680.大自然で休息を3
「こういう場所で食べる甘味は格別ですね」
ふぅ、とお茶で喉を潤しながら言うと、奥様も本当にねぇとほっこり相好を崩していた。
ここで食事をするのをもとから計算して作られたような景色だ。池と木々と青空という三種類がとてもいい比率で融合している。
特に、池にうっすら外の景色が反射して映るのもいい。
近くに行けば、中を泳いでいるお魚さん達を見ることはできるけど、この角度なら空の光を反射するように見える。
「それで、お孫さんとは連絡つきました?」
先ほどまででれでれしながら電話していた旦那さんに声をかけると、彼はまだお饅頭を食べている最中だった。
もちろん電話が長引いたせいで一人だけ出遅れたのである。
お茶のスタートはそちらに合わせようかと言ったのだけど、そこは奥様がああなると長いから先にいただいてしまいましょうと言ったので、そのようになった。
孫バカは健在のようで、電話越しでもでれでれっぷりが発揮されているようだった。
「ついたぞ。ただ、孫は外でいきなり撮影話が持ち上がるとか、うさんくさいと言っておったがのう」
「うっ、確かに最近物騒といえばそうですが、キャッチセールスってわけではないですよ?」
お値段だって、お試し価格ですし! というと、そうよねぇと奥様はルイのわたわたした様子に笑みを浮べた。
むぅ。全然だましてどうこうしようなんて思いはまったくないのに、世の中悪い人がいるせいで、とんだとばっちりである。
「美人局にしたら、うちのばーさんの前でやるのもどうかと思うしのう」
「むー、それはどうなんです? 旦那さんも私みたいな小娘に興味はないでしょうに」
「たしかに、この年になると若すぎるのもどうかと思うが……若い子ほどいいって思うのもいるし」
「ほう、若い子の方がいいと? あなたもそうですか?」
ふぅーんという奥様の声に、旦那さんはびくぅっと体を震わせた。
「一般論じゃよ! 年の差婚があるのは事実じゃし」
「60歳年の差婚とかあるといえばありますけどねぇ」
まったく、男の人はいつまで経っても、と奥様は肩をすくめた。
なるほど。一般男性は若い女の子を見るのも大好きだということなのだろう。
「ともかくじゃ。写真のやりとりは若いもんに任せることになった。孫はちょっと挙式の準備で忙しいから、代理なんじゃがね」
「それはそうでしょうねぇ。挙式前はうちの姉もかなりばたばた動いてましたし」
特にエステとかが多かったかなぁと思い出しつつ、結婚前の忙しさを話す。
二人は、そうだそうだと頷いてくれた。
「そこまで大きな会ではないんじゃがの。それでも準備やらなんやらあるらしい。わしらのときは、近所の農協の会場を借りて親戚が集まって酒のんでおしまいじゃったけどなぁ」
最近はいろいろとやるみたいじゃの、と五十年前を思い出して居るのか、旦那さんは目を細めた。
うん。その表情はいただきます。
「ではその方がくるまで、あと三分の一の行程で撮影していけば良い感じですかね」
「少し時間が過ぎてしまうかも知れないけど、いいかしら?」
「次の商いに続くのでしたら、そのチャンスはしっかりつかんでおきたいですしね」
そもそも、完全にオフなのでオッケーなのです、というと奥様は、まあまあと嬉しそうな顔を浮べたのだった。
さて。それから庭園を散策しつつ写真を撮っていくと、一周回って出入り口のところにまで戻ってきた。
案内所の小さな小屋の中ではスタッフの方が少し暇そうにスマホをいじっているようだった。
そして、その脇。
そこには二十代中盤くらいの女性の姿があった。
「おー、呼び出して悪かったのう。伊織。さぁじいじのところに……」
「あわわわ……ルイさんがおる」
旦那さんが満面の笑みでもう一人の内孫に声をかけるものの、彼女はルイの姿をみて、あわあわと声を震わせていた。
まったく、祖父母の姿は見えてないといったくらいの反応である。
「あれ、もしかして私の事をご存じで? いや」
ふむ。よくよく見てみると、以前コスプレ会場で撮影させてもらった人のような気がする。
結構、会場だと厚めにメイクしちゃうから、素顔だとわからないなんてこともあるんだけど、どことなく見覚えがあるのである。
ちなみに、クロキシさんはオフとオンだと全然違うとみんなに言われるそうです。
「だいぶ前に撮ってもらったことがあって。ああー、町中で話をしながら撮影にってなるのは、ルイさんならわかるー」
うさんくさいとか言って、本当にごめん。てか妹がこの事実を知ったら絶対、がーんとなって膝からかくりと崩れ落ちるわ、と伊織さんは言った。
まさか妹さんの方もレイヤーさんなのだろうか。姉妹そろってそっちの関係が好きだとは、楽しそうなご家庭である。
まあ、黒木家も兄がレイヤーで妹が腐女子なので、似たようなものだし、姉の嫁ぎ先も似たような感じなので、趣味は兄弟姉妹で共有されるものなのかもしれないけれども。
ちなみに、木戸家の場合、おっぱいの大きさは共有されませんでした。はい。
「まあまあ、伊織ちゃん。この方のことご存じなの?」
「お婆ちゃんはあんまり芸能関係のテレビとか見ないかぁ。結構、アイドル関係で話題になる一般人のルイさんなんだけど」
あ、私たちにとっては神カメコのルイさんですけどね! と後半だけちょっと早口で彼女はまくし立てた。
あれ、狂乱とか言われてたことはあったけど、神って言われるのは初めてかもしれない。
「うっ。たしかに何回か知人関連でメディアをお騒がせしましたが、あれはできれば忘れたい……」
「あはは。さすがのルイさんも、報道陣に囲まれては疲れちゃいますか」
