681.ウェディングの撮影依頼1
「申し訳ありませんが、豆木に撮影させることはできません」
「はい?」
佐伯写真館の客間で、伊織さんを前に、この店のオーナーである佐伯さんは申し訳なさそうにそう言った。
もちろん、あんまり突然の事だったので、ルイもなにいってんですかというような感じで声を漏らしていた。
お仕事である。ウェディングである。
しかも、姉が妹にサプライズプレゼントとしてやる撮影なのだ。
それを、このもじゃオーナーは一体なにを言い始めているんだろう。
「ええと、その……理由をお聞きしても?」
伊織さんはあっけにとられながらも、説明を求めていた。
今回のプレゼントは妹の挙式には一番のものだ。最初は遠慮がちにしていたけれども、切り出してきてからは、楽しみで仕方が無いという感じだったのだ。
ダメといわれて、引き下がるなんてことはできない。
「それは私も聞きたいです。他の結婚式は何回かやってますよね? 未熟だから許さないってことはさすがにないと思うのですが」
それに、費用だって特別値引きしたりもないし、正規の価格設定ですよ、というと、うーんと佐伯さんは困ったような顔をした。
「ルイちゃん。前に、君目当てでくる依頼は断るって言っておいたよね。今回の件はそれに該当しないのかい?」
「あ……」
佐伯さんの困ったなという顔を見るに、今回の件はそれに当てはまってるよね? と言葉にしたいのはよくわかる。
ルイが佐伯写真館で働く時の条件というのがいくつかある。
身分証明として使える代わりに非常勤であること。
これは、ゼフィロスだけじゃなくて、他で働くことに対しても、ありがたい後ろだてだ。
個人より団体の信頼度の方が優先されるのは、この世の常だ! 政治においても政党の考えが優先なんだー! なんて騒いでいる人も見かけたこともある。
これによって、ルイの素性についてあまり聞かれることなく仕事ができたことは、純粋にありがたい。
いまゼフィロスで仕事ができているのも、結局はこの措置があったからだ。
上層部には性別バレしてるけど、一番最初に実績無しでゼフィロスと対応していたら、性別を理由に徹底的に拒絶されていたことだろうと思う。
そういう意味では、会社の傘というのはとてもありがたかったことだし、今だって、かなり佐伯さんに守ってもらってる部分はあるとルイは思っている。
「あの……どういうことで?」
伊織さんはわけがわからないと、すがるようにルイに視線を向けてくる。どうしてなの? と悲しそうな顔だ。
「お恥ずかしい話なのですが。私は、割といろいろとトラブルを起こしていまして、割と人気があったりするんです」
いろんな意味で、というと、確かにそうですねと伊織さんにも納得されてしまった。
彼女はレイヤーさんなわけだし、そちら方面でのルイの人気もよく理解しているらしい。
でも、実を言えばレイヤーさんじゃない方向からの依頼というのが時々あるのだ。
「名声だけで、つまり美人なルイさんを目的に、撮影依頼が殺到する、と?」
「そういうことです」
我ながら、どうして私などにと思ったりもするのですけどね、と肩をすくめて見せても、あー、と伊織さんはたしかになぁと思い切り頷いていた。
髪の毛をかしかしかきながら、気持ちはわかるような気がするー! と呻いているのである。
「えと、今の説明でおわかりになるんですか?」
他の人だとさらに値段アップとか、食い下がってくるのだけどと、佐伯さんはオロオロしはじめた。
規則は規則。でも、それでもどうしてもと言う人達はいるものだ。
「これでもルイさんのファンですしね。考えてもみれば、撮影関係無しにルイさんとお近づきになりたい人、なんてのもいるでしょうし」
私達からすれば、写真撮ってくれる可愛い子ですけど、写真関係無しに可愛い子っていうのは世間の認識でしょうし、と伊織さんが言う。
うう。
「まさにそこなんですよね。豆木への依頼の一部には芸能関係者から被写体としてきて欲しいとかいうのまであって。うち、写真館で芸能事務所じゃないんですがね、なんて思うことが多々あるわけですよ」
この子が個人的な繋がりで、広告塔になったりするのならかまわないのですが、うちを通してとなると守ってやりたくなるものでね、と佐伯さんは言った。
なんか、ちょっと疲れた顔をしているけど、もしかして結構な数の依頼がきていたのでしょうか。ありがとうございます、ボス。
「そういう懸念なら、我々の場合はちょっと違うようにも思いますけど」
