660.岸田さんとコスプレイベント5
会社で噂になってるレイヤーさんの件は解決しましたが。
さて、まだ残ってる問題がございます。
「はぁ……なんとかなってよかった」
ぱたんと扉がしまって、誰も入ってこないのを確認してから、はるかさんは椅子に座り込みながら安堵のため息を漏らした。
最初から、相手が岸田さんだとわかっていたので、上手く行かないはずはないと思っていただろうけれど。
「で? 西。おまえさんは俺になにか言うことは?」
「……なんとかなって、よかったねぇ。木戸くん」
「えっと、才華さん居たときより修羅場な空気なんですけど?」
ほら。現実に目を向けましょう? というとはるかさんが、彼氏バレしてるこっちの方がまずいんだってばー! と、ひしっと木戸に抱きついてきた。
あー、ちょ。岸田さんの目が怖いんですけど?
「はいはい。はるかさん。まずは名刺とか出せばいいんじゃない? っていうか、はるかさんは岸田さんになにをどこまで言ってあるの?」
「名前くらい、ですぅ」
「それですんなりはるかって呼んでねって言ってきたのか……」
女装したとき、名前の話になったときにすんなり決まったのはそれがあったのか……と岸田さんがうめいた。
「っていうか。さっき木戸くん結婚式の時って言ってたよな? ってことは全部知ってて仕組んだのは君というわけか」
ほぅ……ふぅーんと、岸田さんは木戸にじぃーっと視線を向けてくる。
いや、まぁ……
「知ってはいたけど仕組んだわけじゃないですよ。あくまでも話の流れです。それに女装させて連れ回したのは俺の提案じゃないじゃないですか」
そう。それなりに岸田さんとはお話をする機会はあったけれど、それでも木戸としては別段、誘導するようなことはしなかったと思っている。もう早くくっついちゃえよと思いつつも、はるかさんを煽るくらいのことしかしていないのである。
「それに、コスプレする友達はいるって話、昔っからしてるじゃないですか。そのことで俺が責められるいわれはないですよ」
むしろ口出ししちゃいけない部分でしょう? というと、それはそうだが……と岸田さんは少しひるんだ。
「岸田さんには申し訳ないなとは思うけど、おおっぴらに言える勇気は私にもないですよ。武田さん以上に」
ほら、さすがに、二重の意味で無理でしょう? とはるかさんが言うと、岸田さんは椅子に座り込んでしまった。
がっくり、といった感じである。
岸田さんとしても、会社ではるかさんのコスプレの話がばれるというのは、ちょっとした騒動になってしまうだろうという想像はしているのだろう。
まったく、社会人というやつは融通がきかないものである。女装コスができるなんてすごい才能だと思うんだけど。
「でも、俺にくらいは言ってくれても……」
別にその姿は見慣れてる……いや、制服は新鮮だけどっ! と岸田さんがいうと、あうっ、とはるかさんが座ったままテーブルに崩れ落ちた。
制服姿。岸田さんに指摘されていまどういう服装をしているのか、思い出したらしい。
「はるかさん。その服って運営の制服みたいな感じですか?」
「こういうイベントでよくあるやつ。運営とぱっとみでわかるように合わせでコスプレするの」
血液成分なあれとか、巨人をやっつけるあれとかと同じ流れで、とはるかさんは顔を赤くしながら言った。
「でも、ほんとこれは無理っていったの! でも、まだまだいけますとか、お姉さまおっぱいないからむしろイイ! とか言われて」
「おっぱいのくだりはどーでもいいですけど、良くお似合いだと思いますよ」
ほらほら、そのまま顔だけこっち向けて、というと、んにゃ? と言うがままにしてくれた。
ふっふふ。いいではないですか。
その表情はばっちりと撮らせていただきます。
「うっ。はるかが別の男に色目を使っている……」
「じゃー、岸田さんに色目を使えばいいんです?」
きゃーん、おにいさまーとかいう感じで、とはるかさんが言うので、それは別作品まざってません? と突っ込みを入れておく。
まあ、岸田さん相手に、お姉さまっていうのはなんか違うけどさ。
「うっ……なんか、おまえ、いつもよりもすっごく可愛くない?」
「それは……お化粧いつもよりも濃いめだからじゃないですか?」
「そういうのはわからないけど、いつもより生き生きしてるというか」
なんか、こう、見たこともない顔をしてるから、その……こまる、と岸田さんはぷぃとそっぽを向いた。
