659.岸田さんとコスプレイベント4
遅くなりました!
ちょっとまとまらずに長くなったので二分割。
「ごめんね、なんか追い出すみたいになってしまって」
「いいんですよ。問題が起きたときのための詰め所ですから」
外回りしてきます、とそこで待機していたスタッフが席を外してくれた。
ここにいるのは岸田さんとはるかさん。そして木戸と秘書課の才華さんの四人だ。
はるかさんったら、お手伝いといっていたけど、割とVIPな扱いのようである。
まあ、長年レイヤーやってる人だし、お姉さまだしなぁ。
「まあ、どうぞ? おかけくださいな」
あーうー、と、どうした顔をしていいのか、はるかさんはとても微妙な顔をしていたけれど、それでも、運営としての責任感というものはしっかりあるようで、きりっとしようとして……岸田さんの顔をみて、うわうわあわあわ、という感じだった。
うん。そんな姿は貴重だったので、もちろん撮ったよ。十枚くらいはね。
「……木戸くんはぁ……はぁ。いいや。言うだけ無駄。注意したって治りはしないその性格」
カシャカシャと、シャッター音がする中で、はるかさんは諦めたような声を漏らすものの、他の二人はそれが異常事態であることすら気づく余裕もなく。
特に、才華さんは、リアルバレやべぇと顔を青くしている。
うん。他人のことより自分の事の方が優先されるってのは、基本的だしね。
しかも、オタバレ。
オープンにしている人からすれば、え? ということでも、リアルで徹底的に隠してる人からすればかなりダメージがくるものらしい。
そういえば、クロやんも学校の同級生とかに女装コスがばれるのはちょっとなぁとかいってたっけね。
あのレベルになったらもう、むしろすげーよ! って言われそうだけどね。
「それで? お客さんは才華さんと同じ会社の方ということだそうですが、わざわざそれを確かめにいらっしゃったのですか?」
じぃー、とはるかさんは岸田さんの顔をのぞき込みながら、首を傾げた。
なんというか、顔にかかる髪を指で直す仕草がちょっとお姉さんっぽい。まあ、女子学生の制服を着てはいるのだけど。
いちおう、才華さんの手前もあるのか、知り合いですということは、あまり言わないようにするみたいだ。
「うちの会社に、コスプレをする人がいるって噂は確かにある。でも別に誰なのかを特定しにきたわけじゃないよ」
ほんと偶然なんだよ、と岸田さんは言った。
まあ、彼が言っていることは間違いではない。
「その点は俺も保障しますよ。女性のレイヤーさんらしいから、こういうイベントに出てたりするのかなって、空気感だけ味わおうくらいな感じですし」
そもそも、あまたあるイベントでピンポイントで出会える可能性なんてほとんどないですってば、というと、確かにそうかもと二人はうなずいた。小さめのイベントだとそこにいるかどうかがわからないし、大きなイベントなら広い会場の中から出会えるかどうかもわからない。
趣味が合致してれば、来年もまた会える! とか思えるかもしれないけど、そんなつながりは岸田さんにはないのである。
「えっと、木戸くん? その、ここに来るのを提案したのは、君?」
「いいえ。岸田さんがなんだかどこかで聞いてきたそうですよ。俺だって男の状態でこのイベントくるの、正直かなり抵抗ありますし」
クロやんの気持ちもわかるってもんです、というと、ああクロくんも来てるんだ、とはるかさんは言った。
いちおう本日のクロやんは一般客なので、はるかさんは把握してなかったらしい。
「ってことは、まったくのイレギュラー……偶然でばれちゃった、って感じね。それで、才華さんとしては、その……たしか、ネット公開とかもNGでしたよね?」
「それは、はい。まだそんなに吹っ切れないというか、会社ばれはさすがに、ないっ。無理っ」
「そんなに? 別に悪い事じゃないだろうに」
武田さん、今の格好もすごく似合ってるよ、と岸田さんがフォローを入れる。ギンっとはるかさんに睨まれているけど、まぁそこも当然撮っておいた。
いちおう、才華さんの事は画面には入れずにである。
「岸田さんは一般人だからそう言えるんです。会社での会話なんて、食事と美容と他の部署の男性の品定めがほとんどで、趣味の話なんてできないんですからっ」
