655.式の撮影依頼10
「ああ、へこむ。マジでへこむ。なんだこれ。花嫁さん綺麗すぎ」
「うーん。まあまあだねぇ。このまま育ってくれればうちで働いてもらうのも……」
あー、うーん。えとー、と写真を見た佐伯さんは、褒めていいのかどういっていいのか、とても微妙な顔をしていた。
三木野さんは素直に、写真のできのよさを食い入るように見つめているようだった。
ううむ。なんか面倒くさい状況になってしまって本当に申し訳ない。
でも、今のところは佐伯さんのところで働けるのはルイの方だけである。
どちらで働きたいか、といわれたら悩ましいところではあるけど、女性として仕事をした方がまだ良い写真が撮れるように思う。
「合格でしょうか?」
「これなら納品分の埋め合わせに使っても大丈夫だな。ま、何枚になるかは星次第になるけど」
「途中から復帰もしましたもんね。できるだけお買い上げいただけると嬉しいですけど」
臨時収入は学生にはとても大切なことなのです、と前のめりで言うと、うっ、と三木野さんが僕も収入が……と嘆き始めた。
いや、それはもう体調崩さないように気を付けて欲しい。
「やっぱりお仕事の量で収入変わるんです?」
三木野さんのお給料ってどうなってるんだろうと木戸は首を傾げる。
佐伯さんのところでルイとして働いている時は、写真の話ばかりしていてあまりお金の話をしたことがないのである。
ルイの働き方としては、佐伯さんにマネジメントしてもらっているから、その分の手数料を差し引いて出来高でもらっている感じだけど、ちゃんとした社員である三木野さんやあいなさんはどういう感じなのだろう。
「変わるね。最低限基本給は設定してるけど、あとは出来高というのがあるから。ルイちゃんなんかは完全出来高制だけどね」
正式な社員って形になるなら、他の雑用とかもお願いするだろうし、そういう意味での基本給は出さないとね、と佐伯さんは言った。
なるほど。確かに完全に出来高払いとなると、フリーとあまり変わらないじゃんって事にもなるしなぁ。
「ただ、今回のはほんとこいつの体調管理のせいだから、る……木戸くんは素直に臨時収入をあてにしてくれていいよ」
むしろ、感謝も込めて追加報酬を払わなきゃいけないところだよ、と佐伯さんは苦笑雑じりに言った。
ひっ、と三木野さんがうめき声を上げたけれど、佐伯さんはおかまいなしである。
いつもは身内がフォローしているからあれだけど、今回は木戸という部外者にまで被害? が出てしまったための、しっかりと健康管理しろよーというお小言も含めて言って聞かせているのだろう。
うん。ほんと、なんで三木野さんってこんなに病弱なのだろう。
いや、病弱というか、あんまり寝てないとかそっちがいけないんだろうけれど……
そこらへん、なんとか聞き出せないものだろうか。
きっと、ルイ相手にはそういう話はできないだろうから、そこは木戸のほうで聞いておくべきことなんじゃないだろうか。
「あー、臨時収入はあてにしますけど、追加報酬の件はその……別件でお願いできないでしょうか?」
「別件? なに。体で払わせようとかそういう話?」
「病弱の三木野さんにお願いするのはあれなんですが……」
えー、と佐伯さんが冗談交じりに、体でと言ってきたわけだけど、まああながち間違いでもない。
「今度、時間が空いたら、一緒にこの近所でかまわないので撮影してまわりませんか?」
ぶらり撮影旅です、というと、三木野さんは、へ? え? と不思議そうな顔をするのだった。
それから三日後。
「学生は、時間があっていいよなぁ」
「今日はわざわざきていただいてありがとうございました。体調はどうですか?」
「……この、嫌々オーラが通じないというのはどうなのか」
どよーんとしながら立っている三木野さんを一枚撮影すると、これを撮るのか……と言われてしまった。
まあ、撮るんだけどね。
「三木野さんが、それだけ清々しい顔してるのだけで、俺は嬉しいですよ。無事に前の仕事終わったんでしょう?」
しかも、翌日の仕事も、といってやると、おかげさまでなー、とじぃと、不満げな視線を向けられた。
まあ、そこはお仕事の報酬の半分以上をこっちでもらっちゃったので、というのはあるのだけど。
「選別するところを抜かしてあの値段は、俺も確かにちょっとどうかと思いましたけど。でも、佐伯さん曰く、迷惑料も込みってことだと思ってますよ」
