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ep13.父様達の宴会

 おまちどー! 年内はじめては番外編からでございます!

 今年もよろしくお願いします! 

 そして本日の主役は、木戸パパ。ええ。パパなのです。

「では、より深い親睦に、乾杯」

「か、乾杯」

 グラスがかちりと重なると、中の琥珀色の液体から泡が上がった。

 それは一番上のもこもこに合わされると、白い大きな泡になった。


 おっと、いけない。現実逃避している場合ではなかった。

 俺は、お互いお酌をしあったビールを飲み干した。

 乾いた喉がそれで癒やされていく。うん。ビールはうまい。


「おお、木戸さん良い飲みっぷりですね」

「三枝さんこそ。いけるくちですね?」

 目の前にはにこにこ顔の三枝さんがいた。

 俺からすれば、取引先の社長さんである。それに対する自分は係長だというのに、どうしてこうやって対等に向かい合っているのだろう。

 接待ならまだわかるけど、これは本当に友達同士の飲み会なのだという。

 どうしてこうなった、という感じである。


 ことのはじめは、取引相手である三枝さんの会社のパーティーに呼ばれていった時から始まる。

 いきなり、パーティーが終わったあとに息子ともども呼び出されて、顔を合わせたのがファーストコンタクトだろうか。

 同じような境遇の息子を持つもの同士ということで仲良くしようと言われ、ようやく宴会が実現したのがあれから半年以上経ってからのことだ。

 会社同士の共同プロジェクトの間は、さすがに私的に会うのはためらわれたし、そのあとについても都合が合わずにようやくかなったのが八月の夏の日差しが強い今になってからだった。


 ようやく都合がつくということで、店の予約をとって宴会がスタートしたのだけど。

 店は、三枝さんの趣味というか、できれば個室で、そこまで高くないところを、ということで探している。

 さすがに話す内容が内容なので、周りに筒抜けというのは避けたいのは俺とて同じ気持ちだった。

 もちろんお互い子供の名前は出さずに、うちの子、そちらの子、みたいな感じで話そうとはしているけれど、お酒の入る席でどれだけ口が滑るかはわからない。

 そこまで高くないところ、という指定をしてくれたのは、きっとこちらの懐事情を考えてくれてのことだろう。

 秘密保持のための個室、といえば最初に考えつくのは政治家の先生たちが使うような奥座敷、イメージで言えば馨も交えて行った木戸家と新宮家の顔合わせのときに使った場所みたいな感じになるのだろうか。

 あのときは特別な会だったのでああいうところを使ったけれど、さすがに普段からあれは厳しいものがある。


 そして選ばれたのが、チェーン店の居酒屋となったのだった。個室でさらにタッチパネルで注文するので、呼ばない限りは従業員さんはこないし、プライバシーもある程度守れるだろうということである。

 三枝さんは、おぉ、個室いいですねぇなんて言っていたけど、きっとこういうところの個室は入ったことはないのだろうなと思う。

 かくいう、俺も会社の宴会での個室ならあっても、友人とのサシの飲み会というのは初体験ではあるのだが。


「しかし、まさかこういう関係ができるとは思いませんでした」

「それは私もですよ。まさか子供の付き合いから知人ができるとは」

 そう。こんな事態になっているのはすべて息子の馨の行動力が頭おかしいからである。

 息子同士の付き合いから、では、親同士も仲良くしましょうというような感じで、今回の宴会は開かれることになったのであった。


 おかしいだろ。普通は子供関連での親の付き合いは、ママ友だろって思う。

 静香がママ友を作っていたのかどうかは、正直……うん。牡丹の母親としてはともかくとして、馨の母親としては悩ましいところである。

 そして、三枝さんの場合は奥さんがいない、ということもあってここは男同士でという感じになったのだった。

 

