657.岸田さんとコスプレイベント2
「なんというか……見事に女の子だらけだね」
「だから、そういうところだと」
うわぁと目をぱちくりさせてる岸田さんに、木戸は呆れた様な声をかける。
場所、イベント内容ともに、よく見れば女性向けイベントであることは一目瞭然である。
そんな中で、男二人で挑むというのは、かなりの無謀というものである。
「いちおー、男性のお客さんもいらっしゃるとは思いますけどね。なかなかオープンにはしにくいので、勇気と開き直りが必要ですかね」
でも、大好きな作品になんとしても出会いたい! というなら勇気をだしてここにこようという人もいるにはいるのだろう。
最近は、腐男子という存在もいるしね。
ここでしか買えないものがあるし、イベントならではの出会いがあるし、人によっては是非とも参加したい! のがイベントというものらしい。
ただ、素直に自分が好きな作品を買うだけ、ということならばネットで購入もできるし、町中のお店でというのもあるのは、時代の福音というものなのかもしれない。
そっちのお店でも購入には度胸がいるというのだから、どれだけ同性愛ものの購入のハードルは高いのだろうか。
「ああ、話をしてたら、あれですね。知ってる顔いましたね」
「知ってる顔?」
「ええ。ちょっと、挨拶してきますね」
知ってる顔。といって、岸田さんは不可解そうな顔をしたけど、ちょっとスルーすることもできない相手だったので、挨拶くらいはしようかという感じなのである。
正直、レイヤーさんの知り合いはこの会場でもちらちら見かけている。
ルイとしていままで触れあってきた人達はかなりの数になるし、こういうイベントであっても知り合いというのは居るのである。
でも、それはルイとして。
なので、そちらとは関わるつもりはないけれども。
木戸としても知り合いの相手がそこに居たのであれば、声をかけるのは当たり前なところなのである。
「クロやんと、ふーか。こんなところで会うなんて珍しいね」
「ああっ。馨兄! まさかのこのイベントで合流ですか……」
まさか、の理由はまったく別なのだろうけど、黒木家の二人は思いきり驚いたようだった。
「むしろ、俺のほうがまさかなんだけどね。クロやんが普通に女装してるだなんてね」
あれかい? この前の海で慣れてしまったのかい? というと、あーうーあーと、女装姿のクロは嫌そうなうめき声をあげた。
ちょっと前まで、コスプレはいいけど、普通に女装して外を歩くとか無理ー! といっていたのに、慣れというのは恐ろしいものである。
「今日は、無事に大学生にもなれたので、夏のイベントに連れ出してもらった! という感じなんです。それで、ここがいいって言ったら、すっごく渋い顔をされてしまって。じゃあ女の子として、行きましょうっていったら、こうなったと」
「悪目立ちするのが嫌だ、ということかぁ。まあ、可愛いのではないの? いとこどの?」
「その、いとこは、兄弟なの? それとも兄妹なの? それとも姉妹なの? さぁどれだい、馨兄」
「兄と呼ばれてるからには、兄でいいのかなと思ってるけど……今日は眼鏡変えてるんだよね。どうだい、楓香。たまにはもさくない格好というのも」
えっへんと、腰に手をやって胸をはると、楓香は、ふむんと顎に手をやりながらじーっと、全身を見回した。
「そう受けショタ枠でしょうか? まさか二十歳過ぎてるとは思わないかな」
「受け枠にいきなりふられるのは困るのだけど……」
「ほほぅ。謎のMがそう受けではない理由を知りたいのですが?」
「そのネタは去年のあたりで風化して欲しいものですがねぇ? ふーかさん?」
じぃと、楓香に視線をむけると、ひぃと彼女はクロの肩のうしろに隠れてしまった。
別にそんな怖い視線を向けたわけではないのだけど。
「ずいぶんと仲良しみたいだね。おじさんも仲間に入れてもらってもいいかい?」
「岸田さん、まだアラサーなんだし、おじさんじゃなくて、お兄さんでしょうに」
なにを自己紹介でやってくれてますか、というと、いや、アラサーは世間的におじさんだよと、苦笑されてしまった。
「じーちゃんとか、三十歳などまだまだわかぞーじゃよー! とか言いそうだけど」
「三十路でも女装がんがんいけるんじゃー! 巫女様が大人になっても、おいかけるぞーい、とか言いそうだね」
