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658.岸田さんとコスプレイベント3

「あの。お写真撮らせていただいてもよろしいですか?」

 木戸が声をかけるとその子は、びくりと体を震わせた。

 あまりコスプレ慣れしていないのか、ちょっとうつむきかげんで、ふっきれていない、という感じである。


 さて、なんで彼女に声をかけたかといえば、他の人気レイヤーさんのところに行くには、岸田さんのハードルが高いと思ったからだった。

 さすがに順番待ちしている女の子の列に並ぶとか、木戸はともかく岸田さん的には厳しいだろう。


「あの、私でいいんですか?」

「はい。貴女がいいのです」

 ぜひぜひっ、と声をかけると彼女はどうすればいいんだろう? とおろおろしはじめた。

 ふむ。コスプレしたものの、まだそんなに慣れてないという感じだろうか。

 年齢的には、高校生くらいなのだろうか。大学生、とも思えるけど大人という感じではなかった。

 まあ、その年代でも慣れていればエレナみたいに上手くさばけるわけなので、たぶん経験があまり足りていないのだろう。


「あの、もしかして友達につれてこられて来た、とかそんな感じですか?」

「あ、はい。そうなんです。もともと衣装つくるの好きで、相方のを作ってるんですが、合わせしようって言ってたのに、もう」

 一人で会場の方に遊びにいっちゃったんですよ、と彼女は頬を膨らませた。

 うん。そこはばっちりと撮らせていただいた。

 正直、レイヤーさんの撮影ってばっちりきめる! みたいなのが多いから、こういうのは新鮮なんだよね。


「って、そういうところを撮っちゃうんですか?」

「今日は、ひょんなことからレイヤーさんのイベントに迷い込んじゃいましたが、普段から撮影はしているので。嫌であれば、写真は消しますよ?」

 アナログと比べて扱いが楽になったのは大変にいいことです、というと、あとで見せて欲しいですといわれた。


「どうですか? 慣れてきました? 撮られる恥ずかしさみたいなのが無くなっていけば、キャラにもなりきれますよ」

「うぅ、こちらとしては、この状況で年下の男の子に撮影をされることが、ちょっとひっかかるんですがっ」

「……いちおうこれでも成人はしてるのだけども……」

 しゅーんとすると、あわあわと彼女は手を動かしながら、それでも、えっ、高校生じゃないの!? とかいう反応をされてしまった。


「童顔とは言われるんですけどね。まあでも、変に男っぽくて、このイベントで萎縮されるよりはいいかもですね」

 ローアングルから狙うことなどいたしませんっ、と苦笑混じりにいうと、それは安心ですねと、返された。

 女の子を撮影する場合、そういうのを守ることは鉄則である。

 ルイとしてなら「もっと!」って、相手側が言ってくることはあるんだけど、途中で規制は掛けさせてもらっている。

 女性だから撮影OKだったのが、実は違うとなったら問題になるからだ。まあ、ばらすつもりはないけれども。


「むしろ、この会場だとそう受けとして受け入れられそうです」

「ここでも、そう受けですか……ってか、俺、別にそういうのはないのですが」

 ふむ。いちおう木戸とて保健体育の授業は受けてきている。

 それがどういうことなのかもわかっているけれども、だからといって、さすがにそれは受け入れがたい。


「なんか失礼なことを言ってしまったようで」

「いえ。こういう場所にいれば普段抑えていることもオールクリアーだと思うので、うっかり口を滑らせてしまうのも仕方ないかなと思います。でも」

 他の男性の前で言ってしまったら、ちょっとトラブルになるので気を付けて下さいね、というと、はぁーいと半分安心したような声が漏れた。

 まあ、相手が素を出してくれるのは、それだけリラックスしている証拠である。


「まあ、なんでしょうね。気楽に行きましょう。それこそこの場所は楽しむためにきているわけですし」

 コスプレもなりきりを楽しむものですよ? さぁ、どんどん行きましょうと声をかけると、そうだった、なりきりだった! と彼女ははわはわした。うん。そういうところも可愛かったので撮影。 

