653.式の撮影依頼8
三木野さんとやっと絡める! やった!
三木野さんが戻っても、基本撮影に影響はあまりなかった。
お互いフラッシュはたかないし、写り込むようなところにも入らなかった。
熱が下がった三木野さんは今までの汚名返上のためにもかなりの枚数を撮ってるように見えた。まあ、木戸から買い上げる分の報酬が減るからってのはあるんだろうけれどもね。
木戸の方はと言えば、いわゆる平常運転というやつだ。
新郎側の親戚を中心に、それでも花嫁さんもしっかりと撮っていく。
ときおり小さい子に撮って撮ってとせがまれるので、視線を落として正面から撮ってあげる。
そして嬉しそうにしながら帰って行く姿や、新婦さんをきらきらした目で見つめる女の子を斜めから狙う。
さっきの三時間では滅多にやらなかったものの、本来ルイの写真はこうあるべきものである。木戸の時でもやるのだが。
ただ、それは結婚式の写真としてふさわしいか、といわれたときに喜ばれたとしても、どうなんだろうかとは思う。かなりのところでその子が主役の写真になってしまうのだ。
とはいえ、木戸としてはそういうのも結婚式の空気の一つだと思う。
主役に憧れる人というものがあるだけで、ぐっと主役の品格というものが上がるような気がする。
というか、花嫁さんは女の子の憧れというし、こういうのもあっていいと思うのだ。
そして三十分が経ち。さきほどまでは一切食べられなかったご飯をつまみながら、撮影をしていると新郎新婦が会場の一段高いところからみんなに語りかけた。
「今日はみなさまありがとー! そろそろこんな時間も終わりを迎えようとしていますが最後に、大きなイベントが残っています」
えへへ、と新婦さんが嬉しそうにブーケを取り出した。胸元を彩るそのブーケはピンク色と白を基調としたかわいらしいもので、それをみんなに見せる。
会場にいる女子がそれをうっとりするように見つめていた。特に幼い子はブーケだーと目を輝かせている。
ませている小学生などはもうその存在を知っていて、意味すらも分かっているから早すぎるにしても、憧れてしまうのだろう。
みんなが立ち上がって、高くなってる新婦の周りを囲むようにしている。
彼女は、後ろをむいて、うまくブーケを後ろに投げた。わりと練習したのかそれはきれいな放物線を描いて宙を舞った。
わいのわいのみんなは手を伸ばすけれど、正直こちらはカメラから手を離せないので、そんなまねはできないしする必要もない。あとは花嫁さんの幸せそうな顔を納めるのと、花と手元のアップ。投げる瞬間と、キャッチと、キャッチした人の表情を押さえておけばいいだけである。
「えっ……わたし?」
一瞬、声が高くなっていたはるかさんは手元に落ちてきたブーケを見ておろおろと周りを見渡していた。
そして。
花を改めてみるときゅっと軽くその男性にしては小さめの手でブーケの枝の部分を握って、なんともいえない表情を浮かべるのだった。
なんというか、乙女というか。とってもかわいらしかった。
もちろんその姿もばしばし撮ってしまったのだけれど、これはあとで岸田さんへのプレゼントということでいいのだろう。そのまま進展するといいのになんて思ってしまった。
「さて、木戸くん。良かったら送るけどどうする?」
結婚式の行程がすべて終わり、新郎新婦が退席したあとのガーデンスペースで、岸田さんに声をかけられた。
お隣には、ブーケを持ってにこにこしている西さんの姿もある。
スーツ姿なのにとことん可愛らしいのは、もうどうしようもないものなのだろう。
「えっと、目的地って西さんの家当たりって考えて良いです?」
「ちょっと足を伸ばすくらいなら、木戸くんちまで送ってもいいよ?」
係長の家、そんなに遠くなかったよね、と言われて、うーんと首を傾げつつ考える。
家に帰ってしまってもいいのだけど、できれば仕事の関係もあるので佐伯さんのところにも行っておきたい。
「それと三木野くんだっけ? 君も方向一緒ならどうだい?」
機材も重いだろう? と聞かれて、はぁと三木野さんはあいまいな返事をした。
熱もあるだろうし、電車とかよりいいだろうっていう岸田さんの配慮なのだろうね。