「最近は子育てに男も携わるのが当たり前になってきましたからね。今後はこういうのも増えるのかもですね」

「そういうものでしょうか」

「うちだと若手社員が育休を取りたいと言い始めたりもしてましてね。パパ友というのもありなんだと思います」

 たとえば、お隣同士で同年代とかだと家族ぐるみの付き合いをする、みたいな感じかな、と三枝さんは言う。

 ご近所か。

 木戸家のご近所は幸いなことになのか、馨達とは少し世代が離れた人が住んでいる。なので近所でというような話はあまりなかった。


 というか。そういうのがあったら馨はどう思われていたのだろうか。

 小さな頃の馨はそれこそ幼女といっていいくらいに可愛らしくて、半ズボンをはかせているというのにみんなから可愛いと言われる感じだったのだ。


 性別がわからない子には女の子ですか? と聞くのが一般的らしいけど、うちの場合は可愛い女の子ですね、と断定口調だったのが懐かしい。

 まさか、そのときは、

今みたいになるとは思っていなかったのだが。

 ちょっと可愛い子供。それは親としては、褒められて嬉しいたぐいのことだ。静香だってあの頃は特に今みたいに目くじらは立てていなかった。


 それが、大人になっても、続かなければ。


「パパ友……なるほど。ママ友に対応してって事ですね」

「私の場合は、子育てをほとんど執事の中田さんにお願いしてしまっていましたから、むしろ同輩から助言がいただけるなら、助かります。いまいち子供とどう接していいのかわからなくて」

 お恥ずかしながら、いろいろありまして、と三枝さんは苦笑を浮かべる。

 さらっと三枝家の事情というのは馨から聞いているけど、さすがに親子仲がどうか、というところまでは聞いていない。

 執事さんに任せて仕事に打ち込んでいた、というようなくらいしかわからない。


「中田さんというと、先日パーティーにいらっしゃっていた?」

「もともとは妻の教育係というか、執事だったのですが、そのままあの子の面倒を見てもらっていて」

 執事がついている奥様というのも、なんというか……と驚いて見せると、まぁ外国ですからねと彼は言った。

 なるほど。エレナさんが少し日本人ばなれした容姿をしているのは、そこにも由来するのか。


 ふむ、とそんなことを思いながら、お通しのおでんをつまむ。

 うん。うまい。

 すでに、料理はある程度注文して、テーブルに並んではいるのだが、それでもお通しに先に手をつけるのは、遠慮しているからなのだろうと思う。

 先ほどまで、わいわい何を頼みましょうか、とキラキラした顔で三枝さんに言われて届いたものは、一人向けというよりはシェアするタイプのものばかりだったのである。

 まあ、居酒屋飯っていったらシェアは基本なんだけど。サシでそれってどうすれば良いの? とちょっと涙目。


「そういえば木戸さんはその、お子さんがあんな状態なのは最初からご存じだったのですか?」

「それは、まあ。そもそもあの子の姉と友達が着せ替え人形しているって話から始まるので」

 あの子が小学生の頃でしょうか、というと、そんな頃からですか、と驚かれてしまった。

 あちらもそこまで木戸家のことについて子供から聞いているわけではないらしい。


「そんな頃だから、というのもあったんですよ。まあ子供のうちのお遊びみたいに思っていたんですが」

「それが今に続く、と」

 ふむ、という三枝さんに、いえ、と否定の言葉を乗せる。

 そう。馨の女装は着せ替えごっこの延長線ではない。さすがに牡丹たちも着せ替えごっこに罪悪感を覚え始めたのか、馨が中学に入る頃には、止めていたように思う。


「続く、というより高校生になってから自発的にやるようになったというか」

 綺麗に写真を撮るために女装しようって発想はちょっと、というと、三枝さんは苦笑を浮べた。

「そのとき反対しなかったんですか?」

「もちろんしましたよ。妻の方が積極的に反対していました」

 というか、そもそもカメラをやるっていうのにも私は反対で、と俺は言った。


「そうなのですか? あんなに楽しそうに上手く撮れるのに」

「私個人の事情なのですが。父がカメラマンをやっていましてね。ああはなって欲しくないって言うか」

「なるほど、ご苦労されたようで」

 そういうのはありますよね、と三枝さんは深く聞かないままに納得してくれた。できる大人である。

 いや、無意識に嫌そうな顔をしてしまっただろうか。


「それで機材とか必要経費は自分でまかなうのを条件に出し、さらに妻からは家事全般できるようになれというのが入りまして」

「ほほう、それはまたなぜ?」

「妻としては女性の格好をするのなら行動もそうであるべきだって。もっともらしいことを言ってますけど、これなら女装は諦めるだろうって思ってたみたいですね」

 うん。その提案が出たときはさすがに無理だろうと思ったものだ。

 学業に関しては親として支援はする。けれども私生活は自分でまかなうようにというようにした。

 

