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007.写真部勧誘2

やっとルイちゃんが女装してくださる……

 カメラを首から軽くつって、待ち人が来るのを待つ。

 遠峰さんに返事をしてから数日。お正月の休みぼけもすっかりなくなった頃の日曜日。

 駅舎に備え付けられている時計を確認すると待ち合わせの時間よりも10分前だ。まったく。一人で撮影してるだけでよかったのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 やれやれと嬉しそうに苦笑を浮かべるルイのスカートが風で揺れた。

 さすがに冬だけあって風がそうとう冷たい。

 駅前で待っていると、駅舎から出てくる人たちがちらほらといる。

 日曜日のこの時間にこの町に来る人というのはそれほど多くはないにしてもゼロではないらしい。


 そんな中で遠峰さんの姿が見えた。集合場所の駅前をちらちら見回しながら、こちらにはまったく気づいていない様子だ。

 やれやれ。さすがに声をかけないとわからないか。

「やっ。遠峰さん、おはよー!」

「ちょ、なんぞそれー」

 完全に、ネット言葉になりながら、彼女は眼を丸くした。


 今日はウィッグをつけた上にフルメイクだ。この前町に出たときに買ったライトブラウンのコートと冬でも寒くない膝丈くらいのダークグリーンのスカート。

 足下には黒タイツにブーツを合わせている。山には入らないが足下が悪いところで撮影をすることもあるので、ヒールは低めだ。


「なんぞと言われても、見せろと脅された果てなんです。驚いてないでさっさといくよ。撮影、ついてきたいって話なわけでしょ?」

「そうは言ったけど、それはちょっとねぇ。木戸くん」

 予想の斜め上をいっていますよと彼女は言いつつ、んむむ、とうめいた。


「だから、撮影スタイルはいつもこれなの。カメラ持ってるときはルイで通してるから、遠峰さんもそう呼んでね」

「ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールですか……」

「おお。さすが写真部。でも日本でこの響きを出すとだいたい女子の名前なんだよねー」

 さすがに名前の由来を当てられるとは思わなかった。写真技術を完成させた人として一部で有名なフランスの人なのだけれど、由来を知らなければたいていは自然に女の子の名前だと思ってもらえる。まあそういうのを狙ってつけたわけだけれども。


「さて、それじゃー週末の撮影タイムといきましょーか! 遠峰さんもカメラ持ってきてるんでしょ? どういうやつどういうやつ?」

 わくわくと、いつもの週末女の子ノリで遠峰さんに絡む。はっきりいって普段の姿とはテンション自体が違う。そりゃそうだ。写真仲間と一緒に撮影会なのだから、ルイとしてのテンションはあがるに決まっているのだ。


「んあー。なんなのそのノリは! というかあんたは誰なの!?」

「なにって? ルイさんですよ? 貴女の写真仲間のね」

 おぉ。と胸につっているカメラをじぃと凝視して、メーカーやらスペックやらを頭に浮かべる。自分で使っているのとは別のメーカーのもので、値段帯は同じか少し上くらいのやつだ。じみに、買うときに最後まで候補にあがっていた機種だったりする。学外実習の時は相手の胸元をのぞき込むなんて無理だったけれどルイなら何の問題もない。


 どういう絵が撮れるんだろうと思いつつ、後で撮った写真を見せ合いっこして楽しもうと笑みが漏れる。

 ああ。相沢さんと一緒の撮影会も楽しいけれど、同年代の子と一緒というのも楽しそうな予感がたんまりだ。


「そういうあなたも一眼か。ちゃんと最後に撮った写真見せてもらうからね」

「もちろん。それじゃーレッツゴーというわけで」

 さっさといこういこうと、彼女の肩を軽くぽんと叩く。

 ルイなら別に。同性同士ならべつにこれくらいはかまわないだろう。相沢さんにときどきしてもらうことだったし、ルイがするなら違和感はない。


 周りの景色をちらちらと見ながら、いつもみたいに気になったところにピントを合わせる。車があまり走っていない田舎道だから、液晶をのぞいていてもそんなに危なくないのがいい。