 そして、ポーズを決めてもらって数十枚の撮影タイムとなった。

 作品の事はよくわからなかったので、問いかけながら撮影タイムである。まあ、粘着、までしちゃうとお前は誰だ! みたいなことになってしまうので、そこは自粛したけれども。 

 

「うわぁ……写真撮られるのってこんな感じなんだぁ……」

 うわうわうわ、と彼女は目をとろんとさせながら、さいこーと、体をぷるぷるさせていた。

 うんうん。撮られる楽しさを知ってもらえてなによりだ。


「写真の確認の方もお願いします。ああ、データはお渡ししたいのですが、スマホかタブレットありますか?」

 写真プリントしてもいいのですが、次こういうイベントに来るかわからないので、というと、はいっ、ぜひっと彼女は前のめりで言った。

 うんうん。いい感じに前のめりになってもらえたようである。


「うちは作る方専門、みたいな人もいるけど、せっかく着替えたのなら、楽しくすごさないとね」

 せっかくのキャラの再現なんだから、ゆかいにやりましょう、というと、彼女はぱぁっと表情を明るくした。

 仰る通りですー、といい顔を見せてくれた。大成功である。


「って、まさかの撮影中……」

「おかえりー。いやぁー、写真に写るのがこんなに気持ちいいとか初めて知ったよー」

 幸せー、と緩んだ顔を見せると帰ってきた友達さんは、え? へ? はぁ? と不思議そうな顔を浮かべていた。


「それじゃ、そろそろおいとましましょうかね。お友達が来たなら、一緒にいろいろ撮られて来るといいし」

「えっと、その。せっかくの合わせだから一緒に撮ってくれませんか?」

「ちょっ。あんなに恥ずかしがってたのに、この変わり様は一体なんなのよ」

 ずいと、前のめりでそういう彼女に、友達さんは何言ってんのこいつ、くらいな勢いだった。

 うんうん。人というのは変わる生き物である。

 まあ、そんなわけで二人の決めポーズを数枚撮らせていただいて、二人と別れた。

 友達さんの方にもデータをあげたら、うわ、こんなに可愛く撮ってもらったの初めてかも、と大喜びである。


「しかし、すごかったね。自然な感じで声をかけてて」

 さて。後ろで様子を見ていた岸田さんは感心したようすで声をかけてくれた。

 彼としては呆れるよりまだ素直に感心してくれる、というのがちょっと嬉しい。

 さくらあたりだと、またあんたったら、というような感想になるのである。


「そこらへんは、慣れですね。さすがに女の子相手にどこまで話をしていくのか、っていうのは俺もそんなに経験はないんですけど」

 ルイとしてならいくらでも経験はあるけど、やっぱり性別の壁というやつは、あるのである。

 女装しているほうがやっぱり撮影は楽だなぁと思ってしまう。


「じゃ、次は、岸田さんやってみましょうか? あそこでしゅたっと敬礼している子とか、是非声をかけてみてください」

「ちょっ、俺が女の子苦手なの知ってるだろうに」

「レイヤーさんを知るには関わりをもたないとですよ。そのためのカメラ登録ですから」

 もちろん、変な目を向けたら怒られますけど、岸田さんなら大丈夫! というと、そういうもんかい? と彼は困惑した声を漏らした。

 正直、女の子苦手な彼でも、カメラを持っていたらぐいぐいいけそうな気がするんだよね。

 さぁ、いっておしまいっ、と背を軽くおすと、うわっと彼は一歩前にでて、悩んだ末に言葉を作った。


「あ、あの、あの、その。お写真撮らせていただいても、よろしいでしょうか?」

「うわぁ、がちがちですね。そして珍しい男性のお客さん。私でよろしければ、どうぞ」

 さて。岸田さんに声をかけていただいた相手というのは、実は、見知った相手なのだった、

 彼女のレイヤーとしての名前は、しーぽんさん。そう、木戸と同じ大学に通っているルイさんを毛嫌いしていた磯辺さんのことである。

 いまではすっかり仲良しの彼女であれば、岸田さんの相手にうってつけというものなのだった。


「それで? 木戸くんももちろん撮ってくれるんでしょうね?」

「まあ、いいけど。でも五分くらいね。他も回りたいので」

「よっしゃ! 天からぼたもちが落ちてきた!」