「でも、うちの子から聞いた限りだと、家事全般こなせるみたいですが」

 実際、うちのミニキッチンで料理をして食事会をしていたりもしますしね、と三枝さんは言う。

 う。あいつは人様の家で何をやっているのだろうか。


「ああ、うちとしては全然かまわないのですよ。子供同士の交流というのは必要なことですしね。それに……他にもいろんなつながりをあの子に作って欲しいですしね」

 そういう意味では、家で食事会というのはよいことだと彼は言った。

 いまいち、俺としてはホームパーティーの習慣がないので遠慮をしてしまうのだが、三枝家であればお客様を呼んでも問題はないということなのだろう。

 うちは、弟家族を家に呼ぶくらいなもんだしな。


「三枝さんは、その、お子さんのことはどうお考えですか?」

 きっとホームパーティーだと、女子会みたいになってるんだろうなと思いつつ、その件を尋ねておく。

 同じような境遇の子供を持つ身同士、どういう意見を持っているのかは聞いておきたい。

 というか、むしろこれを聞くために今日は宴会に参加したようなものである。


「お恥ずかしながら、私があの子の、ああいうことについて知ったのは、一年前くらいのことでしてね。それ以前は仕事に集中してしまっていて、あまりかまってやれなかったツケがでてしまったようで」