実際、撮影して欲しいっていうのが大きいので、というと、そうなの? と佐伯さんはきょとんとしてしまった。
あー、これ、伊織さんが最初に、いかにルイさんラブなのかを語ってしまっていたのがいけなかったのかも知れない。
でも、伊織さん的には最優先なのは撮影のほうなのだ。
「撮影はどうでもいいから、とは彼女も含めレイヤーさんに言われたことはないですよ。妹さんの方はどうなのかといわれると悩ましいのですが」
「あの子は……イベント会場に行くのも怖がってて、レイヤーとして参加したことはないですからね」
でも、ルイさんの写真は大好きで、私が撮ってもらったのもですし、他の人の写真も楽しく見ていましたと彼女は言った。
もちろんそこにはエレナさんのコスROMも含まれる。
「そとに出るの怖い系ですか?」
「ほんと、いろいろありましてね。そとへの扉を開いた幼なじみと結婚が決まったという」
「まぁまぁ! なんかちょっとドラマティックな話が聞えてきたのだけど」
お茶のおかわりはどう? と佐伯さんの奥さんが話に食い込んできた。
基本的に、奥さんは接客中に声をかけてくることはあまりないのだけど、恋バナとかはかなり好きな人なのである。
ルイもさんざん、実際はどうなの!? と春先の件などを聞かれたので、この手の話が大好きなのはよくわかっている。
「ちょっ、今は商談中なんだけど?」
「いいじゃないのよ。お客さん他には入ってこないし」
それに、ここからでも来客はわかるんだし、と奥さんは目をきらきらさせながら前のめりな姿勢だ。
どんだけ、なれそめとか聞きたいんだろう、この人は。
「もし、それでさきほどの、ルイちゃんの美貌と人気だけが目的な人はブロック! な件が解決するんなら、むしろちゃんと話してもらうべきじゃない?」
いつも電話掛けてくる人達とはまるっきり事情が違うんじゃ無いの? と彼女はいいつつ、はよしゃべれっ! 恋バナウエルカム! という態度を崩さなかった。
こうなったらもう、佐伯さんも妻の尻に敷かれる以外にない。
「ええと……なにから言えば良いのかな。うちの妹は……その、もともと弟だったんです」
って、これだけじゃ、わからないですよね、と伊織さんはあー、うー、と悩ましげな声を上げた。
言ってしまって良いのだろうか、というところもあるんだろうか。
「あらまぁ、それはそれは」
じぃと、佐伯夫婦の視線がルイに向くけど、とりあえずその視線は放置である。別にルイさんは性別を変えようって思ってるわけじゃないし。
こっちの方が撮影しやすいだけだし。
「えと、それアウティングになるんでは?」
「ああ、ルイさんそういうのも詳しいんですね。さすがエレナさんの専属カメコさん!」
でも、今回の件で許可を取るんだったら、事情は話しておかないとと、彼女は言った。
いや、でもアウティングはダメだよ? 本人の了承を取って話していただかないと。
「本来はダメでしょうけど、この場ではたぶんお伝えしてしまった方がいいかなと判断しました」
それに、みなさんうちの妹のことを聞いても、誰かに言いふらす必要がないでしょう? と彼女は言った。
確かにそれは、うん。アウティングで一番問題になるのは、その噂が広がってしまって、身近な人達にひそひそされることだとルイは思っている。
なので、ダメージという意味ではここで話す分には軽微だという判断は、わからなくはない。
ないけど、やっぱりアウティングはダメ、絶対。
「はぁ。知っちゃったからにはしかたないけど、ほんとやめてくださいよ? 姉妹げんかの元にもなりますし」
原則本人の了解を得てからにしてくださいね、とルイは伝えておく。今回はサプライズということもあるから、相談はできないだろうけれども。
「うちの妹、中学生の頃から制服問題でかなりトラウマを抱えましてね」
そこからこう引きこもりぎみになって、と伊織さんは言う。
おそらく妹さんの年代はルイと同じかちょっと上だ。
今の時代、制服なんて好きな方を着ればいいじゃないなんて思ってしまうルイではあるものの、自己主張ができないとか、うまくできない子というのはいるのだろう。
千歳さんは中学の頃にいろいろやったっていうけど、誰しもがそう言い出すことができるわけでもない。
「そして幼馴染みの男の子が頻繁に家に来てくれて、色々あったみたいで」
「そのいろいろが是非聞きたいところだけど、本人からよね」
うわー、家に来てくれるとかなんと言う、と奥さんは拳を握ってプルプルしていた。きっといろいろな妄想をたくましくしているのだろう。
