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679.大自然で休息を2

おまたせしました!

庭園に遊びに行ったルイさんは、いきなり営業をかけるわけなのですが。

さぁ、老夫婦とまったりしよーではないですか。

「それで、私たちはどうすればいいのかしら?」

「自然に散策していただく感じでいいですよ?」

 私のことは、黒子かなにかだと思っていただければ、というと、そういうものなの? と奥様は首をかしげていた。

 こういう撮影はあまりなれていないみたいで、どうすればいいかわからないようだ。

 たぶん、スタジオでの記念撮影とかはあっても、外でというのはあんまりないのだろうと思う。


「ずいぶんとかわいらしい黒子さんね。なかなか意識しないで散策というのは難しいかもしれないから、お嬢さんもお話につきあってくれると嬉しいわ」

「そういうことでしたら、雑談でもしながら撮影していきましょうか」

 旦那さんもよろしいですか? と問いかけると、かまわんとぶっきらぼうに言われてしまった。

 まあ、見知らぬ異性に話しかけられたらこういう反応にもなるだろうか。いつもみたいにそれでも空気を読まずに話しかけていけば、いずれはなじんでいくことだろう。


「ふふっ、この人ったら年甲斐もなくてれちゃって、かわいいんだから」

「う、うるさいっ、別にそんなことは」

 困った顔の旦那さんを中心に数枚撮影。

 そのカメラの音にさらに彼は困惑したような顔を浮かべた。

 怒ってるって感じじゃないんだけど、戸惑ってるというのが正しいだろうか。

 奥様が言うとおり、たしかにこれはかわいい(、、、、)のかもしれない。


「ではお話しながら庭園を回りましょうか。とはいっても……なにを話せばいいのかしらね」

「天気と好きな動物の話でもすれば、盛り上がりますかね?」

「動物ねぇ……私は好きなのだけど、あの人がちょっとね」

 動いているものより、草花を見る方が好きなのよ、と奥様は優雅に笑った。

 うん。おたがい寄り添って生きてきた時間を感じさせるいい顔かと思います。数枚いただきました。


「私も動物よりは植物派ですね。撮影するのに特別なテクニックもそこまで必要ないですし。動く相手を撮るというのも、それはそれで楽しいとは思うのですけど」

 こういう庭園の景色なども、大好物ですと旦那さんの方に声をかけると、ふむ、と顔を背けられてしまった。

 まだまだでれてやらないんだからね! とでも言いたげな態度である。


「それなら、植物の話をしてもらうってことでどうでしょうか? この庭園はお二人の思い出の場所という話でもありますし、いろいろご案内いただけると嬉しいです」

 私は、もうパンフレット見ながらふらふら撮影する気まんまんな初来場者なので、というと、旦那さんはぴくりと反応したようだった。

「ふふっ。私が若い頃、この人にいろいろ紹介してもらったのを思い出したわ」

 今では、私も十分詳しくなっちゃったけど、楽しそうに話してくれる姿が、とっても嬉しくてね、と奥様が言う。

 遠い日のことでも思い出して居るのだろう。

 そんな顔も、撮影時なのでしっかりと撮らせていただいた。

 ちなみに、ちょっと恥ずかしそうにしていた旦那さんの方もばっちりと撮りました。

 撮った後、ううっ、とちょっと迷惑そうにしていたけど、そんなことを気にするルイさんでは当然ありません。


「では、是非見所を案内していただきたいですね」

 さぁ、ではお願いしますっ、というとしぶしぶ旦那さんは庭園の解説を始めてくれた。

 パンフレットに載っている内容もだけど、それ以外のことも含めてだ。

 奥様のきらきらした視線に耐えきれなかったらしい。


 そして草花の話やら、庭を設計した人の話にもなりつつ、撮影は進んで行った。

 話し出すとそれなりに饒舌にはなるようで、説明はとてもわかりやすくて面白かった。

 まだ、カメラを向けるとむすっとしてしまうところだけれども。


「撮影されるのはなれてない感じですか?」

「……ふむ。その通りだな。いままであまりこういうのはしたことがなかった」