「あれだけの美人さんなら、目立ちそうですけど」

「あまりああいうジャンルというか、漫画やアニメに興味がなくてですね。チェックするのは経済関連ばかりだったので、本当に気づかなかったのですよ」

 最近は意識してそういう情報も入れているんですけど、当時はあまり、ね、と言いながら彼はビールをあおった。

 不覚、とでも思っているのだろうか。

 でも、確かに俺たちくらいの世代だと、漫画やアニメに疎い人というのはマジョリティなのだろう。俺も嫌悪感はないけどそこまで詳しいわけでもないし。


「そういえば、袋女現るっていう記事、見ましたよ? 木戸さんのところの方がニュースになっているように思います」

 うちの子よりマスコミ関係では露出は多いのでは? と言われてぐふっとダメージを食らった。

 たしかに馨は……というか、ルイはちょっと芸能関係に首を突っ込みすぎているように思う。

 しかし、袋女ってなんだ……

 首をかしげていると、あとで本人に聞いてみるといいですよ、とにこやかに言われてしまった。

 ほんと、あいつ何をやってるんだろうか。


「私は正直なところ、うちの子にはやりたいようにやらせてあげたい。ダイバーシティの話が出ている昨今、昔に比べればチャレンジさせることにそこまでの不安はないですし」

 それに、うちの子がそれくらいで認められないわけがないですし、と三枝さんは言い切った。

 お酒が回ってきているのか、すさまじいお子さんびいきである。

 子供を信じている、というのもあるのだろうけれども、そこら辺の感覚は木戸家とは少し違うのかもしれない。

 平凡な我が家としては、馨の存在はイレギュラーすぎてどう扱えば良いのかに悩むのだ。


「まあ、近寄ってくる男がいるなら、血祭りにあげますがね」

 恋愛はまだ早すぎる! と三枝さんはおかわりのビールを注文しながら言った。

 注文はタッチパネル方式で、必要がないときは従業員が来ないスタイルの居酒屋である。

 サービス料がかかるようなお店だと、頻繁にご用伺いがきてしまうものだけど、こういうタイプの店だと自由にできるのがありがたい。


「血祭り……かぁ」

 馨には、エレナさんの彼氏の件については、絶対黙秘ね、と言い含められている。

 確かに、三枝さんはお子さんラブ過ぎて、実はおつきあいしている彼氏がいるとなると大変そうだとは思う。

 そこらへんの話を聞くと、この人も一人の子の親か、なんていう気持ちになった。

 共感しているのは、牡丹を嫁にだした痛みを抱えた部分ではあるのだが。

 あれは、ほんと、こう……な。まあ、真飛くんは血祭りに上げようとしたら、逆にやられそうな気はするが。


「そこらへん、木戸さんはどうお考えで?」

「うちの子は、なんというか……とてもモテるようですけど、頭が残念なので……」

 カメラ脳なので、というと、ああ……と三枝さんは納得してくれた。

 それだけで通じてしまうのは、親としては喜んで良いのだろうか。

 うう、これはそろそろ強めのお酒に切り替えていってもいいのかもしれない。


 タッチパネルをいじりながら、焼酎のページを表示させる。

 そして、そこから銘柄を選んで注文を終えた。


「おや。木戸さん強いお酒もいける口ですか?」

「それなりってところでしょうか。うちの子の方が強いかもしれませんが」

「うちのも、結構飲める方で、親としてはちょっと安心しています」

 お酒での失敗っていうのは、特に危ないですからね、と彼は言う。

 そういうものだろうか?

 逆に、まったく飲めなくてお酒はきっぱりお断りのほうが良いような気もするのだが。


「弱いよりは強い方がいいかなってところですね。いきなりだまされてジュースですって言われて強いお酒を飲まされたりなんてことがあったら、たまりませんし」

 とろんとした目で、お父様ぁ! とか言われたら私はどうにかなってしまいそうですが! と前のめり気味で三枝さんはそう言った。

 ううむ。もしかして三枝さん、娘さん欲しかったんだろうか。

 いや、たしかにかわいらしいと思うし、実際牡丹が小さかった頃……いや、馨が小さかった頃も、かわいく呼んでくれたけれども。


「酒については、うちのも注意はしてるみたいですね。飲み過ぎると野太い声がでるから、とか言ってましたが、実際どこまで飲ませればそうなるかもわからず」

「お? そういうものですか?」

 声? ときょとんとした顔を三枝さんに浮かべられてしまったのだが。


「うちのは声変わりちょっとはしてますからね。どうすればそんな声が出せるんだって聞いたら、お父様も覚えます? とか笑顔で言ってきてちょっと……」

「声の出し方、というのはあるみたいですね。でも、うーん、うちのはあんまり変わった感じしないですね」

 確かに話し方は大人っぽくなってきたなとは思うのですが、と言われて、正直首をかしげてしまった。

 声変わりをしない男性、というものは存在するということか。


「隠し芸としては、おもしろいと思いますけど。さすがにおじさんがこのビジュアルで可愛い女声というのはネガティブな反応がでるかもしれませんね」

 うちで忘年会でやったら、社長は乱心したのか、とか言われそうと三枝さんは苦笑を浮かべた。

 

 そういえば、馨が芸能人の友人に女声の出し方を教えたら、隠し芸でお披露目してすっげーって普通に言われたと言っていた。

 あのときは、おまえにできるのなら別にというような感じで話したのだが、逆に、そう受け止められる土壌というのがあるもんだなと改めて思った。


「若い男性アイドルが、可愛い声だせます! とかってなると、良い印象みたいですけどね」

「どこまでのギャップが世間に受け入れられるのかっていうのは、おもしろい視点ですね」

 たとえば、見た目と声だけで、肩書きだけおっさんなら、世間の反応はどうなるのだろうか、と三枝さんは真剣に考え始めた。

 それにつられて俺も、ちょっと考えてみる。


 20年後の馨は……ぐふっ。見た目静香さんみたいで、声も可愛い。40歳男性だけど、といわれてそっちの方が嘘くさいなという感じだ。

 というか、静香さんも年齢を言うと、うそだっ!! とか言われてるみたいだしな。

 

「肩書きは、あんまり関係ないのかもしれませんね。見て、聞いて話している時は、やっぱり目の前の相手のことを見るというか」

「そう言っていただけるとうれしいです!」

 ん? ない頭をしぼって答えたことは、どうにも三枝さんにいたく気に入られてしまったようだった。

 今のに、どういう気に入られ要素があったのだろうか。


 あれ。もしかして、それ。私の中身を気に入ってくれてうれしいです、とかそういうことなんだろうか。

 いや。確かに三枝さんはいい人だとは思う。

 でも、「いい人だから社長さんでもあるんだろうな」とか思ってしまうわけで。

 素直に、そこで、友人ですねー! がーっはっは! とかはいかないのが俺のへたれ具合なのだろう。

 馨や牡丹に言われる。静香さんをめぐって弟と喧嘩したなんて信じられないと。

 でも、あのときは、静香さん以外なにもいらないとか思っていたし、必死だったのだ。

 

