661.大学三年九月 合同企業説明会1
今回は、密なイベントになりますが、コロナはなかったということで、ひとつ。
そして今回は短めでございやす。
「息子がスーツで外出をするというのにこんなに嬉しくない気分なのはなんでなのかしら」
玄関を出ようとすると、あーあとがっかりした顔の母様に見送られた。
九月のとある日曜日。
木戸はスーツ姿で家を出ていた。
そう。木戸として、である。
日曜日なのだからルイさんとしてわーいとイベントやら風景の撮影にいくんだろう? と言われそうだけれど、今回は珍しくお友達からのお誘いで学校関連のイベントに参加することになったのだった。
友達、というのは、大学に入った当初から交流のある 田辺さんと磯辺さん。
二人とも夏は狙っている企業のインターンシップで、就職の準備といった感じなのだけど、まだまだお仕事探しは足りてない! ということで、主に田辺さんが木戸に泣きついてきたわけである。
曰く、合同企業説明会に一緒に行ってくれないか、とね。
磯辺さんの方はコスプレ会場にいたりもしたので、そこまで切羽詰まってないとは思うけど、志保ー! って泣きつかれたら断れないだろうしね。
企業説明会といったら、やっぱり基本はスーツということで、本日の木戸は上下そろいのスーツ姿である。
のだが。
「別に今日は日曜日なんだし、それに男として説明会にでる必要はまったくないんだからいいと思うんだけどね」
さて。現状の木戸さんの姿はといえば、スーツである。スーツではあるのだが、腰のあたりにくびれができる女性用スーツなのであった。え。スカート丈はちゃんと膝くらいですよ? ミニにするだなんてお仕事上はあまりよろしくないので。
佐伯さんやあいなさんに、仕事上フォーマルな会場で撮影することもあるから、スーツは必須! といわれて購入しておいたものである。
ちょっとリクルートというよりは遊びが入ってる様な感じではあるけれども、説明会に着ていっても問題はないだろう。
なんでこうなったかは、言うまでもなく田辺さんが、是非しのさんについてきて欲しい! と言ってきたからである。
磯辺さんは、どうせ木戸くんは就職活動しないんだし、そっちでいっても問題ないでしょ? と追撃までしてきた。
田辺さんは、え? それ、大丈夫なの? ニートなの? と目をまん丸くしていたけど、その姿も思い切り撮らせてもらいました。
さすがにニートになることは、難しいです、と答えたら、じゃー! お嫁さんかな!? とか目をきらきらさせられたのだけど、それもないですー、と女声で答えたら、きゃっきゃと喜んでくれた。年若い娘さんはかしましいモノである。
磯辺さんは、ちょっとげんなりしながら、おまえはさっさと芸能人の嫁にでもなれば良いとぼそっとつぶやいていたのだけど、知らない振りをしておいた。というか、HAOTOの連中も、写真家として仕事してるルイさんが好きなわけであって、家に閉じ込めて愛でるというよりは、一緒に生活して遊ぼう! その方が楽しいじゃん! ってタイプだしね。
それはそうと、本日のカメラは木戸のものを装備している。
あくまでもしのさんは木戸が女装した姿なので、カメラもこちらなのは当然である。
それでも良い物であるのは違いないので、是非とも会場で撮影ができるようなら撮らせていただきたいものである。
え。コスプレ会場に行くんじゃないから控えろって?
いやぁ、そうはいっても企業説明会とか初めての場所すぎて、楽しみなのです。
もちろん、撮られにきている人達というのは居ないだろうから、ちょっと注意はするけどね。
待ち合わせ場所までは多少時間もあるから、いつも通り歩きながら風景の撮影もしていくことにする。
まあルイとしても近場は撮影しているからそんなに女装しているからどうの、というのはないけれど。
あ、でもさすがにルイのときに使っているウィッグと本日は変えている。
ルイのウィッグは基本的に肩よりもちょっと下くらいのもので、場合によっては編んでみたりと、かなり遊ぶことが多い。
それに比べると本日のはHAOTOの動画事件のときなんかにもつかっている肩に少しだけかかるかな、というくらいの短めのウィッグだった。
仕事関連なのでかなりおとなしめなものである。
「でも、そんなに内定ってとれないものなんだろうか……」
木戸自身は就職活動もなにもなく、あっさりと佐伯さんのところにお世話になっているので、実際どうなのかというのはさっぱりわからない。でも、誰しも働かないと生きていけないわけであって、そこまで仕事が無いというのはどうなんだろうかと思ってしまう。
きっと、田辺さんに言ったら木戸くんは甘いよ! あまあまだよ! といわれそうだけど。
甘いのはバレンタインの販売の衣装だけにしてほしいところだ。
「カメラ使えないお仕事となると、ちょっとしんどいかなぁ」
今のコンビニのお仕事だってカメラは使えないけれど、あくまでもアルバイトだし、時間だって正社員に比べたらかなり短い。
それに、やっぱり撮影のための資金を稼ぐという意味合いも強いからやってこれたけれども。
ううむ。好きなもののために他の時間を削ろうとしちゃうはるかさんの気持ちが少しわかったような気がした。
