671.後期の授業がはじまります2
一週間お待たせしました。先週は更新できなくて、すまぬさんでした。
「あ、木戸先輩っ」
講義の登録を済ませて本日はこれでフリー、と思っていたら、後輩でもあるほのかさんに呼び止められた。
あちらとしては先輩扱いを基本はしてくるけれど、同級生扱いをしてくることもあるから、困った子である。
そんな風に思いつつも、写真には熱心な後輩なのでそこらへんは好感が持てる相手でもある。
まあそれなりに深い関わりな相手、といっていいのだろうと思う。気のいいカメラ仲間である。
「後期の授業はじまるね。一年だと必修も多いし大変じゃない?」
「それはまあ、仕方ないところですね。それより木戸先輩はこれからサークルですか?」
「いちおう顔を出そうとは思ってるけど、今年の学園祭は展示ってことだから外回りの方を優先したいなぁなんて思ってるところ」
まあ、もちろん協力しないってわけじゃないけど、去年みたいにがつがつはやれないかなぁ、というと、くっ、もう私は過去の女なんですねっ、なんて言い始めた。
過去もなにも、ただの後輩で同級生なだけである。
「本業のほうが忙しい感じなんですか? お仕事というと……ああ、我が母校でのこともあるのか……」
くぅ。うらやま! とほのかは拳を握りしめていた。
お嬢様がそんなはしたない態度をしないほうがいいと思うのだけど。
そんなことではゼフィロスのお嬢様教育とはなんなのかという話になってしまいそうだ。
真のお嬢様は2割くらいなんですー、と彼女ならいうだろうが。
誰しも、女装のぼっちゃまみたいにはなれないのである。
「あっちに関しては今はあんまり口出ししてない感じ。高校の学園祭は生徒たちのものだからね。危機管理だけしておけばいい感じかな」
鉄壁の要塞に不埒なやからが入ってこないように気を付けるのです、というと、そういう心配もあるといえばあるんでしたっけ、と彼女は言った。
なぜか木戸が行くようになってから、制服を再現して侵入しようとする人だったり、不審者だったりが出没しているのである。
過去にも似たようなことはあったのかもしれないけど、危険が危ないという認識でいたほうがいいのかもしれない。
「そういうことならば、木戸先輩は大学の学園祭を思いきり楽しむ方向って感じですね」
ふふ、楽しみだなぁとほのかは、はじめての学園祭に思いを馳せているようだった。
是非とも一緒に撮り回りましょうね! といった感じである。
ふむん。
今年は今のところ、実行委員からのオファーがないので、しのさんをやる必要はないと思っている。特撮研のほうも展示する作品は用意しているけれども、率先してみんなを引っ張るという感じにするつもりはない。
ここらへんは方針の問題にもなるのだけど、みんなでわいわいやろー! って感じですっげーもんつくろーぜ、という流れにならなかったという感じだろうか。
他の学校との交流は今でもあるので、合作なんて話もあってもいいのかなとは思うけど、今のところは共同製作というようなことはなく、それぞれの学校の学園祭に遊びにいけたらいいね、くらいな感じの付き合いだった。
健からは、ノエルさんの学校に一緒にいってくれー! って依頼はされてるけどね。
女装していけばいいんじゃないの? と言ったら、一人じゃ不安なんですー、なんてかわいい声でへそを曲げていた。うん。いい感じに育っているようである。
「去年みたいにホスト役しないでいいっていうことなら、時間はあるから一緒に回るのは大丈夫だと思うけど……ほのかさん的には、なにかご希望は?」
「もちろん、しの先輩とかにご登場いただきたい!」
「俺と回るのは、いやですか、そうですか」
「嫌ってわけではないんですが、その、他の友達からみて、先輩って、無個性、無感情、もさ男じゃないですか。そうなるとそこらへんがどうなのかなって」
「別に、そこになにかを求めなくてもいいように思うけどね」
もさ男はいやなの? というと、あーうー、ととても複雑そうな顔をされた。
「別に、木戸先輩が悪いってことじゃないんですが、普段のしのさんっていうか、あっちがキラキラしてるから、それと頭の中で比較するとバグるといいますが」
「お嬢様がバグるという言葉を使うとは……」
「最近は使いますって! バグ。プログラミングで行き詰るというような感じというか」
「頭が混乱する、みたいな意味合いでバグるっていうわけか」
ふむ、というと、そうですそうですとほのかは言った。
最近、周りに冷たい視線を向けられないので気にしてなかったけれども、男女でイメージが違うというのは相手の頭に負担をかけるのかとちょっと思った。
さくらとかはほら……もう、頭の中で切り替えて別人とか思っちゃってるわけだしね。
