666.青木さんがおろおろしているようです1
さぁー! 以前、教えていただいた小ネタを使うときがやっときた!
「どうにも、アルバイト量を増やそうという、黒羽根店長の思惑を感じる……」
だんだんと日が短くなってくる十月。今週のシフトをもらって帰宅している木戸は、仕事の量について愚痴をいっていた。
だって、大学の講義はあまりないんだよね?! 就職活動してるんならあれだけど、是非とも働いて欲しいなぁと、にんまりされてしまっては、こちらもあまりNOと言えないところなのだった。
今日ももう八時近くといった感じだろうか。周りはかなり暗くなっているし、夜の明かりがぼんやり浮かんでいる。
まあ、もちろん、ゼフィロスに行く時間はとらないといけないから、その分のシフトはしっかり開けさせてもらっているのだけど、そこに関しても、まさかその日はデートなのかしらとか、ひどいことを言われたりもしたのである。
ゼフィロスに関しては、平日の午後と、生徒からの申し出があれば休日も参加というような感じでシフトを入れている。
夏の合宿なんてのはかなりのレアケースではあるけれど、他はそこまで長居するわけでもない。
ましてや、宿泊込みというのはほとんどないのである。
文化祭……は、あるのはあるけど、あっちはあくまでも生徒主催のお祭りで、基本的に顧問は率先して意見を出してはいけないらしい。行き過ぎたら止めるブレーキの働きをしてくれと、学院長先生からは言われている。
生徒と一緒になってわいわいやりたかったのだけど、それをやりたいならまた入学しますか? と学院長先生に笑顔で言われてしまってはさすがに奏としての生活をしようとは思わない。うん。ほんとだよ?
さすがに学生を続けるには、やりたいことが多すぎるし。
今日も家に帰ったら、この前撮った写真の整理である。
そんなことを思いながら、家につくぞといったときだった。
家の前に人影があった。
この時間、とくに家に用事がある人はほとんどいない。
宅急便なら車が近くに止まっているはずだけど、その姿もない。
「まさかまた、新聞記者だったりして」
カメラをこちらから構えながら、じぃっと近づいていくことにする。カメラはやましいことがない人からすれば、なんともないものではあるけれど、やましい人にとっては、攻撃力抜群のアイテムである。
周りはそこそこ暗くなってきてしまっているので、それにあわせて設定はばっちりだ。
にしても一人だけとはいったいどうしたことだろう。
ちょっとふらふらしているというか、様子がおかしいようだった。
「あの、大丈夫ですか?」
「いや……ああ、木戸、か?」
声をかけたら、ぬっとその人物は顔をあげた。
「おま、青木か? こんなところでどうした?」
そこに立っていたのは、夏に旅行先でばったり出くわした青木だった。
あのときと比べて、視線はかなりいろいろなところに泳いでいて、かなり挙動不審である。
というか、人の家の前に立っていて、人の顔を見て驚くってどういうことか。
「……いや、その」
「はぁ……まあ、このあと用事がないなら上がってけよ。茶くらいは出してやるから」
ほれほれ、突っ立ってないで入った入った、と青木の背を押すと、ふぁっ!? と変な声を上げていたのだが。
まあ、それに関して対応するつもりはない。
玄関を開けると、スリッパを出してとりあえず洗面所に向かう。
うがい手洗いは大切だし、それにちょっとやってもらうことがあるのだ。
「とりあえず、顔洗え。タオルはこれ使って良いから」
ほれ、そんなしなびた顔に水分補給だ! といいつつ洗面所を貸し与えることにした。
さすがに、青木がアホなのは知っているけれど、ここまで撃沈している姿というのははじめて見る。
この後の写真整理は、後でもできるので部屋に引き込んで話を聞こうと思ったわけだ。
夕飯の準備? 六時までに帰らない日は母様にお任せなのです。木戸ばかりが家事してるようなイメージがあるかもしれないけど、八時すぎまで仕事をしているときはちゃんと母さんは家事をしているのです。
「すまん」
彼は素直に顔を洗うと、タオルを顔に当てた。
そこでなぜか硬直している。ん? なんか鼻をひくひくさせてるような。
「いい香りがするな……」
「うちは洗剤にもこだわってるしな」
顔を洗ったあとの感想がこれですか。さすがは安定の青木である。
