652.式の撮影依頼7
披露宴の前半は、新婦さんのドレスの色はライトピンクになっていた。淡いチューリップみたいな色合いでとても鮮やかなものである。
新郎さんのほうは、ネクタイだけをライトピンクに変えている。
会場にでてきた瞬間は、しっかりと押えることができて大満足である。
式場の方では神父さん主催の祭事という感じだけど、こちらの披露宴は家族や友人へのお披露目という感じになる。
司会をやっているのは幹事の男性で、テンションが高めのお兄さんだった。
まあ、こういうイベントを取り仕切るのであれば、ぼそぼそしゃべるよりはああいう感じの方がいいのだろう。
みなさんが着席しているなか、一人自由に撮影をさせてもらった。
新郎の知人友人から、新郎のエピソードが流れたかと思えば、今度は新婦の側から若い頃の新婦さんのエピソードが流れる。
そしてその流れで、新郎新婦への質問タイムになっていった。
元から質問は決まっているようで、誰がどう話をするのかというのは知らされている。
その質問者と、新郎新婦両方を上手く撮っていくことにする。
ううむ。二人で撮るなら、質問者の背後からと、新郎新婦側から、というのを撮り分けられたのだろうけど、さすがに瞬間移動はできないので、それは無理な相談である。
遠隔で二台……とかも想像はするけど、そうなるとドローンを操作して、なんていう話になってしまいそうだ。
「お二人が知り合ったのは、仕事での付き合いでということですが、なにかこう、思い出のエピソードなどはありますか?」
「実は、幸恵さんが弊社に営業にきたときに知り合ったんです。一目惚れってこういうものなんだなって」
彼女の周りだけきらきらしてたんです、という言葉に、新婦の幸恵さんは頬を抑えながら、あらあらと思い切り照れている。
この顔はしっかりと押さえさせてもらった。てれ顔はいいものである。
「そして、そのあとご飯に誘……えずに、二ヶ月がすぎると」
いやぁ、安定のへたれっぷりですねー、と司会の人が茶化した。
今だからこそ言えるからかいでもあるのだろう。
しかし、二ヶ月で長いか……と、半年返事を先延ばしにした身にちょっと申し訳なさが浮かぶ。
さすがにちょっと長過ぎだった。
「う……プロジェクトが忙しくなったってのもあるけど、連絡先を聞き出すことができなくって」
「そこで、私の方から会社におしかけちゃいまして……」
「うわ……なんと羨ましい!」
会場からも、おぉー、とどよめきがあがった。
その瞬間は新婦さん達の顔よりも会場の方を優先させてもらった。
やっぱり、女性から声をかけるというのは今であってもかなり勇気のいるところらしい。
「告白はどちらからだったんですか?」
「それはさすがに僕の方からです。プロポーズの言葉は内緒ですけどね」
ちらっと、新郎である新道さんが優しそうな表情を幸恵さんに向ける。
その表情はばっちり押えさせていただきました。やった。
「くぅ。のろけがすごいですね。それじゃあ今度はそれぞれの友人が持ち寄った思い出の写真コーナーに入ります」
ちらっと司会のテーブルに置いてある時計を確認してから、彼は次のスケジュールの進行に移った。
もう少し新郎新婦を煽るかと思ったら、もうお腹いっぱいらしい。
そして。写真の発表会が始まる。
それぞれが、思い出のスナップ写真を持ち寄ったというような感じの仕上がりだ。
中には新郎新婦が持ってないものなんかも入ってるようで、えぇーと今日の主役達から声が上がることもあった。
写真は忘れてることも思い出させてくれるアイテムだ。この演出はとてもいいと思う。
ときどき選別を間違えたのか、わざとなのかバカなことをやってる写真もあって、幸恵さんがうわぁっていう顔を浮かべていた。
こういうときの写真って良さそうなのばっかりを集めると思うのだけど、新道さんの友人達はどうにもお茶目な人が多いらしい。
若さ故の過ちってやつですよー! と彼は苦笑を浮かべながらも、楽しそうにしていた。そこに出された写真というのがちゃんと善意からきているというのをわかっているからなのだろう。
「幸恵さんの女子高生姿も愛らしかったですね! 清楚というか、なんというか。くぅ、新道のやつより俺が先に出会っていたかった!」
「先に出会っていても、その先があるかはわかりませんけどね」
「うわーん。思いっきり振られたー」
「あの、人のつ、妻をたぶらかさないように」
危険人物としてマークします、と新道さんに言われて、司会の男性は大丈夫だぜ、相棒! といい笑顔を浮かべた。
断られるのを見越しての発言だったらしい。
おやおや、仲良しねぇと、新郎のブースの方からは楽しそうな声が漏れた。
