651.式の撮影依頼6
荘厳な雰囲気の中、チャペルの中での挙式は順調に終わった。
なんとか新婦のパパさんはヴァージンロードのエスコートを終えることができて、そのとき泣き崩れる姿はかなりの枚数を撮らせてもらった。採用されるかどうかは三木野さんか佐伯さん次第になるけれど、数枚は新郎枠の方でプレゼントしておこうと思う。
一人で撮影しているとカメラマンの写り込みというのを気にしないでいいし、自由に撮影できるのがとてもありがたい。
三木野さんには申し訳ないけど、彼が元気だったらさすがに仕事上そこまで新婦さんにぐいぐい行くことはできなかったし、これほどの枚数は撮れなかったと思う。
ご家族、友人、そして誓いの口づけもよい光の加減で撮れたと思う。個人的には光が差し込んでいて被写体が少し陰るくらいのほうが美しいと思ってしまうけど、これはあくまでも人物主役なので二人の姿はばっちりと写っている。
そしてフラワーシャワーをうけながら控え室を経由して披露宴へと会場を移すことになる。
朝、はるかさんや岸田さんとおしゃべりしていたガーデンスペースである。
あそこで、新郎新婦の披露宴が始まるわけである。
その前に控え室を通るのはお色直しのためだ。
木戸も含めて参列者は先に披露宴会場の方に移動していた。
夏場の式場ということで少しばかり外気温は高いけれど、それでも倒れるほどの暑さというわけではないので、ガーデンでの式もありなのだろう。
ちなみにそれぞれのテーブルの上には日除けの傘が設置されている。
世の中には全天候型ガーデンといわれている、もっとサーカスのテントみたいなのを使うような場所もあるのだというけれど。
ここは、夏場の間、日差しが強いときだけパラソルを各テーブルにつけるスタイルのようだ。
外での結婚式は光が多く入るし、会場内よりも自由な空気があるから閉塞感がなくていいと思う。
「おや。木戸くんじゃない。やっぱり写真撮ってるんだ?」
「もちろんですよ。愛さんこそ旦那さんの付き添いで参列ですか?」
ライトイエローのドレスがおきれいですね? と言いつつ、数枚遠慮なく撮ると、ははは、かわらず遠慮ないなぁと彼女は言った。
はい。こちらのお方。
木戸が初めてウェディングの写真を担当したときの新婦さん。シフォレ勤務の愛さんです。
彼女との付き合いは、木戸としてもルイとしてもそれなりにあって、特にルイとしてはお子さんの写真を撮らせてもらったりとかなりお世話になっている相手である。
まあ、子供の写真すっごいよーって、いづもさんに言ったら、はんかちかみしめながら、きぃー、悔しいわー! 惨めだわー! と冗談交じりに嘆かれたけどね。
「ええ。旦那はちょっとお手洗いにいってるところだけど」
「ええと、お子さんは大丈夫なんです?」
「あー、両親に預けてきてるのよ。今時、祖父母の手を借りられるなんて幸せに思いなさいって言われちゃったけど、さすがにこういう時に、保育園とか使えないしねぇ」
平日はあれなんだけど……と、愛さんは少しだけ苦笑を漏らした。
最近は保育園落ちたとか、そういう話題が世の中では出ているようだけど、子供の世話というのは予想以上に大変らしい。
そんな彼女のために、元気で晴れやかな姿をしっかりと抑えておく。
「ちーちゃんは頑張ってます?」
「そこはばっちり。特に日曜日に多めに入ってくれるのがありがたいかな。オーナーだけだとホールは回らないしね。それに新しい人入れてもオーナーと上手くいかない人って結構いるしなぁ」
そういう意味では、千歳ちゃんもだし、ルイちゃんや、木戸くんも、オーナーと仲良しでありがたいです、と愛さんはほっこりした笑顔を漏らした。
ちなみに、愛さんには、木戸=ルイのことは明かしていないので、こういう言い草になるのだけど。
従業員関係は、いづもさんが悪いと思うんだよね。愛さんが妊娠してから結構疑心暗鬼になってて、若い女の子入れたがらないからね……
じゃあ、男性従業員はって言えば、「要:女装」である。募集の要件としてはかなり難易度が高い話だ。
それで、時給が二倍とかっていうならアレだけど、普通に一般的なお給金である。
「かっこいい男性にアシストとかしてもらえばいいんじゃないです?」
「それは、私からも言ったことあるんだけどね。従業員に女装させるのは難しいって」
ここは女装カフェじゃないんですっ、て言ったらね……と愛さんは困ったような、ちょっと言いよどむような仕草をして言った。
「男性の部下を持って万が一があったら、どうするのよ、だってさ。ほんともー」
「うわぁ……乙女ですねぇ。ま、本音は別のところにあるように思いますけど」
「オーナー、ちょっと若いアイドルにご執心みたいなのよね。十歳くらい年下なんだろうけども……」
「ん? アイドルですか?」
「そ。HAOTOの虹くん」
去年のいつ頃だったかなぁ。なんか急にテレビとかチェックしたり、写真見て、やだイケメンとかつぶやいたりしてるのよね、と愛さんは言った。