 守りにはいってないかって? 妻と子供がいて、攻めに出る人の気がしれない。

 良くも悪くも、俺は小市民なのだ。

 

 さて。とはいってもこの話題を続けるのもちょっと難しい。

 否定したら絶対、目の前の人はしょんぼりするのだろうし。

 そこで、ひらめいたのがエレナさんの話題だった。これだったら上手く話が流れてくれるだろう。


「そ、そういえば、そちらのお子さんも年始にテレビに出ていませんでしたっけ?」

 なんというか、あんまり目立たせたくないと思っていたのでびっくりしました、というと。

 彼は、ちょっと驚きながらも、木戸さんになら話しちゃいましょうか、とにっこりだった。

 そう。これも実は気になっていたことだった。

 三枝さんは良くも悪くも、お子さんのことを溺愛している。

 あの会社のパーティーの時のことを思えば、あまり外に出したがらないだろうなと思ったのだ。


「あの子がやりたいと言ったので。よっぽど危険と判断したこと以外は自由にさせてやりたいのですよ」

「結果的にうちも放任主義にはなってしまいましたが……その、大丈夫なんですか?」

 ご心配では? というと、わかってくれますか!! と、わしっと手首を捕まれてしまった。

 いや。別に木戸家の放任主義は、「理解あるもの」ではなくて「万策つきたー!!」のたぐいの放任なのですが。

 正直、放任するようにしても、俺は馨のことが心配である。

 失敗してるとかはないけど、問題は起こし続けているし、なにより、絶賛道なき道を全力疾走だ。


「もともと家の教えというかそういうのもあると思いますよ。我が家の家訓は、不可能と言わない、ですからね」

「諦めない、的なことですかね」

「似てますが、できると思って臨むということですね。たとえば経営上でできるけど利益が少ないからやらないっていうのと、不可能だからできない、では話の意味が違いますからね」

 なので、あの子の行動に関しても、危なさそうなところはフォローしつつ、縛りはしないと言った。

 まったくもって、振り回されている木戸家とは違う考え方である。


「そういう経験を重ねているから、そういう考えになるんでしょうか」

「自分にはどうせできないだろうっていう決めつけは、割とみなさんしてしまっている。でも案外、はじめてさえしてしまえば、なんとかなるなんてこともあります」

 どうしても駄目で撤退することもあるんですけどね、と三枝さんは言った。

 う。経営者オーラがすごい。

 うわっ、と思っていたのが顔にでていたのか、三枝さんは苦笑気味に、イカ焼きをつつきながら言った。


「そういう木戸さんこそ、どうすればあんなお子さんができるのか、すごいなぁと思います」

「私は特別なにもしてないですよ。ただあの子はとにかく好きなものに熱中するタイプで。その結果、人間らしい欲がとことん薄いだけなんだろうと思います」

 場合によっては、どんなに生活が質素でもカメラさえ握れればそれでいいと思っているかもしれない。

 そこらへんは実は結構不安だったりする。

 女装をやめなければ追いだそう! とまで言えないのは、追い出したところであの子はあのままできっと何も変わらないだろうと思っているからだ。

 きっと、自分の力だけで寝床を探して、一週間友達の家を代わる代わるして、寝泊まりできてしまう。

 最悪、それができなかったら、知らない人に声をかけたあげくに、「おまっ、おまー!」とか事件になりそうだ。

 え。路上生活? カメラの保管を考えると、あいつはそれを選ばないような気がする。仕事先にそれらを保管するという話をしたら、佐伯さんはきっとうちで寝ろと言うだろうし。


 女装の問題はなんとかしたいけれども、だからといって縁を切るほど嫌か、といわれたらそんなことはないのだ。

 というか、父親から勘当されるというのは結構しんどいことを自覚しているから、というのもあるのだが。

 馨のことは、責任をもって我が家で対応させて欲しいと思っている。


「なんといいますか。肝が据わっているというか、無頓着というか。遠慮がないというか」

 いちおう礼儀作法はわかってるはずなんですけど、どうしてあんなに無遠慮に人とつきあうようになってしまったのか、と俺は頭を抱えた。

「遠慮がない、ということはけして悪いことばかりではないですよ。もちろん礼儀を欠いてはいけないですけど、私から見ればそちらのお子さんは礼儀を尽くそうという気持ちは伝わってきますし」