小さい頃から家にまで遊びにいっていた、とかいうような仲なのだろうか。
「妻発言いいですねー。挙式が終わればもうお二人は晴れてご夫婦。そんなお二人の絆を試す試練の時がやってまいりました。今まで見せたどの写真よりも難しい試練を乗り越えられるのかっ」
「ちょっ、おまっ……まさかアレを持ってきたのかっ!?」
「そうだよ、新道! はははっ。これを乗り越えられたらお前達の将来は永遠だ!」
そして次に映し出された写真、それは……
恥ずかしそうに笑っている、ドレス姿の女の子の姿、だった。
「……女装写真一枚が試練とは……」
「うわ、木戸くんがめっちゃどん引きしてるわ」
「まー、一般的にはそうだろうって、あれ、女装写真なの?」
え? へ? と撮影ポジションとして使わせてもらっているテーブルにいる岸田さんに思い切り驚かれてしまった。
さすがに西さんの方は一発で見破ったようだ。
でも、他の人の反応はというと……ざわざわと、えっ、あれだれだよ、とか、うわ、綺麗とか、そんな反応が多いのだった。
「えー、こちらは学園祭の写真でして、ここに写る方と新道はとても深い関係にあります」
「深い関係……」
「まさか、元カノとか……」
「しかし、美人さんだ……」
世の中みなさん節穴である。確かに綺麗に作ってあるなとは思うけれども、澪のほうが正直綺麗だし女の子っぽい。
女優を目指す男の娘を引き合いに出すのはさすがに無茶だとは思うけれども。
「さぁこの写真を見てどう思いますか?」
「そうですね。なおさら彼のことが好きになりました」
ふふ、と周りのあおりを受けても幸恵さんはにこにこしたままだ。なんというか余裕があるというか、楽しそうである。
その顔はもちろん何枚も撮らせていただきました。
「お? 正妻は自分だぞ発言でしょうかっ。どこの馬の骨とも知らない相手になんて渡さないという、強い意志の表れが……」
「でも、これって、新道さんが女装した姿でしょ?」
「……気づいた?」
「そりゃだって、一番近くで見てる顔だもの。それに昔は小柄で高校の頃に伸びたって話もしてたから、高校一年の頃にイベントで女装させられたとかかなって」
それに学生時代は彼女はいなかったって聞いてましたし、というと、おぉー、と周りから歓声があがった。
嫁さん大勝利である。
「ちなみに、いまもこういう趣味があると言ったらどうです?」
「それはそれで女性同士っていう感じでもいいかなとは思いますよ」
彼は彼ですから、と幸恵さんは余裕の笑みである。
「なんというか……愛されてる感じがすごいですねぇ。うらやましい限りです」
「それで、今も女装とかはなさってるのかしらっ!?」
さて。円満にそのネタが終わるかなと思ったところで、幸恵さんの叔母様から声が上がった。
結婚式を台無しにしたくないと息巻いていた方である。
むしろここは、そのままスルーしちゃったほうがよい終わりだと思うのだけど。
どうにもはっきりさせたいらしい。
「さすがに今はしていないですよ。でも、そんなに隠さなくてもいいんだなって今日気づいて、やっぱり幸恵さんはいいコだなって再認識しました」
幸せですと、新道さんがいうと、あ、う、……うん、と叔母様は毒気が抜かれたように椅子に体重をかけるように座り込んだ。
大人の心配も、まったく気にしないでいいというような見事な対応だ。
かっこいい。
「さすが新道さん。普通ならあんなの出たら本人がきょどりそうなのに」
「西さんは、岸田さんの女装写真とかでてきたら、どうします?」
ん? とはるかさんにいたずらっぽい質問をすると、彼はちょっと顔を赤らめながら。
「まずはボイトレからはじめないとね」
苦笑気味にそう言ったのだった。
わいわいと披露宴は進んでいき、二度目のお色直しの時間がきた。
新郎の方はネクタイを替えるだけでいいけれど、新婦の方はドレスを着替える必要があるのでそれなりの休憩タイムといった感じになってしまう。
今回のこのお色直し時間は、新郎側有志による隠し芸だったり、新婦側有志による朗読会というものが開かれたりしていた。
新婦さん大学のころ、朗読サークルにはいってたそうで、その流れでここの時間を埋めるためにということで、そうなったそうで。
それをBGMにしながら、みなさんはそれぞれで話をしたり、挨拶をしたりしている。
そんな中で、一人撮影をしていると、岸田さんが声をかけてきた。
「ああ、馨くん。さっき連絡受けたんだけど、三木野さんやっと熱さがったってさ」
「やっとですか。それで、復帰は……本人はやるっていうだろうなぁ」
はぁとため息を漏らすと、三木野さんは割としっかりとした足取りでこちらに近づいてきた。
「今まで悪かったね。しばらく寝たらよくなってきたよ。薬のおかげもあるんだろうけどね」