「そして彼が就職したのを機に結婚をって感じです」
籍を入れるのはもうちょっと後になるけど式だけあげようってと伊織さんは言った。つまりは戸籍の性別変更関連が進んでいないと言うことなのだろう。
っていうか。あれ。
「もしかして名前変えたりしました?」
「はい。もちろん彼の励ましがあったからっていうのはありますけど、ルイさんの話題もあの子にしてみたら救いでしたから」
美人なのに大好きなことに一直線で、楽しそうにしてるし、なによりエレナさんの本も大好きでとっても心の支えになったんです、と伊織さんはいった。
うわぁ。名前にあやかってというのは世の中あるとは聞いているけど、いざ自分のものが使われるとなると、ぞわぞわして変な感じだ。
そもそもルイさんの名前自体も写真関係の偉人からとっている訳なのだけど。
「事情はわかりましたが。それならなおさら、豆木目的というように思えてしまうのですが」
今まで黙っていた佐伯さんがここで口をはさんだ。
写真家としてのルイではなく、別の要素で憧れるというのはルール違反だよと言いたいようだった。
「それは違います。私たちはあくまでもルイさんの写真目的です。確かに、好きは好きですけど、好きになった理由は見た目とかではなく、撮影のほうですから」
私もですが、妹もエレナさんの写真をみて、すごいなぁっていってましたと彼女は言う。
「それに、シフォレっていうスイーツのお店の写真担当してるの、ルイさんだっていうじゃないですか。あれを見つけたときに妹ったら、うわぁーー! っておおはしゃぎだったんです。社会でちゃんとやれてる人がいるっていうのもですが、自分と同じ属性の人をこんなにも明るく楽しく撮ってくれるんだって感じで」
「シフォレって、確かオーナーさんの写真を撮ってホームページにのせてたよね? それがなにか?」
「ストップです。アウティングよくない。うん」
事情はわかったので、というと、あぁ、そうですねと伊織さんは押し黙った。
「私が言いたいのは、ルイさんは性別を作れるってことですよ」
「性別を作る?」
え、何をいってるのと佐伯さんは不思議そうに首をかしげた。
事情を知っている佐伯さんとしては、作るの意味合いがちょっとおかしなことになっているのだろう。この性別迷子めとか思ってるのかもしれない。
「はい。コスプレイヤーの中では割りと男装とか女装とかすることも良くあるんですが、ルイさんが撮るとオリジナルの方のキャラの性別に寄せてくれるんです」
例えば、男装だったら男性キャラっぽく見えるように、かっこよく撮ってくれるのだと彼女は言う。
「エレナさんの写真だって、男の娘キャラオンリーですけど、女装してるときはうっとりするくらい可愛らしくて、でも時々やる男装状態だと凛々しいかわいいという感じで。撮り分けがすごいんです」
「そこは、私の武器でもあって、エレナと一緒に試行錯誤しましたからね。ちょっとしたトラブルはカバーして撮るつもりですよ」
特徴はわかりますから、最善の表情を撮って見せますと、彼女にたいして堂々と請け負うことにする。
写真の一番のメリットというのは、見せたくない角度を撮らないでいいというところにある。方法によっては少し体格が男性的であっても、かわいく写すことだってできるのである。
「ルイちゃんったら、いつのまにそんなにうまくなっちゃったのかしら」
「ふふっ、そこの技術に関しては前から研究してますからね。それに石倉さんだってこういう芸当は結構得意みたいですし」
「ゲヘちゃん、男の人撮るのうまいものね」
奥さんとしては、石倉さんの呼び名はまだここにいたときのように、ゲヘナなのだそうだ。
かわいそうである。
「そういうわけで、妹のためにぜひルイさんの撮影技術を貸してほしいんです」
こういう理由では、依頼はだめでしょうか? と伊織さんは小さくなりながら言った。
できれば、撮影はさせてもらいたい。
「そういうことなら、今回は許可することにします。でも、うちの豆木はトラブルメイカーでもありますから、挙式中にトラブルにならないようにだけ注意をお願いします」
あと、回りにもあんまり宣伝はしないようにお願いします、と佐伯さんがいうと、伊織さんは、表情を明るくしながら、ありがとうございます! と元気にいったのだった。
佐伯さんの許可がおりたーー!
やったー!
というわけで、次話は撮影にいくかと思いきや。
ナンバリング1にしましたけど、他の話を挟んでからあとで続きは書く予定です。他にもルイさんはやることありますしね。