ふむ……
ちょっとばかり心当たりが木戸にはあるようなないような。
「ただの憧れ、では?」
「でも、時々芸能事務所の方から、ケーキの依頼を受けると、大喜びでやってるし」
「それが、虹さんのところだっていうんですか?」
「基本、うちって配送はやってないんだけど、そこだけはOKしてるみたいなのよ。基本お店で食べるかテイクアウトだけなんだけどね」
「あ、僕だったら送ってくれますかね?」
「木戸くんでもなにか特別な対価が必要なんじゃない?」
それくらい特別っていうか、熱の入れようがすごいのよねぇと、愛さんはちょっとばかり嬉しそうに言った。
今まで、恋愛に臆病になっていた店長の、恋模様が少しでも進んでいるなら、という思いがあるのだろう。
しかし……HAOTOの虹さんか……たしかにルイさんをカタる会に出た帰りに、一緒にシフォレに行きはしたし、ちょっとした話はしたけど、それだけで恋に落ちるというのは、いづもさんは面食いというやつなんだろうか。
「ということは、虹さんをこっそりシフォレに連れて行ったら、豪華にケーキをいただけたりするんでしょうか」
「あれ、木戸くん知り合いなの?」
「大学のイベントにきてもらったことがあって、いちおう連絡は取れるくらいの仲ではあります」
さすがに、蚕に告白されたりして大騒ぎになった仲ですとは言いたくない。
いちおう、メンバーのみなさんとは木戸としても友達なのである。
「ほー。それは喜びそうだなぁ。でも、木戸くん、うちの店に来るなら女装しなきゃ♪」
「そこは虹さんにしてもらう方向で♪」
それ以前に、僕だったらどっちでもいいっていづもさんに言われてますけどね、と苦笑を浮かべる。
「えー。木戸くんも女装しようよー。絶対可愛いと思うよ」
「愛さんが居なかった頃は、ときどきお店でやらされることはありましたけどね」
最近は、あんまり、というと、えー、と不満げな声を上げられてしまった。
いえ、ルイとしては会ってるんですけどね。
「でも、虹さんというと……なんか忘れてることがあるような気がするんですよね……」
「まだ、物忘れする歳じゃないと思うけど」
「虹さん関係で……あ」
あああ。ちらちらとシャッターを切ってはいたのだけど、そのときはちょっとさすがに、ど忘れしていたことに気づいて、フリーズしてしまった。
「思い出せた?」
「……ちょっと約束をすっぽかしてたのを思い出しました」
うわぁと頭を抱えると、どうなっていたのかちょっと、タブレットのTODOリストに虹要確認と登録しておいた。
いちおう、虹さんにはメールしたような気はするんだ。するんだけど、その後の返信がどうなっているのかのチェックが頭に残っていなかったのだ。
「ふふ。木戸くんでも失敗することあるんだ」
「そりゃそうですよ。撮影だって失敗することはいっぱいありますしね」
だから、その分をカバーするためにも枚数は一杯撮っています、といいつつカメラを向けると、お仕事中だったっけ? と愛さんに言われた。
そう。少し話し込んでしまったけど、ただいま木戸は絶賛、カメラマン中なのである。
ゆっくりお茶をする暇もなく、こうして一つの場所にとどまってはいられない。
「じゃ、愛さん。旦那さん帰ってきたらあとで、ツーショット撮らせてくださいね」
っていうか、帰ってくるの遅いよなぁと思いつつ、木戸は他のテーブルに移動することにした。
新郎新婦は現在、お色直し中なので中座中。
そちらの方の撮影は、入場の瞬間を撮って欲しいと依頼されているので、こちらの会場の撮影をしているのである。
中座。
結婚式にあるお色直しはどうしても主役が不在になる時間帯だ。
姉さまはお色直し無しで最後までやったけれど、大抵のところは新婦さんは一回は着替えるものらしい。
さきほどまでしゃべってた愛さんの結婚式は、もちろんリーズナブルだったのでお色直しはなしである。
この時間帯はどうしても、ゲストさん達にとっては暇になりがちなものなのだけど。
もう一回のお色直しをする兼ね合いもあって、今はフリータイムとうような感じになっている。
立食というわけではないから、自由に席を移動してというわけにはいかないけど、それでもちらほら歓談をしている人達の姿は見て取れた。
さて。どこを撮りにいこうか、と少し考えを巡らせる。
そして、欠かせない人物を撮ってないことに気づいた。
そう。クライアントである新郎さんの方のご家族である。
三木野さんの件があって、新婦主体で撮るようになってしまったけど、本来のクライアントは新郎のほうなのである。
ご両親やら親戚さんやら、少なくとも各十枚以上は欲しい。
そんなわけで、会場の前のほうの席に座っている正装の女性に声をかけた。
「本日は、おめでとうございます。お写真撮らせていただいてもよろしいですか?」
「……はぁ。自由に撮っていただいてかまいませんが」