「そうです。ほんと。先輩にあってから混乱ばっかりですよ! 素直に同級生だったあの頃に戻ってください!」
「それは、なかったことになったので」
女子高卒業の肩書はもっていませんというと、ぐぬぬと悔しそうな声が聞こえた。
ま、ここにいる以上は木戸馨は、それ以外のなにものでもない。しのさんだって女装をしている木戸さんなだけだ。でもそれを言うなら、奏だって女装した馨の姿だって思うんだけどねぇ。
うまくだましすぎたのか、ほのかは未だに奏を同い年の女の子の親友扱いである。
ルイさん相手にするときは、年上扱いなのに奏のことを思い出すと急に親友扱いになる。
んー、そういう意味合いもあって、バグる、なのか。なるほど。
なんていう話をしている時だった。
「木戸馨さん。まだ校内にいるようでしたら、学園祭実行委員の部屋にお越しください」
「なんか、連絡が来たなぁ、はぁ」
学園での個人の呼び出しはそうそうあるものではない。
というのも、高校までのそれと違って、教師に罰則のために呼ばれるということがないからだ。
事務報告というか、呼び出しというか。
連絡用なのだけど、基本的には昨今のメールやスマホで連絡を取ればいいので、めったに校内放送というのはない。
それをあえて放送するというのはどういうことなのかと思う。
「今年もなにかやらかす感じですか?」
「やらかすっていうか、やらかされるんだろうと思うよ。実行委員には連絡先知らせてあるのに、あえて校内放送にしたのって、逃げ道塞ぐためだろうし」
二回生以上は、もうあの放送で、今年もしのさんがなにかをやってくれるに違いない! という反応になってしまうのである。みんな楽しみにしてるのになぁなんていって、実行委員は脅してくるのだ。
「どのみち優先順位は特撮研だからそこは心配しないでね。やらかすにしても、時間は開けてもらうから」
「頼まれたら断れないその性格は、なんというか……好ましいですけど、面倒ですね」
では、私は一足先に、サークルに行ってきますね、というと彼女は我らが活動拠点へと向かったのだった。
え。木戸は一人で実行委員が集まる部屋へって感じですよ。とほほ。
「ようこそ、しのさん。学園祭実行委員会のもとへ。今日来てもらったのは、わかってると思うけど君へのオファーをするためだ」
「恒例のイベント手伝ってくれってやつですか?」
学園祭実行委員に呼ばれて部屋に向かうと、長机に一人頬杖をついて、こちらを見つめる男子生徒にそう説明された。他にも数人のスタッフが周りのテーブルにいてじっと木戸を見つめている。
ここは大学の自治会の一部といっていいだろうか。大学生活を盛り上げたい人たちが揃っている。
しのさんと普通に言われてもスルーしてしまっているのは、あーはいはい、またですか、という気持ちからである。正直呼び出しを受けた時点でそういう話なんだろうなってのは予想はついていた。
なんというか、高校の時に生徒会に呼び出しされたときもこんな感じあったよなと思ったりはしたのだけども。
ついつい、丁寧な言葉遣いになってしまうのは、くせみたいなものだろうか。
いちおう、あっちだって三回生なわけだから、同い年なんだけども。
「いままでのイベントにおいての君の活躍は目を見張るものだ。我ら一同君には感謝している。そこで、今回は学園祭でその腕を奮ってほしいというわけだ」
うんうんと、横の席に座ってる人たちも思い切りうなずいていた。
ええと。どうしてそんなに信頼が厚いのだろう? と思ってしまうのだけど。
これでも、木戸はいろいろやらかしてきているわけだ。
イベントごとでは、なにかの成果は出せるだろうというある程度の信頼感みたいなものがあるらしい。
ぐむむ。普通に対処していっただけなのに。
「そもそもイベントって何をやる予定なんです?」
例年通りなら、芸能人や歌手を呼ぶのが一日目。この日はチケット販売などもあって、内部というよりかは前夜祭というような感じで盛り上げる感じの日なのだという。
去年は、崎ちゃんが単独ライブやってたし、おととしはHAOTOのメンツだ。
さて、今年はだれが来るんだろうか? というのはちょっと気にかかっていたところなのだけど。
「前期の後半でなにがいいかアンケートとってたけど、それはあまりご存じでない?」
「個人的にいろいろありましてね」
六月といったら、HAOTO事件が落ち着くかどうかといったときである。春先の事件は本当に大変だったので、それが落ち着いてほっとしているときに、イベントごとについて目を向ける余裕というものがなかったのだった。
「例年通り、歌手のライブってのも出たんだけども、演劇というような声もあがったんだよ。我が校にも演劇サークルはあるんだが、そっちは二日目以降にやるから、ならそっちの刺激にもなるようにって、プロにお願いする感じでね」