「ふふ。そうね。うちの人、写真といったら記念写真くらいだけだったものね」

「スタジオで記念撮影ですか?」

「ええ。息子達の記念日なんかには、撮影に行ったわね。学校の前で撮影したりもあったけど、どちらかというと撮る側でしたし」

 いつも、撮影はお父さんの仕事でしたね、と奥様は懐かしそうに言う。

 なるほど。昭和の時代ということであれば、確かにカメラを持つのは男の仕事という時代だったのかもしれない。

 最近は、カジュアルなカメラも増えたし、使い捨てカメラなんかを楽しく使う女子が増えたけど、当時は機械仕掛けのものは男の領分だったということなのかもしれない。


「撮る側だったんですね! どんなの撮ったのか興味があります。あ、でも記念日だけ、とかでしょうか?」

「息子達が大きくなるまでの間だけだっ。孫の事も撮ろうと思ったのに、あいつらったら撮影はムービーも合わせて自分たちで撮るから、おとなしくしてろとか言うんだ」

 あああ、孫の艶姿の撮影を独り占めとは、あやつら……と、旦那さんはむかむかしてるようだった。


「ああ、噂の琉衣さんですか」

「七五三に、入園式、お遊戯会では主役でのう。中学に入ってからは、じーちゃんは家で休んでて良いとか言いおって。もう、わしが撮影するような時代じゃないんじゃ」

「あー、たしかに。中学生にもなれば親というか、友達同士でわいわいやる頃合いかもしれませんね」

 木戸家の場合は、父親がカメラダメな人だったので、ちょっと例外なのだが、周りを見てみると確かに親子での撮影というよりは、友達同士の付き合いの方が強くなっていく頃合いだったんじゃないかと思う。

 

「それなら、むしろ一緒に写っちゃおうとかそういうのでも良かったような気もしますが」

「……君は撮られるのも慣れているのだろうね」

「ま、まぁ、カメラ仲間同士では割と撮り合いもしますから。でも、基本的には撮っていたい方です」

 率先して写る方ではないですね、といいつつルイは苦笑を浮べる。

 あくまでも自分は撮る側であって、撮られる側ではない。だから、撮られても良いとは思っていても積極的に撮られに行こうとはしないのである。


「お気持ちはわからないでは無いですが、先ほどもお伝えしたとおり、私の事は黒子だとでも思ってもらって、むしろ奥様にお花の説明をする感じでやっていただけるといいんじゃないかなと思います」

 ほら、別に意識しなくていいので、自然体、自然体というと、そういうもんかとかなり戸惑っているようだった。


「スタジオ撮影だと表情を作る必要がある程度ありますけど、今回は外での撮影ですしね。もちろん記念撮影的なのも、スポットでやっていきますけど、むしろ自然の顔を切り取っていくのが、私の作風でもあります」

 せっかく一時間ばっちり撮影するのですから、いろいろな顔を見せてくださいな、というと、お、おおう、と旦那さんはなんとも言えない慌てたような表情を浮かべた。


「あらあら、嫌ですよ。あなたったら。五十年目の浮気はさすがに許しませんよ?」

 ほら、もっとお庭の紹介してくださいな、と奥様は茶目っ気たっぷりで旦那さんの手を引いた。

 そういえば、お孫さんの結婚の時に三年目に浮気するんじゃーー! とか言ってたっけね。


「そんなわけないわい。そもそも熟年離婚は嫁さんがだいたい言い出すって言うじゃろうが」

「ふふ。私は離婚なんて言い出しませんよ。最後まで一緒です」

 ねっ、という奥様の顔がすごくかわいらしくて、そこは少し体を引いて数枚撮らせてもらった。二人の姿がばっちり写っていて良い感じである。


「おまっ、あまり人様の前で……くっ。ほらさっさといくぞっ。まだ見所はたくさんあるんだからな」

「はいはい。わかっていますよ」

 ぷぃと、旦那さんは一人先に進むと、庭園の案内に進んで行った。これがデレ期というものかとルイは思いつつ撮影に戻ったのだった。




「ふぅ。ここで三分の二くらいかしらね。少しつかれたから、あそこで休んでいかないかしら?」

「まだ、足が辛いとかはないぞ?」

「ふふ。別にあなたを誘ったわけじゃないわ。私はルイちゃんを誘ったんだもの」

 ほら、この季節、お抹茶とお饅頭がいただけるの、と風情のあるお茶屋さんの前で彼女は言った。

 