「でも、風邪移すかもしれないし……」
「それはいちおう、マスクつけて」
はいこれ、とホテルの人にサービスしてもらったモノを渡しておく。
救護室にはこんなものもおいてあるらしい。
「それと、うちの西も一緒につれてく。これで満員御礼だな」
よっし、と岸田さんが帰り支度を始めた。
ホテルに予約を取っている人達もいるけれど、はるかさんたちは帰るということだ。はるかさんはいろいろイベントが立て込んでるという話も以前していたし、早めに帰った方がいいのっだろうけど。
「あー、佐伯写真館に寄ってもらってもいいですか? 佐伯さんに今日の顛末話したり、出来た写真のチェックしてもらったりしたいので」
ビジネスな話なのですと、笑顔でいうと三木野さんがいやそーな顔をした。
なるべく報告は後にしたいタイプな人……というわけでもないのだけど、それでも自分の失態を報告するのに尻込みするのは当たり前な反応というやつだ。
岸田さんは、それなら大丈夫と言って車を出してくれた。
そんな中で三木野さんは、収穫前の仔牛のようにぷるぷる体を震わせていた。
「うぅ。佐伯さんにまた怒られる。おまえからだ弱すぎってまた怒られる……」
「まあまあ。ほっしーさんのことはやんわり擁護しておきますから」
あんまり三木野さんが可哀想なので、いちおうフォローをしておくことにする。
「へ? なんでその呼び名知ってるの?」
「え? 三木野星だから、下の名前ほっしーでいいのでは?」
三木野さんの名刺を改めてひっぱりだしながら首をかしげる。
もちろん、スタジオでほっしーって呼ばれているのはルイだから知っているけれど、あてずっぽうを装っておく。
「あ、実はあれでルナって読むんだ……せめてスターとかにしろって感じだけど」
「ほんとーにすまんことです」
ぺこりと、頭を下げると、は? という顔をされた。
これも想定内だ。佐伯写真館の悪い習慣を作ったのがうちの身内で本当にごめんなさい。
「いえ、こちらの話です。はい」
さすがに星でルナはない……しかも男の人にだ。
それの根本的原因になってしまったのがうちの祖父なのは大変に遺憾であります。
エレナなら、ルナさまって名前、いいと思うよ! って思い切り親指をびしっとあげてきそうだけれど。
「佐伯写真館はいいところだと思うけど、スタッフに厨二病のあだ名を付けるのがね……」
「佐伯さんは太陽でコロナでしたっけ? それいうと、青木さんはまともなほうか……」
「そうなんだよっ! なんであそこは女子はまともな名前なのか、納得いかない。後輩にルイちゃんって子がいるんだけどあの子は名前変更なしなんだよ?! そりゃ入る前からめちゃくちゃ有名で、銀香のルイなんて通り名があるくらいだから改名なんてありえないとは思うけど……」
まあ、それはそれで偽名だしね、とはさすがに言えない。
「石倉さんも変な名前だったんですか?」
「あの人は、奈落って書いて、ゲヘナって呼ばれてたけど、さすがに今は本名使ってる」
「佐伯さん……厨二病すぎる……遊び心だよーとか笑顔でいいそうだけど。ひどすぎる……」
だろ? とほっしーさんに言われて、ああ、自分女子ではいって良かったととても安堵である。
「それで? 三木野さんはお仕事忙しいのですか?」
車が順調に進む中で、今まですごく聞きたかったことを尋ねてみることにする。
いくらなんでもほっしーさんは体が弱すぎると思う。そのことを佐伯さんに聞くと、あいつはなぁ……といつも口を濁されてしまうのである。
「仕事自体は……まあ、スケジュールは詰まってるけどそこまでではないよ。あいな先輩より少ないくらい。ただそれ以外が……」
「私的な撮影で体力消費しちゃうパターンですか?」
あいなさんとかも、私的な撮影はガンガンやっているはずなのだが。それでもお仕事の時はいつだって元気はつらつである。
まあ、あの人もルイの同類なので撮影してたら疲れないよね? っていうような感じはあるけれども。
「なんつーか、勉強? 俺そんなに写真うまくないし……」
「それは、ほら、あいなさんとかに比べたら……ってことでは?」
