662.大学三年九月 合同企業説明会2
遅くなりました!
感想へのお返事も滞っていて申し訳ありません!
さぁ、就活イベントはじまるよー!
「こんなに大きな会場でやるんだね……」
「他にも就活生いっぱいだなぁ」
イベントにもよく使われる大きな建物の前に向かうと、他にもスーツ姿の学生の姿が見えた。
みな黒のスーツ姿で、黒い鞄を持っている。
「この中から生き残らねばならないだなんて……」
「それだけ世の中仕事もいっぱいあるんじゃない?」
大丈夫大丈夫、と田辺さんに言うと、むぅーと目を細めている磯辺さんの姿が目に映った。
彼女としては、普段はコスプレイベントできている会場に、スーツ姿でくるということに、違和感でもあるのだろう。
「って、撮っちゃうのね、あなたは」
「これだけ離れてれば個人はわからないしね。ざ、就活! 説明会! な感じで」
普段ならこれ、コスプレイベントな風景になるんだろうけどねぇ、というと、ああしのさんそういうのもやってるんだねぇと田辺さんが言った。
まずっ、と磯辺さんは複雑そうな顔を浮かべるものの、田辺さんに他意はない。
「特撮研で本を出したりもあったしね。この会場がわーっと、若い子とか、大人とかで埋まったりして」
たいてい知り合いのチケットだったりで入っちゃったりしてたから、列に長いこと並ぶって言うのはそんなに経験ないんだけど、というと、そういうのも楽しそう! と彼女は目を輝かせた。
「けれど、今日は就活……うぅ。どうして就活なんてものがあるんだろう……」
「それは……うーん。なんでですかね? 志保さんや」
「ぬっ。しのさんに志保さん呼びされるのは、ちょっとなぁ」
「嫌なら、名字呼びにするけど……」
だめ? というと、それならっ、と田辺さんがぎゅっと木戸の手を握った。
「なら、私のことはアッキーと是非!」
「えぇー、軽々しくあだ名で呼ぶのはどうなの?」
「今日だけは、アッキー呼びでいこうか?」
なんか、友達同士で来てるのに一人だけあだ名で呼んでないってのはどうかなって思うし、というと、おいおいと磯辺さんににらまれた。
いいじゃん、今日くらい。
「はぁ。今日だけよ。今日だけ。しのさんはしのさんでいいのよね?」
他の呼び方がいい? と聞かれて、しのさんで、と答えておいた。
いちおう他にも名前はあるけど、いつも通りが一番である。
「それじゃ、アッキー、志保、しのさんっでっ」
「って、しのさんだけさん付けってどうなの?」
「んー、じゃあ、しの? んー、でも私的にはしのさんって感じかなぁ」
なんか、女装したしのさんって大人っぽいというか、お姉さんな感じなんだよねぇと田辺さんは言った。
お姉さん。ふぅ。いつものことだけどこっちだとちゃんと育ってるように見られる木戸さんである。
「はいはい。もーそれでいいわ。ともかく会場向かいましょう」
あんまり外で撮影ばっかりしててもしょうがないし、と言われてそうだねぇと答えて歩き始めた。
しばらく三つの足音が鳴り響く。
ヒールの靴なので、割と音は周りに響く。
「田辺さんは狙ってる企業とかもう決まってるの?」
「アッキー。ね?」
「ええと。アッキーは狙ってる企業は?」
名前を言い換えると田辺さんは、ぱぁっと顔を明るくして、うんうんと頷いてくれた。
そんなにあだ名呼びがいいですか、そうですか。
「もちろんチェックしてるところはあるよ? そこはもちろん話を聞きにいくつもり。志保とも別行動になるところもあるし……」
そのときしのさんはどっちについてくるの? と顔をのぞき込んでくる。
どっちといわれましても。
「おもしろい被写体がいたら、そっち」
「……ぶれないわね。まああんたらしいっちゃそうだけど」
「もう、なに志保はしのさんの理解者ぶっちゃってるの?」
んー? そんなに仲良しだったっけ? と田辺さんがむぅーと不満げな顔をする。
おそらく磯辺さんは、ルイとのノリで話してるんだろうけど。
「そこはほら、磯辺さんったらツンデレさんだからねぇ。やっとデレ期が来たと言いますか」
ほらほら、仲良しですよー、と言って上げると、ちょっ、なにをっ、とわたわたし始めた。
かわいいので一枚撮影しておくことにする。
「私は最初から理解者なのになぁ。ねー」
田辺さんが対抗するように二の腕をつかんでくる。
ちょっと胸が当たっているのだけど、もちろん気にする木戸でもない。
「にしても、さっきから他の子に会釈されるんだけど、これなんだろうか?」
そんなやりとりをしつつも会場に向かって歩いていると、すれ違う学生さんたちからなぜかぺこりと頭を下げられるようなことがあった。もちろん、全員ってわけじゃなくて一部なんだけど。
はて。参加者同士でそんなに挨拶を交わすのが就職活動というものだろうか。
「ああー。それ、しのさんのスーツがリクルートじゃないからかも」
「といいますと?」
ん? と首をかしげると、天然かこいつ……と磯辺さんに驚かれた。
「しのさんや。リクルート活動を一切していない君が着ているのは、リクルートスーツじゃなくて、ビジネススーツなのさ」
