670.後期の授業がはじまります。
遅くなりました。日常話でございますー。
「夏休みは、いろいろ巻き込まれた気がする……」
あぅーと、木戸はげっそりしながら、大学への道を歩いていた。
まあ、だからといって普段撮ってる道の写真を撮らないってことはないのだけど。
それでも、木戸くん今日はどうしたー? と、それぞれのお店の人達には声をかけられてしまうようなところだった。
久しぶりだねぇ、なんて声もちらほらかけられる感じである。例年、夏の間は学校に来ないことが多いので、もうこんな季節か、なんて思う人も居るらしい。
さて。
大学生においての、授業と休日は自分を育てるためのもの、という話もあるけれど。
ううむ。木戸として育っているかといわれると微妙で、ルイとしては育ってるなぁという感じの夏を過ごさせてもらったように思う。
ゼフィ女の写真部顧問としてのお仕事はとても楽しかったし、他にも濃密な時間を過ごさせてもらった。
それに加えて、コンビニでの仕事もある。
二足のわらじ状態での仕事はかなり充実したものだとは言えるけど、さらにそこに大学の後期の授業が始まるのもあって、木戸としては結構忙しい日々を過ごすことになりそうだった。
「ま、ダブルブッキングして、男女使い分けて一日デートをこなすー、なんていう無茶ぶりじゃなきゃなんとでもなるんだけど」
エレナが前に言っていた女装ものの展開で、男として、女としてそれぞれ約束した日が同じだった! なんていう作品があるらしい。
そもそもダブルブッキングは最もやってはいけない行為である。
その上に、性別を変える手間まで加わるというのは、そうとうなものだ。
さすがに眼鏡外すだけで性別違いますと言うには、心許ないところもあるだろう。
ウィッグも使いたいし、服装もある程度変えていきたい。
そうなると、きっとタイムスケジュールをしっかり作っていっても、破綻するんじゃないかなと思う。
「おう、木戸じゃん。今日はそっちの格好なんだな」
「ああ。赤城。さすがにイベントじゃないしな」
学校の敷地に入ると、赤城から声をかけられた。
あまり夏は関わりが薄かったので、久しぶりといった感じの相手だ。
ちょいちょい連絡は取っていたけど、わざわざ会って話をしようという感じにはならなかったのである。
彼は彼で、アルバイトをしたり、就職活動関連を頑張ったりしていたらしい。
というか、インターンで咲宮さんのところの会社に潜入してきたのだそうだ。
本人に会うことはできなかったみたいだけど、プライベートではご飯に誘われたりはしているのだそうだ。
「今日のカメラはいつものなんだな」
「まあね。あっちはプロ仕様だもの。こっちも結構いいやつだけど」
それぞれで使い分けてるのです、というと、ほほーと赤城は胸元を見てきた。
特別他意はないだろうから、そこで嫌がるそぶりは当然見せない。
「ほんとに一直線って感じだよな」
「そっちだって、一直線だろ?」
まさか、そういうことで仕事を選ぶとは思わなかったよというと、そうか? と首を傾げられてしまった。
「憧れの先輩がいる会社って思えば割とありだと思うぜ。お前だって憧れの人の会社に入りたいとか思ったりしねぇ?」
「興明さんのところは……あそこ会社じゃないしなぁ」
まあ、そういうことなら気持ちはわからんでもない、と答えておく。
実際、あいなさんは憧れの先輩ではあるわけだし、その会社にというのは心情的にはわかるつもりだ。
それが恋愛から来るとなると、さっぱりわからなくなるわけだが。
「それに、ハナさん自体が実業家っていうか、仕事めちゃくちゃデキる人だから、そっちでも肩を並べたいっていうかさ」
「沙紀矢くんの話だと、昔から優秀だったってさ」
さらに立場が人を作るって言葉の通り、今の仕事でかなり力を付けているなんて言ってたっけ、というと、赤城は表情を緩めた。
ああ、素敵! とでも思っているんだろうか。
その顔は思い切り撮っておいた。
「そこを撮るってのは、なんつうか屋敷でのことを思い出すな」
「回りに人がいないからいいけど、あんまりおおっぴらには言うなよ」
あっちとは別人っていう気持ちでいていただけるとありがたい、というと、まぁなぁと、赤城は言った。
「こうやって見ると、確かに別人だよな。こんな地味メンがああなるとは思えない」
