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  学園祭公演のリハーサル3

本日は、しのさんが呆然としているのでナンバリングなしです。

なんとか元気になってもらいたいものです。

「撮影禁止……撮影禁止……」

 その衝撃的な告白を受けて、しのは一人ステージの隅っこにこてんと座り込んで、ぶつぶつつぶやいていた。

 あんまりにあんまりな告白である。


「あの人、撮影してもいいよって言ってたのに……うぅ」

「あのぅ、木戸先輩? 魂が半分出てしまってるみたいですけど、大丈夫です?」

 大丈夫じゃなさそうだなぁと澪は座り込んでしまったしのの顔を覗き込んだ。

 この人がここまでショックを受けるとは、さすがに驚きを隠せない澪である。


「あー、高校の頃思いっきり楽しそうに撮ってましたしね。撮影できないとなるとこうもなりますか」

「でもさ、さすがに先輩も本番は撮れないってわかってると思うんだよ」

 結理が言うのもわかるけどと澪は言いながら、ここまで壊れるとは……としのの顔をじぃっと見つめ続ける。

 軽くつついてみても、無反応で、本番が撮れない……うぅーとかわいらしい声を上げている。

 

 本人には悪いのだが、しょぼんとしている姿はレアシーンで、こんな姿でも可愛いのだから、すごいなぁと澪は思う。

 きっとここにさくら先輩がいたら、遠慮なく撮影するだろうななんていう風にも思ってしまう。そしてそのあとにやにやしながらきゃーきゃー騒ぐのだ。なかなかに楽しそうな友人関係である。


「しかし、しのさんあんまり演劇とか見ない人? 本番での撮影って基本NGなのは常識というかなんというか」

 俺たちの舞台も基本、動画は撮るけど写真は撮らないだろ? と石毛さんが言った。

 こまったなと頭を手で押さえているのが見える。


「あー、撮影禁止のところにはこの人近寄らないんですよ。映画館とかもそんな理由で行かないみたいで」

 撮影のために必要な元ネタとかの動画は見るんですけど、それ以外は芸能関係にあんまり興味ないみたいで、と澪がフォローを入れる。

 個人的には演劇をしっかりカメラを通さないで見て欲しいのだけど、そこは人それぞれなので仕方ないと澪は思っている。

 というか、自分自身が特殊なことに興味があるので、しの……というか木戸先輩の気持ちというのはいくらかはわかるつもりだ。


「きっと今回は本番も撮れるー! わーい! みたいなところあったんじゃないですかね。学校のイベントなわけですし、なにやら約束もあったみたいですし」

「撮影してもいいって言ってたってぶつぶついってますしね。そういうことなら希望がぱぁん! と破裂したというのはわからないではないです」

 私も女優として舞台に立てる! と思ったら男役でしたー! てなればそれはもう呆然自失となりますから、とちらりと澪は結理に視線を向ける。彼女はむぅ、昔のことをひっぱりださないでよと、小声で漏らした。