「そう言っていただけると助かります。でも庶民も庶民ですよ? そういう意味ではそちらのお子さんとおつきあいさせていただいて、その……悪影響がないか心配で」

「大丈夫ですよ。たしかにそちらのお子さんは、和食を好んで、みんなでお弁当食べよう、わーい! みたいな感じだとは思うのですが、未知のものを見たときに、それに寄り添おうとしてくれるので」

 マナーとは、ただ形を同じにすることではないんだな、と思わせられます。


「それに、本人も、自分はマナーとかよくわからないって思っていて、どうすればいいか、と素直に聞いてくれますからね」

 うちの子の誕生日の時、節操なく撮影をし続けるのはマナー違反だ、といったら、えぇーと、情けない声を出してましたよ、と三枝さんがにんまり笑いながら言った。

 ふむ。知り合いの誕生日パーティーに行ってくるといって、帰りにおいしいお土産を持ってきたときが何回かあったけれど、まさか三枝さんのところだったか。

 当然ルイとして参加したんだろうけど……


「あの、そのときはドレスとかでした?」

「あー、そこは内緒だったんですね。はい。そちらの子の友人と一緒にうちでドレスに着替えていたみたいですね」

 ここ数年きていただいてますが、年々美しくなっていきますね、とスマートに賞賛されてしまい、むしろ困ってしまった。

 いや。

 似合いそうだとは思う。

 思うけど、息子がドレスを着てパーティーに出ているというのは、けっこう心理的にくるものがある。

 残念ながら、三枝さんのように開き直れるわけはない。


「パーティーでもカメラを持ち歩きつつ、撮れる範囲でいろいろやっていましたが……あの積極性こそがカメラマンとして必要なこと、なのかもしれませんね」

 臆病ではあそこまでぐいぐいいけないでしょうからね、と三枝さんは褒めてくれた。

 うん。褒めてくれたでいいんだよな。


「そういう友達ができたことはうちの子にとっても幸せなことです」

 本当にありがたいっ、っと三枝さんはグラスを掲げていた。また乾杯しようと言うことらしい。

 ちょうど焼酎も届いたのでというのもあるのだろう。

 かなり気分が良いのか、顔を少し赤らめてにこにこしている。

 社長さんとサシで宴会だと思って構えていたけど、あちらはまったくそういう気はないようだった。

 本当にパパ友扱いである。


「今後も時々こうやって飲みに誘ってもかまいませんか?」

 では、これからの二人の友情に、乾杯と彼は再びグラスを併せてくる。

 グラスを重ねるとちびりとロックの焼酎をなめるように飲んだ。のどがかっと暑くなるような刺激が入ってきた。


 正直、今になってもちょっと三枝さんとの飲み会は抵抗がある。

 けれども、こうやって話をしていると、わかる部分もある。

 三枝さんはエレナさんのことを話せる相手がほとんどいないのだろうと思う。

 そういう意味合いでは、時々ご飯を食べながら話をしあうのは、良いことなのかもしれない。


 回数を重ねていけば、もしかしたらもう少し抵抗はなくなっていくのかもしれない。

 それこそ、彼が言うように、一歩を踏み出してしまえば、案外なんとかなるのかもしれない。


 そういうことであればと、俺はまだ残っている抵抗を溶かすためにも、グラスに入った焼酎をくぴりともう一口、飲み込むことにした。

 肩書きから始まり、気が合えば仲良くなり、そして友というものはできる、と私は思っています。

 子供のうちは「場」かもしれませんが、場を提供するのが肩書きだったりするのも、世の常です。


 そして、いくら出会いの場に言っても、気が合わないから友達はできないっていう人もいます。はい。私です!(ぇ)

 で、でも、きっと、男の娘好きな人とは、仲良くなれるに……違いない!


 今回はおどおど木戸パパとぐいぐい三枝パパなのでありました。着地に悩んでこの長さになりましたが、楽しんでいただけたのならなによりです。

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[一言] あけましておめでとうございます。 年末はお忙しかったようで、お疲れ様でした。 木戸家はクリエイター系の人を輩出するには一般家庭すぎるのかもしれないですね・・・。 小さいころから男らしくしろ…
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