665.大学三年九月 合同企業説明会5
さぁーめし。めっしー。
仕事関連でぶらついたのでめしでしめます。
「まさか、スーツ姿でお食事になるとは」
「むしろ木戸くんが外食をしていることに違和感すら覚えるわ、あたしは」
ふむ、と会場の外に出た木戸達は、一軒のレストランに入っていた。
会場から少し離れたビルの中に入っているところで、正直、普段の木戸なら絶対に入らないようなところである。
「でも、ここに来たいって田辺さんが言うわけだから、それにはしっかりと対応しないとね」
興味が無かったわけでは無いからね、というと、だよねー! と田辺さんに後ろから抱きつかれた。うんうん。暑苦しい。
さて。レストランとは言ったものの、実はこの店、ビュッフェスタイルの中華のレストランなのである。
「普段いっつも自炊でも、こういうのに興味はあるのね?」
「そりゃね。友人のところでイタリアンビュッフェだったりってのはあるんだけど、中華ってのはあんまりないし」
家で作るにしても、エビチリとか酢豚くらいだし、というと、それを作るのはどうなのかと、磯辺さんに言われた。
いや、でもスーパーでお安い海老とかが売ってたら、作ってしまうよね。
「イタリアンもいいなぁ。うまく就職できれば、そういうのにお金が使えるようになるかなぁ」
「そこはどうなんだろ? 自分の生活の面倒を自分で見なきゃいけなくなるから、割と外食できる余裕はなくなるかもね」
後輩におごったりとか、税金とかいっぱいかかるよ、というと、夢がないー! と二人に言われた。
いや。だって生活するの大変だって言うよ?
「あーもう、どうしてこのコはそういう夢の無いことを……」
「社会人になるというのは、きっとそういうことなんだと思う」
ほら、こんな格好してるわけですし? と言うと、むぅーと田辺さんはほっぺたを膨らませた。
うん。可愛いので一枚撮影。
「って。はぁ。撮るのか……そうかぁ」
なんかデジャブだなぁと田辺さんに言われたので、ほらっ、さっさとご飯とりにいこう? と話題をそらすことにする。
田辺さんとは、ルイとして一緒に食事に行ったことがあるので、油断はしない方がいいのだろうと思う。
大学に入った頃、うっかりナンパされてるのを助けてから、彼女はルイの事が大好きなのである。
磯辺さんのほうは、ルイ=木戸の事を知ってるからある程度仕草を出してもいいけど、田辺さんにまでそれを知らせるかというと、いろいろとここまで内緒にしてしまったので、切り出しづらいものなのである。
「それは、撮るなのか、それとも取るなのか」
「もちろん取るだよ?」
磯辺さんにそう突っ込まれて、テーブルを立ち上がる。
ほら、時間制限もあるし、さっさといただきましょうというと、二人ともはいはい、と続いて立ち上がってくれた。
そしてお楽しみの中華タイムである。
ビュッフェスタイルということで、保温容器の中に入ってる料理がずらりと並んでいる。
先ほど話題に出たエビチリや、酢豚なんかも当然あるけれど、なかなか家だとプロの味にならない麻婆豆腐などもしっかりと置かれている。
「こういうとき、食べたいものを攻めるのか、それともちょっとずつ行くべきか……」
きっと映えを目指すならプレートにちょっとずつよね、と磯辺さんは言いながら、木戸の方をちらっと見ているけど、そこは好き好きでいいのじゃないかなと思う。
「私はちょっとずつ最初に試してから、そのあとメインに行く派だけどね」
まあでも、個人的にビュッフェに行くのってパーティーばっかりだから、さすがにちょっと抑え気味に腹八分目くらいにすることが多いのだけど。
そこまではさすがに田辺さんの手前もあるので、言葉にはしない。もちろん残ったものをお持ち帰りさせてもらうなんていうことも極秘である。
「くっ。慣れてますって対応よね。こちとら焼き肉の食べ放題とかで、お腹いっぱい食べる庶民飯になれてるんだから」
「えー、志保ったらスイーツバイキング以外にも行ったことあるんだ?」
焼き肉? ん? と田辺さんが首を傾げているんだけど、詰め寄られた磯辺さんは、あうあうと口をぱくぱくするばかりだった。
あー、これ、レイヤーさん繋がりの友達で行ったんだろうねぇ。
「あははっ、家族と一緒にとかそういうやつよ。一家族分になると支出が辛い一般家庭は、食べ放題に駆け込むの!」