それに、仕事を受けた分の料金の7割程度なのでしょう? と言うと、まあそうなんだけどさ、と三木野さんはうんざりしたように言う。
「佐伯さんに、どういう報酬にするの? んふふ、っていわれたのなんて君にはわからないさ」
どんだけ、迷惑かけたのー? どうなのー? っていう怨嗟の声が聞えたさといわれて、ん? と木戸は首を傾げた。
佐伯さんならそこは素直に、ねーねー、木戸くんの評価どれくらいー? って笑顔で良いそうなもんだけど。
そこは考え方というか、捉え方の違いなのだろうか。
「次からは、体調不良で仕事に穴あけないようにお願いします」
いっつも仕事取られるの嫌でしょう? というと、そりゃそうだよ! と食い気味にいわれた。
まあ、そもそもいつも助けてくれるカメラマンがいないことのほうが多いのだから、体調不良の方をなんとかしないといけないのだけど。いますぐにそんな話をするわけにもいかない。
いまはただ楽しい撮影時間を過ごすばかりだ。
「じゃあ、そんなわけで気持ちを切り替えてお昼までご近所撮影に入りましょう」
楽しみだなぁとにこにこしていると、テンションやべぇなと三木野さんに言われてしまった。
年下男子を相手にしているからなのか、言葉遣いがいつもよりもだいぶ砕けているように思う。
実をいえば、それこそ先日佐伯さんのところに行った後に、三木野さんをつれて町中にGO! というのを考えていた。
わくわく。わくわくとしながら。
でも、そこで、ふと「この人病気じゃん。熱でたじゃん」と思って、この後行きましょう! という問いかけを止めたのだった。
かなりの自制をしたので、その後は秘蔵の写真集をいろいろ見たりして、むふーとした感じである。
「撮影っていったって、町中撮ってどーすんだよ」
「んー、そこはぶらぶらと町歩きしながらでしょうか」
普段通りに撮影していこうと思ってるので、三木野さんも是非いっぱい撮ってくださいね? というとすさまじく怪訝そうな顔をされた。
彼としたら、あんまりこういう遊びの写真というものを撮らないのだろうか。
でも、そこらへんはあんまり気にしないでおく。
こちらはこちらで自由に撮るだけである。年上男性と一緒の撮影会なんて正直滅多にない出来事なのだから。
「あれ。お店新しくなってますね。うわっ。かわいー」
「えっと……その?」
いつもより少しテンションをあげつつ、それでも男声でそういうと、三木野さんはさらに困惑を深めたようだった。
仕事は仕事。フリータイムはフリータイムである。
そうであるなら、ルイのようにとは言わないけど、普段町中を歩いている時のような感じでウィンドウショッピングをしていたのだけれど、どうも三木野さんにはわからないらしい。
「いつも一人歩きするときは目新しいところとか、今まで発見できなかったところとか見ながら、気になったところは撮影って感じですかね」
ルイとして町歩きをするときのスタイルはそれに加えて、面白そうなところには声をかけて話し込んではなにがどうなっているのか尋ねて回って、友達になる。そんなことを続けていたらいつのまにか銀香のルイなんて呼ばれるようになったけれど、木戸にできるのはこの程度だ。声をかける度胸はない。
「普段からいろんなところを見てるのかい? 散歩しながら?」
「三木野さんは、あまり見ないのですか?」
むしろ、三木野さんの反応の方が不思議な感じがしてしまう。あいなさんもいい景色だねぇなんていうし、石倉さんだって周囲の景色はよく見ている。まああの人の場合は、いい男を物色しているという話もあるのだが。
「だいたい歩いている時は考え事してるからな。ああ撮ればいいとかこう撮ればいいとか。あんまり周りのことは見てないかな」
「えー。それでなんとかなっちゃうなんて、それはむしろすごくないですか?」
男声なのだが、若干テンションが女子よりになってしまっているだろうか。口調は丁寧語。大丈夫。自分。
そう半分思いつつ、彼の言ったことにはそれなりに興奮を覚えてしまったのだった。
基本、木戸は、というかルイは、先にいい風景を見てからそれを写真に収める。もちろん人物を撮る時にはそこに手を加えることもあるけれど、基本は先に風景があってからだ。
だから、風景を見ないで狙った絵を作れるって言うのはすさまじい才能なんじゃないか?