「まぁ、確かに仕事用に使いますっていって、選んだからなぁ。就職じゃないんですね? って念押しされたし」
まだお若いのにばりばり働くのはすてきですねって言われたっけ、というと、それだよー! と田辺さんは言った。
磯辺さんがものすごくなにか言いたそうな顔をしていたけど、買い物はルイでしましたよ。ええ。だって、カメラマンとして使うんだもん。
「しかもカメラ抱えてるからなおさら就活生には見えないんじゃないの?」
っていうか企業説明会にまでカメラ持ってくる人なんて、普通いないといわれた。
そうはいっても、持ってくるなとも言われてないし、それに駄目といわれたらすごすごとしまって、別の会場に移動するだけである。
「厳密には就職活動してるわけじゃないしね。あくまでも付き添いなわけだし、別に失礼ではないよね?」
「正直、企業側にどうとられるのかわからないけど、別に相手にどう思われてもいいんならいいんじゃないの?」
わざわざ着ないリクルートスーツ買ってもしょうがないだろうし、と磯辺さんは肩をすくめた。
「とはいっても、ある程度はお話とかは興味あるけどね」
新しいところはどんなところでも楽しみだよ、と言うと、二人は好奇心旺盛だなぁと笑った。
うんうん。いつだって新しい出会いは新しい場所からとも言うし。楽しい会場だといいなと、木戸は思った。
「わぁ……この会場がこんな風に変わるなんて、なんかすっごく意外!」
おぉー、と受付を済ませて中に入るとそんな言葉が漏れた。
どこもかしこもビジネスマンという感じで、スーツでびしっと決めた人たちばっかりなのである。
そしてイベントブースとしては、なんというか、いつも行っているイベント関係の企業ブースを質素にしたような感じといえば伝わるだろうか。
それぞれの企業のスペースが区切られていて、それぞれついたてとかで区分けをされている。
その前に、パイプ椅子が置かれていて説明を聞く、というような感じである。
企業ごとにスペースの大きさは違っていて、コンパクトなところと、十人以上が一気に話を聞けるような場所もあった。
「普段に比べるとさっぱりというか……まあ、普段っていったらなにもないがらがらの状態なんでしょうけど」
「人もまあまあ入ってるけど、いつもに比べるとこざっぱりとしてるというか」
なんか新鮮だねと、磯辺さんとやりとりしてると、やっぱり二人でわかり合ってると田辺さんにふくれられてしまった。
う。そうはいっても、普段のここを見てるときの背景が同じなのでそうなってしまうのである。
「まだ開場したばかりだからもあるのかも」
それでも人気企業はすでに人が集まってるなぁと田辺さんは会場図を見ながら、あそこかぁと視線を向けている。
確かに彼女の言うとおり、いくつかの企業にはもう人が集まってる。いや、群がってるといった方がいいか。
集まっていないところは全然という感じで、こういういくつかのブースが立つ場所はどこも、人気不人気というのはあるんだなぁと思ってしまう。オタク系イベントと同じである。
「それで、アッキーは行きたいところはあるん?」
時間制で説明スタートするところとかもあるんでしょう? 聞くと、まずは三人で参加ね! と礒辺さんの方をちらっと見ながら答えてくれた。
ある程度企業は絞ってきたみたいで、まずはそこから、ということらしい。
「方向性みたいなのってあるの?」
「一応、今日は大手から二つ、あとは好きな業種でいくつか絞ってきててね。残りの時間に他の場所回ってみてピンとくるところを見て回ろうかなっていう感じ」
「大手の方が人気あるものなの?」
「そりゃねぇ。好みはあるとは思うけど、お給料と会社の安定性ってのを考えるとやっぱり、一度は話を聞いてみたいよねって感じになっちゃうかなぁ」
うまくいってるから、人が集まるし募集もかけるし、企業の体力もあるわけだし、と田辺さん。
「大手っていっても離職率とかが高いとかだとちょっとってなるし、そもそも社風が自分に合わないのなら、そこまで大企業に行かない方がいいっていう話もあるし」
たぶんしのさん、大企業だと息苦しいとかいって大きなところには行かないんじゃないの? と磯辺さんにケラケラ笑われた。
う。確かにそうかもしれないけどさ。
「うーん、たとえばカメラマン1000人在籍してるような、撮影集団大企業みたいなのってないもんかな」
「うわっ。なかなかに大きく出たね。でもカメラマンも採用してる大企業ってのはあっても、カメラマンだけいっぱい集めたところってのはないんじゃない?」
てか、そもそもそういうのあったらとっくに興味もってそうじゃないの? と磯辺さんに言われてしまった。
確かに、職業としてのカメラマンっていっぱいいると思うけど、一つの会社に集まってというよりは専属契約してたりとか、撮影班みたいな感じで大きなところに在籍しているような気がする。
さらにはフリーで持ち込む人もいるわけで。集団で一つの目標を持って集まってやるっていう職業とはちょっと違うのかもしれない。