「しのさんを知っている身としては?」
「あり……えるって思っちまうかなぁ」
だから気を付けろというと、へいへいと緩い答えが返ってきた。
はぁ。なんというか、ばれた相手がこいつで良かったなぁとしみじみ感じる一幕である。
これで、ミーハーな相手だったなら、きっと関係性も変わってしまっただろう。
「でも、就職のためにいろいろやってるけど、その前に卒業だよなぁ。あと一年半無事に卒業できればいいんだが」
「あれ? お前単位ヤバイとかあんの?」
赤城はこれで割と真面目な方なやつという認識だ。授業もちゃんと出てた方だと思うのだが。
「必修単位は……まあやばいとは言わないで良いくらいではある」
ハナさんのおっかけやったり、店に行くための資金を稼ぐバイトしたりはしてたけど、と赤城は少し恥ずかしそうに言った。
ふむ。毎日ハナさんが来るわけじゃないだろうけど、あの店に通うということになると、出費も馬鹿にならないといったところだろう。大学生でバー通いとか、無茶ぶりである。まあセキさんがかなりそこら辺融通を利かせてあげてるとは思うけど。
「そういう木戸は……あんだけいろいろやってても学業はおとさないよなぁ」
「まあなぁ。好き勝手やらせてもらう代わりに、学業はちゃんとしろって親にいわれてんだよ」
そりゃ、別に超一流大学に行け! とかは言われないけどいちおうは大学卒って肩書きは持っとけって言われるんだよな、というと、なるほどなぁと赤城に生暖かい視線を向けられた。
「愛されてるじゃん? あんなにやらかしてるわりには」
「そうか? いや。まあ一回り年上の人からは、仲良しでいいわねって言われるけど……うちでは割とあーだこーだと、言われてはいるぞ」
女装はやめろって言われることも実際あるしな、というと、まじか!? と赤城は驚いた。
え、そこで驚くの? というような感じはしたのだが、そこらへんは木戸の動じない姿の結果からでた感想なのだろう。
「自立して稼げれば、ある程度好きにやれってところはあるとは思うんだよね。その上であんたははっきりしなさい! って感じで」
別に、好きな事やってるだけなのに、解せないというと、好き勝手過ぎるんじゃね? と赤城に言われた。
いや、赤城さん。君こそかなり好き勝手やってると思うけど。
「そういや、お前の家族の話って聞いたことないけど、聞いてもいい案件か?」
「あー。別に目新しいことも無いから、話題に出さなかっただけだな。一般家庭過ぎるくらい、一般的だ」
「カミングアウトは?」
「んや。それは恋が実ってからでいいかなって」
おまえさん方と違って、俺は見た目がどうこうなるわけじゃないしな、と赤城は言った。
「そして、安心している相手にがぶぅっと首筋にかみついて、相手もお仲間に……」
「ちょっ。冗談でもそういうのはやめてくれって。同性愛は感染するもんじゃないっての」
まってくれ! とムキになる赤城を数枚撮影した。こういう顔もするやつなんだなって感じで新鮮だ。
「すまんすまん。ただ、真面目にそう信じてる人もいるみたいな話も聞いたことがあってさ」
そういうのは、生まれたときからあんまり変わんないっていわれるしな、と答えておく。
いちおう、ホルモンバランスが崩れれば好きな相手も変わることもあるようなのだが、感染性ということはありえない。
「木戸は浮いた話……は、すっげぇー聞きたいけど、教えてくれないんだろうな」
「そこらへんは禁則事項です」
言えません、というと、だよなー、とあっさりとした返事が来た。
こいつとしては春のスキャンダルの件を元にいろいろと思うところはあるのだろう。
でも、さすがにあのことについては赤城には言えないことである。
「ま、浮いた話よりは、今は現実の話だな。そろそろ研究室もどうするか考えないとだし」
「う……」
三年の後期が始まったのなら、そろそろ決めておかないとやばいんじゃね? と赤城に言われて、木戸は返事に詰まった。
そう。大学の四年。この学校の理系の生徒は基本的に、研究室に配属されてそこで研究なり、ゼミナールなりを受ける必要があるのだ。
文系の方はある程度、選択制らしいけれども、木戸はいちおう理系の学生なのである。
「って、どうしてお前そこで、つまるんだよ……成績もそこそこいいし、学内でも認知度高いだろ?」