「惣菜系食べ放題とかもいいよね。あ、二人とも高校生の頃はスイーツ食べ放題とかは行った感じなのかな?」
こそっと、回鍋肉をつまみとりながら、二人に問いかける。
それなりに話をする二人ではあるけど、そういえば高校の頃の話というのはあまりしたことが無かったのである。
というか、『今』が忙しすぎてあまり過去の回想なんてのはできなかった、ってのはあったのかも知れないけど。
「んー、私はそこそこかなぁ。学校帰りに友達とわいわいって感じで。時間制限ないところだったから、割と通ったかも」
「あたしは……んー。放課後学校の連中と一緒ってのは、あんまりなかったかなぁ」
二人の答えはそれぞれ反対で、田辺さんは友達と遊びにいったことも割とあるとのことだった。
じぃーっと、磯辺さんが木戸に視線を向けるのだけど、あんたもでしょ? あんたもこっち側よね? という感じなのだろうか。
「しのさんは? 高校の頃から女装はしてたんだよね?」
「まあ、そうなんだけど、どっちかというとカメラ握ってる方が楽しい人だったので、放課後に友達と遊ぶってのはあんまりなかったかな」
それに、お店の中よりは外に出ていたかったから、友達と一緒でも町回りとか、公園回りの方が多かったかな、というと、あー、あんたはそうだよねぇと、磯辺さんに目を細められた。生暖かい視線というやつだろうか。
「女装して放課後町中を歩く……かぁ。それはそれで面白そうかも! それでクラスメイトの男の子とばったり出くわしたりとかして、わたわたしたりして……」
「わたわたはしなかったけど、さすがにガチ告白されたときはあかんかったです」
うん。青木の時のことを思い出すと、我ながらあのときは迷いがあったなぁと懐かしい思いになる。
青木の事は、好きか嫌いかで言われれば、好きな方だ。
友人として困っていたら助けてやりたいとも思うし、交流も持っていきたい相手である。
なにより、あいなさんの弟だし。
だから、恋愛というものがいまいちわかってない身としては、とても悩んだのであった。
「ふぅん。そういう逸話には事欠かない、か。さっすがー」
ね、ルイさんっ、とこそっと耳元で磯辺さんにささやかれた。
うひゃぁと、変な声を上げると、なにやってんの二人ともーと田辺さんに注意されてしまった。
いけないいけない。
今は、プレートを完成させることに集中しよう。
「やっぱり、北京ダックまでここに入ってるってのがすごいよね」
「皮だけかなって思ってたけど、お肉も食べるんだね」
「なんか、地域によって違うみたいな話だったかな」
まあでも、かりかりの鶏皮は正義だと思います! といいつつテーブルに戻ってきた。
とりあえず木戸の一巡目は終了である。
デザートの類ももちろん並んでいるけれども、それは二週目以降に取っておいてある。
「志保はまだ悩んでるみたい」
「ちょっとずつにするか、狙ったものにするか、って話だね」
確かに、ちょっとお値段がはるからそっちを気にしちゃうってのは、わかるなぁとテーブルから磯辺さんにカメラを向けた。
他のお客さんが入らないように気を付けながら、んー、と料理を前に悩んでいる彼女の姿を撮る。
レイヤーさんとして、びしっと決めてる姿もいいけど、こういうプライベートもいいと思う。
「あああっ、しのさんが志保ばっかり撮ってる! ここは是非とも私も撮って欲しい」
「はいはい、仰せのままに、お嬢様」
今度は向かいに座っている田辺さんにカメラを向ける。
スーツ姿でちょっと背伸びしている子の写真という感じに仕上がった。
「写真っていうと、エントリーシートにも写真必要なんだよね。それってしのさんに撮ってもらうことってできるのかな?」
「んー、やってやれなくはないけど、あんまり就活系の撮影に関しては、やったことないからなぁ」
自動車免許の時の写真みたいに流れ作業で撮っていくものかな? というと、うぬっ、と田辺さんは眉根を寄せた。
流れ作業はご不満のようである。
「アッキーったら、どうしたの? しのさんに写真の駄目だしするなんて」
「えー、志保もエントリーシートとか、履歴書の写真、めっちゃ盛ったの使いたくない?」
こー、体の内からあふれ出る魅力がきりっと表現されてる写真みたいなのをさ! と田辺さんがいうので、それはちょっと……と木戸達は止めることにした。
あ、麻婆豆腐ちょっと辛めで美味しい。