佐伯さんのところに入ってやっていけてるならそれはある程度の実力があるということだろう。
たしかにあいなさんの写真には嫉妬する。彼女もルイちゃんの写真は私にないものいっぱいでうらやましいようと言ってくれるけれど、焦るという気持ちはわからないではない。
ただルイの場合は年齢差があるからまだいいのかもしれない。三木野さんとあいなさんは一つか二つしか違わない。焦って当然なのかもしれない。
「それと、最近はルイちゃんも入ってきたから、その……焦るんだかなり」
「それで仕事に穴を空けては本末転倒ではないですか」
わかってるんだけど、とままならない感じで彼は拳を握りしめている。
本心ではルイってどれくらいなんですかとかつっこみたいけれど、今日撮った写真のこともあるし、そこはぐっと我慢をしておく。
佐伯さんたちは知っているけれど、三木野さんの前ではルイは後輩の女の子でいたほうがいいだろう。そこまで親しいってほどではないけれど、ばれたらとことん邪険にされる可能性だってある。
「そういえば三木野さん。馨くんが撮った写真のうちの没になったやつ、新郎側に渡してくれます? 三時間分でちょっとでも新婦さんの写真欲しいなって」
その、没になるのもあるんでしょう? と聞かれて、ああ、とほっしーさんは言いよどんだ。
こちらに任せるというところだろうか。
「今日の感じとして、とても良く撮れたのが二割、まあ良く撮れたのが六割、あと1,7割が普通で、残り3%が没写真です。自分で見てこれはないわっていう駄目写真以外なら、採用されなかったものでも新郎側に渡していただいてかまいません」
ま、僕からみての没写真の基準で出した数字なので、お二人に見られたらもう2割没だよーとか笑顔で言われそうですがと、肩をすくめてみせる。
「それはないと思うけど……」
「写真のことは詳しくわからないけど馨くんのなら、間違いないと思ってるよ」
「ふふっ。ありがとうございます。次はお二人の結婚式ですね?」
ね? と岸田さんに言うと、ぶふっと吹き込んでそのタイミングでブレーキが軽くふまれて車がガクンと揺れた。
うっ。久しぶりに教習の時以来の急ブレーキである。
「ちょ、馨くん? その話は他に人が居ないところでやろうよ」
「そうだよ。さすがに初対面の方の前で、その話はちょっと」
まったくもう、とはるかさんからも呆れた様な声が漏れた。
「あー、僕のことは気にせず話をしてていいですよ。ちょっと薬切れてきたみたいで、寝かせて欲しいので」
「そういうことなら、ちょっと横にずれますね」
自由に、だらんとしていいですよ、肩はかしませんけど、といいつつ、少しだけ横にずれてスペースを空けてやる。三木野さんは足をこちらに少しだけ投げ出しつつ、窓際に首を預けて横になった。
「さて、三木野さんはそうは言ってくれましたが、さすがに静かにしておきましょうか」
「そうだね。あんまり馨くんにからかわれるとまたブレーキ踏みそうだし」
「がくんがくんするのはなるべく止めてあげてくださいね。病人が乗ってるんですから」
はいはい、じゃあちょっとおとなしめな曲でも流しながら、いこうか、と岸田さんはカーオーディオからお洒落な曲を流し始めた。
なんというか、本当に環境音楽というか、ゆったりした曲で、もちろんそれはアニソンではなかった。
ふむ。付き合ってると言っていたけど、はるかさん、コスプレの事はまだ伝えていないのだろうか、とちょっと疑問に思う木戸である。
「それじゃ、佐伯写真館を目指して出発で。少しのドライブをお楽しみください、お客様方」
ちらっと岸田さんが隣の席を見ながらそんなキザな台詞を言っている。
スーツ姿の彼はちょっと大人っぽくて。思い切り木戸も一枚写真を撮らせてもらったのだった。
結婚式アフターということで、今回は裏方のみなさんとおしゃべりです。
いやぁ、やっぱ、岸田さんとはるかさんはお互いラブラブでいいなぁと思う今日この頃です。
ブーケもうれしがっちゃって良いのかな。まあいっか、みたいなはるかさんは、木戸くんにだいぶ毒されてるんじゃないかなと思います。
さて、次は結婚式編ラストの、佐伯写真館にて、でございます。