「プロの劇団、ですか……それ、割とマイナーじゃないですか?」
劇団が悪いとは言わないけれども、以前ルイとしては、貧乏劇団のポスターとかの制作に携わった関係で、いまいち収入的には難しいのではないか? と思ってしまう木戸だ。
「演劇? って顔してるな。確かにいままで劇団を呼んだことはない。でも、劇団で演劇をやってもらうのだって十分盛り上がることだと、私は思う」
「それに、そこ、昨年お世話になった崎山さんの出身というか、もともといた劇団だって話だしね」
おっと。そこでその名前がでてきてしまうか。
これはなにか作為的なものを感じてしまう。
「あの、いいでしょうか? どういう意図で候補をだしたんでしょう?」
なにぶん、その時は学校のイベントに疎かったもので、というと、ああそれはと実行委員の委員長さんはどや顔でいいましたとさ。
「去年の、しのさんと崎山さんの掛け合いがかなり評判になっていてね。すっごく盛り上がったから、今年もしのさんとのコラボでなにかできないかっていうのがあってね」
さがしましたさ! と委員長さんはふんすと鼻をならした。
「芸能系で、女装をキーワードにいれて調べたら、女装で女優やるって子がいるっていうから、そこは候補に入れたんだよ。ほかにも前に話題になったろ? 女性モデルが実はーって話、それもあってその子のことも候補に入れた。まあそっちはモデルさんだしイベントもどうしようかなって企画がんばらないとなって感じだったんだけどさ」
ほかにも、女装と名をうってる人数点を抽出して……というところで、がくっと木戸は前のめりにうなだれた。
どうしてこうなった。
「どうもこうもないです。しのさんの女装スキルヤベぇって話題になってるし、それとコラボさせる方が学内の盛り上がりはいいんですよ。いいですか? そりゃ有名人のライブは一定の需要はありますよ? ありますけど、学内じゃなくてもそういうのは見に行けるわけです」
ファンならチケット買って見に行けばいいだけの話です、と会長の隣に座ってる女性が、眼鏡をすちゃっとあげながら言った。ちょっとかっこいい。
「学内の有名人であるしのさんは、何かしらで使うべきってのが我々の総意でね。学生からもそういう要望は多かったんだ。良くも悪くも君は……いや、しのさんは人気があるからね」
ふむ、と会長さんはちらりと木戸を見てから、いったん口ごもった。
いや、あえて名前を言い換えるのやめませんかね? ほんと。
「女装だけで盛り上がるっていうのもどうかと思いますけどね。いちおう俺としては流れで女装してイベントに出ただけであって、割と無理やりだったんですけども」
「そうかい? かなりノリノリだったと思うけど」
「それに、撮影の方が優先ですからね。春のイベントだって結局は近くで撮影していいっていうから乗ったところもあるし」
「木戸くん、特撮研だったっけね。ならそうだな……」
ふむ、と会長さんは細い指を顎にあてて、考えた。
「当日の劇団員さんたちのお世話をと思っていたんだが、その時撮影もOKって形にすればやってくれるかい?」
「う……」
撮影ができるなら、問題はないんだよね? と会長さんはにこりと笑みを浮かべた。
確かに、そういった点はあるのは否定しない。しないのだが。
問題は、それが澪がいる劇団だということだった。
楽しく撮影することはむしろ、ウェルカムだけどあまりにも粘着するとルイとの関係性を疑われる可能性は十分にある。
澪にからかわれるかも、っていうのはそんなに気にしないでいいだろうけどね。あの子はあれで十分声の件で恩義を感じてくれているし、慕ってくれている後輩だ。
むしろ、フォローしてくれるんじゃないかと思う。
「それ、やっぱりしのさんじゃないとだめですか?」
ほら、男の姿のままでもいいのでは、というと、盛大にブーイングが上がった。
撮影もお世話も、正直男の姿でやっても問題はないんじゃないだろうかと思う。
「そこはしのさんの人気にあやかって、こういうイベント立ててるわけだから、ちょっと許可はできないなぁ。みんなしのさんと一緒に学校生活を楽しみたいわけだよ!」
せっかくのお祭りでみんなはっちゃけたいのさ! というと思い切りこぶしを握り占められてしまった。
いやいやいや。この大学それなりに人数がいるところだよね。そこでどうしてそんなにしのさんにご執心なのさ。
「以前のイベントを見たときにこれはっ! て思ってね。しのさんには目を奪われたというか、ぜひともしのさんのあの麗しい姿を見たいと、みんなに提案したんだ」
今回のイベントはしのさんを引っ張り出すための手段なんだ! と部屋のスタッフみなさんがうんうんとうなずいていた。
ええと? なんですかその、無茶ぶりは。
「それは委員長さんたちの横暴というか、独断専行すぎません?」
