまり引っ張るなって。それにその……いろんな意味で気になってるっていうか、恋愛感情かどうかもわからんというか」
「はい? それはどういうことですの?」
ん? と冬子さんが首を傾げていた。
恋愛感情ではない部分でも気になる相手ということだろうか。
「ほら、冬子は会ったことあるだろ。しのさん」
「ぶっ」
「そこでその名前がでますか……」
うわーとドン引きしていると、サキさんがこめかみのあたりをぴくぴくさせていた。
おまえもかっ、とか言いたそうだなぁこれ。
「ああ、前に婚約者のふりをしていた、女狐ですわね。あれ、殿方でしたっけ?」
「女狐かぁ。たしかにうちの彼氏をたぶらかしたりするし、あながち間違ってないかも」
「おや、さくらさんも被害者ですの?」
おやまぁという冬子さんに、まー今は距離を取ってもらってるので大丈夫と答えておく。
そうはいっても、春先に慰安旅行に連れて行ったりとか、甲斐甲斐しく世話をしていたりもするのだが。
「被害者って物騒な。俺だって恋愛対象としてっていうより、なんつーかな。見てて飽きないというか、そういう意味では目を引くよなって」
「トラブルメーカーだからねぇ、次何するのかっていうのはちょっと気になるってのはわかるかも」
「昨日は舞台の方で大活躍だったみたいだしな。さすがに今日は女装してないだろうけど」
しのさんファンクラブのメンバーはがっかりしてるだろうけどな、と海斗さんが言った。
ファンクラブか……本人はすごく嫌がりそうだなぁ。
「そういえばわたくし、しのさんの男装の姿、みたことないですわ」
「あー、そっちは別に見なくてもいいんじゃないですかね? もさーっとしてるだけですから」
「ほんと、あんなにもさーっとしてるのに女装すると美女ってすごいよね」
そういえば、サキさんの眼鏡、木戸くんのに似てますねと、海斗さんは言った。
そうなんです。それは素顔を隠すための黒縁眼鏡なのです。
「あのもさっぷりをマネしてみようということで、付けてみました」
「これで、どこに出しても恥ずかしくない女子大生のできあがりです」
すちゃっと眼鏡のフレームをくいっと指をあてて押し上げると、地味目女子大生っぽさが発揮される。
「へぇ。君も眼鏡を変えると美少女になるとか?」
「そこはご想像にお任せします」
はずしませんよ、とサキさんは眼鏡を死守する方向で行くらしい。
たしかに、ここで外しては付けてきた意味がないし、当然なんだけど。
「木戸くん曰く、美しいは作れるそうです。海斗さんも可愛い格好してみるといいのでは?」
「ちょっ、さくら……あんたまで悪影響を……」
ちょっといたずら心が芽生えてしまったのでそう言ったら、サキさんからダメ出しをされた。
お前も感染源になるのかーというような勢いである。
「あー、あの二人がプロデュースする女装の子はクオリティ高いからなぁ。きっとなんとかするんだろうけど……」
俺は別にそういうのはいいかな、と海斗さんは言った。
「できそうってのは否定しないのね……」
「しのさんへの信頼かな。あと志鶴先輩とかもちょーやばいし。あの人最近女装するのやめちゃったけど」
でも、それはそれですらっとしてて男装の麗人みたいな感じでいいんだよなぁと海斗さんが言った。
ああ、前に木戸くんが話してた、大学に女装の人がいたっていう件かな。
これだけ多くの人数が集まる場所なのだから、そういう人がいる可能性も結構あるということか。
木戸くんが、女装の人ほいほいなのは今更な話だけど。
「この会ってLGBTとみんなの会ですけど、あんまりTの人は居ない感じなんですかね?」
「しのさんに入会しないか打診はしたんだけど、無理って言われてね……まだ前の同性愛の集いみたいなイメージの方が強いから、トランスの子入ってこないんだよね」
説明とか頑張ったんだけどなぁ、と展示を見上げながら、男性会員の方はため息を漏らした。
「入会するってことは、ほとんどカミングアウトするようなものですしね。そういう意味ではみんなというのが入ったのはすごいアイデアだと思います」
「そこもしのさんの発案なんだよね。あの子、こういうのにものすごく詳しくて、じゃーこうしましょうって割とぐいぐいと差配してしまって」
「うわー」
なんか目に浮かぶようだわーとサキさんが顔を覆っていた。木戸くんはこういうことに関しては割とぐいぐい行く人なのである。
千歳ちゃんの事も、割と力技で今の感じに仕上げていたし。
というか、被写体のためなら苦労はしないよっていうところがあいつにはあるのである。
「ま、どこででもなにかを起こす人ということで」
「べっ、べつに自分が特別扱いされてないからって、しょんぼりしてるわけじゃないし」
「はいはい、かわいそかわいそです」
頭をなでなでしてあげると、周りの視線がこちらに向いた。
まさかのL枠ですかと言わんばかりである。
「女子同士ならこういうスキンシップはよくやりますよ」
別に、お友達でも絡むモノです、というとですよねー、とちょっと落胆したような声が上がった。
ちらりとサキさんが、馨が作った会なら入っても……とか一人でぶつぶつ言っているのだけど。
残念ながら、貴女がここに所属をしたらとても面倒くさいことになると思うのです。
「きっと、ここの存在を知ってなにかしらアクションをしてくる人はいますよきっと」
ほら、他にお客さんも来たみたいですし、というとLGBTとみんなの会の表情はいくらか明るくなった。
よしきた。撮影日和である。
さくらさんも割と、あれな感じになってきたなという感じがします。本人にいったら、一緒にするなーって怒られるでしょうけれども。
というわけで、みんなの会編はとりあえずこれで終わりです。学校巡りやりつつ、って感じになります。