「あのね。アッキー? 就職用の写真っていうのは本人確認のためのものなの。髪型違うとか眼鏡掛けてるかとかが違っても問題なのに、さらに盛っちゃうってのはあんまりよろしくないの」
エントリーシートの写真がいいから合格! ってわけにはいかないんだよ、と磯辺さんがまともなことを言っている。
うん。確かに写真で決まるのであれば、すっごいなぁとは思うけど、書類選考で見た目で選ばれるのはモデルとかアイドルとかそういうものなのじゃないかと思う。
お、よだれ鶏美味しい。
「それでもさ。この写真じゃーダメだー! って水準はあるんでしょう? エントリーシートもこういうのはダメだぁ! みたいなのいっぱいあるじゃない」
「ああ、そっちか。アッキーとしては足きりになりそうな写真にならないようにして欲しい、と」
「そういうこと。でも、その基準がいまいちわからないというか」
どういうのがいいんだろうか、と思うと……と田辺さんはいきなり杏仁豆腐から食べ始めていた。いきなりデザートで糖分補給したいくらい疲れていたらしい。
木戸はというと、チンゲン菜の煮物をいただいている。ホタテの貝柱のだしがしみしみでとてもジューシーだ。
中華といったら、やっぱりチンゲン菜である。
「基本的には、企業からみて、これはないわー! ってのをやらなきゃいいんじゃないのかな? あとは表情がちゃんと見えて、無難な表情してればいいんだと思うけど」
暗くて見えないとか、写真のサイズが規定外とか、本来の用途とずれたりルールを守らないと怒られるんだと思うよ、というと、そんな簡単な話? と田辺さんに不安そうな顔をされてしまった。
でも、そういうものだと思う。
売り出しポイントは他の項目で入れて行けばいいのだ。
「まあ、そこらへんの事情に関しては、知り合いのカメラマンさんに聞いておいてあげるよ」
うん、ととりあえず佐伯さんの名前は出さないようにしつつも、安心させてあげるようにそんな提案をした。
佐伯写真館は、佐伯さんがカメラマンとして出張もするけれども、写真館の中での記念撮影なども行っている。
その中には、当然のように証明写真なども含まれるのである。
そっちの仕事は、うちに就職したら覚えてもらうからね、と言われていて今のところルイは見ているだけの状態である。
「それはありがたいなぁ。是非ともそのときは写真お願いします」
友達のよしみで、是非! と田辺さんがわしっと木戸の手を握ってくる。
すべすべのお手々の感触である。
「当然、あたしのも撮ってくれるのよね?」
「磯辺さんは……はいはい。撮らせていただきます」
はいよー、と肩をすくめながら、北京ダックをいただくことにする。
カリカリに焼いた鶏の皮はやっぱりとても美味しい。
チキンソテーにしても、焼き鳥にしても、皮のパリパリ感というのはごちそうである。
「はぁー。なんか大学生活も終盤な気分がしちゃって悲しいなぁ」
「なに言ってるの? まだ一年半もあるじゃないの」
半分過ぎただけでしょう? という磯辺さんの意見は概ね正しいように思う。
ちなみに、ビュッフェタイムはそろそろ半分である。
「別に就職活動に全部の時間を使うわけじゃないし、まだまだ学生の時間でいろいろやれるんじゃない?」
「でも、サークル活動は三年になるとある程度もう、引退というかなんというか」
「あー、イベントとかの運営も二年生がメインだしねぇ。そういう意味合いでは、学校よりは就職準備みたいな期間にも見えるのかな」
それを言われると確かにそうなんだけど、学生生活を楽しんでいる学生もいるにはいる。
「しのさんは特撮研はどうするの?」
「どうするもなにも、そもそもうちはみんな好きなことやりたい人達だから、参加してる人達も結構いるんだよね。去年とかは合同でいろいろやった関係もあって、当時三年の先輩とか、卒業間近な先輩たちもちらほら来てたし」
イベントの企画をするとかはさすがにやらないけど、普通に撮影することは楽しいし、特撮研の他のメンバーと一緒に写真を撮りに行くということもとても楽しいことだ。
そういう意味では、ルイとしての仕事とコンビニの仕事優先ではあっても、できるだけ参加したいと思っている。
「まあ、学生を満喫しよう! っていう時期はちょっと過ぎてきたかなとは思うから、終盤とは言わないけど、後半には入ったって感じはするかな」
「後半……くぅっ、まだまだ学生でいたかった!」