 たしか、庭園案内の中にあった、休憩所というか茶屋と書かれてあったところだろう。

 庭と池を眺めながら休憩と軽食をいただけるというスポットである。


 にしても。ふむ。抹茶セットが結構良いお値段である。お金が無いわけでは無いとは言え、ちょっと躊躇してしまう価格である。

 というか、他にもベンチはあるからそちらで水筒に入ってるお茶を飲みながら休憩でもいいのではとか思っていた身としては、ちょっとばかりハードルが高いのである。


「ふふ。ここは私が出しますよ。若い人としゃべれる機会なんて、そうはないですから」

 こんなおばあちゃんの相手は嫌かしら? と奥様は茶目っ気たっぷりでそんなことを言ってくれた。

 ううむ。撮影中の食事については特別、佐伯さん達から言われたことはないけれども。こういうのはいただいてしまってもいいものなのだろうか。

 さすがにお酒は仕事中だからってお断りするべきなのだろうけど。

 良い表情をつくるため、という事を考えるのなら、話し相手になって上げるということで、いいのだろうか。


「そういうことでしたら。あ、でも、回りからは私、変な人って言われてますけど、大丈夫ですかね」

「大丈夫ですよ。うちの人も変って言われていますから」

「なっ……別にわしはそんなことは」

 ほら、行きますよ、といわれてお茶屋に入ることになった。

 

 池を望むその場所は、いわゆるお茶屋のそれで。赤い布が敷かれた長椅子に座るようなスタイルだった。

 注文を済ませると、お茶が来るまで少しの待ち時間がある。

 椅子に座るとこれまた、池と背景の草木の表情が変わって見えて、面白い。


 これは、思う存分撮影せねば! なんて思いつつもお仕事中なのを思い出して自制する。

 撮影することが決まって、ここまで撮ってはきたけれども、他にまだ話をしておかないといけないことがあるのである。

「そういえば、写真の受け渡しとかはどうすればいいでしょうか? さすがにデータだけ渡してってことだと、難しいですよね?」

 うちの祖父ならデータさえあればわほーいといくらでも現像したり、プリントしたり加工したりをやってのけるのだが、それが一般的ではないのは知っている。

 写真館でプリントをしてもらっていた世代でもあるので、自分で印刷という感覚はあまりないのだろう。


 最近は町の電気店にプリントの機械があったり、コンビニでもプリントできてしまったりするのだけど、それはそれである。

 正直、コンビニで写真プリントをしている人はあまりみたことがない。本のコピーとか、ノートのコピーはあるんだけども。

 ノートなんてとらなくても、スマホで撮ればいいじゃないという人もいるけれども、そこはなんとも難しい教育論というやつだ。木戸はちゃんと板書は直筆で書くようにしている。カメラを持ったら授業に集中できないので。


 そんなわけなので、この二人には写真をどういう形で提供しようかなというのが目下の悩みなのだった。

 スマホにいれる? ガラケーでした。はい。なかーまである。


 となると。


「あまり最近のカメラ事情に詳しくはないのだけど、数枚プリントしてもらってとかになるのかしら」

「そういう形でもいいかなとは思ってますけど、あとはデータごとお渡しにするなんてのも、最近の結婚式の撮影とかだとありますね」

 ただ、お恥ずかしながらあまりご高齢の方のお仕事っていただいたことがなくて、というと、あらそうなの? と不思議そうな顔をされてしまった。

 うまく撮れてると思われたのなら嬉しい限りである。

 でも、ルイとて普段のお仕事は結婚式や、幼稚園、保育園、あとは学校関連の仕事が中心でお年寄り向けのものというのは受けたことがさっぱりない。

 というか、佐伯さんが老人ホームでのイベントとかの撮影には行ったことがあるといってたけど、撮影機会自体があまりないような気がする。

 それこそ、記念日にスタジオで数枚記念写真を撮るのが一般的だった世代の人たちである。


「たとえば、お孫さんの依頼で、ご両親やその上の世代に孫の写真をデジタルフォトフレームにして贈るなんてことはあるんですけどね。でも、その場合被写体は赤ちゃんとかお子さんですし」