選び放題じゃねーの? と言われて、いやーと憂鬱そうな声を返す。
割とフリーダムにやらせてもらっているけれど、それはあくまでもシステムが許しているに過ぎない事柄なのである。
イベントの時の女装はお祭りの時だから大丈夫ということだし、授業に女装で参加するというのは、そもそも大人数での講義で出席もカードリーダーで学生証をスキャンするのである。
それが研究室となると、さらに少人数で直接相手と顔を合わせて、という関係性になるわけだ。
「研究室って、だいたい教授がメインでやってるじゃん? しかも理系の先生達……実は俺の事あんま好きじゃないっぽいというかね……」
騒ぎの元みたいに認識してるところがあって、煙たがられてる部分がありまして、というと、え? と思い切り首を傾げられた。
いや、そこまで驚かなくてもいいじゃん。
「えっと、でもお前研究室入り浸ってたりしてんじゃん」
「長谷川先生は文系の先生だしな。それにあの人はどっちかというとオタ仲間なの。エレナたんラブ! な感じな人だし、それに研究ってなったらまた話は変わってくるって」
あの人がなにを研究してるか知らんけどね、というと、そういうもんかぁと赤城はため息を漏らした。
ああ、懇意にしてる先生がいるなら、そこで楽勝じゃん! とか思っていたのかもしれない。
「それに長谷川先生は特撮研の顧問ってこともあって、そっちの繋がりなんだよ。研究室の手伝いをしたことはあるけど、餅つき大会だしな。研究っていうのとはまったく別のプライベートって感じ」
「他に興味があるところとかはないのか?」
「探してはいるんだけどな……そもそも、俺の場合は就職先がある程度決まってるわけだし、ガチ研究したい! っていうところもなくて、真面目に理系で研究職を目指してます! みたいなやつの邪魔になりたくないしなぁ」
こう、レポートだけで良いです! 自由にやりましょー! みたいなところを希望です、というと、志が低いなぁと言われてしまった。
「赤城はどこか狙ってるところあるのか?」
「俺は、仕事に結びつくものっていうのは考えてはいるんだがな……ただ、就職に有利な研究室! みたいなのの縛りはないんだよな」
この前、インターンに行った感じだと研究の内容がどうのというよりは、卒業できた事実の方が大切みたいだと赤城は言った。
ふむ。
「となると、朝から晩まで実験実験ってところは、実験大好きっこに任せて、ほどよいところを探さないとなぁ」
「そうなるな。でも、おまえが理系の先生達から嫌われてる? ってのはちょっと疑問だけどな」
「嫌われてるっていうか、割り切れないから、ダメなんだろうなって感じかな。既存の数式で解けないから」
男=女って数式は無理っぽいというと、わかるようなわからないような、と赤城は苦笑を浮べた。
「ま、お前ほど自由に性別変えるやつは、滅多にいないってこったな」
すげぇとは思うけど、そう簡単に割り切れない人もいるかもな、と赤城はしみじみ言った。
「相手の見た目とか性別で態度変えるのは、今までいくらでも体験してきたしなぁ。そこはもうわかっているつもり」
どうして同じ対応にならないのか、と思うけど俺自身も相手の見た目である程度判断はしちゃってるしなぁと木戸は腕を組む。
平等に触れあおうとしても、どうしても相手によって態度は変わる。
こればっかりは仕方が無いことなのだろうと思う。
ただ、なるべくいいところを見つけて引き出したいとは思う木戸である。
「研究室選びまではまだ時間はあるしな。それまでになんとかやっていける場所、探してみせるさ」
できれば、あんまり忙しくないところでな、というと違いないという返事が来た。
赤城も就職の方が優先のようだし、ガチ研究というわけではないらしい。
そこらへんのユルさで理系の先生方が納得するのかはわからないのだが。
そろそろ考え始めないとなと思いながら木戸は校舎の中に入っていった。
そういえば木戸くんって理系の学生(笑)だったよなぁと思いだし、そうなると研究室とかゼミとかじゃん! と思いまして。
作者は研究室とか苦手な人だったので、ろくに交流してなかったりします。
研究室描写はお悩みな感じですがきっと、いいところに落ち着いてくれると信じています。
次話は、いちおう学校の予定。