 このシチュについては発想がなかった! と拳をぎゅっとにぎっているのは、なかなかルイさんに撮影されることがないからなのだろう。

 木戸としてであれば周りにレイヤーさんが群がるということはないけれども、そもそも木戸としてこういうイベントに参加するということ自体がほとんどないわけである。


「じゃ、岸田さん。いいと思ったところで撮影しましょうか」

 いえい。と、ポーズを決めたところで岸田さんはおそるおそるシャッターを切っていった。

 もうちょっとカメラをホールドして欲しいけど、こんなものだろう。


「ありがとう。なんだかめちゃくちゃ緊張するね」

「だんだん慣れてくせになりますよ? まあ、これで女の子克服しちゃうとそれはそれで、西さんがぷんすこしますけど」

「そこでその名前を出すのはちょっと」

 へっへ、だんなぁーと言ってやると、岸田さんは恥ずかしそうに頬を染めた。

 もちろん、撮らせていただきました。しーぽんさんが是非それください! 尊い! とか言ってたけど、そこは岸田さんが了承したら、である。


「次は木戸くんね。さぁさぁ日頃撮ってもらえない鬱憤を晴らしてもらいましょうか!」

「おけ。それじゃしーぽんさん。今やってるキャラについていろいろ教えてくれるかな?」

「お、おう。そっちでやってくれるなら、是非もなし!」

 彼女の撮影は、キャラの説明をうけながら、数分続いた。

 いい感じ! と最後はご満足いただけたようだ。


「正直、あっちのほうがリラックスはできるけど、こっちもこっちでありはありね。写真のできは……おお。こんな表情しちゃってたか」

 ばっちり決まっていて素晴らしい、とおほめの言葉をいただいた。


「って、知り合いだったのかい?」

「知り合いだから、岸田さんが特攻してもだいじょうぶかなって思ったわけですよ」

 撮影が終わるまで声をかけるのを躊躇していた岸田さんが、そんな疑問をぶつけてきた。

 こういうところで、ちょっと待ってくれる岸田さんは本当にいい人である。


「それならそうと言ってくれればいいのに」

 そんな岸田さんでも、先にいってよぉーというぼやきがでてしまった。まあ、そこは申し訳ない。


「にしても、木戸くんに年上の男性の知り合いがいるとは……これは、案件でしょうか」

「俺は、受けじゃないからな? そう受けショタとかさっき言われたけど」

「ぶっ。それはなんとも素敵な妄想ね。薄い本が量産されそう」

「薄い本は生物はだめだと思うんです」

 結構ダメージがきます、というと、ほら、有名税有名税、としーぽんさんが気安く肩を叩いてきた。

 これぞ、かたたたきである。


「ぐぬっ。しーぽんさんもいつか薄い本の主役として登場する未来が!」

「ないわー。木戸くんみたいな主人公属性はないわー」

 なので、こうやって主人公を模してコスプレをするんですわーとしーぽんさんは、おっさんくさいですわ口調をかましてくれた。

 まあ、コスプレの楽しみはなりきりもだけど、別人になってみたいっていう思いもあるんだろうけどね。


「岸田さんはわりと主人公属性かもしれないですね。すでに結構面白い出来上がったお話があるわけですし」

「ちょ。面白くないから! べつにそんなに」

「できる人はみんなそう言うんですよ。俺にとっては岸田さんは珍しくちゃんとしたできる大人なんです」

 うちの父の部下とは思えないっ、というと、そんな面と向かって誉められるとか、ちょっと照れるねと彼は言った。

 回りからちょっと、きゃーといった声があがるのだけど、うん。仕方ない。素直に言ってあげたいことなのである。


「姉の旦那もまあ、素敵な人ですけどね。素直に男性を誉めるのが許されないだなんて、なんて魔窟でしょうか」

 ああ。男性同士のピュアな付き合いというのはここでは存在し得ないのですね、よよよと言ってやると、磯辺さんはえー、とあきれたような顔をした。

「今日のあんたが言うなのコーナーはこちらですか?」

「べ、べつにいいじゃん! 今日は俺、普通に男子。年上のできる男に憧れるんですってば!」

「そして、そのあと、アーッ!」

「ちょっ、やめてっ。岸田さんの前でそんな。くっ、そっちがそうくるなら、もーしーぽんさんじゃなくて別の人撮りますよーだ」