すでに新郎の方のご両親の顔は覚えているので、すぐにコンタクトを取ることができた。
声をかけたら、ちょっと不思議そうな顔をされてしまった。
普通なら声などかけずに自由に撮るものだろうという思いがあるのだろう。
実際、こういう会場ならば自由に撮り回るものなのだろう。
けれども、つい木戸の場合はでてしまうのだ。癖で。
レイヤーさんを中心に撮っているというのもあるし、無断で撮ったら怒られたトラウマが今もちょっと残っているのである。
式場ではもちろん、声をかけずにばしばし撮ったけれども、せめて新郎新婦のご家族とは、話ながら撮影をしたいのである。
「では、失礼して」
とりあえず、お二人の姿を撮影していく。
お母様と、お姉様だろうか。お母様は、新婦さんのほうと同じような和装だ。
お姉さまはライトグリーンのドレスを着ている。
式場のスタッフさんからサーブされた飲み物を飲みつつも、少し暑そうにしているところだ。
夏の着物もいいものよって、知り合いが言いそうだけど、こうやって見ると、お母様の方はかなり風通しが悪いように見える。
「あの。お父様の姿が先ほどから見えないのですが……」
実を言えば、新郎の父親の姿はチャペルでの結婚式の方でも姿が見えなかった。
もう他界しているという話は聞いていないし、なにか急用でもできてしまったのだろうか。
「あの人は今日は欠席してるのよ」
「あらら。お仕事かなにかで?」
「仕事って言えたら良かったのだけど、あいにく今日は家でふて寝していてね」
「……こっちの父親もですか」
うわぁ、と遠慮無く驚いた顔を見せると、二人はやっぱりこういう反応になるよねー、とため息をついた。
まさかの新郎パパの不在に驚いてしまう。
「結婚に反対ってのはないのよ。あの二人なら幸せな家庭を作れるだろうなって思うしね」
ただ、と、お姉様の言葉をお母様が引き継ぐ。
「あの人、嫁さんが来る! って大喜びで、家の掃除したりいろいろやってたんだけど、それが急に、二人で外で暮らしますってなってね。それでがっくりきちゃったってわけ」
今時、長男の嫁でも一緒に暮らさない事も多いのにね、とお母様は脱力気味に言った。
「結婚ってそういう問題もあるんですね……」
「昔は、相手の家に入るってことが多かったけど、最近は外でって家が多いのよね。嫁姑問題が大変だったからっていうのが、理由なんだろうけど」
自分で受けた大変さを、次の世代には味合わせたくない、という思いもあるのだろうか。
お母様の方は納得したようにうなずいているようだった。
その場面は何枚か撮らせてもらった。
「独り立ちしてから結婚ってことが多いでしょうしね。うちの姉も相手の家に入るって感じじゃないですし」
将来どうなるかはわからないですが、と答えつつ、新宮さん達が二人暮らしをすることにしたのは、家の方にまだお兄さんと妹さんがいるからなんじゃないかなというように思う。
そこに姉さんが入るというのは、なんというか……真守義兄さんには大パニックな気がするんだよね。
変な事にはならないと思うけど、刺激があまりにも強すぎるというか。
助けてでござる、ルイどのー、とか言ってきたりしてね。
あの人、ルイの前でもがちんがちんになるけれども。
「そうよねぇ。それが今時の一般的な感じよね。なのにあの人ったら」
「父さんったら、お前もさっさと独り立ちしろとか言ってくるし」
そんな風にいわなくても、こっちだっていろいろとあるのに、とお姉様もため息を漏らした。
なかなか結婚にはいろいろな家庭の苦悩というものがあるようだ。
「まあ、ご事情はお察ししますが……とりあえずは今日は晴れの場なので。切り替えて華華しい感じを出していただけると助かります」
別に結婚式自体が嫌ってわけじゃないんですよね? というと、ああ、まあそうね、と二人は戸惑ったような声を漏らした。
どうして、家の事情をぺらぺらとしゃべっていたのだろうという感じだ。
「では、新郎新婦が入場するまでの間、今度は新婦さんの話などを聞かせていただければ」
ドレスの話などでもいいですよ、というと、今度は二人はぱっと顔を明るくして、新婦さんのウェディングきれいだったわーと、言い始めた。
家庭のいざこざがあったとしても、やっぱり純白のドレスはきれいなものだというのは共通認識らしい。
これで良い写真も撮れるだろうと嬉しく思いながら、木戸は結婚は面倒だなぁとしみじみ感じたのだった。
さて、今回は久しぶりにシフォレの愛さんのご登場です。夫の会社繋がりということで、ご参加。トイレがながいって? そこはご愛敬というやつでございます。
虹さんの件で忘れてたのは律さんの件ですね。さぁ虹さんを巡っての三角関係かっ! とか思うけど両方とも尻込みしそうだよなぁーと。いずれ律さんと虹さんの町回はやります。
にしても、新郎の父も結婚に問題抱えてる感じで書かせてもらいましたが、素直に祝福するおうちも多いだろうということは書いておこうかと思います。はい。