「ええと、あの、学校のスタッフの方? ちょっと、案内役の方が体調不良になってしまったみたいなのですが、どうすればいいでしょうか?」

 さて。しのがショックを受けているとしても、仕事の方はこなさなければならないのは、劇団の事情というやつだった。

 今回は、リハーサルということもあって、会場をチェックして早めに演技の練習に入りたい。

 そんなわけで、ほかのスタッフに声をかけることにする。主に案内するしのの他にも学校側のスタッフは数人いるのである。そちらに声をかけることにした。


「……良いっ。呆然自失としているしのさんもいいっ……ああ、かわいい。この役を入手できて本当に僕はなんてラッキーなんだ」

「あの倍率を打ち勝った甲斐があったっ」

「ん? どういうこと?」

 はい? と学生さん達に向けて劇団員のみなさんは不審そうな視線を向けた。

 なんというか、反応がおかしいのである。

 普通なら同じ学生同士で心配の方が先にでるはずなのだが。


「ここは是非とも同志にも、共有するしか」

「なぁっ!! なんてことしてるんですか!?」

 いきなり、スマホを向け始めた学生に、澪は撮影を止めようとして、石毛に止められる。

 じっ、と視線を向けられて、首を横に振られてしまった。

 あちらはあちらの問題ということなのだろうか。


 でも、さすがにお世話になっている先輩の、アレな写真が拡散するのは止めてやりたい。

 いつだって木戸先輩は撮影は許可を取らなきゃダメだよと言い続けていたではないか。 

 自分が無遠慮に撮られる対象になるだなんて、可哀そうすぎる。

 そんなときだった。


 どたどたと騒がしい音が廊下から聞こえてくると、講堂に一人の男性が姿を現した。

「そ、それくらいで……勘弁してあげて欲しいでござる、よ」

 その男性ははぁはぁと息を切らしながら、大きな体でいまだうっとり撮影を続けている学生さんの前に立ちはだかった。


「ちょっ、先生、なに邪魔してくれてるんですか!? しのさんのレアショットですよ!? あんな顔今まで見たことなくて、もうお宝じゃないですか」

「否定はしないでござる。でも、ファンクラブの会員としてやっていい態度ではないでござるよ」

 ふんすと、しのをかばっているのは、長谷川だった。

 しのさんファンクラブの会員でもある彼は、先ほど送られてきた写真を見て講堂に走ってきたのである。

 

「何いってるんですか、長谷川先生だってこういうの好きでしょう?」

「ちょっと、いかがわしいビデオを見すぎではござらんか? かわいい子はいじめたいだなんて、ちょっとこじらせてるでござる」

 発想が小学生にござるよ、と長谷川ははぁとため息を漏らした。

 長谷川としては、写真部のエースでもある木戸を心配してのしのさんファンクラブへの参加だったのだが、まさに不安が的中した形なのだった。

 年々、しのの人気は学内で上がっていたし、しかも滅多に会えないというレア度がプラスされて、変なことになるのではないかと警戒していたのだ。

 プロがやっているきちんとしたファンクラブならまだしも、学生が勝手に作ったファンクラブである。欲望中心になってしまうのも無理はないのかもしれない。


 これが美少女アニメなら、会員同士がばちばちやりあいながら、当人の被害はゼロとかになるんでござるが……と長谷川は内心思う。

 二十歳前後の学生たちが、そこまで入れ込むしの殿の方にもどうかと思うものの、これはまったくもって本人には関係のないことだ。

 男の娘人気があるというのは、尊いものの、それでもそういう目で見て良いものでは、当然ない。 


「小学生って……でも、長谷川先生だって、しのさんの尊さはわかるはずだ! あの輝きは他ではめったに見られない」

「うわ……その場の勢いでやらかして社会的制裁を受けるタイプでござるよ、それ」

「研究室に高校生のコスプレ写真を貼ってる人に言われてもねぇ」

 あれは、いかがわしくはないのですか? と学生は言う。

 長谷川の部屋は、オタク文化に根付いたものが多くあるが、その中で一番目立つところにあるのが、エレナの写真である。

 わざわざルイに許可までもらって、引き伸ばして貼らせてもらっているポスターである。

 最初の頃は、自分で撮ったものを貼っていたのだが、やっぱり写真の技術であればあちらに軍配があがるのは致し方ないところだ。


「なんとっ。あれは隠し撮りなどではなく、きちんと本人にもポスターにする許可を得ているでござるよ。そもそもレイヤーさんを撮影するときは、相手に許可を取るのが当たり前でござる。ああ、お写真撮らせていただいてよろしいですかと、愛らしい声でいうルイたん神……」