「それくらい、長生きして欲しいよね」
うんうん、と親戚組で、納得のうなずきをしてしまった。
巫女様がアラサーになるにはまだ十年以上かかるので、それまでじーちゃんには元気でいて欲しいものだと思う。
「そういうもんかな?」
「そうですよ? 同僚のハルさんだって、おじさんって感じじゃないでしょ?」
こそっと、その名前を告げつつ、従姉妹殿達にも情報を共有しておく。
あえて、ここで名前を出す意味合いというのは、ちゃんと把握してくれる二人である。
「たしかに、西のやつは、その……おじさんとは言いがたいというか。美人さんとしかいえないというか」
表現に困るっ! と岸田さんはあわあわするのが可愛かったので、一枚撮っておいた。
これだけでも、カメラ登録してよかったという感じである。
「それで? 馨兄はどうしてそっちでわざわざこのイベントにきたんですか?」
ん? と楓香が首を傾げながらそう問いかけてくる。
このイベントなら、あなた絶対ルイとして参加でしょうといわんばかりだ。
「岸田さんの依頼でね。ああ、この人ね、うちの父の会社の部下なんだけど、会社でレイヤーさんが居るらしいって噂がたっててね。その人に味方したくて、実際レイヤーってどうよー! って感じで視察にきたのさ」
物見遊山で、ガチ勢にはすまんことですが、というと、誰しも初めてはありますからっ、と楓香がいった。
「でも、そのためにわざわざ馨兄を担ぎだしてまでってのは、すごいなぁって思います」
「まあ、わからなくはないけど……それはたぶん、身近な知人を頼った結果、だと思うぞ」
あんまり、こっちの常識を向けるのは良くない、とクロは、楓香をたしなめた。
もちろん、そのやりとりの意味を、岸田さんはさっぱり理解してないようで、首を傾げている。
「ええと。馨くんて、実はこういうイベントでは大物だったりするのかな?」
「いいえ。ただのいちカメコですよ。というか、人気な人なら今頃レイヤーさんたちから声をかけられて大惨事ですもん」
そんな状態なら、まず、案内とか引き受けませんから、というと、そういうもんかい? と岸田さんは押し黙った。
そう。この会場で、ルイとして参加していたら、正直彼を案内している余裕なんてものはなかった。
岸田さんに、ルイのことを話してないというのはあるとはいっても、木戸としてここにいるのは、周りから声をかけられないための手段なのだった。
ルイとしてなら……そう。
「ふむ……つまり、今なら馨兄を独り占め……」
「というわりには、コスプレしてないみたいだけど?」
普通の女装にしてるのはどういうことなの? とクロにきくと、楓香が腕をとりつつ、楽しそうに言った。
「ノエルさんが今度の夏は、就職活動忙しくて、厳しい。お祈りの返事ばかりでつらい、と言っていて、イベントにこれないんですよ」
「あー、ノエさんね。俺の一個上だから、そんな感じか……」
いうまでもなく、クロは、ノエルさんという美少女(小柄)とセットでイベント活動をしている。単独でもやるけれど合わせが多いので、自分だけやるのはちょっとという思いがあるのだろう。
「ノエさん、めちゃくちゃ人見知りだから、上手くやれるかめちゃくちゃ心配」
「そこは、クロやんが、俺が養ってやるよ、みたいな感じにはならないの?」
「……自分は、あのような感じなのに、わたしにはその言い草ですか……」
ほんと、これで悪意がないから、まじ困ると、女声のまま、クロは嘆いた。
養うとか今の格好のクロに言うものだから、岸田さんはぽかんとした顔をしていた。
「心配っていうなら、それはもう、補助というか支援とか必要じゃないの? ってか、ノエルさん男性めちゃくちゃダメじゃん。働く先が女性が多い職場ならまだあれだろうけど、男性が多いと、折れるじゃん」
「そこは、探してるみたい……としか」
クロくんは黙って応援していて、といわれてしまったのだと、クロは嘆いた。
どうやら、あまり直接手伝いとかはさせてくれないらしい。
「ふむ。岸田さん。就職でこつとかあります?」
ばりばり働いてる社会人に、ここは是非ともレクチャーを、とお願いしてみることにする。
乙女一杯の、腐イベントではあるのだけど、その中でなにを話すのかは自由なのである。
実際、男同士でしゃべってるなら、ハニートークですよね、と言う先入観があるわけではない。ないよね? ね?