とても初々しい反応というやつだろうか。
「普段の生活に満足してないってわけじゃないんですけど……でも、やっぱりこの会場にいるからかな。やっぱりコスプレは楽しいし、この会場の空気も大好きで」
ついつい頬が緩んじゃうのかも、とはるかさんはとろけそうな笑顔を浮かべた。
楽しいものを自慢するような。そんな感覚なのだろう。
むしろ今までなんで隠してたのかというくらいのことである。
「それに岸田さんが、レイヤーさんの噂のこと、気にかけてくれたのがうれしくって」
「ま、まぁその。俺は別に偏見はないし。それにあわよくば、武田さんが俺たちの味方になってくれたらうれしいなって打算もあったし」
「それは、さっき俺も聞かされたので、本心ですよ。でも、はるかさん、ちょっと聞きたいんだけど」
ふむ、と二人の甘ったるい会話の中に、木戸も参加することにする。
遠目から、写真だけ撮るというのはありだったけど、一つだけ気になったことがあったのだ。
「才華さん。はるかさんの事普通にお姉さま扱いだったけど、性別の話はしたの?」
「……してたら抱きつくと思う?」
「思わないかなぁー」
はるかさんが女装レイヤーだっていうの知ってるの、この業界では結構年齢上じゃないとですしね、というと、まっ、お姉さまですからっ! と切り替えされた。
制服のコスプレはともかく、まだまだ現役続行の気持ちは強いようである。
年齢と共にはるかさんもテクニックは上がっていっているし、声も最近ますます安定してきている。
よっぽどの魔眼を持っていないと、リードなどできないだろう。
「いちおう、昔の記録とかもあるから、探せばわかるんだけど、敢えて言ってないだけって状態ね。どこかの誰かさんみたいにね」
「どこかの誰かさんは、性別どっちか言ってないですからね」
「いや、あっちじゃなくて、君のことなんだけども」
自分は男ですとか女ですとか、あえて自己紹介の時に言う必要もないとは思うけど、木戸くんのはちょっと頭おかしくない? とはるかさんがひどい事を言ってのける。
「でも、知ってても抱きついてくるやつもいるしなぁ……あ、でもこっちからはなるべく触ったりはしない主義ですよ」
女装するからには、自己防衛大事というと、その通りです! とはるかさんにうなずかれた。
そう。自己防衛は大事なのだ。特に女装した状態を良いことに、女性としての聖域みたいな場所にはいるのは御法度なのである。
木戸とて、女子トイレは使うけれども、盗撮などはけしてやらないし、バッテリーを抜いたりと対策をしている。
「撮影の時も?」
「もちろんですともっ。ローアングル禁止。被写体の撮られたい姿を撮るのがレイヤーさん撮影の鉄則です」
それ以外であれば、ぐいぐい行きますけどね、というと、まー、そーだよねぇーと、はるかさんがとろけるような顔を浮かべた。
撮影されると気持ちいいからなぁーとゆるっゆるな表情を浮かべるはるかさんを見て、岸田さんはがばりと起き上がって、木戸にじぃーっと不審そうな視線を向けた。
「木戸くん。さっきも思ったけど、はるかと仲良すぎじゃないか?」
「そりゃ、仲良くもなりますよ。女装テクニックがお互いあるわけだし、レイヤーとカメコは自然に引かれ合うものなのです」
「う。なんかやっぱり、もやっとするというか、なんだろう……イライラするというか」
「んっ。岸田さんの珍しい表情、ゲット!」
やたっ、と言いながらシャッターを切ると、この子こーいうコなので、何の心配もいらないよ? とはるかさんがフォローを入れてくれる。
正直、嫉妬してくれてることを喜んでいるような部分もあるようだ。
「でも、その……男同士で付き合うっていう可能性があるわけで……」
「んもう。そこは信じて欲しいですけどね。それに木戸くんは女装のときは同性の友達って感じで、男装の時は弟って感じなので」
まったくもって、恋愛関係になるなんていうのはありえないことなのです、とはるかさんが断言した。
「むしろ私としては岸田さんがかおたんにたぶらかされないか心配です。この魔性のコに」
「そこは大丈夫だと思いますけどね。前に社員旅行に行ったときにお試し済みです」
はるかさんがお酒のんで寝てたときに、ちょっと口説いてみました、というと、彼女は魔性……ほんと魔性と言い始めた。
「ふむ。つまり木戸くんは、男性でもあり女性でもあり、魔性でもあり、と」