ありがとうと、彼はいいつつちらりと周りの様子をチェックしはじめた。
時計は目にはいっていても、実際今どんな状況なのか、というのを把握したいのだろう。
「なんとか撮影はできそうですかね?」
「大丈夫。いまは二回目のお色直しかな。あとは一時間くらいだろうから、ここからは僕がやるから君は君の撮影に戻ってくれて良いよ」
「それくらいの状態なら、ぶれない写真が撮れそうですね。えっと、こちらとしては新郎新婦併せて340枚ほど撮ってますので、あとでデータは渡しますね。ちょっと新郎側のも混じっちゃってるので、そちらを差し引いて使えそうなの選別してください」
三木野さんが倒れてから新しいSDカードを使っているけれども、それはあとで佐伯写真館に行って、新郎側のものはこちらでいただいてあとのデータを三木野さんに預けるつもりだ。
式場の場所を借りたり、喫茶店でデータのやりとりをしてもいいのだけど、佐伯さん直々に、撮ったのチェックするから持ってきてねと言われてるのである。ルイちゃんの腕は信頼してるけど、木戸くんの腕はわからないし、というような言い分なのだった。
「ありがとう。あ、いちおう、何枚か見せてもらってもいいかな?」
「どうぞどうぞ。新婦さんのドレス姿はばっちりと押さえていますよ」
SDカードを差し出すと、彼は自分のタブレットにデータを写し出した。
その間に新しいカードをカメラに装着した。ここからは木戸本来のお仕事なので、もとのものに戻したのである。
「うわ……なんか表情だすのが上手いなぁ」
全然新婦さん緊張してないし、と彼はつぶやいた。
うーん、まぁそのつぶやきは聞かなかったことにしよう。
「じゃあ、あとはこちら側の仕事をさせてもらいますね」
「ああ。あっ、このカードはこちらで預かってもいいかな? 必要なら今データだけコピーして返すけど」
「換えのカードは持っているので貸しておいても大丈夫ですけど、どれが新郎のものなのか、というのがいまいちわからないと思うので、選別は後でお願いしたいのですが」
「そこは大丈夫。新婦さんの写真をざっとみて、どんな感じで撮ってきたかってのをチェックしたいだけだから」
「なら、ばーっと、コピーとっちゃいます?」
そこまで時間かからないだろうし、というと、了解と彼はデータを移動しはじめた。
彼が持っているタブレットは割と容量のあるもので、SDカード一枚分くらいなら余裕で収まるのである。
三木野さん相手ならカードを預けても問題はないとは思うのだけど、さすがに木戸としては初対面なので、そこまで信頼してしまうのも違和感が出てしまうだろうからね。
「おっけ。でも木戸くん。君、何枚くらいカード持ってきてるんだい?」
「だいたい4枚でしょうか? 用途によって使い分けることもありますし、エラー出すこともあるし。容量がそこまで大きくないのを枚数そろえてます」
最近は安いですし、消耗品の類いですねというと、なるほどねと彼は満足してくれたようだった。
「ちなみにバッテリーは?」
「二個です。正直もう少し買い足したいんですけどね。今日の報酬、バッテリー買ってもらおうかな……」
今使っているほうはファインダーからのぞいて撮ればバッテリー消費を抑えられるからいいのだけど、やっぱり背面パネルを使うと消費も激しくなるのである。
「何枚撮るつもりで来てるんだ君は……」
「だって、あいなさんにも枚数はたんまり撮るといいって言われてるし、石倉さんにだって瞬間逃しちゃ駄目だろガンガンいけよって言われてるし、そういうものでしょう?」
「う……あの二人の知り合いか……確かに納める写真も300枚が基本だしなぁ……っと、しゃべってる暇はないか」
「そろそろお色直し終わるみたいですね」
ちなみに、うっかり新婦さんも撮りますのでよろしくお願いします、というと、ほどほどに頼むと言われてしまった。
さて。三木野さん復活の報は、新郎新婦にも伝えておいたんだけど、幸恵さんは、木戸くんが撮ってよー! なんて言ってくれた。
もちろんその顔は可愛かったので、お色直しが終わったライトイエローのドレス姿もしっかりと撮らせてもらったのだった。
そういやこの結婚式の本題は三木野さんだったんだよね! っていうのをすっかり忘れていた作者でござい。だって熱だして寝てるんだもん。しゃーないやん。
さて、お色直しはテンションあがりますね。っていうかドレスがとてもいい!
かおたんも是非ともドレス着て欲しい。
そして高校の頃のやらかしっていうのが写真残ってるっていうのは、割とあるんじゃないかなーと。嫁さんぐっじょぶでした。
さて。次話は三木野さんがやっと復活したので、そろそろイベントは締めにはいります。