たしかに木戸家の洗濯物はフローラルの香りはしたりするけれど、そこに反応するとは。
「おまえ、貧乏じゃなかったっけ?」
「別に、うちが貧乏なわけじゃないぞ? 俺が貧乏性なだけ。しかも今はバイトも仕事もしてるから、割と稼ぎもあるし」
まあ生活習慣としてあの頃のものが残っているから、端から見れば自炊してるし節約してるようには見えるだろうけれども。
「それに両親だってそれなりに仕事してるしな。家のローンも終わってるって言ってたし」
いちおう、母さんは専業主婦ではあるのだが、最近はなむーさんカレーでアルバイト中である。
あそこもある程度固定客ができて、よかったと思っている。
「なるほどなぁ。確かに二月にきたときも小物がちょいちょいあるなとは思っていたんだが」
「……あーうー。あれはちょっと、もらい物でな……」
家の小物は木戸家だと母の管轄で、いろいろと飾ってあったりするわけなのだが。残念ながらその中には結構、とある人から送られたものというものも採用されていたりするのだった。
そう。HAOTOの翅からのプレゼント攻撃の時にもらったもの、というのが置いてあるのである。
母さん曰く、別にものに罪はないし、趣味はいいじゃないのってにこにこ顔だったのは今でも鮮明に覚えている。
女装するのは嫌がるくせに、男にもてるのは誇らしいと思うあたりは、静香母様もどこかおかしいんじゃないかと思う。
そりゃ、母さんは翅のファンだったりするのもあるだろうし、あいつが自ら選らんだプレゼントとなると、にやにやしちゃうんだろうけれどもさ。
「ふぅん。ま、おまえもいろいろある、か」
恋愛っていうより、女子会でプレゼント交換とかしてそうだよな、と青木はあっさり的外れなことを言った。
そりゃ、女子同士のつきあいみたいになってる相手もいるにはいるけれど、最近は男同士のつきあいの方が多いような気がする。たぶん。きっと。
「んしっ。手洗い完了。そいじゃ部屋に向かうかね。おまえ、飯は?」
「そういえば……まだだな。木戸は?」
「ん。バイト先で済ましてきてるんだ。よかったらなんか作るけど?」
そういや、腹減ってるかもとお腹をさすっている友人を見て、苦笑を浮かべる。
まあ、そういうことならば料理を振る舞ってやらないわけにもいかない。
「ああ、助かる。部屋で待ってれば良いか?」
「だな。リビングの方は両親がいるだろうから」
ま、挨拶していってもいいんだが? というと、今はちょっとと青木はうつむいた。
まあ、あれだけふらふらだったわけだし、気を遣わせる気はまったくない。
おとなしく部屋で待っていればいいと思う。
「あ、でも部屋のものは触るなよ? 半年前みたいにベッドの下とか覗いてたら怒るからな」
まあ、見てもなにもないんだが。
しかもロボット掃除機でほこりは綺麗にしたばっかりである。
「わーってるって。おとなしくしてるよ。ただ、ベッドぐらいは貸してもらって良いんだろ?」
「ま、かまわんよ。座るくらいならな」
ただ、良い匂いだからとかいって、ベッドをくんかくんかするのはやめろー、というと、そんなことしてたまるか! と青木につばを飛ばされた。
さすがに今の精神状態でそんなことはしないだろうと思うけど。
アホな青木の後ろ姿を見送りながら、木戸はキッチンに向かうことにした。
「ごちそうさまでした!」
ぱしっと、青木はお皿をからにしてカランとスプーンを置いた。
よっぽどお腹がすいていたのか、なかなかの食べっぷりで、さきほどまで呆然としていたのとはかなり違って、顔には生気があふれているような感じだった。
「おそまつさまでした」
「いや、あんな短時間でよくこんな飯つくれるよな、おまえは」
「つっても、あんかけチャーハンだぞ? チャーハンにあんをぶっかけただけの即席だし」
うまかった! と笑顔でいう青木に木戸は今日は速度を重視してみましたと返す。
実際、あの青木の状態を見ると、すぐにでも活力の元をいれてやったほうがいいと思ったのである。
「いや。普通そこだとチャーハンが出てくると思うんだが? なぜにそこであんかけが入る余地があるんだ?」
「うまかっただろ? スープの代わりにあんかけにしたくらいなもんだし、暖かい方が良い感じがしたんでな」
「これが、女子力というやつか」
きっと、ちぃならここまでは……なんてつぶやいているけど、千歳さんだってこういう細やかなことはやってのけると思います。