「その点を否定はしないが……でも、この学校の君のファンクラブからもぜひとも! という声が出ているんだよ」
「ちょ……」
ファンクラブ? しのさんにそんなものができてるの? え、どういうこと。
「ファンクラブなんて認めた覚えはないですが?」
「ああ、なんせ非公式だからね! ちなみに僕の会員ナンバーは263。これでも初期の方のメンバーのはずなんだけどこの数でね。長谷川先生は二桁の番号を取っていたかな」
「……」
長谷川先生。あなたいったいなにをやっているのですか。
確かにあの人は、男の娘ラブなところはあるし、エレナたん神! とか拝礼しているけれども。
エレナさんの写真、販売するのやめようかな、ほんと。
「それに君としても、就職活動をしている形跡もないようだし、忙しいというわけでもないのだろう?」
さすがに学業に影響がでるようでは、我々も無理強いはできなかったが、と委員長は言った。
うう。こちらにもファンクラブができてるという悲報をどう受け止めればいいのだろう。
「確かに時間的な余裕はあります。一日目といえば芸能人企画ですし、学生のためのイベントは二日目と三日目ですから。でも、だからといって心情的に納得できないところがあります」
そもそも、木戸は撮る側であって、見られる側ではないのだ。ルイとしてならある程度仕方がないと思うことはあっても、しのさんまでそうなるのはちょっとどうなのだろうと思う。
舞台の上ではなく、舞台袖や客席から思う存分撮影したい所存なのだ。
「ふむ……つまり、それ相応の対価が必要、ということかな」
なかなかにしのさんも悪女だねぇ、と委員長はにやりと唇をゆがめてそう言った。
あの、そういう話でもないんですけれども。
「わかった。ならこちらも追加報酬をだそう」
「依頼料ってことですか? でもそれってなんかお金でしのさんやってくれって感じでいい気はしないですが」
そんなに安いしのさんではありませんというと、ふふと委員長は余裕の笑みを浮かべる。
「現金はちょっと難しいね。運営的にも予算は使い道が決まっているし」
ファンクラブの会員はもろ手で大賛成だがねっと彼はふんすと鼻息を荒くした。
どうやら実行委員会の全部がしのさんファンクラブではないらしい。他のメンツは打ち上げようの費用も必要と考えてるのだそうだ。うん。未成年には飲ませちゃダメ。
「そこで考えるわけだね。我々が支払える対価はなにか。撮影許可だけではご不満なようだから」
さあ何があるだろうねと彼はにやりと笑みを浮かべてちらりと他のスタッフに視線を巡らせた。
誰かいい案はない? という感じだけど、余裕があるのは自身に腹案があるからなのだろう。
「では、以前打ち合わせた通り、しのさんへの報酬は、情報ということにしようか」
「情報ですか?」
ん? と首をかしげると、委員長さんはどや顔で言った。
「学内の情報だね。運営委員はメンバー数も多く、歴代イベントのしきりをやっているのもあってコミュ力が高い人たちが集まっている。例えば定期試験の過去問だって集め放題だ」
「そこは勉強して試験受けてるので」
特にいらないですというと、おぉ、さすが女神の依り代なんて言われてしまった。散々な言われっぷりである。
「なら、そうだね。学校で人が集まるスポットとか、景色がいいところとか」
「学内は写真撮りまくってるので、景色がいいところはだいたい把握してます」
それ以外で教えてくれるっていうなら、ありがたいけどそれを対価にするのは安すぎる。
「では、研究室の情報は? 君も三回生だ。そろそろあたりをつけておきたいんじゃないかい?」
「うっ」
痛いところを突いてくる人である。その話は今朝がた話したばかりのことだ。
そういう情報はたしかに、数の力で集めたものには叶わないかもしれない。
「研究室の雰囲気、その部屋の先生や院生、そして何より我らにはしのさんファンクラブの名簿がある。これは価千金の情報だと思うけどね」
さあどうだい? といわれてぐぬっと木戸は言葉に詰まった。
たしかにそれがあれば、いろんな意味で楽にはなる、のか。
「しのさんの当日の服装はこっちで決めるっていうのと、舞台に一緒に立ってとか言わなければ、受けてあげてもいいです」
やれやれと思いながら、そう答えると、やったぁー! という声が部屋に響いた。
収支的にはプラスになるかなと思ったんだけど、ファンクラブの存在自体がヤバイのではという気持ちが大きくなってしまった。
「あの、報酬でファンクラブの解散とかは?」
そろっと手をあげていうと、そんなのあり得ないっ、とみんなの顔が驚愕に染まっていた。
いや、いま解散しても一年半後に解散してもあまり変わらないと思うけど。
そんなわけで非公認ファンクラブはそのまま勝手に続くことになり。
木戸は一日、劇団のお手伝いをすることになったのだった。