学園祭公演のリハーサル4
今回もナンバリングはなしでございます。
さぁ今度は澪たんのターンだ!
さて。のそのそと長谷川先生? とやらと現場のスタッフがいなくなってしまったのだけど。
「あのー、石毛さん? 学校ってこんな商売相手なんですか?」
「……明らかに、おまえの先輩さんはトラブルに巻き込まれてるなぁ。演技じゃ無くてあそこまで、あばばばばってなる人初めて見たぞ」
「普通は、一般的なところに最低限のリソースは割きますからね。あの人撮影以外には、食い意地くらいしかないですから」
「澪音くんは、先輩のことそんなに詳しいんだ? 私にももうちょっと興味を持ってくれても」
ほらほらぁと、ひっぱる結理に、澪はその手を緩やかに引き剥がした。
「結理は無名、木戸先輩はレアです。それに結理のことはこういうイレギュラーが無くても、その……」
「じっくり、知って下さいな」
うふふ、と結理は気持ち悪い笑みを浮べた。回りの劇団は、おまえらなぁとすでに呆れている様子だ。
そういうのは二人の時間でやってくれというような視線である。
「ま、いまは木戸先輩の方を優先だ。さすがにこの姿は、見るに堪えないし……同類としてはちょっと可哀想だとも思うし」
さすがに、演劇やめろって言われたら、泣くからねと澪が言うと、回りのみなさんも、そういうことならそのショックな感じはわかるなぁと言った。
今までのやりとりで、劇団員さんはすっかり木戸の事を受け入れていたのである。丁寧な案内と、ちょいちょい入る撮影というところに、どこか既視感でもあったのか。それが発覚しては困りものではあるのだが、「きっと気になっても、違うな」と思うだろうなと澪は思っている。
かつて、この劇団は、ルイさんによってかき混ぜられたことがある。
正確には、舞台のポスターやらの制作のために撮影者として来てもらった訳なのだけど。
相変わらずというか、さらにえげつなくなったというか。この人は「撮られる専門家」向けのやり方をし始めたのだ。
そのクセについて知っている澪ですら、そこまで聞くの? というような感じなこともあった。
うん。「すべてを知ってないといけないはずである役者」からすれば、それは結構のストレスで刺激だった。
あっちは、好き勝手、「知らないから、知りたいですぅー」の心で来ていたとしても、答えられないっていうのは精神的に来るモノがあったのである。
曲がりなりにもプロなので、その発想を素人に指摘されるのはーー! というのもあったのだろう。
さて。今回の木戸先輩はそんなことはしていないのだけど。
それでも、撮影に入ったときのその姿は、知ってる人からすれば、ルイさんを彷彿させるなぁとは思ってしまうのだ。
もちろん今回は……ベリーショート? 男っぽい? いや、それよりは長いかな。の上にパンツスタイルだとしても、あの、にぱーっとした撮影姿は、日頃のルイさんと同じじゃね? といい出す人だっているんじゃないだろうかと思う。
でもみんながそうは思わないのは、しのさんが、女装の人という肩書きを持っているからだ。
人は性別が違う相手を、本人と認識しない。それこそそんなのはスパイ映画などの世界の話で、一般的に性別をコロコロ変えるヤツはそんなにいない。
そして、ルイさんに直接会ったことがある劇団員はあのルイさんが「あんなに可愛いコが男なわけがない」と思っているわけである。
そんな思い込みが身バレを防止しているのだから、すごいなぁと思ってしまうばかりだ。
「しの先輩? ほら、カメラ手に持ちましょう? せっかく今、目の前に飛び切りの被写体がいるのに、撮らないなんてもったいないですよ」
ほら、今ならいくらでも撮ってもいいですから、というと、んぅ? としのは首を傾げた。
撮っていいの? というような顔である。ずいぶんと子供っぽい仕草に、これはあかんと澪は視線をそらした。
ちょっとこれ、若干、あの動画のときの顔みたいだ。破壊力がすごすぎる。
それこそ、お前の息子は預かった! とか言いそうな感じだった。
「普通は、演劇の舞台なんて無人でも撮れないものなんですよ? 舞台装置も芸術の一つということで」
まあ、まだなんにも大道具の設営とかできてないですけど、と澪はおどけて言った。
さぁ撮れないところを撮りましょう、というような感じで注意を引きつける。
「それとも舞台衣装でも着てきましょうか?」
ふむ……猫に猫じゃらしを与えるように、しの先輩に被写体を与えて見ても、いまいち反応はよろしくなかった。
まだ、さっきの衝撃が強いようで、心ここにあらずという感じである。
ほけーっとしてしまってる。
話によると、お酒を飲んでもこうはならない人なので、かなりレアケースというものなのかもしれない。
「ふむ……ならば、こうするしかないか」
えいやっ。と澪は、ぽけーっとしてるしののほっぺたに両手を伸ばす。
そしてぴろんと横に引っ張った。
ほどよく伸びた顔は、綺麗だけどちょっと間抜けである。
「おお、噂通りよく伸びる」
「……ちょっ、澪ひゃん? にゃにを……」
「木戸先輩がポンコツになったら、こうすると良いよって、齋藤先輩に前に教えてもらったんです」
「にゅむむ……」
やっと呆けていた顔に光が戻ってきたようだった。
情けなく伸ばされたほっぺたに抵抗するでもなく、引っ張られ放題なのだけど、口で抗議するだけだ。
ここらへんは、きっとほっぺたひっぱってきたのが、女性だからとかそういうのもあるんだろうなと思う。
まあ、男子で木戸先輩のほっぺたを引っ張るのは、ちょっとかなりの勇気か蛮勇が必要かもしれないけれど。