「って、アッキーったら、まだまだこれからも学生は続くってば」
なんでそんなに悲観的かね、この子はと磯辺さんも苦笑いである。
でも、今日改めて就職関係のイベントに来て、圧倒されてしまったのもあるのだろう。
「両方とも、力を入れればいいだけの事だと思うけどね。睡眠時間を確保しながら、就職活動と私生活と両方ともね」
辛いのと甘いの両方食べよう、みたいなそんな感じ、というと、むー、と田辺さんが木戸をじっと見た。
「なんか、その余裕っぷりがデジャブなんだよねぇ。でも、その前に余裕で羨ましい」
「別にアルバイト漬けで時間的余裕が無いってわけでもないんだよね? だったらまだまだやりたいことやれると思うけど」
ちらっと磯辺さんに意味ありげな視線を送ると、こちらもむぅと唇を尖らせた。
ここで、レイヤーの話はするなよ、という牽制なのだろう。
ま、自分の中での優先順位の問題だ。就職活動に力を入れたければそれをすれば良いし、学生生活でやりたいことがあればそれをすれば良い。
一番悲しいのは、しなければならないこと、に時間を多く割かれてしまうことなのではないだろうか。トラブルの回避のために頑張る、とかね。
「じゃ、じゃあ……さ。その……たとえば恋愛とかも、がんがんしてもいいのかな?」
「恋愛!? アッキー、まさかあなた……」
まだ、二年前のこと、引きずってるの!? と磯辺さんが驚いたような顔をした。
二年前? はてなにがあっただろうか。
「あれ。田辺さん、好きな人とかいるんだ? どんな人?」
「……こいつ……全然覚えていやがらねぇ……」
ぼそっと、磯辺さんがそんなことを言って頭を抱えていた。え? なんのこと?
まさか、さすがに田辺さんがルイの事を気に入ってるっていうのが、そのまま恋愛にはつながらないでしょうに。
「たぶん二人が知らない人。講義が一緒になることが結構あって、それでその……なんかいいなぁって」
「あ……違った」
磯辺さんが、え? ええっ? と困惑顔を浮べている。
珍しいのでそれは撮影させてもらった。
「あれ、志保ったらもしかして、ルイさんのことかー! とか思った? それはさすがにないよー! ルイさんはどちらかというと憧れだもん。あんな大人っぽくて美人で、しかも男の人ともあれだけ仲良くできる人なんて、そんなにいないし」
「あ、うん。そういうことなら、まぁ、いいんだけど……」
うわぁ、と磯辺さんが木戸に不憫なやつ、という視線を向けてきた。
いや。別にルイさんはそういう評価で全然かまわないのですが? 綺麗なおねーさんと言われることにはむしろ誇りすら感じるほどである。
「でも、ルイさんにもまた会いたいなぁー。ここのところいろいろトラブル続きだったみたいだし、忙しい人だっていうのはわかっていたから、連絡するのは控えていたんだけど……」
そっちのほうもわがまま言っちゃっていいのかなぁと、田辺さんは遠慮がちな顔を浮かべていた。そこも撮っておく事にする。
「とりあえず、連絡だけでもとってみれば? あのあと全然連絡とってないんでしょ?」
「それはそうなんだけど、忙しくないかな?」
邪魔はあんまりしたくないんだよねー、と田辺さんは苦笑を浮かべた。
むぅ。そんな顔されたら接待のひとつもしてあげたくなるけど、んーむ。さすがに木戸の口から何かをいって誘導するのもフェアではないような気がする。
なので、ちらっと磯辺さんに視線を向けると、ふむと顎に手をあてて、ぱちりとウインクされた。
「忙しければ返事は来ないだろうし、送ってみるだけならタダだよ」
ならおくらにゃ損ってもんだと、磯辺さんはよいアシストをしてくれた。
これでどうするかは田辺さん次第である。
「そしてお腹に余裕があるなら追加でご飯を食べる方がお得でございます」
とりあえず会話が一区切りついたところで木戸は立ち上がって、新しいプレートをとることにする。
説明会のお昼に優雅な食事というのもなんだけれども、もう一度味わいたいご飯がいっぱいなのである。
説明会でお昼に優雅な生活ですが、ここらへんはまだまだ友達と遊びたいようという気持ちがあったりするのだと思います。
大学三年九月だからまだまだ学生生活は続きます。
え、社会人の一年は早いですけども。。
はい、そんなわけでイベントの午後はご想像にお任せしまして。次話は新しいお話になります。