 そうこうして、いつも遊びにいっている商店街に入った。


 最初に行くのは、当然、揚げ物やのおばちゃんのところだ。

「おや、今日は友だちも一緒なのかい」

「はい。カメラ仲間なんですけどねー。おまえが撮っている場所を教えやがれこんちくしょーというので、しかたなく」

 一人じゃないなんていうのは初めてなので、おばちゃんはおやまぁと少しうれしそうな顔をしながら聞いてくる。なのでルイとして少し肩をすくめながら楽しそうに答えた。


「まあルイちゃんの写真を見たら、そんな気になる子がいてもしょうがないんじゃないかい?」

 おばちゃんが写っても、よい顔で撮ってくれるんだもの、と少し照れたような声が漏れた。

「それじゃ、今日も一枚」

 カシャリと撮影を告げる音がなると、ちらりと絵を確認する。

 うん。今日もおばちゃんは元気だ。 


「あと、コロッケくださいな。2個」

「おおぉ。ルイちゃんが買い物してくれるとはありがたい」

 どうしちゃったんだい、とむしろ彼女の方がおろおろしはじめてしまった。いくらここ数ヶ月ひやかし続けてるからとはいえ、その反応はさすがにちょっとどうなんだろう。


「今日は友だちもいますからね。前にいただいたコロッケおいしかったし、食べさせてあげようと思って」

 それじゃあ、揚げたてのもっておいきよ、と言われて、奥においてあったのを渡してくれた。

 手が汚れないように紙ナプキンをつけてのお渡しだ。


「おばちゃんのコロッケおいしいから、とりあえず食べるといいよ」

 あむりと一口かじって、あふんと吐息を漏らす。寒さが厳しいこの季節には、ほっくりしたコロッケはとてもおいしく感じられた。ソースをかけなくても十分なお肉とじゃがいもの味がしておいしいのだ。

 ぺろりと親指をなめながらナプキンで手を拭うと、小さなバックからウェットティッシュを取り出す。自分の分とちらりと見て彼女の分もとっておく。

 さすがに油っぽい手でカメラはさわりたくない。


「普段どれだけ買ってないのかが身にしみてわかったわ……」

 ごちそうさまーと、ゴミのたぐいをゴミ箱に入れさせてもらって、少し離れてから彼女はぽつりとつぶやいた。

 もちろん、はふはふいいながら、うまっ、とさっきまで言っていたのでコロッケ自体は気に入ってくれたようだけれど、それ以上におばちゃんの驚いた顔の方が衝撃だったのだろう。