なにせ、このつやつやお肌である。どうすればこれほどの肌質をキープできるのかといわんばかりのそれを、ぷにんと引っ張るのだ。
なんか、背徳感というか。ちょっと変な気分になりそうだと、澪は思った。
「それで、木戸先輩? お仕事続ける気はありますか?」
こちらもお仕事なのでなるべく巻きで行きたいのですが、というと、にゅーと、木戸先輩は情けない声を上げた。
しの呼びから木戸呼びにしているのは、自分はお前さんの後輩ですよというアピールを込めてである。
「ありゅ……っというかほっへを……」
「あ、すみません、つい面白くて」
「澪音くん、Sなのか……」
ぼそりと結理がそんなことをいうが、別にSというわけではない澪である。ただちょっとその肌触りが楽しいだけである。
「それで、木戸先輩に確認しますけど、撮影許可も誰かからもらってたってことです?」
「実行委員から、撮影もしていいから是非この仕事をやってくれって言われて」
「うわ……それ、演劇のこと全然わかってない人が対応してません?」
「……だよな。ま、主催者が是非に! って呼んでくれるケースばかりじゃないのは承知はしているんだが……」
石毛は、むぅと腕を組みながら不快な顔を浮べる。
今回は特に、演劇のほうというよりは、澪としのさんのシナジー効果を楽しみにされているというのを知っているので、さらに不愉快である。
「そこは、演技でぶっ飛ばせっていっつも石毛さん言ってるじゃないですか。今日もそうすればいいだけです」
どこぞの女優さんみたいに、ふんっ、て強気に言っておけばいいのです、と澪は苦笑を浮べる。
これでなにか反応があるかな? とも思うものの、木戸先輩はまったくの無反応だった。
「ええと、木戸先輩もご存じの通り、プロの劇場っていうのは撮影はNGだったりすることが多いです。本番駄目なのは撮影に音が出てしまうからですけど、他には人がいない舞台背景も撮影ダメってところもあります。その理由はわかります?」
「芸術作品としての価値があるから、無断複製禁止みたいな感じ?」
「そうですね。背景とか舞台装置とか。そんなわけで、まだなにも設営していないこの状態、スタッフも衣装を着ていない状態は、自由に撮影OKではあるのですが、当日となると団長からすると、ちょっとなって感じみたいです」
今日は自由に撮って良いというのは間違いないし、是非ともできた写真は欲しいところですが、と澪は言う。
リハーサルの画像として取っておくのはとても良いことだと思う。しかもルイさんにお願いしたらお金が発生するというのに、木戸先輩ならただなのである。
「だうーん」
「ちょ、へたれ妖精みたいな落ち込み方しないで下さいよ」
先ほどみたいに、呆けてしまうということは無かったけれど、話を聞いてあからさまに木戸先輩はへんにゃりとしていた。
よっぽど当日の撮影を楽しみにしていたらしい。
お世話<<撮影な感じである。
「ええと、石毛さん。私から提案なのですが、当日の舞台以外の時間撮影許可を出してはいただけないでしょうか?」
このまま話が進まないと、時間が押しちゃいますからというと、石毛はあー、と声を上げる。ちらりと時計を見たのだがこの騒ぎだけで三十分くらい使ってしまっているのである。
「ん? 本番以外の撮影か? まあ、本番に支障がないなら可能ではあるかな」
うちとしては、当日撮影禁止にしてるけど、しのさんが撮るだけなら問題はないんじゃないか? と団長から返事が来る。
さらにはスタッフみたいな腕章を付けてくれれば完璧である。
「舞台衣装を着た状態も撮影できる。どうですか? そんなにしょげてる場合じゃないですよ」
「おおおぉ……さすが、澪たん! らぶっ!」
わしっと、しのに抱きつかれた澪は、困ったように視線を回りにさまよわせた。
ええと。
男の娘に抱きつかれたら、どうすればいいのでしょうか?
舞台に上がるために女装をしている身としては、こういう接触はあまり縁が無いのだ。
「おおっ、澪っ。役得だなぁ!」
「ちょっ、澪音くんっ! そんなだらしない顔しないでっ!」
がびーんと、回りからそんな声が漏れてくるのだが、そうはいってもしの先輩の抱擁である。
なんというか、このまま昇天してしまいそうな感じである。良い匂いするし。
うーん、男の娘同士って、ハグはしあうものなのでしょうか。
「はいはい。じゃーそろそろ仕事のお話しましょう。せっかく現場にいるんだから、リハーサルやらせてください」
練習は思う存分撮っていいので、というと、先輩は、ぱぁっと満開の笑みを浮べたのだった。
さて。そんなこんなで、イベント当日。
演劇を行う講堂では、スタッフの腕章を付けた美人系なおねーさんがカメラ片手ににこにこ撮影をしていた、という話が学内に広がるのだが、それはまた別のお話。
男の娘同士はハグをするのか、というのは私の中でちょっとした疑問になってしまいました。
いや、だってぎゅってすれば、骨格とかある程度わかられてしまうわけであって、お触りは厳禁! なイメージがあったりします。すでにおたがいわかり合ってる仲なら抱きついたりすりすりしたりあるものなのだろうか。
澪さんは、ハイタッチくらいまでしかしてくれないイメージがあります。
さて。ちょっと今回トラブル気味でしたが、なんとか落としどころをつくったぞということで、しのさん復活です。その光景はきっと脳内補完ができると信じています!
次は……学園祭二日目、とかですかね。ちょっと考え中です。