「あー、わかる。私も会社だとこっちの話はあんまりできてないし」
「ですよね! さすがはるかお姉さまはよくわかってる!」
素敵です! と才華さんがはるかさんにわしっと抱きつく。ちょ、おまっ、とか岸田さんは思いっきり動揺していた。
でも、仲間と触れあうことで才華さん自身はかなり落ち着いたようだった。
「そんなわけで、ここで見たことはご内密にお願いします」
「ご内密にお願いします」
ぺこりと二人が頭を下げると、あー、はい、了解ですと岸田さんは了承した。
本人としては別に、そこまで隠さなくてもとぶつぶつ言っているけど、会社で吹聴して回るような人ではない。
「丸く収まって良かったです。さすがにデリケートな問題ですからね」
「ほんと。見つかったのが岸田さんで良かった。それと……その」
「なんでしょう?」
とりあえず、問題解決、と一人まったりはるかさんを撮影していた木戸は、自分に向けられた視線に首を傾げた。
正直、部外者としては会社でのお話はまったくもって無関係なのである。
それなら、かわゆいはるかさんの制服姿を撮っておいたほうがいいと思う。
「先ほどから気になっていたんですが、このコはどういった相手なんです?」
「あー、紹介してなかったね。うちの部署の木戸係長の息子さんだよ。こういうところ、慣れてるっていうから一緒に来てもらったんだ。写真に関しては、まーなんというか。お察しという感じで」
「あんまり、才華さんのことは撮らないであげてね」
「むぅ。心得てますって。許可を取らないで撮影するのは、はるかさんたちくらいなものですから」
ちゃんと、今回も写真を撮って良いかどうかは確認してから撮影していますよ、というと、ふむ、とはるかさんは顎に手をあてた。
「これからも撮影はするつもり?」
「もちろんです。せっかくカメラ登録したんですから、ゆったり撮影ライフですよ?」
「そっちでも撮影するつもりなのね……」
いまさら、なにをおっしゃいますか、はるかお姉さまというと、うぐっと彼女は顔を引きつらせた。
言いたいことはわかるけどね。ルイとして参加した方が楽しめるのでは? っていう思いもあるのだろう。
「あれ? もしかしてはるかお姉さまのお知り合いでもあるとか?」
「はい。以前イベントでお世話をしたこととかもありまして。運営スタッフが足りないから是非! みたいな感じで」
個人的な付き合いがあります、というと、は? と岸田さんは驚きの声を上げた。
あー、これはあれだね。はるかさんのコスプレの話、どうして教えてくれなかったの? という感じなんだろうか。
「えっと……馨くん? ちょっとお兄さんと、話し合いをしようか……。どうしてはるかとそんなに親密なんだい、君は」
「いや、レイヤーとカメコの仲ですしね。こういうイベントにも参加したことはありますし」
愛さんたちの結婚式の撮影したときくらいには、もうはるかさんとはお付き合いありましたし、というと、まじか……と岸田さんはうめき声を上げた。
「知ってたのなら教えてくれても良かったのに」
「だから、コスプレ関連の話は本人から自己申告するものなんですってば。はるかさんからは絶対に言うなよっ! 言うなよっ! って言われてましたから、当然岸田さん相手だって内緒です」
しー、なのですと人差し指を口にあててウインクをしてあげると、お、おぅっ、と岸田さんは納得してくれたようだった。
少し、はるかさんの視線が冷たくなったような気がするのだけど、きっと冷房の関係に違いない。
「……岸田さん。はるかお姉さまとお知り合いなんですか?」
「知り合いというか……なんというか」
なんといえばいいんでしょう? とじぃーっと、はるかさんが期待のこもった視線を向ける。
岸田さんはちょっと困った顔をしつつ、ちらりと木戸に視線を向けた。
え? 撮って欲しいんですか? いいですよ。えいっ。
あ。なんだかすごく悲壮な顔をされてしまった。なにか助言でも欲しかったらしい。
でも、これは本人達の決断なわけだから、木戸としてはなにも言うことはできない。