 そっちはそこそこ撮らせてもらってるんですけど、というと、なるほどねと奥様に頷かれた。

 実際、知り合いでもあまり記念撮影の話とかはでないのだろう。


「フォトフレームねぇ。さすがに孫にそれを贈るのはちょっと押し付けがましいわよね」

「デジタルフォトフレームって、あの、写真が切り替わるやつかね? それを孫に贈ることは……」

 いままで、話を聞いてるだけだった旦那さんがくわっと目を見開いて話に参加してきた。

 孫バカなおじいちゃんなので、離れて暮らす孫にプレゼントとか思ったのだろうか。


「あなた……贈られた方の気持ちはどうなるんです?」

「わしらの写真を見て、ほっこりするに決まっとるじゃろ? じぃじだーって! きっとひ孫にも、これがじぃじだよーって紹介してくれるんじゃー! 遠くにいってもわしら、ずっと家族じゃーー!」

 とても、ずっともだよ! みたいなのりで旦那さんはいうのだが、ううむ、さすがに別れて暮らす孫との別れというのはこういうものなんだろうか。

 木戸家は、典型的核家族なので、孫との別れというのはよくわからないのだが。ああ、でも結婚っていうのは、離れて暮らす以上に、なにか別れ感というものが強いものだろうか。


「ごめんなさいね。ルイちゃん。この人、ほんと孫離れができてなくて。もう、そんなに言うなら、遺影でも飾ってもらうわよもう」

「遺影……うう。わしまだ死んでないし」

「同じようなものよ。年寄りの写真はそういうものじゃないの」

 押し付けちゃだめよ、と奥様がたしなめる。

 うーん、お仕事としては楽しい案件だし、フォトフレーム自体もお金さえ払ってくれれば用意してもいいんだけどね。

 デジタルフォトフレームは結構なお値段がしてしまうのです。

 操作がわかれば、安いタブレットとか使って作れそうなんだけどね。


「あっ、じゃあ、こんなのはどうですかね?」

 ふむ、と思いつきを二人にこっそりと打ち明ける。

 こそっとしてるのは、ルイとしては営業のひとつということになるからだ。


「データの扱いは、お孫さんとのやり取りにして、それをきっかけに、連絡を取り合ったりというのは? お孫さんが住む場所にもよりますけど、撮影のご依頼は随時お受けしますし」

 仲良くつながるための写真ですよ、というと、おおぉっ、と旦那さんがぷるぷるしはじめた。


「おおお、それはいい案じゃないか! さっそく孫に連絡じゃ!」

 すばらしい! と言いながら、旦那さんはガラケーのボタンをぽちぽち押し始めた。

 電話でもし始めるのだろうか。

 いや、結婚式前って結構忙しいんじゃないかなと思うのだけど。まあ、いいか。


 電話を始める旦那さんを残して、奥様が声をかけてきた。

「なかなかの大盤振る舞いねぇ。なにか裏でもあるのかしら?」

「あはは。これで気に入ってもらえたら、お孫さんの結婚式の撮影とかでご依頼いただけたらなーって」

 お得意様を作ろう大作戦です、というと、まあまあと彼女はほがらかに笑った。


70代、歩ける方はわりとしっかりと歩ける年代であります。

お散歩とかすると、ロコモだったり、フレイルだったりの対策になっていいですね!

時々本作でもお年寄り出しますけど、みんなお上品さんであります。


はい、次話はもう一話ほど続く予定です。庭園行きたい!

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― 新着の感想 ―
[一言] >>赤い布が敷かれた長椅子 床几(しょうぎ)と言う奴ですね
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