「ルイたん?」

 ん? と学生が首を傾げる。今ここで出てくる単語としてよくわからないものだったからだ。


「こほん、こっちのことでござるよ。ともかくファンとしてかわいい顔を見たい、ただこちらだけが欲しいと思うのは強欲でござる。相手だって人間なのですからなっ」

「いや、その……そうはいってもしのさん男子じゃないですか。それくらい男ならどっしり構えて受け止めてくれるんじゃないかと思いますが」

「それこそ勘違いにござる。君が相手の立場だったらどうでござるか?」

 情けない顔を撮られて拡散されるのはどう思うのでござる? と長谷川が聞くと、うーんとその学生は首を傾げた。


「呆然自失になってるところの写真が流れたら確かに恥ずかしいですけど、別に犯罪の写真が表にでるわけでもないし、それくらいなら別に……」

「そういうことなら、しの殿のこともレアなどではないということでよいでござるか?」

「う。それはほら、しのさん可愛いから」

 あれは間違いなく、レアな人のレアな顔だと彼は幸せそうに言った。


「はぁ……たしかに、相手の気持ちになれ、というのはバックグラウンドが違うから、難しいかもしれんでござるが……それでも推しを持つものとして、その態度は気に食わないでござる。アイドルとは、時に癒され、時に一緒に育ち、時にその相手の幸せを願うものにござる。推しをいじめて楽しむだなんて、ファン失格にござる」

「ファン失格……」

「しの殿は優しいでござるからな。自分にファンクラブがあることを知っても放任したのでござろう? あの子は自分に害がなければある程度好きに楽しんでねって感じの子にござるからな」

「ずいぶんと詳しいですね、長谷川先生も」

「そりゃそうでござるよ。本体、僕が顧問してる写真部のエースにござるから」

 年の差はあっても、楽しく接してくれる貴重な相手にござる、と長谷川は言った。

 それこそ、彼が大学見学に来た時からの付き合いなのだ。

 趣味もあっているし、なにより話しやすい。得難い相手なのだ。


「なんとうらやましい……」

「不純な動機の入会はお断りにござる。それにそもそも普段のモブにはさほど興味はないんでござろう?」

「確かに、かわいい格好してるから良いってのはある」

 ふむ。長谷川としてはその意見もよくわかる。しのさんファンクラブに集まっているのは可愛いしのさんラブという感情だ。そしてあまりにもレアすぎてそこに本人の人格というものが感じられてないのだろう。

 それこそテレビ越しのアイドルを見ているようなものなのではないだろうか。

 

「しの殿は、なんでも許してくれるチョロインではないでござる。あまりやり過ぎると岩戸に閉じ籠って出てこないでござるよ」

 良い被写体がいればほいほい出てくるだろうけど、そこは内緒である。

 しのが失われる可能性をファンクラブのメンバーはよく知っておいた方がいい。

 木戸にすれば、わざわざ女装をする意味なんてないのである。

 ただそのスキルがやたら高いだけなのだ。


「ぐっ、確かにかわいい格好やめちゃうのは、もったいないけど」

「とはいっても、ここで諦められる訳もなし」

 他のファンクラブのメンバーが待っている! と彼らはスマホを下ろすのをいまだやめなかった。

 くぅ。ここまで説得してもまだダメとは、困った学生さんたちである。

 さて、どうしようかと長谷川は思う。それこそファンクラブ全体に何か楔を打ち込まなければまた似たようなことは起きるだろう。


 そこで、長谷川は閃いたのだった。かつての木戸の話を。

「むしろしのさんのファンクラブを女装アイドル愛好会とかにしてしまえばいいのではござらんか?」

 そう。さくらからも聞いたことがある、木戸の行動、それは斜め上回答である。

 女装の感染源と彼女はいっていたが、なるほどこれならば需要においつく供給ができるかもしれない。


「一体なにを言ってるんですか」

「我らはしのさんラブなんです。なんで女装男を追いかけるだなんて? あれ、しのさんも女装さんか」

「おっと、確かにしの殿は女装ってレベルじゃねぇって感じでござろうが、普段は男の子でござる。つまり、かわいいは作れるんでござる。オタサーの女装姫とか見てみたくないでござるか?」