「そう。だって自分をプロデュースするのは大変なんだもの。かならず季節の最初に一式そろえないといけないし、週末だけといってもそれなりには楽しみたいし」

 やっぱり、カメラを買ってしまったあとにかかってる出費の大半は衣装代に他ならない。特に今年はまだ一周していないので使い回しができないのである。


「ま、まさか下着とかも……じゃないでしょうね」

「さぁ?」

 愕然としながら聞いてくる彼女に、きょとんととぼけてみせる。

 下着はどうしてるのか、というのはたぶんみんな興味のあるところだろうけれど、夏の薄着と下着のラインという話をすればご理解いただけるだろうか。


「くぅ。どうしてこの子はこう、余裕しゃくしゃくなのか。なんか悔しい」

「はいはーい。悔しそうな顔一枚いきまーす」

 かしゃりと、むーとしてる顔を撮る。普段はあまりこういうのはやらないけれど、嫌がったら後で消してあげようと思う。

 個人的には女の子の悔しがる顔というのはかわいいと思う。


「じゃーこっちも撮ったげる。涼しげなその顔をね」

 ごごごと音がしそうな迫力で彼女はカメラをこちらに構えた。

 どうしようか。カメラを向けると変顔というような女子も中学時代にはいたけれど、さすがにそれに習うのはいけない気がする。


 涼しげ、と言った彼女の言葉そのままに、軽く唇だけで笑みを作る。

 ぴぴっと音が鳴ると、画像が記録される。

 正直、ルイの姿を撮られることには抵抗がないわけではないのだけれど、こちらも撮っているのだから仕方ない。おあいこだ。

「これは後でチェック対象ですね」

 お互いに、といいつつ、すでに刈り取られて丸裸になっている田圃跡の写真を撮る。


「あれ、それ撮っちゃうんだ?」

「んー。ここはシリーズでね。夏から撮影してて、一年間撮ろうかなって思ってて」

 ほんとは春から撮りたかったんだけど、本格的にカメラを始めたのは六月くらいからだから、もう青々とのびている稲穂の絵からしか撮ることができなかった。

「稲穂の景色ってなんかこう壮大っていうか、変化もしっかりあるし、おもしろいなって。成長が眼に見えやすく、それでいて広い面積で作るから迫力もあって」

 もともと。稲穂の写真は好きだった。写真を始めるきっかけになった写真集にも押さえられてあった景色の一つだ。

「それで、丸坊主になった田圃もってことなんだ」

 変化、か。と彼女はふむんと思案顔になった。

 なにかしら先ほどの撮り方に思うところでもあったのかもしれない。


 そんな彼女の横顔を見ながら、撮影コースをおさらいする。

 このあと向かうのは、例の銀杏、ではなくて。

 少し迂回して森が広がっている方にいく予定だ。

 銀杏は大量に撮っているけれど、いつも撮ってるのはそれだけではない。

 相沢さんが展示していた写真の外側にあるのが、この森だ。

 少し日差しが弱くなってきた季節の森はどこか薄暗くてもの寂しい感じがある。葉が落ちてしまっている木々が多く、冬を越すために落ち着いた様相を示している。


「少し寂しい感じのするところ」

「夏とか秋は全体的に映えるけど、これからはこうなるよね」

「冬って、ちょっと色彩が落ちるから、この季節は都会の方が好きなんだけど」

 遠峰さんはカメラを構えつつ、ぼやく。あれだけ学校での写真について語った彼女だ。田舎よりも都会のほうが好きなのだろう。


「ところで、ルイはいつも田舎の方がおおいの?」

 まだ、写真を初めて半年だとしても、都会では撮ったことはないのかと、彼女はいいたいらしい。

「自然の風景って、撮っても文句いわれないから。そういう意味では片田舎ってくらいのほうが性に合ってるみたいで」

「そっかなぁ。それはちょいと、人間を怖がりすぎな気がするけれど」

 それは、フォトスタジオのおっちゃんにも言われたことだ。


「人物を撮るにしても都会で撮る絵に魅力を感じないっていうのもあるのはあるんだ。なんか楽しそうじゃないというか、もちろん遊ぶところでは楽しいけど、他のところでは割とみんな無表情っていうか。裏道とかいけばそりゃ楽しそうな人たちもいるんだろうけど」

 なんか、怖くてね、と苦笑が漏れた。


 都会といっても、下町と呼ばれるところくらいなら撮影にでかけたこともある。そこはここと同じで、それぞれの生活があったかくて生きてる感じがあって、撮影するにしても楽しい。

 でも、さらに都会に行くと、もう。

 町が作られすぎてしまっていて、むしろ怖い。


「でも、そうだね」

 それ以外で理由をあげるとしたら、きっと。

「写真を初めて撮ったとき、っていうとちょっと照れくさいけど、親のコンデジもって、電車で出かけて適当な駅を降りてね、こうカメラを構えて。どうやって撮っていいかなんてぜんぜんわかんなかった時なんだけどさ」