だったら、いいな、はあるかもしれないけど。
「期待の目を向けてもらっても困るんだけど。俺はただ普通に学生して普通に就職しただけだよ?」
「これが……できる社会人の姿……」
「あー、岸田さん、無自覚系主人公みたいなところありますが、実際はイベントまとめるようなこともできるし、同僚の結婚式のまとめとかもできたので、掌握力はあると思うんだよね。きっと、イベントでもめ事が起きても事実関係を把握して、対応できるみたいな感じがします」
ぜひ、イベント運営にご協力を! というと、えぇー、こういうイベントは無理だよー、と岸田さんはいった。
なにも、こういうイベントではなくて。他でもいいのだけど。
二人がわかり合えば、はるかさんも一緒にイベント開いたりとかして楽しいだろうなぁと思っただけの発言なのだった。
「えっと、馨兄は、就職は?」
「ん? ああ、そこはカメラが使える場所で、是非に」
こういう会場で話すべきことではなくない? というと、クロはちょっとさみしそうな顔で、就職してもくるよね? と言い始めた。
それはルイさん宛てのメッセージなのだろうけど、まあ、いちおうね、と答えておくことにした。
「ずいぶんと慕われるね。やっぱり写真がうまいと、こういう場所とも相性がいいのかな」
「そこはありますよ。自分で撮る! って人もおおいですけど、専門のカメラマン欲しい! って人もいますし」
専門の、女の子の、という注釈が入るのだけど、そこはまあ、内緒である。
「例えば、クロやん。コスしてなくても撮っちゃうよ? ほれほれ」
「にゃっ。ちょっ、馨兄?」
何やらかしてくれますか、とクロは慌てたような顔でほっぺを膨らませていた。
もう、海に行ったときも散々撮ってるのだから、女装姿を撮るくらいは、ご容赦いただきたいところである。
「今日は、岸田さんがいるからそこまで積極的に撮影をしようとは思いませんけど。やっぱりこういうのは楽しいですからね」
あ、普段はもうちょっと男女比率が同じくらいのところに行ってますよ? というとそういうイベントもあるのかー! と岸田さんはちょっとがっくりきているようだった。まあ、最初に選んだのが女の子だらけっていうのはちょっとチャレンジャーだしね。
「それじゃ、馨兄。わたし達は物販の方も見て回りたいので、ここらへんで失礼しようかと」
「馨兄。ちょっとした仕草がご褒美なので、いいぞ、もっとやれっ、です」
期待しています。と、楓香さんはいい顔をして、敬礼をかましてくれた。
うう。特に意識しない仕草であろうと、腐フィルターをかけると、たちまちなんでもカップリングされるというのは知っているつもりだ。
「はいはい。二人もイベント楽しんでくださいな」
苦笑まじりにそう答えて、黒木家に二人とわかれることにした。
さすがに、時間制限もあることだし長々と話をしていることはできない。
「にしても、可愛らしい姉妹だったね。お兄ちゃんとしては、なにか思うところでもないのかい?」
「……ん? 姉妹ですか?」
「ん? お兄ちゃん呼びは、子供っぽかったかい?」
あれ? と、少し不思議そうに首を傾げると、それを不満と捉えたのか、岸田さんはそんなことを言い始める。
「ああ、クロの方は従兄弟ですよ。男の子。いとこって、音だけだと関係性がわからないですよね」
きっと、あいつらの頭のなかでは、俺のことなど、姉を当ててるに違いない! というと、ぷふっ、と普通に岸田さんに笑われてしまった。
「係長がさ。うちの子供達はいろいろおかしいって胃薬飲んでるのを思い出してさ。たしかにそうだなーって!」
「それは失礼ですよ! 父さんがその……うちの母との間の確執が原因……で……って、あ。それもこっちの理由か」
そうか、従兄弟くんも女装してたのかぁ。すっごいクオリティだなと岸田さんがしみじみ言った。
単語には出てたけど、外見のクオリティがすごいので普通に女子だと思ったのだろう。さすがはクロやんである。
「でも、人間だれしも親に反発する年頃ってあると思うんですよ。岸田さんだって反抗期とかあったでしょう?」
「盗んだバイクで走り出したり、ギターかきならしたりかい?」
「それはさすがに古すぎませんか?」
「たしかに、こー、親が言うことはなんでも反発、みたいなのはあったとは思うけど、ここはさすがにそれで来る場所ではないように思う」
「あー、それはそうですね。親からの離脱からの、さらにもう一歩行って自己の確立ってところでのものでしょうか」
これが好き。
親から与えられたモノでは無く、自分の指標で選び取ったこと。
それが撮影であり、女装であったり、ルイさんであるのである。
「木戸くんはこういうイベントについて、どう思ってるんだろう?」
「みんなの熱量がすごいなぁ! きっと面白いんだろうなぁ! って思って、手を付けない、って感じでしょうか」
まあ、自身の事で言えば、同性愛関連に無縁ではないのですが……と、ため息まじりにいうと、岸田さんは、はてなマークである。
「コスプレに関しても、友達に勧められたりってのはありましたけど、基本、俺は撮る側ですね」
演技ができないので、というと、そーいうもんかぁと岸田さんは納得した。
さて。岸田さんの相手をしながらも、木戸はこれでも周りに視線を向けている。
良い被写体がいたら是非とも撮らせていただきたいな、と思っているからである。
そして、そう……
なぜか、会場をコスプレ姿で歩き回るはるかさんを見つけてしまったのだ。
「今日はお休みって聞いてたんだけどなぁ……」
岸田さんはまだまったく気づいていないようだけれど。
なるべく会わない方向で、誘導していこうと、木戸は決めたのだった。
こういうイベントだったら、この二人でしょ! ということで黒木家ご招待!
岸田さん的には世界が広がる体験がまた一つですね。
次話は……さぁ。はるかさんは逃げ切ることができるのかっ。
というわけで、イベント続きます。