カメラマンのマッチングをしてくれる企業がある、という話は聞いたことはあるけど、あくまでもあれはつながりを取り持つ関係だ。
「ううむ。同じ趣味というか、似たような好みの人が集まってる大企業ならうまくやってけるかも、と思ったけどうまくいかないなぁ」
やっぱり少人数のカメラスタジオ所属で、いろいろ撮りに行くっていう今のスタンスでいいのかも、というと、ふむと磯辺さんはあごに手をあてた。
「あんたは性別のことさらっと無視して会話するわね……性別ころころ変わるカメラマンが大手で雇われるのはつらいのでは? という意味合いで言ったのだけど」
「えー、志保ったら、別にしのさんなら周りを力尽くで納得させるんじゃないの?」
この超絶美貌で社長さんを手玉にとって、私なしでは生きられない体にしてあげる♪ とか言っちゃったり、とか田辺さんがいう。
「はぁ……魔性設定はもういいの! まあ、女装云々は周りに説明すればそれなりにすんなり通っちゃうかなとは思ってるんだけど……でも、この前、会社じゃ女装は無理だー! って友人に言われたばっかりだしなぁ……」
社会人って、どうしてこんなに融通が利かないんだろう? というと、ちらりと磯辺さんは言った。
「規律を乱すのを嫌う人が多いからなんじゃない? 学生時代はある程度みんな自由にやれても、大人になるとできにくい」
だから、そういうその会社の規律みたいなのが自分に合うかどうかをチェックするための説明会でもあるんじゃないかなと彼女は続けた。
「そうそう。だからインターンもとても大切っていうしね。自分がその会社にあってるのかどうか。完璧に合致してたらハッピーだし、合致してないにしても、妥協できるところを探すって感じだよ」
そして、田辺さんからもそんなことを言われる。
就職活動初心者に解説してくれてるような感じである。
「そういうもの? いまいちイメージしづらいんだけど」
「たとえば、しのさんが仕事してる最中はカメラ持っちゃ駄目です! って会社に入ったら何十年も働ける?」
「う……それは、無理かな? 死んじゃう……」
コンビニのアルバイトくらいならばなんとかなるけれども、一日八時間カメラ触れないというのは、ちょっと想像できない。
「まあ、そういうことなんじゃない? 仕事をすることで自分の力を発揮できるようなマッチングができればいいし、少なくとも働いてて毎日死にたくなるような会社に入るのは、ちょっと勘弁してほしいなって」
だから、我らはここにいるわけさ! と磯辺さんも言ってくる。
なるほど。だからみんな就職活動にこんなに必死になっているのか。
「あー、あとは内定とれてなくてうわーってなってる先輩を見てるからってのもあるかもね。新卒だからこそある恩恵みたいなものだし」
初回限定みたいなボーナスだから、なおさら棒に振れないよと磯辺さんは言う。
ふむ……どうにもみなさんちゃんと考えているようで、あっさりここで働きますー、ってふらっと決めた木戸とは違うようである。
「なので、説明会はきちんと受け……あ……」
さて。そんな話をしながら目的のブースに到着すると、すでにそこはかなりの人が集まっているようだった。
説明会の椅子はかなり埋まっていて、空きを見つけるのが大変といった感じだ。
その中に、一カ所だけぽつんと二つ席が空いてるのが見えた。
「ふむ。ここは二人で行ってきてもらった方がいいんじゃないかな。私はあくまでもおまけなんだし」
それに大きな企業はいろんな意味で大変そうだ、というと、二人はおとなしくパイプ椅子に腰をかけた。
「立ち見はできるのかな」
「あの、申し訳ございません。椅子の数だけの定員となっておりまして。立ち見はちょっと」
ふむ、といいながら周りを見ていると、ブースの人が申し訳なさそうに声をかけてきた。
周りにはちらちらと、立ち見もいいの? という学生さんたちの姿が見える。
なるほど。ここで木戸をOKにしてしまうと、人気企業だけにもっと人が集まってしまうか。
「そういうことでしたら、ちょっと他のところを回らせてもらうことにします」
ここ終わったら、連絡ちょうだいと二人に声をかけると、問題おこさないでねー、と言われてしまった。
うう。確かにここではちょっと浮いているかもしれないけど、ちゃんとできる子なんだけれども。
はぁ、とため息を漏らしつつ、二人をメインにしてブースの撮影を一枚だけ。
係員の人に止められるかなと思ったけど、特にそういうこともなく。
そのブースの説明が終わるまで、木戸はフリータイムになってしまったのだった。
コロナの影響がなければ今年もこういうのやってたんでしょうけど、軒並み中止か規模縮小ということみたいで。今年の就活生は新しいことやっていかねばなのだな……としみじみ。
新卒有利みたいなのは、どうなのかなとも思うのですが、同期ができやすいというのもあったりしつつ。
とはいえ、企業研究とかやってこなかった作者は、毎日が憂鬱でございます。
みんな! 就活っていうか「自分にマッチした会社」と出会えることを祈っています!
はいっ! そんなわけで次話はしのさん一人ぶらり旅です。