 あのときのことは今でもしっかりと覚えている。 


「勝手に撮ってんじゃねぇよくそがき」

 そう言われたことがあってね。

 カシャっとシャッターがきれる音が聞こえる。

「だから、人の写り込みが高い確率でおこる都会は好きじゃないし、自然の景色の方が撮ってて落ち着くんだよ」

 なんせ自然の風景は撮られて文句をいわないのだ。ただそこにあってゆらゆら揺れていてくれる。


「それとこの格好もいちおうそれが元でね」

「あえて女子姿で写真を撮る理由、か」

 彼女は神妙に撮影そっちのけでこちらの話に聞き入っている。

「撮るほうがくそがきじゃなきゃいいのかなってことで」


 それは思いこみも甚だしいのだろう。

 別に当時の自分がこちらの格好をしていたとしても、その人は同じことを言ったかもしれない。

 けど実際、こっちの格好のほうが遠慮なく人物を撮れるのは事実だ。メインの人に許可はとるけれど、写り込みをそこまで気にしないで撮影することができている。


「わお。それは発想の飛躍どころじゃなくて跳躍だね」

「まあ正直、したらしたで別人になれた感じがあって、これはこれで楽しいんだけどね。みんなべらぼうに男子のときより親切だし」

 特におじさまがたがねーと、苦笑が漏れる。

 そこらへんの差はやはり大きいと思う。


 実習の時の写真にしても、笑いながら差がですぎだとクラスメイトにつっこまれたりもした。

 男子相手だと遠慮がないくせに、女子相手だと遠慮をする。関係性の薄さがそうさせるのはもちろんだけれど、若い女子の写真を男子が撮るのは、高校生の時分にはなかなかに遠慮なりを必要とするものなのだ。

 逆だったならあんまり意識しなかったと思う。

 と感じてしまうのは、男子が考える理想的な女子像ゆえの補正だろうか。割と好き勝手やっても彼らは怒らないような気がする。


「そりゃ、あんたが美人さんだからだと思うけどね。あたしが撮影しててもそこまでは親切にされたことはないし」

「あはっ。それは素直にありがとうって言っておこうかな」

 ん。いい感じだ。

 自然な感じでしゃべれている。今でも最初の撮影のことを思い出すと暗い気分にはなるのだけれど、せっかく友達と撮影に来ているのだから、楽しく撮れた方が絶対にいい。


「遠峰さんは、普段はどういう写真撮ってるの?」

「んー。放課後は学校の周りとかになっちゃうけど。月一回の部の撮影会は結構いろいろいってるよー。電車で一時間までっていうのが暗黙の了解だけど、海とか山とか、都心にもでられるし、下町にある文化遺産的な寺社仏閣とかも撮りにいったかな」

「へぇ。イベント以外でもけっこー活動してるんだねぇ」

 部活のネタをふってきたので、素直に驚いてみせる。学校の部活としてはけっこう熱心に動いているほうなのだと思う。さすがは高校といったところなんだろうか。中学の頃の写真クラブは文化祭までに写真をとって展示するだけという、けっこう適当なクラブだった。


「およ。もしかしてルイちゃんも部活きになっちゃってるかなぁ?」

 ふふーん、と彼女は期待のこもった声をあげる。

「前も言ったけど、放課後はバイトが入ってるし、それに制服はちょっと高すぎて手がでないよ」

 もちろん、学校にルイとしていくつもりが最初からなかったから、値段のことは詳しく調べたりはしていない。けれど入学したころ親が女子だと制服が高いから、男の子でよかったわなんていうことを言っていたのは覚えていた。

 三年間毎日着続けるものだから、それなりにしっかりしたものでないといけないということなのだろう。


「ほほぅ。女子の制服をきること自体は抵抗がないと?」

「そりゃ、いまさらでしょう」

 まじめにいってくる彼女の台詞に苦笑が漏れる。 

「まあでも、学校に女子の制服でいく勇気はさすがにないかな。クラスメイトの男子にこっちの姿は見せられない」

 実際、青木には見られているわけだけれど、あれはノーカウントだ。むしろあいつに会ってしまっているからややこしいことになるんじゃないかと思う。


 何回も会っていないけど、さすがに学校に行けばばれるだろう。ウィッグを変えてメイクを変えれば多少は変わるだろうけど、だいぶ無理があるような気がする。

 青木は部活に入ってないし、カラオケばかり行ってるけど、放課後にばったりという可能性はできれば避けたい。


「そういうもんかー。それなら仕方ないか」

 さそいたかったんだけどねぇ、と残念そうにいいつつ、その顔がにやりと笑っていることに、被写体を追うのに夢中だったルイはさっぱり気づけなかった。


写り込みって実際どれくらいみんな気にするものなんでしょうねぇ。

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― 新着の感想 ―
高校男子の写真好きとしては盗撮冤罪をあまり気にせず写真取れるルイちゃんがちょっぴり羨ましかったり...。それにしても共通点のある主人公のお話は読んでて凄く楽しいです!
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