「う、でもしのさんは特別なんだ。なんか他の女子と話すよりずっと話しやすいし、俺なんかにも優しくしてくれるんだーーー」

「俺だって前のイベントの時に、イベント一緒に頑張ろうねって言われてやられたんだーー」

 いまさら他の子がどうとかありえないーと彼らは言い始めた。


「女性にも夢を見るといいでござるが、男の娘のほうが仲良くなりやすいならそっちに走るべきでござる」

「しのさん以外の女装の人なんて……なぁ」

「作れるっていっても、いまいち信じられないというか」

 それにやっぱり、しのさん最強だろうと二人はうんうんとうなずきあっていた。

 くっ、これまでかと長谷川が歯を食いしばった時だ。


「こんにちは。女装がどうのという話を伺いましたが、どうかなさいましたか?」

「えっ、ああ、あの……その」

 澪に話しかけられた二人はもじもじしながら、ええとそのと言葉を濁していた。

 何を話していいのか、というか、そもそも挨拶すらできないというような感じである。


「可愛いは作れるのか、という話でしたよね。そういうことならできますよ。我ら劇団員などいくらでも化粧で印象を変えますからね。それこそ、女性が男性役を、男性が女性役をやるなんてこともあります」

 ふんす、と澪が胸を張ると二人は、はい? と不思議そうな顔を浮かべた。


「今回のイベント、そちらから提案があったのでしょう? 女優をやる男子がいるから、しの先輩とコラボレーションしようって。それが私なわけなのです」

 どーんと、さらに胸をはると、さらに二人の顔は困惑に満ちていった。


「しの先輩よりも胸はあるようにしてますが、これも技術のうちです。あの人はつるぺた派ですからね。それがなくても可愛いっていうのは反則だと思いますが、いまどきいろんな女装向けパーツというものはあります」

「え、まじ?」

「女性の方だとばかり……」

 しのさんとわいわいやってる姿を見てほっこりしてた、と二人は今の今まで澪が女優をやっている男子だということを理解していなかったようだ。


「そんなわけですから、学内で可愛い格好をしたい子、ちやほやしてほしい子、アイドルに適性がある子を探して、鍛え上げる女装アイドル愛好会にしてしまうというのに一票です。私たちみたいに舞台に立つ覚悟がある人は、撮られなれてますが、撮られるのとか見られるのが不得手な人もいるのですから」

 しの先輩、撮られるのが苦手ってわけではないけれど、今のところはそういうことにしておこうと澪は内心で思った。しの先輩、いいや、ルイさんにとっては、表舞台を撮影していたい欲がとんでもないだけなのだ。


「と、いうわけでござる。これ以上ここで問答をしていても劇団のみなさまの邪魔になるでしょうからな。外でじっくり話すでござるよ」

 ほら、外にでるでると、長谷川は二人を外に追い出した。

 これ以上、しのの写真を撮らせないためだ。

 それに、澪が出てきてくれたおかげで、二人はかなり女装アイドル愛好会の方に揺れている。あとは自分がやるべきだと判断したのだ。


 あと、気がかりなことはといえば。

「澪どのでしたかな。木戸氏とずいぶん仲のいいご様子。こちらは引き受けますゆえ、彼のことは任せてもいいでござるか?」

「あっ、はい。わかりました。そうですよね。ショック受けたままにするわけにはいかないし」

 了解ですと答えると、澪はしのの前に立ったのだった。

 スタッフが出て行ってしまった以上、この人が目を覚まさないと先に進まないのである。


 ちなみに一年半後、女装姫がこの大学に入学してくるのだが。それはまた、別のお話である。

 しのさん復活……ならず! すんません。次話でちゃんとおこします。

 いやぁ、こういう場面では長谷川先生でしょってことで、こーなりました。やっぱり年下の前ではかっこよくありたいものですね。しかも教師ですからなおさらに。

 暴走気味の団体を上手くまとめていただきたい。


 そして、オタサーの女装姫って結構なパワーワードだなぁと思ってしまいました。

 エレナさんはどっちかわからないよ? ふふ? って感じだからあんまりオタサーの姫って感じじゃないですけどね。


 さて。では、次話は短くなると思いますが、早めに上げたいと思います。(といって遅れる常日頃)

 

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― 新着の感想 ―
[一言] しれっと某後輩の進路が決まっていた…
[一言] そうだよね、この先生はちゃんと筋通す人だし。 というか、本来はしのさん限定の特別措置(撮影機材の持ち込み)じゃなかったのかね。 ここで言う撮影機材って、基本的には種類問わずだろうし。 スタッ…
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