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663.大学三年九月 合同企業説明会3

本日短めでございまーす。

「ソロプレイ……んー、どうしたもんか」

 熱心に説明を聞く二人をちらりと確認をしてから、周りに視線を向けることにする。

 大手の説明会、ということもあるけれども、ほかにも回らせる意図があるのか、大手企業が一日中貸し切りなんていうことはなく。

 説明自体は二十分程度ということである。

 企業側も一回ではおさまりきらない分を、回数を重ねてフォローしたいというのもあるのだろう。


 その時間をどうやって使おうか、というのがとりあえず今の木戸に課されたミッションなのだった。

 幸い、というか、いい意味で周りが放っておいてくれる状態なので、木戸としては自分の意志でいろいろと見て回ることができる状況である。

 これだっ! という企業を決めているわけではないけど、ぐるっと廻ってみて興味があるものがあったら覗いていこうというスタンスでいいのではないかと思う。

 そりゃ、カメラ関係のブースには行ってみたいけどね。今日もってきているカメラを作ってる会社のブースもあるのは、ちらっと確認済みだ。

   

「にしても、ほんと会社によって人気がまちまちというか……」

 歩きながら、ブースの内容とそこに集まる人たちをチェックしていく。

 すでに数人のリクルートスーツ姿の子を集めて話をしているところもあれば、あぁ、どうやって声をかけようかとおろおろしているようなところもあった。


「おや……ほかの会社の人かな? 君のところも上手く人を集められてない感じかい?」

「ほう?」

「ん?」

 さて、そんな学生さんが集まっていないブースの前にいると、おっちゃんに声をかけられた。

 父様と同じくらいの年齢だろうか。他の企業の人よりも年配な方が出てきているので、珍しいなぁとつい見ていたのである。

 彼は、リクルートスーツじゃない木戸のことを見て、他の企業の人というように認識したようだった。


「私は企業側ではなく、学生側ですよ」

「おや? それにしては普通のスーツを着こなしてるようだけど」

「友人の付き添いで来ただけなので。就職活動する気はあまりないのでリクルートスーツというものを用意してないんです」

 これは、その……仕事するときに必要になるかなって思って用意しただけです、というと、おじさまはがっかりした様子で、テーブルに体重を預けた。


「くっ。すでに内定が出てる子か……」

「内定……ある意味そうですね。今日はほんとに冷やかしでこちらに来たので」

 そうはいっても、特別大きな会社に入るのが決まってるわけではないのですが、というと、そうなのかっ! とちょっと気力がもどってきたようだった。

 ううむ。女子姿でスーツを着てると、割とかっこいいと言われるしのさんである。

 どうにもおじさまには一つ年上、今年の卒業生みたいな感じに思われてしまったようだった。


「みんなどうしても大企業ばかりの話を聞きたがってね。なかなか無名なうちみたいなところは来てくれないんだよ」

「おじさまの会社は、どういうところなんでしょうか?」

「うちは、板金をメインとしてる工場(こうば)でね。金属の加工を専門でやってて、営業と経理ができる人材を募集しようと思っているんだよ」

 でも、まったく興味持ってくれる人がいなくてねぇ、とおじさまは肩をすくめた。

 まだ、開始してそんなに経っていないから、そこまで悲観しなくてもいいと思うんだけどね。


「もしかして、おじさまあんまりこういうイベント慣れてない感じですか?」

「あ? ああ。そうだね。というか、ここ数年不景気でね。新人の雇用を控えていたんだ。それもあって五年ぶりくらいにこういう場に来たというか」

「そして、周りのネームバリューにやられている、というわけですね?」

「そう! うちはB to Bの会社だから、一般のお客さんにはなじみがないものばっかりつくってるんだよねぇ」

「えっと、会社相手にお仕事してるって意味合いでしたっけ?」

 B to B と聞いて、いちおう確認を取っておく。ビジネスtoビジネス。会社向けにお仕事をしてる会社の在り方である。


「たしかにネームバリューはないとは思いますが……そこは、見せ方だとは思いますけどね」

 ブースの飾りつけとか、ちょっとこざっぱりしすぎじゃないですか? というと、いや……まぁ、そうなんだが、とおじさまはあたふたしはじめた。

 なんというか。こういうところまで同人誌即売会と共通点があるというのは、なかなかに感慨深いものがある。

 外にアピールして、集客をしようと頑張ってるところもあれば、自然にまかせるところがあるように、このイベントもそれぞれでアピールの仕方が違うのだなぁという感じである。