 ほらっ、あちらの清楚系の和装の方とかいっちゃおう! と木戸がいうと、しーぽんさんは、すまねぇ。まじすまねぇと前のめりで懇願をし始めた。

 まあ、そんな感じで見つけた素材ではあったのだけど、完成度がとてもよかったので、彼女の言い分はとりあえず却下させてもらおう。

 またあとで撮ることはやぶさかではないけど、今は気になった被写体にアタックである。


「あれ? 秘書課の武田さん?」

 それまでこちらの様子を黙って見守ってくれていた岸田さんがぽつんとつぶやいた。

 木戸がアタックしようとした相手について、首をかしげているような感じだ。


「え? 岸田……さん?」

 そして。そのお相手。和装コスの方もこちらに気づいたようだった。

 明らかに目立つ岸田さんを見て、その名前を言ってのけたのである。


 その顔には驚きと、おびえのようなものが混じっている。

 あまりに驚きすぎて装備していたながものが落ちてわりと大きな音がなった。

 ざわりと周りがうるさくなる。よくないなこれ。


 そこで。

 その声が響いたのだった。

運営(ジャッジメント)ですの! この騒ぎはどうしたことですか」

 びしっと、肩に腕章をつけた女子学生の制服姿の子が、髪の毛をツインテールにして騒ぎを抑えに登場した。

 うん。なんというか、本人はびしっと決めたあと、すっごく恥ずかしそうな表情しているね。とってもかわいかったので撮ってあげることにした。


「ちょ。おま、にし」

「ええと。簡単に言うと、同じ会社の人に身バレしちまったい。ああ、これからどうしましょうっていう状態です」

 岸田さんはちらりと、はるかさんの方をみて驚いた顔を浮かべたけれど、それに被せるようにして木戸が状況説明を行った。何より必要な措置である。


 ちらっとそれだけ言うと、はるかさんはくっと唇を引き結んでから、秘書課の人に近寄っていった。

「ああ。それなら才華さん。大丈夫ですよ。馨くんが連れてくるような人ですから」

「でも、私、社内でコスプレイヤーがいるって噂になってて、それで」

 これでばれるとかカンベンして欲しいと、頭を抱えてしまっているようだった。

 はるかさんも納得顔だった。あの噂は彼女自身も気にしてることだった。もちろんばれる可能性は性別が違う以上かなり薄いとは思ってるだろうけれど。


「わかりました。騒ぎになるといけないので事務所借りましょう。えっと、しーぽんさんはどうされます?」

 関係者かな? と言われて、いや、私はただのモブですっ! としゅたりと言ってのけた。

 ただ、こそりと後でどうなったか教えてねといい顔でいわれて、はいはいと答えておいた。

 自分に起こると恐ろしい身バレだけれど、他者から見たらスキャンダルなのである。

お写真撮らせていただいてよろしいですか!? というわけで、岸田さんも撮影体験です。

いきなり女の子撮るとかちょっと大変そうな気はしますが。


運営のおそろいの制服みたいなコスプレっていいなぁと思います。

今回のはるかさんは、ジャッジメントをやっております。アラサーでJCのコスはちょっとはずかしいはるかさんでした!


次話はまずは、事情聴取ですね!


2020.10.28 女子高生→女子学生に変更。あのキャラ中学生でやんした。ご指摘に感謝を。

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― 新着の感想 ―
[一言] Twitterで30代で女装でセーラー服を着た方を 見かけたのですが、凄くカワイイ!!写真でした。 はるかさんも恥ずかしがらずにガンバって! モチロン恥ずかしがるはるかさんもカワイイのですが…
[一言] 馨君が声をかけるなんて、さては男の娘だな!と思ったのですが、そうでもなかったですかね。 男の娘吸引機のかおたんでも、さすがに女性だらけのイベントでは難しかったか・・・ 二人ほどは吸引されてい…
[気になる点] 「ジャッジメントですの」の人ってJCじゃなかったっけ [一言] 久しぶりに読みに来たら700話行ってて驚きました。700話おめでとうございます
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