佐伯さんのことだから、風景を見るなんて常識さっさと覚えるだろとか思って手元に置いたんじゃないだろうか。
「そうか? 写真ってそうやって撮るもんだろ? 光と被写体と。計算と」
「それ、あいなさんにも言われたことありますし、わかるのはわかるのですが、目に見えた風景の方が範囲が広いし、ニュートラルでいた方が発見は多いのかなって」
カメラはあくまでも、光を取り込んでその風景を焼き出す機械だ。
けれど。いや、だからだ。自分の望む絵もがんばれば撮れるようになるだろう。技術を磨けばできるようになる。
でも、それでは撮影する絵は「点」になってしまう。
自分の発想以上に世界は広いのだから、いろいろな目を開いていた方がいいのだ。
「一般的に男の人は、目的地に一直線で向かっちゃう人が多いみたいです。ただ俺はのんびり周りを見て回って、気になったところを撮りたいので」
それ、プロじゃないから言える台詞なのはわかってますけどね、とふにゃっとした苦笑を漏らしてみせる。
そう。仕事は始めた。ルイとして仕事はさせてもらっている。
とはいえ、あくまでも学生の発言にすぎないのである。自分にそこまで自信があるでもないし、そんなゆったりでいいのか? というのはあるだろう。
「あ、でももちろんクライアントがついてその望みの写真ーみたいなの言われたらがんばってとりますよ?」
そういう勉強だってちゃんとやってますよ? 本当ですよ? というと、くすりと笑われてしまった。
「いや。あんなすげー写真とるくせに、割と本人は、自信なさげなのなって思ってさ」
「そりゃー、身の回りにあいなさんみたいなのいれば、そりゃね」
初めて会ったの、高校の頃ですよと言ってやると、嫌そうな顔を思い切りされた。
まー、理論で写真を撮る人間からしたら、あいなさんの写真はいらっとくるだろうなぁ。本人は理論的なことも言うけれど、感覚で綺麗な場所を狙ってる。好きな場所を完全に狙うために技術を高めてるという感じだろうか。
あの銀杏にしたってそう。どう表現しよう。どう狙えばいいだろう。あそこに抱いた思いをどうすれば形に出来るだろう。そんなことを思って写真を作る。そこに自然と技術がついてくるのだ。
「まぁ、あいな先輩見てると、へこむのはわかるな。ってか、俺もだしな」
ほんと、最近は自信なくすことばっかりだ、と三木野さんははぁとため息をついた。
なんというか、げっそりといった表現が一番正しいだろうか。
「それでも、君の写真はすごいと思うけどな。その若さであんなに撮れるとか……はぁ。ルイちゃんもだし、若くて才能ある子はほんと羨ましい」
てか、この焦燥感たるや……と、三木野さんはさらに顔を青くしていた。
「そうですか? 三木野さんだって佐伯さんのところで働いているじゃないですか。それって優秀ってことだと思いますけど?」
「いやいやいや。俺よりルイちゃんの方が華がある写真撮れるしさ。入ってまだそんなに経ってないのに、佐伯さん達もべたぼめだしさ……」
むしろスキャンダルがなきゃもっと活躍してたんじゃないかな、と素直な感想を言ってくれる。
正直、ちょっと表情が緩みそうになった木戸なのだが、いけないいけないと表情を作る。
いまは木戸であって、ルイではないのである。
「佐伯さんとしては、体調不良だけは勘弁して欲しいって言ってるけど、腕に関してはなんとも言ってないように思いますが」
「それは、まぁそうなんだけど。でも君だって俺とあいな先輩の写真で優劣つけるだろ?」
「平均的なところでは、あいなさんのほうがって思っちゃいますけど、それでもこれはすごい! っていうの三木野さんだって撮ってるでしょ?」
「そういう、なんていうかまぐれあたりみたいなのじゃ、だめなんだって。俺、もう26だし。平均的にクオリティあげてかないと」
ああぁ、さらっとルイちゃんにも追い抜かれてしまいそうだ、と彼は俯いてしまった。
「佐伯さんだったら無理せずゆっくりやって、仕事に穴あけないようにしてほしいっていいそうですけど」
お仕事大切ですといっても、三木野さんは納得いかないようだった。
「なら、生活習慣を変えましょう。睡眠時間最低どれだけとるか決めて、食事も栄養のあるものとって、あとは他のことでどれだけ削って、どれだけカメラ握れるか。体こわしちゃ話になりませんから」
どうでしょう? と顔を覗きこむと、はぁーと思いきりため息をつかれてしまった。
「なんか木戸くんとしゃべってるといろんな意味でうらやましく思えてくるよ」
「なんだかノーテンキなバカっていわれてるような気がしますが」
「間違っちゃいないだろ」
でも。とそこで三木野さんは諦めたような顔を浮かべた。
「今日はこの前のお詫びも込めてだから、君の流儀にのってやるよ」
いろいろ、手ほどきよろしく、と彼はカメラから視線を完全にはずすと、こちらに歩調を合わせてくれた。
あてもない散歩を彼もはじめてくれるのだ。
それからさんざん三木野さんを連れ回したのだが、俺、前の彼女よりひどい連れ回し方されたのはじめてだと嘆いていた。
やっと終わったー!
結婚式からはじまり。三木野さんがどうしてこうなのかが描くことができました。
やっぱり体調管理は大切ですね。
そして、ルイちゃんのドレス姿がみたいよー!
ほんとにねー!
次の話はいまのところノープランでござる。