「それ、読み方違うじゃないですか。性別、魔ってなんですか」
「木戸くんはそれくらい、意味不明ってことでいいのでは?」
「うぅ。しがないカメラマンなだけなのに……」
なんだか、おかしなモノ扱いされるのは、どうなんでしょうか? と女声で、うるっとした声を漏らす。
「でも、はるかさん。これで恋人にコスプレの事も判明してしまったわけですし、あとは憂い無く進めますね」
「えっと……憂い無くってのはまだ」
うん、とはるかさんは体を起こして、岸田さんに相対する。
こくんと喉をならしているのがかわいい。
「岸田さん。こんなわたしですが、一緒にいてくれますか?」
「……はい、よろこんで」
「っ。よかったぁ」
はぁー、とはるかさんは再びテーブルにへやりこむと、幸せそうに笑った。
もちろん、その場面も木戸さんしっかりと撮らせていただきました。
「さて。丸く収まったところで。岸田さん。これからどうします?」
「どう。というと?」
「はるかさんはこれからお仕事ですし、もうちょっと会場を散策してみます?」
せっかくだから、もっと撮影していきませんか? というと、はるかさんがえーっと不満げな声を上げた。
「それは、どっちの、えー、ですか? この女の子だらけの会場を歩かせるのは危険! ってことなのか、それとも離れたくないですぅー、なのか」
「なっ、ちょっ、かおたん!? いきなり本性を現すのはどうなのかな!?」
にまっと笑いながらそんなことを言うと、はるかさんがあわあわして抗議してきた。
うんうん。とても可愛らしい慌て方かと思います。
その姿はもちろん撮影です。
「まあ、なんだ。西。安心してもらっていいよ。この魔性と一緒に会場回っても大丈夫さ」
「うう……岸田さんはカメラを持ったかおたんの威力をまだ知らないに違いない」
むぅー、と頬をふくらませるはるかさんはほどよくリラックスしているように見えた。
「はぁ。岸田さんがこの会場を回りたいっていうなら、あんまりレイヤーさんにぐいぐいいかないようにしてください。それと、木戸くんが暴走するのを止めること。がんがんいかれたらトラブルになりかねないし」
「ちょっ。こっちの格好ならトラブルなんておこしたことないですよ?」
ほんとだよ? というと、なにをいいますか、このモブのMめ、と言われてしまった。
生モノは勘弁していただきたいです。
「それと。木戸くん。岸田さんにべたべた触らないように注意! 腕くんだり、抱きついたり、上目使いで誘惑したりしないで!」
「いや、それは岸田さんには効かないので」
「効かなくてもです。今の木戸くんが男に見えるのかは謎だけど、不純交遊禁止です」
この聖域で、見せつけないで欲しいのです、とはるかさんが言う。
「でも、はるかさんだって、岸田さんとこういうところでデートしないの?」
「……岸田さんがこのイベントにはまったのなら、だけど、女性向けじゃなくて一般向けに行くかなぁ」
さっきは恋人の話、広めてもいいよって言ったけど別に、見せびらかせたいわけでもないし、とはるかさんは言った。
「うーん、西が嫌っていうなら、会場でてもいいけど、どうする?」
「ええーー、出ちゃうんですか?」
「……コスプレの事をもっと知りたいってことできていただいたのなら、さすがにまだまだ経験不足じゃないですか? 一時間くらいで知ったつもりになっても困ります」
まだ帰っちゃダメですよ、とはるかさんはちょっと迷いながらそんなことを言う。
まだ、離れたくないですって感じの顔である。
「えと……その。今日は代理でお仕事お願いされただけなので、閉会したらそこからフリーになるんです。だからその……」
「三時までだったっけ? なら、メシでも一緒にいくか?」
「はいっ! ぜひっ」
わーい、とはるかさんは満面の笑顔を浮べた。
うんうん。さすが我らのお姉さまはいい顔をして下さる。
こんな感じで、トラブルは無事に終わり、岸田さんと一緒に会場を回ることになった木戸なのだが。
そのあと会場では、少年カメコはいいかもしれない、なんていう話がささやれることになるのだった。
だから、成人しているとあれほど言っているのに!
やっと、レイヤー疑惑編が終了! はるかさんもいろいろと解決して急接近に違いない!
さぁー、はやく結婚式の写真を撮らせろー、と木戸くんは思っていそうですね。
お次は何をやりましょう……最近、色恋ばっかりだったので、日常もやりたいものですが……