「おおっ。これが修羅場というやつですか!? はるかお姉さまもしかして……きゃっ」
良いお話聞けそうな感じですか!? と才華さんがぱっと表情を明るくする。
あのお姉さまもアラサーなのである。ちょっと年上のお姉さんの恋バナは才華さんに取っても十分興味の対象のようだった。
「……ふぅ。さすがの岸田さんでも難しい……か」
はるかさんは軽く苦笑をもらすと、えいやっと、岸田さんの左腕に抱きついた。
「才華さん、岸田さんと同じ会社の人ってことなので、ちゃんと言っておかないとね?」
この人は、私が捕まえています、とはにかむように言うと、才華さんにアピールする。
うん。これは撮っておかないと駄目なやつだね。
「きゃー。まさかはるかお姉さまと岸田さんがお付き合いしてるとかっ! お似合いです! 素敵ですー!」
わぁと、才華さんはお手々をぐっと握りしめて前のめりである。
これ、才華さんも会社で男性の品定めとか嬉々としてやってたんじゃないのかな。
「そんなわけだから、才華さんも安心してね。ちゃんと言いくるめておくから」
「それは、言い含める、では?」
ん? なんか違わない? と木戸が突っ込みを入れると、そこはほら、言いくるめる、だよね? と腕をもったままはるかさんが上目使いで岸田さんを見上げた。
うん。これは岸田さん視点の写真が欲しいところだけど、さすがに無理だなぁ。
自分に向けてそういう顔を浮かべてくれれば、いくらでも撮影できるんだけど。なかなか壁ドンされたりはしないものである。
「うわぁ……いいもの見せてもらっちゃった。えと、はるかお姉さまに恋人ができたって話は、みんなにしちゃってもいいですか?」
「是非とも会社の方でもして欲しいかな。岸田さんはフリーじゃないよって。彼ったら指輪とかもあんまりつけてくれないし」
いつ、どこで取られちゃうかわからないから、とはにかんだ顔を浮かべるはるかさんを、思い切り撮らせてもらった。
「そして、木戸くんはあんまり撮りすぎないように。っていうか感動的なシーンにそれだけ傍若無人になれるのは、ちょっとお姉さん、君の将来が心配になってしまったよ……」
「ん? はるかさんが何を言ってるのかよくわからないけど。とりあえずは一件落着ってことでいいですか?」
ん? と首を傾げていると、岸田さんがはるかさんの頭を手でぽんぽんしてた。
「木戸くんの事はもう手遅れじゃないかな。係長ががっかりするだけだし、好きこそものの上手なれっていうし」
「それはそうだけど……ね。その、いろいろお世話になってるわけだし、ちょっとは心配してもいいのかなぁって」
なんというか、気になっちゃってとはるかさんがマジで心配を始めてしまった。
ううむ。普段のルイに対してならそんなこと絶対いわないのに、木戸に対しては心配なのだろうか。
はるかさんがあんまりな事をいうので、ちょっと耳元でこそっと、女声に調節しながら言ってあげることにした。
「普段のあたしも、あんまり変わらないと思いますけど?」
それでも不安ですか? とカメラを構えながらいうと。
「……うん。ちょっとまた、別の機会に話し合いましょう」
「そうしましょう。ああ、才華さんの事は会場の方で了承がとれたら、お願いします」
うん。この場では撮ってないので安心してくださいねというと、才華さんは、はぁーいとまだ黄色い声を上げていた。
よっぽどはるかさんの恋愛話がお気に召したらしい。
「じゃ、また打ち上げとかで一緒になったら詳しく話して下さいね」
やった。これは盛り上がるー! と才華さんはイベントに戻っていった。
会社バレの心配が無くなった、という思いもあるだろうけど、はるかさん達の事で頭がいっぱいの様子だ。
これなら、この後のイベントも楽しく過ごせることだろう。
才華さんの件はなんとか丸く収まりました。
オタの会社ばれはわりと気にする人はおります。他の人にはいわんでね! とか熱心に言われたモノです。
この二人相手なら、味方になる以外にないのですが。
にしても、かおたん写真撮り過ぎな気がしますが、これははるかさんの表情がころころ変わるから、ということで。
さて、次話は才華さんが退場後。岸田さんとはるかさんが痴話げんかしますよー!