「たとえば、金属を加工しているのなら、そのサンプルとかをばばーん! と展示しちゃうとかはどうなんでしょう? ご自分のお仕事でこれが好き! これはできた! どやぁ! みたいなのあったら、それをアピールすればいいんじゃないですかね?」

 いや、私もモノづくりをする側ですから、自分で作ったものに感動することはありますよ? というと、おじさまは自信なさそうにバッグからなにかを取り出していた。


「金属部品を展示しても、なんというか……こんなんでいいのかなって」

「見てもらって、これが結果的にこんなことに使われてます! みたいなところまでアピールできればいいと思いますけど」

 正直、それがなんの部品なのか、木戸には皆目見当もつかない。

 さらに、それで出来上がるものが、あんまり有名ではないものだとしても。

 何かの役に立っているから、それは継続しているのである。


「実際、どういうものの部品なんです?」

「えと、これはお菓子の製造ラインとかで使われる部品だね。うちの今の仕事はそういうのが多いからね」

 やっぱり一般のお客さん向けじゃないんだよねぇと、おじさんは言うけれど、そこはどうだろうかと思う。


「お菓子! いいじゃないですか! それがなじみ深いものだったら興味持ってもらえるんじゃないですか?」

「そういうものかね?」

「自分のお仕事がどういうことにつながっているのかって、ちゃんとわかったほうがやりがいがあると思いますよ?」

 うんうん、とうなずいていると、そういうもん……いや、そうだよなぁとおじさまは金属片をなでなでしていた。

 ルイとして働いていて思うのは、やっぱりその写真が喜ばれることが一番うれしいってこと。

 お仕事にしても、やっぱり自分がやったことの成果ってのが目に見えてわかったほうがモチベーションがあがるものである。

 そういうのは小さい企業の方が実感しやすいのではないだろうか。

 大きな会社だとマネジメントの方に人を割かなきゃいけないってこともあるみたいだし。


「あ、あのー」

「お話聞かせていただいてもいいでしょうか」

 さて。そんなふうにおじさまと話をしていたら、若い男性の声がかかった。

 二人とも、ちょっとおっかなびっくりといった感じなのだが、それでもようやくの集客である。

 やっぱり、現物を展示しているのは良かったのではないだろうか。


「大歓迎だよ! ささ、二人とも座って座って」

 ありがとう! 今日初めてのお客様だ! とおじさまはすっごくにこやかに男子学生をもてなし始めた。

 うんうん。なかなかにリラックスして話せているようだ。


「さて。では私はお邪魔になりそうなので、ここらへんで失礼しようかと」

「あー、一応名刺! これ持っていって。よかったらうちにも遊びに来てよ」

 いつでも歓迎するので! とおじさまはいいつつ、男子学生に会社の説明をしはじめたようだった。

 とりあえず、スタートは切れたようでよかったように思う。


 少しブースから離れると、えっ、さっきのコ、ここの会社の人じゃないんですか!? なんていう声が聞こえたのだけど……まぁ、きっと空耳だと思いたい。


「では、一枚だけ」

 学生さんたちをなだめながら、サンプルを片手に楽しそうに声をかけているおじさまを、撮らせてもらった。

 そこに写ったおじさまの姿は、最初のしょぼくれた姿よりもかなりよい表情である。

 その姿を見ながら、その会社に就職はできないけれども、ぜひとも頑張って新入社員を獲得してほしいと木戸は思ったのだった。  

どうして木戸くんって、こうおじさまキラーなのかしらとちょっと思ってしまう昨今。

でも、特に警戒心もなく話しかけてくれるっていうのはうれしいことなのだろうなぁと思ったりもします。


そして無意識にサクラをやっている木戸くんは、なんというか……あーあ、という感じでしょうか。

さて。次はもうちょっとイベント会場を回る予定です。まだ撮り足りないので!

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― 新着の感想 ―
[一言] 男の娘を展示するのは最強の客寄せですね! 若い女性は異性に対する警戒心が強いところがありますから(目立たないけど実は若い男性もかも) 警戒心薄い男の娘は気に入られやすいかもなーって思います…
[一言] バレンタインの女神の次は企業説明会の女神なのかな(苦笑)
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