ちなみに、妹は春先の記者会見の時に、外でファンその1をやっていました、と彼女は言った。
うわぁ。あのとき集まってた中にいたんだね。
「まあ世間話はこれくらいにして、ほら、東屋の方に行きましょう」
立ち話もなんだから、と奥様は少し離れたところにある休憩所に案内してくれた。
回りに人は居ないし、話もしやすそうだなという感じだ。
四人で腰を下ろすと、ルイはさっそくタブレットにデータを移し替えて、三人に見せた。
「こんな感じで、お二人の写真を撮っていったのですけど、どういう形式でお渡しするのがいいのかって話でして」
「わしは、是非でーたでもらって、琉衣に見方を教えてもらうんじゃー!」
「おじいさん。それは迷惑よ。それを口実に家に遊びに行ったりはしちゃ駄目ですからね」
「むぅ。いいではないか。多少離れてるとはいえ、日帰りできる場所に住む予定なんじゃし」
嫁に行ってもずっと家族じゃーい、と旦那さんは声を荒げた。
そこまで遠くないなら、頻繁に会いに行っても良いんじゃないかなと思うんだけども。
「さすがルイさん。昔から背景も綺麗に撮れるカメコさんって言われてたけど、こういう外での写真もしっかり撮れるんですね」
「そりゃ、本業ですから。友人にレイヤーさんが多いからそっちの撮影にも行ってはいますけどね」
もともとは、風景写真の撮影が大好きなのですというと、そういえば妹がそんなことを言ってたっけと、彼女は言った。
「個人的には、エレナさんのブックタイプROMみたいなのがいいなと思います」
「何枚かはブックレットにして、あとはデータみたいな感じですか」
いちおう、一冊から作れる業者もあるから少部数でも大丈夫ではあるんだけど。
結構単価は上がってしまうような気がする。
「それとROMってどうなんですかね? レイヤーさんたちは普通にパソコンとか再生環境ありますけど……」
「んー、うちの場合はROMで大丈夫だと思います。両親がパソコン持ってますし。むしろ今は若い子の方がパソコン持ってない感じですよ」
スマホあれば最近はなんでもできてしまうので、と彼女は言うけど、たしかにそれはそうなのかもしれない。
大学のレポートとかを作るにはパソコンは必要だけど、情報収集とかはスマホやタブレットで十分なのだ。
「それに、ROMに焼いてくれればブルーレイプレイヤーとかでも見れますし」
場合によっては、こちらでSDカードにデータ移したりとかすればテレビ単体でも見れるし、いいんじゃないでしょうか? と彼女は言った。
レイヤーさんということもあって、データの取り扱いがとてもしっかりしていると思う。
「そんなわけで、是非ROMがいいです。できれば五部ほどお願いしたいのですが」
「えっ、五部もいるの? 伊織ちゃん」
「うちと、琉衣ちゃんのところでいいじゃろ」
そんなに!? と祖父母二人が驚く中で、彼女はいえいえ、と軽く首を振った。
「おじいちゃん達の五十周年記念なんだから、琉衣のところと、我が家と、あとおじさん達の家のところにも必要でしょう?」
「ああ、そう言われるとそうね。アルバムみたいになるなら、あっちにも渡したいわね」
「でも、それでも三冊じゃろ? あと二冊はどうするんじゃ?」
そこは当然、あれですよ! と伊織さんは言った。
「観賞用、保管用、布教用です!」
びしっ、と常套句を決めた彼女はとても満足したような顔を浮べた。
もちろん、撮った。
「わっ、プライベートでルイさんに撮られてしまった」
これは自慢できるっと伊織さんは大喜びだ。
うーん、別にコスプレ会場じゃなくても依頼があれば撮りますけどね。
「布教用って伊織ちゃん、私たちの写真集をどう布教しようっていうのよ」
まったくおかしな事をいってと、奥さまが笑った。
「もちろんルイさんの布教だよ? こんなにおばあちゃんたち綺麗にとってくれましたってどや顔するの」
すごいだろーって見せびらかすのです、と胸を張ると旦那さんは呆れ顔で、うちの孫がおかしくなったとがっくり肩を下げた。
「と、さすがに布教用は言い過ぎですけど、紙はいつか劣化するし、データだって保管用をちゃんと持ってた方がいいです」
それに、一冊増えたほうが単価は下がるものです、と彼女は言った。
おじいちゃん達だってアルバムがずっと残った方がいいでしょう? と問われて祖父母二人はお前がそういうならと、うなずいた。
正直、集合写真で人数分写真データの配布を行えると儲けがあるのでルイとしては納品数が多い方がありがたい。
「では、完成したらお送りする形でよろしいですか?」
それとも印刷する写真はみなさんで決めますか? とルイが尋ねると、それはお任せします! と伊織さんに力一杯言われてしまった。
そういわれるのなら、先程の会話を元に思い出深いところを選んで使わせてもらおう。
「まったく、普段はこんなに積極的じゃないのに。伊織ちゃんったら」
「それはおばあちゃん達に見せてないだけだよ」
私だっていい大人なんだからいろんな面を持っているのです、と胸を張るとそうかいそうかいと奥様達は嬉しそうにしていた。
「さて、それじゃあこれでわしらは引き上げようとするかの。孫も来たことじゃし、昼飯でも食べて帰ろう」
「おっ。まさかおじいちゃんのおごり?」
「なんでも好きなもの食べるといい」
なにがいいかのうと、もう一人の孫を甘やかしながら、三人は庭園を後にするようだった。
そんなときだ。少し離れた状態で、伊織さんだけが一人戻ってきて、ルイに言ったのである。
できれば、妹の結婚式のカメラマンをやってはくれないだろうか、と。