「んで? 落ち着いたからには、さっきのショック状態についても説明はしてくれるんだろうな?」
なんかあったんか? とデスクのほうの椅子に座って木戸は頬杖をついた。
食器の片付けは、まぁあとでもいいだろう。
「……ああ。そうだった」
そんな風に問いかけたのだけど、青木はがくぅっとまた背中を丸めてしまったのだった。
今まで、木戸と話していて少し現実逃避をしていたらしい。
逃避。ショック状態を回避するための方法の一つである。
「実はさ、ちぃのやつにめちゃくちゃ怒られたんだよな……」
「ほう? それはまたなんで?」
「いや……それがなぁ」
いやー、うーんと青木はかなり言いよどんでいるようだった。
「どうせ、おまえのことだからまたなんかやらかしたんだろ?」
わかってるってというと、ちょっ、と青木は不満そうな声をあげた。
いや、だって青木さん夜にちゅーしてきたりするじゃないですか。
千歳だってがっかりするなにかをやらかしてしまったとして、お前だしな、という納得はすると思います。
「違うって。俺はちぃに手を出したりはしてないって! っていうか手を繋ぐことすらそんなに多くないレベルなんだっての」
「ほほう。俺は千歳のすべすべなお手々はよく握っていますがね」
「お前のは、どっちかっていうと同性としてって感じだろうが。俺たちのは恋愛感情があるからそういうのを躊躇するんだっての」
「ちなみに、俺の手を今握ったりは?」
ほれほれ、さわれーというと、青木は遠慮なく手をがしっと掴んだ。
高校のときから手が大きくなったかは正直わからないのだが、木戸の手に比べるとふたまわりくらいは大きな手である。
まあ、手は身長に比例するって話も聞くから、その影響なのかもしれない。
「んで? なにがあったん?」
少し、高校の時のやりとりのようなものをしてみて、気をほぐしたところで、青木に訪ねた。
千歳がいやがることナンバーワンである、肉体への接触というのをあまりやってないということならば、他にあの子が傷つくことというのがあまり思い浮かばない。
いや、リードされたとか、アウティングされたとかいうならそりゃ、めちゃくちゃ沈み込むだろうけど、青木に対して怒るというシチュエーションになるかといえば、ちょっとそれは違うだろうと思うのである。
「おまえ、俺が歌好きなのは覚えてるよな?」
「まあな。カラオケにも無理矢理つれていかれたしな」
しかも、学外の友人と一緒にというと、あーあの子もそうとう可愛い歌だったよなー、と懐かしそうな顔を浮かべた。そう。制服姿のエレナさんと一緒に行ったときのことだ。
二人でそれぞれ可愛い曲を歌っていった気がする。
「でだ。俺な、わりと歌ってみた動画を撮ってたわけだよ。そんなにアクセスはのびなかったけど、まあ無難、とか、悪くはない、とか言われてたわけ」
「ほう。きもいwwwwとかにはならなかったんか」
最近は動画撮影して流す人が多いというから、どうなのだろうと思ったけど、あんがい上手くいっているらしい。
「まあそこそこ上手いからな。それもあって生配信をしたときに、コメントをいただいたんだよ。見た目が邪魔してるww とか、歌に集中できない、とか、頭がばぐるwwwとかな」
「……ん? それって、その歌ってもしかして」
「お前も知ってるだろ? もちろん女声で歌ってる。男の俺が女性歌手の歌を歌ってみた! みたいな感じだな」
「……んむ」
そうかー、それを知ったら、千歳はちょっとへこむかもしれない。
女性的であるべきな自分よりも、彼氏の方が女性の歌が上手い。
それっていうのは、けっこうなダメージではないだろうか。
うん。その言葉だけで喧嘩の原因がわかってしまったような気がした。
でも。そう。それは気がしただけだった。
「んで。それならVTuberデビューしてみたらどうですか? といわれてな……やってみたんだ」
「うあぁ」
さすがに安定の青木は、もう一発爆弾を放り込んできたのである。
というわけで、ちぃちゃんが「知らないっ(ぷぃ)」ってやってる感じの事態となりました。
でも、確かにこれはな……
いや、別にVTuberさんたちは素敵素敵とは思うのですが、。ちぃーちゃんの属性からいうと、うわぁああんってなりそう。というか、可愛い男の娘VTuberさんとか結構いて、作者が、わぁーー!ってなっていたりします。
はい、次話は仲直りしますよー!