そんなことを思いながら集合場所に向かうと、すでにそこには田辺さんと磯辺さんの二人組が待っていた。
「驚くほど時間ぴったりよね……」
「まあ、時間は守るほうだからね」
遅れないようにはしてるのです、というと、磯辺さんはさすがはプロですね、とじぃーっと視線を向けてきた。
「……わぁーー! しのさんスーツだ! スーツ姿だ! かっこいー!」
きゃー、と田辺さんは木戸の手を取るとぶんぶか振りながら大喜びだった。
そういう彼女はリクルートスーツ姿で、びしっと決めている。
普段はあまり見られない姿なので、一枚撮影させてもらった。
「服装が変わってもやることはかわらないわね」
「そこは、まぁ。せっかく出かけるんだから、撮らねばそんでしょ」
普段あまり見られない格好だしさ、というと、変じゃないよね? と田辺さんは表情を暗くした。
ああ。就職活動つらいー! とか言っていたしなぁ。
「まったく。エントリー自体はまだ始まってないっていうのに。自信なくさないで欲しい」
今は企業研究と、自己分析のお時間なはず、と磯辺さんはいうものの、やはり就職への不安というものはなかなか拭えないものらしい。
「でも志保ー! きっとエントリーが始まったら、お祈りメッセージが続いて、NNTなんだよきっと!」
「NNT? ニュートロンなんちゃらとかそういったもの?」
「ない内定で、NNT! 就活生の常識的な言葉なのに……そもそも、ニュートロンなんちゃらがわからない」
「しのさんが言いたいのは、きっと、NJCのことだと思うけど、まぁ、アッキーはもうちょっと自信持てば良いと思う」
アッキーというのは、田辺さんのあだ名である。ま、しのさん状態であっても木戸はそのあだ名を使うことはできないのだけど。
磯辺さんは、ぽふぽふと田辺さんの肩をたたきながら、力づけているようだった。
いまから怖じ気づいてどうするんだ! と言わんばかりである。
「うぅ。しのさんみたいな美人さんなら受付とか、社長秘書とかですんなり就職できるんだろうけど、あたしは無理だもん」
「って、美人かどうかは、一部の仕事だけでしか影響しないと思うけどなぁ……それに、田辺さんも十分美人だと思うし」
前にナンパされてたこともあるんだし、けして田辺さんは自虐するようなことはないと思うのだけど。
「それに、美人はつくるもの、ですよ?」
ねぇー、志保さん? と磯辺さんのほうに話をふると、ま、まぁそうねと歯切れが悪い返答がきた。
「ま、しのさんは別につくらなくても美人でしょうけど」
女装したら美人でしたは、ちょっと反則なんじゃないかなと磯辺さんは反論してくる。
「そんなことないよ? 確かに声を作るとかちょっと練習が必要だけど、あとは主に男性的なところを消してあげれば、いけます!」
そもそも、男子の方がお肌綺麗説がありますし! というと、嘘だっ! と磯辺さんに言われてしまった。
あれま。
「確かにスキンケアはしてるし日焼け止めもやってるけど、適度な食事に適度な運動ってのが、わたしの美容スタイルだしなぁ。それにほら、もともと美人かどうかってのは、仕事上あんまり関係ない時代だと思うけど」
一昔前ならともかく、現代は女性も活躍する社会というものを目指しているのだそうだ。
そんな社会で見た目で選ばれるというのは、ちょっとどうかと思う。
「ちっち。しのさん。美人かどうかで考えたら美人な方をとるでしょうよ。あと、清潔感とか見た目も大事!」
「清潔感はそうだと思うけど、そんなに見た目って……ああ。大切かぁ……」
おふっ、と木戸はなぜ自分が女装してカメラを握っているのかをふいに思い出してしまった。
撮影者が男か女で態度が変わる、というのであれば、見た目が違うということに意味はかなりあるはずである。
「かなり思い当たるところがあるようね? ほほう。しのさんったらその美貌を生かして、男性をたぶらかす魔性の女だったと」
「ちょ! まって! 性別、魔は嫌だ! この前も言われたけど!」
「性別魔……ぷぷっ。まあいいんじゃない? お似合いよ」
道着の背中に魔って文字でも入れてもらえばいいんじゃないの? と磯辺さんはよくわからないことを言い始めた。
「まったく。へんなこと言うんだから……そろそろ電車のらないと間に合わないよ?」
「おっと。それはまずい! 合同説明会は入場時間とかはいつはいってもいいけど、やっぱり開場一番をめざしたいし」
ほらっ、志保もしのさんとじゃれてないで、さっさと行こう? と田辺さんが言うと、磯辺さんはじゃれてないし! とぷぃと顔を背けた。
そんな姿を田辺さんはにまにま見ていたわけだけれど。
まぁ、そんなわけで本日はこの二人と一緒に合同企業説明会に参加である。
面白い出会いがあればいいなぁと木戸はのほほんと思ったのだった。
さぁルイさんは就職ってなんのこと? とかいってわーいと撮影していますが世の中新卒の就職合戦だそうです。
そんな最中、せっかくだからぶちこもうという企画です。
作者はこの手のは2回しか行ったことがなくさらにすごく人に酔いました。
一回は同人イベントの隣でやってたのを冷やかしにいって、いろんな会社あるんだねーほーという感じです。
ある意味、世界が広がる場でもあるとおもうので。ちょっとやってみよーかと。
え、内容? まだほぼノープランです。はい。